以上を承知の上、閲覧下さい。
2026年 8月1日
中国人民解放軍 連合参謀部
特殊作戦局 王 義叡の執務室
20:36
夜も更けてきたころ、それまで必要最小限の会話とペンを走らせる音だけが奏でられていた室内に、風雲急を告げ、日常を蹴破らんばかりの着信音が鳴り響いた。部屋の主である王 義叡はすぐさま受話器を取る。
「もしもし。...はい。.........はい」
「...畏まりました。......はい、直ちに」
「では、後ほど。...失礼いたします」
受話器を置くな否や立ち上がり、同じ部屋で書類処理をしていた周 彗に号令をかける。
「至急、全部隊員に召集をかけろ!装備を揃えてだ!一時間後に出発する!」
東シナ海 日本国EEZ(排他的経済水域)
潜水艦
23:42
狭い楕円筒状の空間に王 沙羅と袁 小媧はいた。二人とも潜水装備に身を包み、お互いに向き合うかたちで立っている。
「それじゃ~はじめるよー☆」
「はい、袁 小媧中尉」
「ドライスーツよし☆マスクよし☆無線よし☆タンクよし☆レギュレータよし☆」
袁 小媧が一つずつ装備を確認し、王 沙羅が追従する。潜水任務では、一つの装備の不備が死に直結する。だからこそ二人でお互いの装備の指さし確認を行い、万全を期すのだ。
「BCDよし☆ダイコンよし☆オクトパスとホルダーよし☆ベルトよし☆水かきよし☆スラスターよし☆」
レギュレータは酸素タンクに充填された圧縮空気の減圧をする機械だ。BCDはBuoyancy Control Deviceの略で、浮力調整装置と訳され、空気袋を膨らませて浮力を制御するための装備だ。ダイコンはダイブコンピュータの略で、減圧症を防ぐため減圧のタイミングなどを計算する装備だ。オクトパスは緊急時に同行者に空気を分け与える装置で、ホルダーはオクトパスの脱落や干渉を防止する機材だ。これらは軍事作戦だけでなく、通常のスクーバダイビングに於いても必須装備である。
「ライフルよし☆ハンドガンよし☆フックショットよし☆ライトよし☆ナイフよし☆」
続いて、武器や特殊装備の確認を行う。いくつかの装備は浸水による故障のリスクを抑えるため、防水加工の施されたケースへ格納される。
「指さしチェックかんりょー!よくできました~!」
袁 小媧が王 沙羅の頭を笑顔でナデナデする。二人の身長差も相まって、さながら児童と引率教員を思わせる。潜水任務やその訓練の経験差を考えれば、引率という表現は決して言いすぎではない。ナデナデをし終えると、室内の有線受話器を取り、司令室へ話しかける。
「司令室ー!注水よろー!」
「了解した。注水を開始する」
司令室からの返事とともに室内に海水が注水される。足元、膝下、腰と、どんどん水位が上昇してゆく。腰まで浸かったタイミングで袁 小媧がレギュレータを作動させ、王 沙羅がそれに続く。室内の照明が消え、完全に海水で充たされると、ハンドジェスチャーの合図とともに、水中スクーターと防水ケースを持って袁 小媧がハッチを開けて艦外へ飛び出し、王 沙羅がそれに続く。両者はスクーター下部のカラビナに、ウエイトベルトから伸びるケーブルとケースの取っ手を装着すると、水中スクーターのハンドルを掴み、遥かなる大海へと飛び出して行った。
「これら90部隊指揮官。状況を報告せよ」
王 義叡から無線が飛ぶ。王 沙羅と袁 小媧の二人は数m程の浅い水域を巡航していた。これは目標の追跡にあたり、海面に出て距離を測定する必要があるからだ。
「こちらマーメイド4-1☆無事出撃かんりょー☆」
「これらシャーラ0-4 。こちらも同じく。」
「了解した。現時刻を以てフェイズ1を終了。フェイズ2に移行せよ」
王義叡により号令がかけられる。これで作戦の第一段階が完遂された。だが、まだ先は長い。
マーメイド4-1は袁 小媧のコールサインだ。普段彼女は海軍陸戦隊に所属し、島嶼への揚陸任務や潜水任務を主とする。彼女の所属元隊は、プライバシーの問題もあって女性のみで構成されており、そのためコールサインがマーメイドなのだ。任務内容が人魚のように優美なのかは別として。
