ようこそ、■■黒い教室へ。 作:ekaterina
今回はちょい短め。
高評価されると逆も投票されてて面白い。
どんどん曇らせていく。少なくともあと2話はね。
私が静乃ちゃ……藤原さんと知り合ったのは、この学校に入学した日の教室でのこと。
中学校での後悔から、高校ではまっすぐにやり直そうと思っていた私はクラスのみんなと仲良くなった。
「おはよう、一之瀬さん!」
「おはようー!今日もいい天気だね」
「委員長、おはようっ」
親しい友人も出来て、委員長なんて呼ばれるようになって少しだけ実感したんだ。
―――ああ、私はやり直せる。やり直してるって。
そんな中で、窓際の席にかける藤原さんはとっても大人っぽくて同い年には見えなかった。女の私もドキドキしちゃうようなこう、色気っていうか…綺麗な、声をかけてはいけないような尊さをもっているようだった。
「っ…、静乃ちゃん、おはようっ!」
「…ええ、帆波さん。おはようございます」
「静乃さんおはよー」「おはようございます!」
いつも朝の初めに挨拶する時は緊張しちゃう。無視されるんじゃないか、どこか呆れられるんじゃないか、そんな不安がいつでもあった。その度に、藤原さんからはちゃんと挨拶が返ってきて、ますます胸が高鳴った。
―――『本日よりBクラスに加わりました藤原静乃と申します。ご縁があり皆さまと共に学べますこと、大変光栄です。…まだ新しい環境に不慣れでございますが、お役に立てますよう努めます。どうぞよろしくお願いいたします。』
…こんな感じの自己紹介で衝撃のBクラスデビューを飾った藤原さんは、すっごくお嬢様然としていて、私みたいな庶民とは違う上流っぽい雰囲気をしていた。
クラスの半分くらいはこう、ポーって顔を赤くして固まったけど、何とか私は復帰してその後すぐにお昼に誘う事ができた。…そこでもちょっと、驚く事件があったんだ。
「えっと…静乃ちゃん?先に食券を買わないと」
「…食券、とは何ですか?」
「え?」
「…?」
藤原さんはどこか浮世離れしているっていうか…食堂で食券の買い方を知らなかったり、ちょっとイタズラ好きというか…わざとドキドキさせるような距離でささやいたり。この間もネクタイを直してくれたんだけど、背中側から抱き着くように、こう…密着してきたりもした。
「帆波さん、動かないで」
「え…?ふぇ!?」
「………ん、これで良し」
「あ、あわわ…あう…」
見た目通りミステリアスなんだけど、一緒に過ごして話して行けばどこか身近に感じることも増えていって。それもとっても魅力的で、男子はもちろん、女子だって隠れファンをたくさん生み出していた。…実は、私も…なんて。
そんな中で、春が過ぎて、初夏の季節になる頃にちょっとだけ残念な…ううん、嫉妬、なのかなあ…そう感じることが多くなって来た。それは、藤原さんを遊びに誘おうと声をかけた時のこと。
「あ、静乃ちゃん…今日は、どうかな?」
「帆波さん…ごめんなさい、今日は椎名さんと図書館で会う約束があって」
「いいよ、気にしないでっ!…また今度、一緒に遊ぼうね?」
「ええ、また誘って下さい」
こんなやり取りも、一度や二度じゃない。それでもいつか…って、声をかけるのをやめられない。藤原さんは他のクラスの友人が多いみたいで、楽しそうに本を読んでたり買い物をしているのをチラホラ見かける。
最初は…それでも良かった。でも、この学校の本当のルールが分かってからは心配も増していった。
貰えるポイントが変動する事。
優秀な生徒順に分けられたクラス。
そして、望む進路に行けるのは一番優秀なAクラスだけ。
裏切られたって思いをみんなが感じたと思う。この学校に入学すれば、好きな進路に行けるって聞いていたから猶更だった。
それでも、私たちはBクラス。上から2番目に優秀な生徒と認められたんだから、このクラスのみんなで頑張ろう。
