本作品には、特定の政治的主張、暴力描写、一部リアルでない内容や描写、偏った思想、一部の方々にとって不快な表現が含まれます。
以上を承知の上で閲覧ください。
2026年 7月23日
中華人民共和国
新疆ウイグル自治区
2:34
「マスター、作戦領域に到着。指示を」
夜の街角に黒尽くめの小さい人影が姿を表す。体型がぴったり出るスーツに、両手にM4 SOPMOD Ⅱを携え、腰のホルスターにはFive-seveNを、バラクラバの上に暗視ゴーグル付きヘルメットを被り、ボディアーマーに複数の予備マガジンを納める出で立ちは、明らかに堅気のそれではない。物陰から物陰へと最短距離で移動し、その間も抜け目なく周囲にクリアリングをし続けるさまが、何よりも雄弁にものがたっていた。
マスターと呼ぶ人物から無線が飛ぶ。
「シャーラ0-4。ブリーフィング通り、今作戦の目的はウイグルの反体制派の工作員とそれに接触しようとする所属不明の工作員の確保だ」
「確保目標は生捕りが望ましいが、抵抗が激しい場合は発砲も許可する」
「承知しました。マスター」
シャーラ0-4と呼ばれた人物は淡々と答えながら、手慣れたように移動を続ける。
ある程度路地を進んでいると、空の木箱が集積された箇所を発見した。どうやら飲食店の裏口らしく、ドアを挟んだ反対側にある、残飯が入っていると思しきダストボックスにはネズミやハエが集っている。
「シャーラ0-4。ドローンを使え。周囲を捜索するんだ」
「承知しました。マスター」
マスターからの無線を受けると、木箱の間に挟まるように隠れ、しゃがみ込む。そしてバックパックから二つのFRP製のケースを取り出し開けると、一つには直径10cm程のドローンがパーツごとに分解された状態で格納され、もう一つには操縦用のVRゴーグルとコントローラが納まっていた。シャーラ0-4はものの数秒でドローンを組み立てると、ドローンの電源を入れてVR ゴーグルを装着してコントローラを持ち、動作確認を始める。
「上昇...よし、下降...よし、右旋回...よし、左旋回...よし、VRゴーグル連動.........よし、暗視カメラ......よし」
ドローンの動作確認を終えると、再度マスターから指示が飛ぶ。
「よし、準備ができたな。周囲の偵察を始めろ。まずは50m程上昇し、不審なものがないか探すんだ」
「承知しました。マスター」
命令を受けて、ドローンを急上昇させ旋回しつつ捜索を行う。ある程度高度をとったのは、高い位置から複雑な市街地を見張らす為と、ドローンの騒音で目標に気取られないようにする為でもある。
数分間上空から偵察を続けていると、通りに二台、中型トラックが駐車しているのが見えた。荷台にはカバーが掛けられ、落下防止のための麻縄が巻かれている。それだけならば、家畜の飼料を積んでいるのかもしれないし、建築資材や各種建材、野菜や果物などの食料品など、積み荷の中身は如何様にも想定できる。しかし、この二台のトラックの積み荷は、一つは細長い円筒状の物体が縦に並べられていることがカバー越しに確認でき、もう一つは同じくカバー越しに円錐状の物体が複数確認できる。この辺りの住民が利用したがる物資のいずれにも該当しないのである。更に言えば、こんな夜中に積み荷の搬入もせずに運転手が待機しているだけというのも不自然だ。
「マスター、不審な車両を二台確認。」
「シャーラ0-4、こちらでも確認した。ドローンを3m程接近させ、限界までカメラをズームしろ」
マスターの命令通りにドローンを操作し、不審な車列を観察していると、男が一人、車列に近づいてくる。シカゴ・ブルズのレプリカユニフォームにグレーの半ズボンと、この時期なら特に違和感のない格好だが、その意図は敢えて目立つ格好をすることで逆に怪しまれないようにすることにある。現に中国で最も人気のあるスポーツはバスケットボールだ。NBAのユニフォームを普段着として使う男性は目立つが珍しくはない。
