ようこそ、■■黒い教室へ。   作:ekaterina

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おまたせ。

最新刊読んだらなんか、某シークレットなゲームの2のセカンドステージを思い出した。

今回は長くなってしまった。分割しようかと思ったけれど、まあ良いかと投稿。
それではどうぞ。


④:星之宮知恵の教え子

私の中で静乃ちゃんの第一印象は箱入りの清楚な美少女って感じだったかなぁ…。

みんな優等生って感じのBクラスで、違う空気を纏っていて、こう…世間知らずな一面も、むしろ彼女の魅力のひとつで、その美しさを引き立てているようだった。

 

「星之宮先生、こちらをどうぞ。…ゆっくり、飲んでくださいね?」

 

「うぅ~ありがと。静乃ちゃんは絶対良いお嫁さんになるよぅ~」

 

「…そのような。でも、ありがとうございます」

 

それに困っていたら自然にフォローしてくれて、二日酔いの私にも飲み物を差し入れてくれた。素行も成績も申し分ないみたいだし、成長したら…ううん、今でも間違いなく着物を着たらすっごく似合う和風美少女!

まさに「三つ指をついて」とか、「夫の影を踏まず、三歩後ろを歩く」みたいな言い回しが似合う大和撫子だねっ。

委員長の帆波ちゃんがリーダーとしてみんなを引っ張る一方で、静乃ちゃんは誰にも気づかれないような細やかな優秀さを発揮する。うんっ、良いね!ただ、他クラスの生徒とも仲が良いことだけが少し気がかりかな?…まあそういった関係もこれから必要になるし、ちょっとくらい良いよね。

 

5月、クラスにSシステムを伝えた際も、すぐに帆波ちゃんや神崎くんがクラスをまとめ、対策に乗り出した。やっぱり、この子たちとならAクラスを目指せる――そう確信を持てた。

 

無事に試験を全クラス退学者ゼロ(佐枝ちゃんのDクラスはポイントで救済されたみたいだけど)で潜り抜けたあと、7月に事件が起きる。DクラスとCクラスで暴力事件が起こって、審議になるみたい。事件は監視カメラが設置されていない特別棟で起きていて、被害者も加害者も言っている事が食い違ってる。白黒つける為に生徒会に判断して貰う…ってことなんだけど、教職員の間には「坂上先生のクラスが仕組んだ」なんて噂も飛び交っていた。

まあそれはそれとして、佐枝ちゃんはからかうんだけど。

 

「今年のDクラスも大変そうだね~佐枝ちゃん」

 

「…そうだな。例年通りだよ」

 

「あん、冷たいなぁ。…須藤君、退学を取り消すのちょ~っと早まったんじゃないの?」

 

「くどいぞ。あれは生徒から働きかけた件だと何度も説明した」

 

「え~!?本当?実は裏で糸引いてたりしない?」

 

むすっとした表情に溜飲が下がる。そんないつもの掛け合い。うちのクラスの子もCクラスからちょっかいをかけられていたから、調査に協力していたのはことには納得していた。そんなことよりも、再審議の日に起こった事件の方が()()()()だった。

 

またDクラスの――佐倉愛理ちゃん。彼女が学校の敷地内で、それも施設の職員に襲われかける前代未聞の事件が起こったみたい。

なんとかクラスメイトの綾小路君と、審議の件で関係があった一之瀬さんが駆けつけてくれたけど、一歩間違えれば最悪の可能性があったんじゃないかって。学年問わず先生たちの間に緊張が走り、職員は即刻解雇が決定。ほんと間に合って良かった。

 

パトロールの強化や施設への追加調査の動きも出始めていた。私たち一年の教員も招集され、状況共有のためのミーティングとなった。正直、必要とは思いつつも心のどこかで面倒だと感じてしまう。事態の報告や共有も兼ねたミーティングをすることになって、憂鬱な気持ちで佐枝ちゃんの報告を聞き流す。

私たち1年生の教師も集まって事態の報告や共有も兼ねたミーティングをすることになって、必要とは思うけど面倒だなあって感じてしまう。

 

「――ということで、佐倉にも事件を大事にしない形にする同意を得ました」

 

「ふむ…本人の希望ということか?」

 

「ええ、事件の事をおおやけにすれば彼女も注目を浴びてしまいます。それは佐倉自身も望まないでしょう」

 