―――そう思っていた。
最初の期末試験。私たちのクラスで事前の小テストで危ない点数を取った人は多くは居なかったけど、そのままじゃダメってみんな分かってる。だってひとつでも赤点で退学なんて、そんな条件でテストを受けるなんてみんな初めてなんだから。
みんなの意見で勉強会を企画して、苦手科目を克服することになったんだけど…そんな中。テストまであと一か月を切った頃から、隣のCクラスの嫌がらせが始まった。
図書室やカフェで勉強していた時にうるさいって声をかけられたり、帰り道で肩をぶつけられたり…そんな嫌がらせを何人も受けたみたい。星之宮先生に相談したけど、基本的に生徒間の争いには学校は介入しないみたい。
あきらかな怪我や被害を受けたり、証拠があれば訴えを起こせるみたいだけど…なんとも歯がゆい思いをしていた。
「くそ…アイツらどんどんエスカレートしてきてる…」
「怖いよ…ねえ、帆波ちゃん」
「うん。…みんな、基本的にひとりで行動するのは避けて固まって行動しよう。登下校も、5人くらいでいれば大丈夫だと思うから、気を付けて。それから――」
そう言ってひとしきりの対策――神崎君と考えたもの――をみんなに伝えると、多少は安心してくれたみたい。そんな中でも藤原さんは変わらず図書室で椎名さんと一緒に読書。
…成績的に不安はないのかもしれないけれど、心情的にはどこかモヤモヤする思いを感じていた。
「あ、静乃ちゃんっ!」
「帆波さん?…いかがされましたか?」
「その…今日も、椎名さんのところ?」
「ええ。約束していましたので」
「そ…っか。じゃ、じゃあ…また、ね?」
「ええ。また」
どこか歯痒い思いで見送った。一緒に読書をしている椎名さんはCクラスでも大人しい子で、争いには関わっていない。それでも、今みんなは他のCクラスの人たちからちょっかいをかけられてる。そんなクラスの子と仲良くしている藤原さんは…なんていうか、クラスから徐々に浮いてしまっていた。
「委員長、藤原さんは…また?」
「…また今度誘って欲しいって」
「そうですか…残念ですね」
「うん…そうだね」
実はみんなは藤原さんに勉強を教えて欲しいって訳じゃなくて、(そういう子もいるけど!)一緒に居てくれるのが嬉しいっていうか、他のクラスの子と仲良くしているのが…誤魔化さずに言うといやなんだと思う。…私と同じで。
それが爆発したのは、7月頃。クラスポイントの支給が止まったと、朝のHRにお知らせがあった。なんでもCクラスの生徒がDクラスの生徒に暴力を振るわれたって訴えたらしい。
最初に思ったのは、逆なんじゃ?ってこと。こっちに攻撃をしていたCクラスが殴るならわかるけど、殴られたって被害を訴えたのはどういうことなのか。
「一之瀬…放課後時間はあるか?」
「神崎君?ひょっとして…」
「ああ、この事件について少し調べたいと思っている」
「分かった。じゃあ一緒にいこう」
そう神崎君に言われて、私たちは放課後に特別棟へと向かった。そこでDクラスの綾小路君と堀北さんに出会って、事件の情報を共有する約束をした。次の日から私たちは張り紙や生徒用の掲示板で情報共有を呼び掛けると、少しずつ今回の事件の全貌がつかめて来た。
「この殴られた石崎君はバスケ部じゃないんだ…」
「ああ、悪い噂も聞く。4月には顔に怪我をしていたらしい。…当然、その時にはこんな事件化はしてない」
「じゃあ今回の事件って…やっぱりCクラスから?」
「ああ。後は証拠だけだが、俺たちからすればおおよその目的は果たした。後はDクラスの仕事だ」
「うん…」
神崎君の言う通り、あくまで部外者の私たちの仕事はここまで。集めた情報を堀北さんに送信して、後は任せるべきだ。でも…。
「…藤原のことが心配なのか」
「えっ…!?どうして…」
「やっぱりか…」