男は一台目のトラックの運転席のドアを五回ノックすると、運転手と思しき男性が現れた。二人は暫し会話を交わすと、運転手は車内に戻り、もう一人の男性は二台目のトラックの助手席側から乗車すると、二台のトラックは走り出してしまった。
「マスター、車両が発進!すぐに追跡を!」
「落ち着け、シャーラ0-4!その場に留まり、ドローンで二台を追跡するんだ。」
シャーラ0-4はVRゴーグルとコントローラを捨てて走りだそうとするが、マスターがそれを制止した。シャーラ0-4は一呼吸置くと再度座り込み、命令通りドローンでの追跡を開始した。幸いトラックのエンジン音でドローンの駆動音は掻き消され、バックミラーに映りさえしなければ追跡には気付かない。その上、任務用に発光部品を取り除かれたドローンを、灯りの届かない闇夜の中で捕捉することはほぼ不可能だ。
数十分ほど高度を維持したまま追跡していると、車列は集合住宅の敷地に入り停車した。一帯は郊外のまたさらに郊外で、敷地内は深夜ということもあり灯りは皆無、一番近い街灯から約10mは離れており、その暗さは寧ろ安心感すら覚えるほどだ。
「よし、ドローンを手近な場所に着陸させろ」
命令を受けて、ドローンを近くの路上に着陸させる。そこは二台のトラックが入った敷地に面する通りであり、カメラはちょうど路地の入り口を映せる画角だ。
「シャーラ0-4。端末に目標の座標を表示した。操縦ユニットを放棄し、直ちに目標を追跡せよ」
「承知しました。マスター」
シャーラ0-4はVR ゴーグルとコントローラをその場に置き、M4のプレスチェックを行うと、暗視ゴーグルを下ろし、足早にその場を去った。
3:16
通りを進み、路地を抜け、端末に表示された地点へと足早に駆け抜けてゆく。目標に近づくほどに街灯は疎らになり、文字通り闇の領域へと足を踏み入れつつある。闇はこの地域の自らへ向けられた敵意そのものであり、故に格好の悪意の温床となる。
20分ほどかけて、ようやくドローンを着陸させた地点に辿りついた。反体制派の取り引き現場と思われる場所は目の前だ。
暗視ゴーグル越しに取り引き現場を覗き込むと、幸いなことにまだ取り引きは続いていた。現場には男たちが4人おり、一人は先程のブルズユニの男で、トラックの荷台のカバーを捲って中を覗き込んでいる。二人はブルズユニフォームの男を見ながら雑談に興じており、恐らく運転手。さらにドローンでの観察時には確認できなかった男が一人おり、その手にはFN ブローニングハイパワーを握っている。
「マスター、目標に到達。対象は四人で、うち一人は拳銃を所持を確認。発砲許可を」
「...わかった、発砲を許可する。ただし、最低でも二人は生捕りにしろ。少しでも情報源が欲しい」
「承知しました。マスター」
物陰から飛び出し、ターゲットに向き直る。狙いを定め、バレル左側にマウントされたライトがターゲットたちを眩く照らしだすと同時に銃口が火を噴いた。その場にいた四人全員が突然の照射に驚き、腕を翳してライトを遮った刹那、最初にブローニングハイパワーを持っていた男の右腕から鮮血が吹き出る。次の瞬間にはブルズユニフォームの男の踵を撃ち抜き、二人が行動不能になった。
「やべえ、サツか?!」
「ずらかるぞ!!」
残る二人の運転手が各々の車に戻ろうとし、奥のトラックへ向けて片方の運転手が走り出すも、数発の銃声が鳴り響き、運転手は倒れ伏した。一方、もう一人の運転手はなんとか自分のトラックの運転席に飛び乗ると、シートベルトを締める間もなく発進させようとする。シャーラ0-4は地面に転がったブローニングハイパワーを男たちから遠ざけるように蹴飛ばしつつ、トラックの窓ごと運転手を撃ち抜いた。座席に鮮血が飛び散り、運転手は動かなくなった。