「まあ…本人がそういうなら仕方ないですからね」

 

「ふ~ん…」

 

目の前で佐枝ちゃんが報告して、議事録を取ってる真嶋先生が確認して、坂上先生が眼鏡をクイッてしてる。――茶番だ。率直に言えば、私も他の二人も、もし被害者が自分のクラスの生徒だったなら、こんなおざなりな結末は到底受け入れられない。

補償や警察への訴えだって当然の権利。使って当然でしょ。それもこれも、事なかれ主義っていうか…大人しい佐倉の善良さに付け込んだだけ。…まあ別に佐枝ちゃんのクラスの子だから良いけど、担任がこんなので本当に可哀そう。

 

「…なんだ知恵、言いたいことがあるのか?」

 

「別に?…あ、こっちの別口であげた稟議は取り下げないからね?」

 

「それは…いや、そうだな」

 

「お願いね~」

 

「お前…」

 

別口の稟議は、帆波ちゃんの勇気ある行動へのの評価(ポイント)のこと。事件が実質握り潰されても、貰うものは貰っておかないと。帆波ちゃんは良い子だから遠慮しちゃうだろうし、こういう所で私がしっかりしてあげないとねっ。

それにしても佐枝ちゃんのクラスの子が本当に可哀そう。なんの保証(ポイント)も貰えず、学校側の謝罪も担任に一度きりで済まされてしまうなんて

 

そんな悠長な…ううん、危機感のない代償が、すぐにやって来た。好事魔多し。…そんな出来事が、私とその周りにも降りかかることになったの。

 

 


 

 

事件が起きたのは終業式の日。気持ち早めに授業も終わり、次は夏休み――そう、特別試験(バカンス)の準備がある。生徒達はチラホラ校内で夏休みの予定に浮足立っている様子だけど、私たち教師は職員室で仕事が山積み。ちょっと気が遠くなったけど、夜に飲みに行くお店の事を考えてもうひと頑張りしようとした矢先に電話が鳴った。

 

「もしもし?どうしたの~?」

 

『あ、星之宮先生。一之瀬です。えっと…』

 

電話はクラスの帆波ちゃんからで、さっきまで教室に居たはず。なにかあったのかと思ったけど、すぐに電話はDクラスの櫛田さんに変わった。彼女は他のクラスの子たちとも仲が良くて、人気も高い美少女。

Dクラスを纏められる生徒として密かに警戒してた子が、とっても慌てた様子で電話に出た。なんの話かと思ったけど、電話口の櫛田さんは尻すぼみになって、これはただ事じゃないって思った。「弱みを握れないかな~」なんて気持ちもちょっとはあったかもだけど、とにかく落ち着かせて、あまり生徒が来ない生徒指導室に来るように伝えて私も向かう。

 

「佐枝ちゃんが居ないから仕方ないよね…っと、来た」

 

「っ星之宮先生!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて。ね?大丈夫だから、「これっ!」…いったい何を…」

 

全力で走ってきたのかなって思うほど荒い息と青ざめた表情。息を整える暇も惜しむように櫛田さんは、私の声を遮って持っていた自分のスマホを私に差し出した。そこには――

 

「……………は?」

 

私のクラスの、静乃ちゃんの画像が写っていた。言葉にするのも憚られるほど、酷い仕打ちを受けた後の、見るに堪えない姿の写真だった。

 

「ついさっき…これが届いて…」

 

「なに…これ…」

 

思わず声が漏れる。なんとか自分を奮い立たせて、追いついてきた帆波ちゃんたちを下校させて、教師用の緊急番号に電話をかけた。さらに私用のスマホのグループチャットに【事案A発生】とも送信して、既読がつくのを確認する。

 

『こちら職員室、星之宮先生ですか?いったい「すいません、こちらのクラスの子が事案Aです」っ、詳細を』

 

「今、1階の生徒指導室に居ます。1年のDクラスの櫛田さんと居るので茶柱先生も呼んで下さい。それから…」

 

事案Aは教員用マニュアルで定められた非常事態を指す。私も訓練以外で聞いたことはなくて、近年は起きていなかったはず。

緊急性が高い順にA、B、Cとなっていて、今回は間違いなくAでいいと思う。直ぐにでも監視カメラとか、持っている学生証の位置情報から静乃ちゃんを探さないといけない。だから電話口の先生も直ぐに行動してくれた。