驚く私に、神崎君がため息交じりに呟く。最近、Cクラスの子と一緒にいるからなのか、ヒソヒソと遠巻きに噂されている。陰口ってわけじゃなくて、藤原さんを心配するような内容だから強くは言っていなかった。
…だから、それが悪かったんだと思う。藤原さんと椎名さん。二人の関係に亀裂を入れる事件が起きてしまったんだ。
「そっか…そんなことがあったの」
「ごめんなさい、帆波ちゃん。でも私…」
「委員長、この子を責めないであげてっ。元はと言えば私が…」
電話で勉強会をしていた子に呼び出されると、そこには数人の――中には泣いている子もいた――クラスメイトの姿があった。
なんとか落ち着かせて話を聞くと、なんでも彼女達はBクラスの椎名さんと衝突してしまったらしい。
「もう静乃さんに近づかないで下さい…!!」
そう、怒鳴ってしまったらしい。……もともと、Cクラスの女の子たちにちょっかいをかけられていたから、当たりが強くなってしまったのかも。図書室に一人で待っていた椎名さんに、この子たちの不満が爆発してしまったんだと思う。
1学年はDクラスの須藤君の件が解決していないのに、更にBクラスでも問題が起きるかもしれないなんて、私や神崎君は頭を悩ませることとなった。
そうして週が明けると、Dクラスの審議の話題で持ちきりになった。私も情報の件で知り合った綾小路君に協力を求められた。嘘をついたCクラスの男子たちを追い詰める為に、偽の監視カメラを付ける作戦に協力した。それで裁判は取り下げられて、一件落着。
…そう思ったんだけれど、もうひとつの事件が起こっていたんだ。Dクラスの佐倉さん…まさかのグラビアアイドルの雫だったなんて。まさかストーカーが学校の敷地内にいて、彼女に迫っていた。綾小路君が気が付かなかったら、本当に大変なことになってたかもしれない。
「一之瀬。今回の件、本当に助かった」
「にゃはは…気にしないで?困った時はお互い様だからさ」
「そう言ってもらえると助かる」
そういって今度こそ、長い一日が終わって
―――やっと椎名さんの、Cクラスとのトラブルの解決に動かなきゃって思ったのに。
でも、実際はそうはならなかった。二人の間でどういった会話があったのか、放課後に藤原さんが図書室に行く事はなくなった。教室でひとり、下校の時間まで窓際の席で本を読んでいる。
おそるおそる、というように椎名さんに詰め寄った子たちが謝ったときにはそれを受け入れてたけど…でもどこか、儚い雰囲気だったのが、酷く印象に残った。
別に怒っている様子なんてない。誘えば予定を予定をあけてくれるし、一緒にご飯もカフェだって行ってくれる。でもその頃からずっと、藤原さんは本を持っている。…まるで椎名さんと関係を引き裂いた私たちを責めているようで、どこか私は罪悪感を覚えてしまっていた。
終業式が終わって、夕焼けが差し始める校舎の玄関。友達と「このあとみんなで遊びに行こうよ」とはしゃぎながら昇降口を抜けた帰り道だった。
ふわっと風が吹き抜け、まだ新しい夏服の制服を揺らしたその時――
「帆波ちゃんっ!!」
思わず振り返ると、いつもはにこにこしているDクラスの櫛田さんが、息を切らしてこちらへ駆けてきていた。
「え?く、櫛田さん?」
「はぁっ…!ほな、帆波ちゃん…ごほっ」
櫛田さんは普段の笑顔が影を潜め、肩で荒く呼吸しながら言葉を探している。その慌てた様子に、何か尋常じゃないことが起きたのでは、と不安がじわじわ広がった。
しばらく迷ったあと、彼女は言い淀むような声で絞り出した。
「いったいどうしたの?そんなに慌てて――」
「星之宮先生に電話できるっ!?」
突然の叫びに、私だけでなく周囲も驚いた。
「え、先生?茶柱先生じゃなくて?」
「そう。茶柱先生に電話したんだけど繋がらなくて、だからお願い!今すぐ星之宮先生に電話してっ!」
櫛田さんが真っ青な顔で私の腕をぎゅっと掴み、縋るように訴えてきた。