「もー!今はマーメイド4-2でしょー!沙羅ちゃ~ん!」
水中スクーターに掴まり、他愛ない会話に興じながら夜の東シナ海を巡航する。王 沙羅は作戦前のブリーフィングを思い返した。
中国人民解放海軍
東海艦隊
舟山基地
22:19
「巡視船が乗っ取られたぁ?!」
郭 忠明が思わず聞き返す。彼ら90部隊は緊急事態ということもあり、基地内を歩きながらブリーフィングを行っていた。六人は試作19式戦闘服の海洋迷彩を着用しており、これは主に海軍で使用され、青を基調に白や深緑などを配置した迷彩だ。
「しッ!声が大きいぞ」
王 義叡が郭 忠明を嗜める。
「少し前、20時10分頃に、日本のEEZ内のパトロール任務に就いていた我が国の巡視船、「海警2307」から、緊急無線が届いた。その後20時30分を最後に交信途絶。事態を重く見た総参謀部から、我々に命令が下ったというわけだ」
王 義叡が経緯を説明する。占拠された巡視船の船名である、「海警2307」は、一桁目の2は東シナ海などを管轄する東海分局の所属を意味し、二桁目の3は3000トンの排水量を持つことを意味し、下二桁は就役順の通し番号である。
「現在、周辺海域で活動中の巡視船による包囲が進められているが、突破されて他国の領海に逃げられる可能性もある」
「そこでだ。今作戦は二手に別れる。潜水艦に乗り水中から巡視船に侵入する班と、ヘリコプターから侵入する班だ」
「前者は袁 小媧中尉と王 沙羅少尉。後者は郭 忠明上尉と応 雷中尉、そして張 藍陽少尉とに、それぞれ別れる。私と周 彗上尉はヘリコプターから指揮を執る」
「袁中尉、王少尉は本格的な潜水任務ははじめてだ。君が監督するように」
王 義叡が作戦概要を一通り説明し終えると、待ってましたとばかりに袁 小媧が挙手する。
「は~い!少校、敵はどんななの~?」
「不明だ。最も可能性が高いのは日本の自衛隊だが、それも当該艦が日本のEEZ内を航行中だったという状況からの推察に過ぎない。裏付ける証拠は一切確認できていない」
王 義叡の返答はいたって冷静だった。
「ですが、去年就任した首相は強硬派で有名で、政府も強い懸念を示しています。少校の推察は的確かと」
周 彗が中日間の対立を根拠に、王義叡の推察を支持する。彼女の言う通り、去年就任した新首相は就任直後に中国固有の領土である台湾への武力介入を示唆し、その後、諜報機関である国家情報庁の設立を発表するなど、日本国内の世相を反映するかのように攻撃的な言動を繰り返している。さながら大人になってから反抗期がぶり返してきたかの如く。
「最近日本はやけに強気だからな~。実際、あの女が首相になってから自衛隊が荒っぽくきてるしな」
他人事のように郭 忠明が感想を述べるが、彼も、そしてこの部隊の誰もが、開戦が視界に映りつつあるのを実感しはじめていた。
しかし奇妙なことに、この場の誰もが自国が自発的に戦争を始める可能性など微塵も想定していないのである。いざ戦争となれば受けて立つが、そうなっては欲しくないとのたまい、そして自分たちが仕掛ける側になることなど頭の隅にも置かない。洋の東西を問わず、戦争屋や主戦派、愛国主義者の考えることは変わらないのだ。
2026年 8月2日
東シナ海 日本国EEZ
中国人民解放海軍 718B型巡視船
00:02
味方の巡視船の後部甲板にあるヘリパッドに、ローターを回転させながらZ-18A輸送ヘリコプターが離陸へ向けて待機している。数人の兵士が忙しなく作業に従事していたが、一人、また一人と機体から離れて行き、最後に残っていた兵士が歩みより、背筋をぴんと伸ばして報告する。
「報告!通信機器、降下機材、確認完了いたしました!」
「ご苦労。下がってよい」