四人の容疑者のうち、死亡した二人の遺体を一ヶ所に並べ、生存している二人は両腕に結束バンドを巻いて拘束し止血処置を行っていると、マットブラックのL663型ランドローバー・ディフェンダー110と、同じくマットブラックのMX5型ヒョンデ・サンタフェが通りから現れた。ディフェンダーからは厳めしい顔つきの男性兵士と愛嬌ある顔つきの女性兵士が下車し、サンタフェからは素朴な顔だちの男性兵士とミリタリーグラスを着用した若い男性兵士がそれぞれ下車する。彼らは皆、城市迷彩カラーの試作19式戦闘服を着用していた。城市迷彩は都市部に溶け込むことを目的としたもので、様々な色調のグレーをピクセル状に配置している。
「おつかれ~☆大変だったでしょ?」
女性兵士はシャーラ0-4の頭をナデナデしながら労いの言葉をかける。一方共にディフェンダーから下車した男性兵士は麻袋を取り出しながら、女性兵士を嗜める。
「後にしろ、袁 小媧。今は片付けが先だ」
「は~い☆」
袁 小媧と呼ばれた女性兵士がシャーラ0-4から離れ、面倒臭そうに返事をする。二人が現場で遺体の片付けと容疑者の収容に取りかかると同時に、入れ替わるようにサンタフェから下車した若い兵士がシャーラ0-4に向き直り敬礼する。
「お疲れ様でした。少尉」
「ありがとうございます。張 藍陽少尉」
張 藍陽はシャーラ0-4の返事を受けると、封鎖線の設置へと向かう。一方、シャーラ0-4は若い兵士に敬礼で返すと、サンタフェのバックドアの方へ歩を進める。バックドアの前には、先程の素朴な顔の男性兵士、そして中年の男性軍人とすました外見の女性軍人が待機している。女性軍人は戦闘服ではなく、文官らしく勤務服を着用していた。
「よう新兵!うちでの初任務、上出来だな!」
「王 義叡少校、少尉が来ました」
男性兵士は郭 忠明という名で、女性軍人の名は周 彗。郭 忠明はこの部隊の隊長を努める。一方、周 彗はこの部隊の分析官を努め、両者ともに階級は上尉だ。因みに袁 小媧とともに現場の片付けをしている兵士は応 雷といい、副隊長を努める男だ。両者の階級は中尉である。
シャーラ0-4は周彗の声に応じてやってきた中年男性の前に歩みより、敬礼をした。
「任務完了しました。マスター」
この中年男性こそ、王 義叡少校。シャーラ0-4がマスターと呼ぶ人物で、今回の作戦を担当した部隊の指揮官でもある。少校は中国語で少佐にあたる。
「ターゲット四人のうち、二人を射殺。残る二人を行動不能にしました」
マスターもとい王 義叡はシャーラ0-4に敬礼で返し、労いの言葉をかけた。
「ご苦労だった、シャーラ0-4。いや…」
「...王 沙羅少尉」
王 沙羅。シャーラ0-4の本名を告げる。その言葉に呼応するようにヘルメットとバラクラバを脱ぐ。
真っ先に目につくのは髪の毛だ。それはまるで上質な絹糸を彷彿とさせ、白く強烈な存在感を放ちながらしかし消え入りそうなまでに透明感があり、その髪の持ち主の儚さを論証するかのようだ。そしてそんな頭髪を有する顔は、優美な白磁を思わせる非生物性と異物感を持ちながらも、サラソウジュを思わせる可憐さも合わせ持ち、幼さを多分に残す顔立ちは、150cmに満たない身長も相まって、身に付けた漆黒のミリタリーギアの武骨さとのミスマッチっぷりを際立たせていた。こんな少女が武器を持った集団を単独で制圧したなどと誰が信じられるだろうか。
こうしてシャーラ0-4もとい王 沙羅の初任務は無事成功を収めた。しかし、彼女とその仲間たちに待ち受ける戦いと動乱はまだ始まったばかりなのだった。