何か絶対に良くないことが起きている。そう直感して、私は急いでスマホを取り出して連絡を入れる。
「わ、分かったっ、ちょっと待って…」
画面に星之宮先生の記録を探しながら、緊張で指がわずかに震える。コール音が数度鳴り、やがて「もしもし、どうしたの~?」と、いつもの朗らかな声が返ってきた。
「出たよ!」
「っ貸して…星之宮先生ですかっ!?」
櫛田さんはスマホを受け取ると、小刻みに震える手で耳元へ持っていった。…思ったより声が大きくなり、声色もいつもの櫛田さんじゃない。
「もしもし?えーっと、佐枝ちゃんのクラスの櫛田さん?」
「は、はい。…ほ、星之宮…先生」
「はいはい、Bクラスの担任の星之宮ですっ。どうかしたの~?」
「それが…その…」
傍らで見ている私も手汗が滲む。先生は優しく声をかけてくれたが、櫛田さんはしばらく言葉を選んでいたのか尻すぼみになった。小さな声を聞き取ろうと意識すれば、周囲の声や喧騒があっても、集中すればなんとか星之宮先生の声は聞き取れた。
その時には先生も櫛田さんの様子がどこかおかしいことに気がついたみたいで、真剣な態度になっていってた。
「…どうしたの?なにかあったの?佐枝ちゃんは今ちょっと席を外してるけど、私で良ければ…」
「すぐに助けが必要で…今、今すぐ行きます、学校…どこに居ますか、職員室ですか…!?」
「ちょっと、落ち着いて…。…」
玄関前の夕陽の傾き、擦れ違う生徒たちの楽しげな会話。
その中で、櫛田さんの切迫した声と、先生の静かな口調だけが、やけにくっきりと記憶に焼き付いた。スマホを返した櫛田さんは一目散に、普段はいかない区画――生徒指導室?――に走り出した。私たちが追いつくと、そこには自分のスマホを渡している櫛田さんと、その画面を凝視している星之宮先生の姿があった。
「ついさっき…これが届いて…」
「なに…これ…」
二人の顔は青ざめ、信じられないものを目にしたかのようだった。
私が近づこうとした瞬間、
「ダメッ!!」
「っえ…」
櫛田さんが泣きそうな顔で制してきた。その表情に、思わず足が止まる。
「見ないで。お願いだから…」
「で、でも…」
「…、一之瀬さん。これは…本当、見ない方が良い」
そういって口に手を当てている星之宮先生の顔色は、相変わらず悪い。それでも先生はテキパキとどこかに電話したり、櫛田さんを指導室に招いて、私たちに解散を促した。
私たちは釈然としない気持ちを残しつつ、やがて始まるバカンスを楽しみに少しずつ気持ちを切り替えていった。
「すご~い!めっちゃ大きい!」
「ねっ!本当に入学して良かった!!」
「にゃははっ…そうだね!」
数日間の豪華客船での生活に、みんなと羽を広げているとついに目的地の無人島へ辿り着いた。一週間過ごすコテージを心待ちに、クラスごとにに下船すると、アナウンスされる。
私たちも準備をして集合場所に向かうと、すでに藤原さんがそこに立っていた。
「え…」
「ねえ、あれ…」
美しい黒髪が潮風になびき、思わずため息が出るほど絵になっていた――もし全身を覆う包帯がなければ。
「なん…で…」
「………」
右頬には痛々しいガーゼが貼られ、片腕は三角巾で吊られていた。
腕は通せなかったのか、赤いジャージを肩からかけている。
白い包帯が首筋を覆い、その儚げな様子がより一層際立っている。
「し…静乃ちゃん…?」
「………ええ、久しぶりです。
「…ぇ…」
その声を聞いた瞬間、私は一瞬だけ迷った。
目の前の彼女が本当に藤原さん――これまでの“彼女”なのか、分からなくなってしまった。
だって、その表情にはもう、あの優しい微笑みも、澄んだ碧い瞳の輝きも、まるで失われてしまったかのようだったから。
読了ありがとう。
多分次回は教師視点。
実際ストーカー事件についてはその後の対応も含め大問題だったと思うの。
その辺に関して苦しんで曇って欲しいかなって。
お楽しみに。