報告を受けた王 義叡は、周 彗、郭 忠明、応 雷、張 藍陽ら残った90部隊員を引き連れZ-18Aに乗り込む。周 彗は搭載された通信機器の最終確認を行い、郭 忠明らは使用する武器の確認を行う。全乗組員の準備が完了したことを確認すると、王 義叡は無線機を手に取り、号令をかける。
「総員、現時刻を以てオペレーションをフェイズ3に移行!」
その号令とともに、ローターの駆動音が更に激しくなり、機体側面のドアが閉じられ、座した状態から立ち上がるように徐々に高度を上げてゆく。90部隊を乗せたZ-18Aが離陸すると、それに呼応して他の艦からもヘリコプターが次々と離陸する。90部隊の機体を含めたZ-18A輸送ヘリコプターが三機、Z-18J早期警戒ヘリコプターが一機離陸し、これら四機のヘリコプターを二機のBZK-005無人偵察機が追い越して行った。
東シナ海 日本国EEZ
00:39
水中スクーターに掴まって海中を進むこと数十分。この間は特にすべきこともなく、王 沙羅と袁 小媧は雑談をしながら目標の巡視船へと向かっていた。やがて細々とした白い泡が海中に散見されるようになり、泡の多く方へと進むにつれて、泡自体の大きさや密度が増していき、カーペットのように帯状に連なっているのが確認できた。間違いない。巡視船の航跡だ。
「もうそろだね。沙羅ちゃん、10mまで潜航!」
「了解」
目標が近付いているのを受けて、敵に悟られぬよう深く潜ってゆく。いくら特殊作戦用の水中スクーターとはいえ、成功させるには万全を期さなければならない。普段は明るく茶目っ気に満ちている袁 小媧の声も、うっすらと緊張を帯びている。
指定された深度まで潜り、頭上に漂う航跡を追いかける。敵が占拠した巡視船は目視で悟られぬよう、艦内の灯りを最低限にしており、航跡を頼りに追跡するしかない。更に今回の任務は基地や停泊している船などではなく、逃走している目標を追跡し侵入するという内容だ。潜水任務を行う特殊部隊でも、動いている船に侵入する任務は他に類を見ない。この事実だけでも如何に困難な作戦かがわかる。
目標の巡視船の近くまで二人は辿りついた。幸い巡視船は蛇行したり方向転換を繰り返していた為、最短距離で接近することができた。ゆっくりと上昇し深度に合わせて減圧をする。少しずつ窓から漏れる灯りを追い、水面に顔を出した。
「少校、こちらマーメイド4-1♡ふねの近く来たよー☆」
「了解した。ウェポンズフリー、以後自由に交戦せよ」
水中スクーターに掴まり、ゆっくりと艦の側面に近づく。ある程度近いたところで、袁 小媧が防水ケースを開け、中なのはいっている機材を取り出す。二人分のフックショット、暗視ゴーグル、予備のマガジンなど。そして、レギュレータや各種潜水機材のスイッチを切り、ブーツについている水掻きのロックを外して海中に投棄する。いよいよ敵の根城への突入だ。
「それじゃあ、ウチが先行くから沙羅ちゃんは真似してついてきてね」
「了解」
袁 小媧は巡視船の縁へ向けてフックショットを構えると、引き金を引く。先端から射出されたフックが勢いよく飛んでいき、艦の縁の手すりに引っ掛かった。ワイヤーを軽く引っ張りフックがちゃんとかかっているか確かめ、そして引いていた引き金を緩めると、フックに繋がっているワイヤーが高速で巻きとられ、袁 小媧の身体が艦の縁に向けて引き寄せられていく。全身が海面から離れ、乗り手を失った水中スクーターは明後日の方角へと去ってゆく。水の抵抗がなくなったことで艦の側面に叩きつけられそうになるが、袁 小媧は両足を前方に向け、衝撃を受け止めると、それをバネに跳び上がり更に上へ登ってゆく。そして落下防止柵に掴まり周囲を見回すと、待機している王 沙羅の方を向いて笑顔でサムズアップのジェスチャーをし、柵を飛び越えて艦に乗り込んだ。
袁 小媧からのゴーサインを受けて、彼女の見よう見まねで艦に侵入を試みる。過去に訓練を受けたこともあり、特にトラブルもなくスムーズに巡視船に乗り込むことができた。