他の先生方を待つ間、櫛田さんに事情を聞いていると、彼女は震えながらスマホのメールを見せてきた。

 

「これは…動画?」

 

「ぜ、絶対に男の人に見せないで下さい…!お願いします」

 

「…っ、見るわね…」

 

悪い予感しかしない。でも、私のクラスの教え子。絶対に守らないと、その一心で動画を再生する。

――その予感は悲しくも的中した。決して生徒が、まして未成年の子どもたちが知るべきでない映像が流れ始める。

 

「………なんてこと…っ…!」

 

「ひっ…」

 

「っ、櫛田さん…大丈夫…先生に任せて…ね?大丈夫だから!」

 

女性としての嫌悪、恐怖、怒り。あらゆる感情が渦巻きそうになったたけど、生徒の前だからギリギリ我慢できた。目の前で泣きそうになっている子供を抱きしめて大丈夫だからと、彼女にも…自分にもそう言い続けた。

 

その後、先生たちが次々に生徒指導室に来てくれて、櫛田さんのことを女性の先生に任せる。

場所を別の会議室に移して事情を話すと(もちろん画像や動画は口頭で)、学校はまるで蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 

警備員、監視カメラ、各施設への連絡、ありとあらゆる手段で静乃ちゃんの捜索が行われた。

………でも、捜索の甲斐なく、その日の内に静乃ちゃんが見つかることはなかった。

 

学校では緊急事態として、ほとんどすべての先生が動員されるようなオオゴトになってしまった。私も徹夜で他の先生たちと敷地内を探したりしていて、さっき職員室に戻って来た。

 

「星之宮先生、一度お休みになった方が…」

 

「大丈夫…大丈夫ですから…」

 

気をつかってくれる先生に返事をして、お手洗いで顔を洗う。…酷い顔だ。なんとか誤魔化す程度のメイクをして戻ると先生たちが集まっている。なにか手がかりがあったんじゃないかって近寄ると…。思わず、悲鳴が漏れる。

 

「ひっ…」「これは…」

 

「……おそらく、藤原さんのものかと」

 

警備員さんが言いにくそうにそう告げた先には、ぼろぼろになった布切れ…違う。それは女子用の制服だった。…ワイシャツも、スカートもある。ボタンは千切られたのか、殆ど残っていない。足蹴にされたのか、足あとがついている。

「間違いないです」と震える声を上げた先輩の先生に視線を向ければ、その手にはバキバキに液晶が割れた学生証がある。まとめて路地裏のごみ箱に捨てられていたらしい。

 

「静乃ちゃん…っ…」

 

「ほ、星之宮先生…!?」

 

「おい、支えろっ!…少し休ませてやれ」

 

「は、はい…。大丈夫ですか?」

 

くたりと、膝から力が抜けたと思ったら意識が暗転した。周囲の先生たちの驚く声が遠のいて、そして――ふっと意識が浮上した。

 

「…っ痛…!」

 

――ズキズキする額に手を当てて、目を覚ます。

 

「ここ…仮眠室?…わたし…!?静乃ちゃんは…!?」

 

ガバリと身を起こすと、すぐに仮眠室を飛び出して職員室に向かう。つくとそこには青い顔をした坂上先生がCクラスーー椎名ひよりさんに詰め寄られていた。その横には櫛田さんもいて、担任の佐枝ちゃんも青い顔をして四角い紙を凝視してる。

ドキドキと動悸が激しくなる。佐枝ちゃんに近づいたら躊躇するように隠されたけど、ゆっくりと渡してくれた。誰にも見えない様にちらりと見れば――

 

「ひっ…!」

 

「知恵っ!…落ち着け。生徒の前だ」

 

「…分かった。だい…じょうぶ、だから…ありがとう」

 

「いい」

 

短い悲鳴と一緒に、また倒れそうになる背中を佐枝ちゃんが支えてくれた。短い返事といっしょに、お礼を言って――生徒の前だから、不安がらせないために――意識をしっかり保つようにする。

 

他の先生たちと一緒に椎名さんに話を聞くと、彼女はちょっと前にウチのクラスの子たちに言われて静乃ちゃんと疎遠になってたけど、内緒で本を送り合う関係を続けていたみたい。でも、いつもより早くに本が届けられていて、その中にしおり代わりに挟まっていたそう。

