よろしくお願いします
嵐のような入学式が終わった後、講堂の喧騒から逃れるように、小鳥遊大地は一人、中庭のベンチでうずくまっていた。
学院自慢の、手入れの行き届いた美しい庭園。噴水が立てる軽やかな水音。だが、彼の耳には、先ほど浴びせられた嘲笑の声が、今も反響し続けていた。
『悪いが、小鳥遊。お前のその『最強』の力は、いつ暴発するか分からない爆弾だろう?』
『俺たちは、仲間を後ろから撃つような奴と組む趣味はなくてな』
獅子堂に言われた言葉が、鋭い棘のように胸に突き刺さっている。
分かっていた。そう言われることなど、覚悟していたはずだった。自分の力が、どれだけ危険なものなのか。自分が、どれだけ信頼に値しない人間なのか。そんなことは、誰よりも自分が一番よく知っている。
――あの日以来。
脳裏に、忘れることのできない光景が蘇る。
幼い頃、一番の親友が、年上の子供たちに絡まれていた。いつも気弱だった親友が、初めて自分以外の誰かに牙を剥かれている。助けなければ。守らなければ。その一心で、大地は覚えたての精霊の力を解放した。
だが、その力は、彼のちっぽけな器にはあまりにも大きすぎた。
感情に呼応して、ヘカートンの力が暴走した。大地が立っていた地面が轟音と共に砕け散り、巨大な岩の腕が無数に地面から突き出して、嵐のように吹き荒れた。
気づいた時には、いじめていた子供たちは逃げ去り、そして、守りたかったはずの親友が、血だらけで地面に倒れていた。その足は、岩の破片によって、もう二度と元には戻らないほどの、深い傷を負っていた。
泣き叫ぶ親友の顔。絶望に染まったその両親の目。
パニックに陥った幼い大地は、大人たちに何が起きたのかをまともに説明できなかった。ただ「自分の力が暴れて、親友を傷つけた」という断片的な事実だけが、尾ひれがついて広まっていった。結果として、彼には「仲間を守ろうとした」のではなく、「些細なことでカッとなり、仲間さえも巻き添えにする危険な奴」という、不名誉な烙印が押されてしまったのだ。
それ以来、大地は自分の力が怖くなった。
誰かを傷つけるかもしれない。大切なものを、また壊してしまうかもしれない。その恐怖が、彼の力の奥深くに、決して外れない枷をかけていた。
彼は、その恐怖を隠すために、必死で明るく振る舞った。誰よりも大声で笑い、自信過剰な「調子者」を演じた。そうでもしなければ、心の奥底で渦巻く自己嫌悪と恐怖に、押し潰されてしまいそうだったからだ。
だが、その虚勢も、今日、無様に剥がれ落ちてしまった。
「……くそっ」
大地は、膝に顔を埋めた。もう、どうすればいいのか分からない。
「――酷い言われようだったな」
不意に、頭上から静かな声が降ってきた。
顔を上げると、そこに立っていたのは、入学式で一度も見かけなかった、冷たい瞳をした青年――月城辰也だった。
「……なんだよ。お前も、俺を笑いに来たのか?」
大地は、刺々しい声で言い返した。
「いや。むしろ、興味深いと思っただけだ」
「……はあ?」
「獅子堂がお前を『爆弾』と評した時、お前の足元で、ほんの一瞬、魔力が揺らいだ。だが、それはただの揺らぎではなかった。魔力は、お前の身体の内側へ、中心へと向かって収縮していた。普通、恐怖や動揺で魔力が乱れる時は、制御を失って外側へ発散する。だが、お前は逆だ。あれは、外部の脅威から、核であるお前自身を守ろうとする、純粋な防御本能の発露だ」
辰也の言葉に、大地は息を呑んだ。
自分の魔力の動きを、ほんの一瞬見ただけで、そこまで正確に分析されたのは初めてだった。
「お前の精霊、ヘカートンは、世間では『百腕の巨人』と呼ばれ、その攻撃性が危険視されている。だが、それは本質を見誤った評価だ。あれは、無数の『矛』であると同時に、無数の『盾』でもある」