王 沙羅が「海警2307」に乗り込むと、先に侵入した袁 小媧が荷物を整理していた。潜水マスクを外し、チェストリグを装着して、酸素タンクを物陰に隠す。そして暗視ゴーグルを装着し、アサルトライフル─自衛隊で採用された日本の国産アサルトライフルである20式自動小銃─を構えると、王 沙羅にハンドサインで合図しつつ次の目的地である、後部艦橋へと移動を開始した。
「海警2307」には通常の艦橋に加え少し小さい後部艦橋もあり、前部艦橋の役割を補っている。このままヘリパッドへ出れば、後部艦橋の船員に気付かれてしまう。
足音を発てずに階段を登って行き、後部艦橋のドアの前にたどり着く。王 沙羅は携えていたM4 SOPMOD Ⅱから手を離し、ホルスターに納められたFive-seveNを手に取る。Five-seveNにサプレッサーを装着し、袁 小媧に合図を送る。袁 小媧は笑顔で頷くと、ドアノブに手をかけ、それが動くことを確認すると、バッとドアを開いた。
気が抜けるような消音済みの発砲音とともに、二人の人影が倒れ伏す。一瞬だった。後部艦橋にいた二人の兵士は、王 沙羅の侵入に気づいた瞬間には頭を撃ち抜かれていた。確実にとどめを刺すために、更にもう一発づつ頭部を撃ち貫く。倒された兵士はマリンブルーの戦闘服を着用していた。
「オールクリア」
この場に自分たち以外に動く人影がいないことを確かめると後部艦橋を後にし、次の目的地、艦尾前のヘリパッドへと歩を進める。
ヘリパッドに出る廊下を二人が歩いていると、ヘリパッドの手前にHK416A5アサルトライフルとミリタリーギアで武装した兵士が立っていた。先ほどの後部艦橋にいた兵士とは異なり、オリーブ色の戦闘服を着用している。幸い相手はヘリパッドの方を向いており、王 沙羅たちには気付いていない。
袁 小媧がハンドサインを送り、ゆっくりと音を発てぬよう敵兵士との距離を詰める。そして鞘からフェアバーン・サイクスナイフを取り出すと、一瞬で相手の口を塞ぎ、すかさずナイフを喉元に突き刺した。当然相手も気付き拘束から逃れようともがくが、袁 小媧が敵兵士の身体をがっしり拘束している上に、もがくほど自分の首の動脈を深々と貫いているナイフが傷口を広げ、出血量が増してゆく。五秒ほど組み合いが続いていたが、やがて敵兵士の瞳から光が失せ、身体から力が抜けていった。
「おやすみ♡」
相手が意識を失う直前、袁 小媧はバラクラバの口元の布地を捲ると、相手の唇に接吻をした。そして相手が完全に絶命すると、興味を失ったかのようにその場に放り捨てた。
王 沙羅たちはヘリパッドに侵入し、周囲を警戒する。ヘリパッド全体、反対側の廊下、そして艤装の物陰。
「クリア」「クリア☆」
「「オールクリア」☆」
周囲の安全を確認し、ポーチからPLB(Personal Locater Beacons)を取り出し起動すると、ヘリパッドの中央に設置する。ここで友軍のヘリコプターが到着するまでヘリパッドを防衛するのだ。
「マスター、こちらシャーラ0-4。PLBの設置を完了しました」
「了解、信号を確認した。オペレーションをフェイズ4に移行する。我々が到着するまでランデブーポイントを防衛せよ」
「承知しました、マスター」
王 沙羅と袁 小媧は廊下と格納庫のシャッター、後部艦橋とアイランド後部など、ヘリパッドに面している構造物に銃口を向け、新手の敵が来ないかを監視する。友軍を迎え入れることができれば、一気に有利になる。それまで、受けに徹しなければならない。
東シナ海 日本国EEZ
中国海警局 巡視船「海警2307」
1:22
数十分後、波間の向こうから出来の悪い洗濯機のような機械音が断続的に聴こえて来る。それはまだ微かなものではあるが、視覚的、聴覚的なものを超えて確かにその接近を認識できる。間違いない。友軍のヘリコプターだ。王 沙羅はポーチからバズソウを取り出し頭上で回し始める。回転するバズソウの軌跡は蛍光色に発光しており、これでランデブーポイントを視覚的に示すことができる。