驚いた椎名さんはショックで意識を失っていて、目が覚めてすぐ、静乃ちゃんと仲が良かった櫛田さんに相談して学校に連絡したみたい。…至極当然だと思う。写っていた写真は昨日見た画像より鮮明で、音声だけの動画よりももっと悲惨な静乃ちゃんの身体を切り取っていた。口にするのも憚られる行為の跡――リボンで縛られた両腕、殴られた跡が見える頬、痛々しい■の跡、■■がついた上半身、虚ろな表情――こんなの絶対、子供が見て良いものじゃない。

 

「藤原さんは無事なんですかっ!?」

 

「静乃ちゃん…。あの写真…ほ、本当に大丈夫ですよね?静乃ちゃん、見つかりますよね…!?」

 

「先生はその写真を見ていませんが、今は多くの職員や警備員が探してくれています。…先生たちも全力を尽くします。今は信じて、待ちましょう」

 

「……っ」

 

そう慰める坂上先生には、教師としての経験(キャリア)の違いを感じる説得力や信頼があった。でも、そんな信頼なんて薄っぺらく感じるほど捜査は進展を見せず、

―――あっという間に、()()()()()()()

 

 


 

 

一週間。終業式があってからもう()()()だ。あと少ししたら特別試験の為に1年生は全員が船へと乗船しなくてはいけない。そんな時期にまでなってしまった。

他の学年だって、場所は違えど校内から離れて試験に向かう必要がある。とてもじゃないが暇なんて一切ないはずなのに、今年は遅々として準備が進んでいない。

その理由は変わらず、静乃ちゃん――1年生の生徒が行方不明になっている為だ。

 

「…おはようございます」

 

「知恵…お前」

 

「星之宮先生、本当に休めていますか?…気持ちは分かりますが…」

 

心配してくれる声が聞こえるけど、なにも感じない。進展のない捜索に、身も心も鉛のように重くなってしまっているみたい。

――最初の三日間で探せる場所は全て探したといっても過言、じゃないと思う。考えたくはないけど、最悪の想像が私も…みんなの頭にも、浮かんでいたと思う。

 

「…校長先生たちは?」

 

「ん…」

 

「会議だ。…はあ、全く」

 

そこから更に三日間。捜索は続けていたけど、上層部は外部機関――警察とか、だと思うけど――へ事態を公開するか否かを検討しているらしい。

慎重な…悪く言えば悠長な対応だと思う。夏休みを迎えて羽目を外し過ぎないためって理由で、教師も警備員も不自然なくらい巡回を増やした。上級生には不審がる生徒も出ていたけど、この一件は生徒側へは完全に伏せられたままだ。

 

「今日も彼女たち、来るでしょうね」

 

「…友人が行方不明なんだ。当然だが、歯がゆいな」

 

「……」

 

――タイミングも悪かった。

つい最近、佐枝ちゃんのクラスで起きた家電店の職員によるストーカーまがいの暴行未遂事件。あの顛末が、完全に裏目になってしまった。変に内部で処理せず、最初から警察沙汰とかにしていれば今回の件もスムーズだったのが、握りつぶした形になってはそうもいかない。

今回の件を相談すれば、聞き取り調査とかでその件がおおやけになってしまう()()しれない。ともすれば、学校側の責任問題だ。上層部はそれを警戒しているんだとか。…ほんと、下らない。

 

でも、それももう時間切れだ。一週間も行方不明、所在が分からないだなんて警察どころか保護者は到底納得できない。

いよいよに手詰まり。噂をしたら、じゃないけど、重苦しい雰囲気の校長先生たちが先生を集めて、口を開こうとしたその間際。一本の連絡が職員室に入った。

 

「はい、こちら職、――え!?見つかった?」

 

「「!!」」

 

「はい…ええそうですっ!…わかりました、すぐに。――星之宮先生!!」

 

「分かりましたっ!…佐枝ちゃん!」

 

「車、回して来るっ」

 

「お願い!」

 

電話は静乃ちゃんが見つかったとの報告だった。警備員が人気のない路地裏で意識を失っていた彼女を保護したという。すぐに私と佐枝ちゃん、あと真嶋くんの三人で病院へ向かい、入口の警備員に案内されて個室のような場所で待つよう告げられた。