辰也は、大地の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「お前のトラウマ……力の暴走は、誰かを『守ろう』とする、過剰なまでの防御意識から始まった。だが、その結果、守るべき相手を傷つけてしまったことで、お前の心は、二度と誰も傷つけまいとする、さらなる防御意識に囚われた。今のヘカートンの力は、その二つの感情がぶつかり合い、どこにも向かえずに、お前の内側で暴れているだけの状態だ。違うか?」
初めてだった。
自分の力の暴走を、ただの「事故」や「欠陥」ではなく、その本質から、その理由から、ここまで深く分析してくれた人間は。
目の前のこの男が、自分の心の奥底、誰にも見せたことのない傷だらけの場所を、正確に見抜いている。大地は、恐怖と、それ以上に、奇妙な安堵を感じていた。
「……あんたは、なんで……」
絞り出すような声で、大地は尋ねた。
「なんで、そんなことまで分かるんだよ……」
「俺自身の力が、派手な攻撃には向かないからだ」
辰也は、嘘と真実を巧みに織り交ぜて答えた。
「俺の力は、戦況を分析し、味方を支援し、そして治癒することに特化している。言わば、軍師や衛生兵のようなものだ。そんな俺が、この学院で頂点に立つためには、俺の指示通りに動く、最強の『矛』と、そして何よりも、俺自身とチーム全体を守る、最強の『壁』が必要不可欠となる」
辰也は、そこで一度言葉を切ると、真っ直ぐに大地の瞳を見据えた。
「俺は、司令塔となり、盤面全体を見渡し、指示を出し、仲間を癒すことに専念しなければならない。自らが盾を構えていては、その役割は果たせない。だから、俺はず探していた。俺が全幅の信頼を置いて、背中を預けられるだけの、ポテンシャルを秘めた『壁』を――それが、お前だ」
辰也の言葉は、まるで雷のように、大地の心を打ち抜いた。
(俺が……『壁』……?)
(探し求めていた、必要な存在……?)
信じられなかった。爆弾、厄介者、危険人物。それが、今まで自分が浴びせられてきた評価の全てだった。欠陥品だと、自分自身でさえもそう思い込もうとしていた。なのに、目の前の男は、こともなげに言ってのけたのだ。お前は必要だと。
(自分は、欠陥品じゃない。必要な存在なんだって、この人は言ってくれたんだ……)
じわり、と目の奥が熱くなる。
目の前のこの人は、俺の力を恐れていない。それどころか、その力の本当の価値を、誰よりも信じようとしてくれている……)
大地には、そう思えた。
暗闇の荒野で、たった一人で彷徨っていた彼にとって、それはあまりにも眩しい、希望の光だった。
「俺のチームに入れ。そうすれば、お前の力の『正しい使い方』を教えてやる。お前のトラウマも、恐怖も、それこそが、お前の壁を世界で最も強固にするための『礎』となる。俺が、それを証明させてやる」
その言葉は、もう、ただの勧誘ではなかった。それは、呪いを解くための、唯一無二の福音だった。
「……組む」
大地の目から、堰を切ったように涙が溢れた。それは、悲しみや悔しさの涙ではない。生まれて初めて感じた、救済への歓喜の涙だった。
「あんたと、チームを組む! 俺の力、あんたのために使う! だから……だから、俺を……!」
「ああ」
辰也は、静かに頷いた。その瞳の奥に、獲物を手に入れた狩人の冷たい光が宿っていることに、大地は気づかない。
「お前を、最強の『壁』にしてやる」
こうして、辰也は最も御しやすい駒を、手に入れた。その瞳に宿るのが、尊敬を通り越した、危ういまでの「信仰」の光であることに、傷だらけの盾はまだ気づいていなかった。