しばらくバズソウによる誘導を行っていると、突如として制音された発砲音が背後から聞こえた。王 沙羅が振り返ると、袁 小媧が構えていた20式自動小銃からか細く白煙が上がっている。暗視ゴーグルを降ろし銃口の向いていた先を見れば、武装した兵士が、ヘリパッドへと続く廊下で倒れていた。
「沙羅ちゃん、敵さん来たよ」
「了解」
バズソウをしまい、M4 SOP MOD Ⅱを構え銃口を艦首側へ向ける。数分後に倒した敵の死体の向こうから声が聞こえてきた。
「おい!大丈夫か!?」
声の主が物陰から出ようとした瞬間、王 沙羅のM4 SOP MOD Ⅱが火を噴く。しかし、相手が咄嗟に身を引っ込めたため、命中はしなかった。これで90部隊が船上にいることが敵にバレた。じきに敵の増援がやってくるだろう。
袁 小媧は伏射体勢に移行し、前面投射面積を減らして被弾のリスクを抑えつつ、廊下からやってくるであろう敵に備える。一方、王 沙羅は片膝立ちで同じく前面投射面積を減らしつつ、後部艦橋周辺のギャラリーから射ち降ろしてくる敵を狙う体勢をとった。
「こっちだ!」
「攻撃開始!」「射て!」
騒々しい足音とともに複数の敵が廊下から姿を現す。袁 小媧のライフルの射線に入った瞬間、銃弾が放たれ一人が倒れた。その後も断続的にフルオートによるバースト射撃を行い、なるべく敵の射線が通らないよう攻撃を続ける。同時並行で、ギャラリーから2人の敵がHK416 A5を構え顔を出す。その瞬間に王 沙羅の射撃が二人に命中し、一人は眉間を射ち抜かれ即死、もう一人はヘルメットに当たって跳弾したものの、被弾の衝撃でよろめき物陰に引っ込んだ。
王 沙羅たちのいる場所は遮蔽物のない拓けたところのため、弾幕を形成し続けなければあっという間に蜂の巣にされてしまう。リロード時にはお互いの位置を入れ替えつつカバーをし、それ以外はなるべく離れた位置に立って、一網打尽にされぬよう立ち回る。
そうして撃ち合うこと五分。それまでも聞こえていたローターの駆動音がどんどん喧しくなり、王 沙羅たちの背後まで近づいてきた。そしてサーチライトが辺り一帯をまばゆく照らし、視界を白く染めあげる。王 義叡たちの乗るヘリコプターだ。機体が横を向き、右側のドアが開けられそこから三つの銃口が飛び出す。
「ライトニングボルト2-1、準備よし」
「こちらヘッジホッグ1-3、同じく」
「リトルタイガー0-1、指示を待つ」
「少校、いつでもどうぞ!」
「よし、射ち方始め!」
王 義叡の命令と同時に、応 雷がWLVRNを、張 藍陽がCZ BREN 2を、郭 忠明がQBZ-192を、敵へ向けて狙い射つ。ライトニングボルト2-1は応 雷のコールサインで、ヘッジホッグ1-3は張 藍陽のコールサイン、リトルタイガー0-1は郭 忠明のコールサインだ。ギャラリーにいた三人が次々と射ち抜かれ、廊下にいた三人は艦の奥へと退避して行った。
敵がいなくなった隙に、ヘリコプターでやってきた三人の降下が行われる。解放されたドアから先端に重りの付いたロープが、周 彗によって降ろされ、一人、また一人と降下してゆく。郭 忠明ら三人が降下を終えると、ロープが回収され、ドアが閉まり、前方へと飛び去って行った。
「あ~ん♡さみしかったよ隊長~♡」
「しっかりしろ。もう28だろお前」
「素晴らしい仕事っぷりでしたね、袁中尉。王少尉も初めての潜水任務、お見事でした」
「おい、おしゃべりは終わりだ。そろそろ行くぞ」
袁 小媧が郭 忠明に抱きつき、郭 忠明はやれやれといった様子で頭を撫でる。張 藍陽が潜水任務の担当をした二人を労い、応 雷がWLVRNからL85 A3に持ち替えつつ他三人に釘を刺した。
「リトルタイガー0-1より90部隊各員へ、フェイズ5に移行、艦の制圧を開始する」
郭 忠明が先頭に立ち慎重に廊下を進んでゆく。突き当たりに達した瞬間、敵兵士が飛び出してきたが、銃を射つ間もなく蜂の巣にされた。
「ここで分かれるぞ。俺とサンダーボルト2-1が艦首へ向かう。マーメイド4-1とヘッジホッグ1-3、そしてシャーラ0-4は艦橋とCICを制圧しろ」
「了解!」
「りょ~か~い☆」
「了解しました!」
「了解」
郭 忠明らは艦首方向へと歩を進め、一方王 沙羅たちはすぐ手前の艦橋に向かう。階段を登り、艦橋後部のドアの前にたどり着く。ノブを捻り鍵がかかっていないことを確認すると、ドアを開け、信管を抜いたフラッシュバンを中に投げ込むと、勢いよくドアを閉じた。構造物越しでもはっきり聞こえるほどの爆音と真昼のような閃光が艦橋を支配した。フラッシュバンが炸裂した一秒後に室内に突入する。フラッシュバンによる、強烈な爆音と閃光に怯んだ兵士たちは、なす術なく次々と射ち抜かれてゆく。五秒後には、中央にいた、30代半ばほどの男性兵士以外は全員物言わぬ屍と化していた。
その男性兵士は、上下に他の兵士と同じオリーブ色の戦闘服を身に付け、マグポーチ付きのプレートキャリアをその上に装着している。ヘルメットには他の隊員同様暗視ゴーグルが装備され、肘と膝にはプロテクターを着けている。両肩に戦闘服と同色の階級章があり、単体の五芒星があり、平行する二本の太く長い直線を、小さく細い直線が垂直に繋いでいる形状だ。左肩にはアルファベットでA.SAKURABAと表記されたパッチを身に付けている。そして先ほどの攻撃で右ふくらはぎを射たれ、血を流しながら尻餅をついていた。
「動くな」
王 沙羅が冷たく言い放つ。銃口を向けられ脚を負傷したこともあり、桜庭はたまらず両手を上げる。肩から提げているHK416 A5と腰のSFP9を没収され、隠し持っていたナイフ含め完全に武装解除されてしまう。上げた両手を後ろに回すよう王 沙羅に命じられ言う通りにすると、張 藍陽が手早く結束バンドで拘束し、両足も同じように結束バンドで動けなくした。その後被弾箇所の数cm上で止血帯を巻き、患部に止血剤を塗って、応急措置を済ませた。
「すご~い♡これ戦犯旗だぁ☆」
袁 小媧が右肩に付いているパッチを剥がして物珍しそうに眺める。それは旭日旗のパッチで、大日本帝国時代から今日に至るまで、デザインを変えながらも、日本を護る者たちが掲げてきた旗だ。その下には部隊章と思しきパッチもあり、こちらは赤地にデフォルメされた蜘蛛が、腹部から糸の代わりにパラシュートを出しているという絵柄だ。
「戦犯旗?」
「かつて日本がファシスト体制下で我が国を侵略していたころに使っていた軍旗ですよ。後継組織である自衛隊が現在も使っている他、日本では極右政治勢力が象徴として礼讃しているそうです」
王 沙羅の疑問に、張 藍陽が、小匙一杯程度の事実に多分に偏見を混入させた知識で答える。その間に袁 小媧は、剥がした旭日旗パッチと部隊章パッチを自分の戦利品と言わんばかりにウキウキで仕舞い込んだ。
「貴様...そのライフル、20式か!?何故貴様が持っている!?」
「い~でしょ~☆少校に欲しいって言ったらくれたの♡」
桜庭が、袁 小媧が装備している20式自動小銃を見て、驚愕の声をあげる。袁 小媧は自慢気に20式を見せびらかした。現在20式自動小銃は自衛隊以外の軍や法執行機関には採用・配備されていない。そんな20式が、それも仮想敵国である中国の部隊で使用されている事実に、桜庭は驚きを隠せなかった。
実のところ、20式を袁 小媧が手に入れた理由は、2026年二月に日本で武器輸出規制が緩和され20式自動小銃も対象となり、日本と友好関係にある第三国経由で研究目的で購入されたものだった。20式自動小銃は、島嶼での戦闘を想定して海水による腐食に強い加工が施されており、また銃の各所は水を排水しやすいように設計されている。袁 小媧は、そうした20式の設計に惚れ込んで、おねだりしたのだった。
「マスター、艦橋を制圧、捕虜を一人確保しました」
「了解した。艦を完全制圧後にそちらに向かう」
王 沙羅が王 義叡に報告を行う。その間に、張 藍陽が桜庭を睨みつけながら質問をする。
「ここまで艦の中で、乗っていた我が軍の乗組員の死体すら見ませんでした。彼らを何処にやったんです?」
「ふん、支那のヒトモドキに答える口はない」
桜庭は張 藍陽の質問をはぐらかす。その表情には一点の曇りもない侮蔑が込められていた。一方、袁 小媧は桜庭から没収したSFP9を興味津々といった様子で眺める。
「いい銃だね~これ☆ばーん☆ばーん☆」
スライドを軽く引いて薬室内を確認すると、既に動かなくなった兵士の遺体に銃口を向け、試し射ちと言わんばかりに発砲を始める。コンソールにもたれかかっている遺体が射撃を受ける度に重心がブレ、遂には倒れ伏した。それでもお構い無しに射撃が続けられ、顔面は血と銃創で醜く歪められた。その間も袁 小媧は買ってもらったおもちゃで遊ぶ子供のように楽しげに笑い続けた。
「貴様ッ!!やめろ!やめろォッ!!」
「うるちゃ~い♡」
「もがッ」
部下の遺体が敵に弄ばれるさまに、思わず声をあげる。ただでさえ憎き敵に作戦を台無しにされた上に、志を同じくする部下の遺体を弄ばれて、桜庭の怒りと憎悪は一気に膨れ上がった。口角泡を飛ばしながら激昂する桜庭の口に、彼が装備していたSFP9が袁 小媧によって押し込まれた。
「~~~ッ!~~~ッ!!」
自らの得物を咥えこまされ、言語化不能な叫びをあげる。一度冷静になり、潔く自決せんと舌で引き金を引こうとするも、トリガーガードを舐めるだけに終わる。そしてこの瞬間、舌を噛み切ることもできなくなったことを悟り、生き恥を晒すだけに終わった事実に、桜庭の顔は絶望一色に染まった。袁 小媧はそんな彼の様子を、毛糸だまとじゃれる猫を眺めるかの如く和やかな笑顔で見守っていた。
東シナ海 日本国EEZ
中国海警局 巡視船「海警2307」
A.M 2:11
「少校、艦の完全制圧を確認。こちらでも捕虜を一人確保しました」
「ご苦労、郭上尉」
郭 忠明が王 義叡に報告する。艦橋担当班が制圧を完了したおよそ十分後に艦内部の制圧も完了した。桜庭と、郭 忠明たちが確保した者の二人が捕虜となった。
「改めて諸君、ご苦労だった。困難な任務であったが、諸君らの意志と力量で以て、成し遂げることができた」
王 義叡は艦橋に90部隊の隊員たちを集め、労いの言葉をかける。今回の作戦に関する話を長々と語っていると、一人気をつけの姿勢を崩していることに、王 義叡は気づいた。
「...今回の作戦の意義は...王少尉?」
見れば、王 沙羅がヘルメットを脱ぎ、白無垢を思わせる髪のを持つ頭を、王 義叡に差し出すように向けている。王 義叡が困惑していると、察した郭 忠明が微笑みながら、王 義叡に援護射撃をする。
「少校、頭を撫でて欲しいんですよ。こいつは」
見ると、王 沙羅はいつものように無表情ながら僅かに頬を染めており、その眼差しからは期待の色が滲み出ている。他の隊員もそれに気づいたようで、ほぼ全員が同じように期待の眼差しを王 義叡に向ける。
周囲の圧力に負けて、明らかに不慣れであることが見え見えながら、しっかりと愛情のこもったナデナデを、王 沙羅にしてあげた。力強く心からの想いがこめられたナデナデに、無表情以外の表情がインストールされていない王 沙羅の顔が、僅かに綻んだ。その様子に、他の隊員たちも笑い出し、さっきまで殺しあいをしていたとは思えないほど、暖かい空気が艦を包み込んだ。
今回の一件で、日本による侵略的非公式軍事作戦を阻止した実績を、90部隊は得たと同時に、最早今までのように遺憾の意を表するだけの国では、日本はなくなったという揺るぎない事実を知ることになった。この事実に、中国共産党首脳部は頭を悩ませるだろう。場合によっては国防ドクトリンを見直す必要すらあるかもしれない。それでも、だからこそ、90部隊の戦いはまだ始まったばかりなのだ。
「習志野の連中がやられたか...」
「だが、日本の国防に携わる者として、怖じ気づくわけにはいかん」
「この国を護る。それこそが我らの使命」
「奴らがまた仕掛けてくるならば、受けて立つまでだ」
「我々、SBUがな」