 

「………っ」

 

「…落ち着「落ち着ける訳ないでしょう…!?」…っすまん、だが…担任のお前が不安そうな表情をするな。その顔で生徒に会うつもりか?」

 

「っ、分かってる…分かってるから…!」

 

顔色の悪い佐枝ちゃん。腕組みしている真嶋君。こっちに気をつかってるは分かるけど、八つ当たりしてしまった。貧乏ゆすりをして、なんとか平静を取り戻そうと意識する。とても長く感じた時間は、ノックの音で終わる。とっさに立ち上がると、警備員と白衣の医師が入ってきた。

 

「お待たせしました。…担任の先生は居ますか?」

 

「私です。…ええと、星之宮です。しずっ…藤原さんは…!?」

 

「…そちらは?」

 

「学年主任の真嶋です。こちらは同僚の…」

 

「茶柱です」

 

「………直ぐにでもお話ししたいのですが、念のためこちらの書類にサインを」

 

「書類…?」

 

差し出されたのは、()()()()()()()()の誓約書だった。患者のことを一切外部に漏らさず、私的・公的問わず、本人にも内容を知らせない約束。

 

「何枚あるの…?」

 

そのすべてが、静乃ちゃんの身に起こったことの()()を示しているみたいで、十数枚の書類を捲ってサインする内にびっしりと汗をかいてしまっていた。

 

「…はい、大丈夫です。最後に念押しですが、聞いた内容を本人に無理に聞き出したり、過度に同情を寄せるのはやめて下さい」

 

「…どういうことでしょうか?」

 

「待って!…あの、藤原さんは無事…なんですよね?」

 

「…ええ、命に別状はありません。かなり衰弱していますが、先ほど会話もできました」

 

「よかった…」

 

大きな安堵を胸に、お医者さんの話に頷く。

 

「最初に患者の容体ですが、外傷は全身に軽度の打撲や捻挫、小さな裂傷。大きなものは…利き腕の動きが鈍いとのことで、レントゲンを撮りましたが骨折などはありません。念のため、固定したほうがいいかもしれませんね。顔には小さな擦り傷や殴打の痕がありました。…不幸中の幸いですが、傷跡は残らないと思います。」

 

良い知らせのはずなのに、どこか誤魔化すようだった。のらりくらりと、次の言葉を言いたくないように感じた。

 

「………っ」

 

「…そしてそれ以外の症状についてですが…その」

 

「…っ!…教えて下さいっ…」

 

言い淀む先生に、()()を想像してしまう。きっと私の顔は真っ青だろう。それでも、わたしよりも不安を感じている静乃ちゃんの為にもと思い、先を促す。

でも、お医者さんの口から出てきた言葉は予想したソレとは違い、

 

「…本人からは、()()()()()()()()()とだけ…」

 

「え…?」

 

「それは…どういう」

 

「わかりません。…ただ、んん…」

 

そう咳払いと一緒に、チラリと横へ視線を向ける。頷きで返した警備員が口を開くと、その内容は生々しいものだった。

 

「発見したものによると、彼女には性的暴行の()が複数確認できました。ただ、本人の同意がない場合、()()()()検査が出来ません」

 

「な…あなたっ!」

 

「落ち着けっ!」

 

思わずカッとなった私を、真嶋君が引き止める。眉間に皺を寄せた後に、警備員が続けた。

 

「失礼。…ただ、必要なことと理解下さい。特にこの学校が特殊なのは理解していますが…」

 

「今現在、とりあえずの包帯の上から入院服を着て貰っていますが…藤原さんは、シャワーを浴びたいと。…言いにくいことですが、その…」

 

「外のものは採取出来ましたが、()については洗い流してしまうと、()()としての価値が著しく無くなってしまいます。…今は、現実感がないのか大人しいですが、以降に訴えを起こすなら必要な処置です。彼女の為にも、()()()()()にも」

 

「………っ」

 

思わず怒りに震える。どんな建て前をしても、結局この男も保身のために生徒の気持ちを蔑ろにしてるのが目で分かる。女にとって、それがどれだけ勇気がいる事なのか、どれだけ無力と、絶望を感じることなのか。

もともと覚悟していたはずなんだから。…私が、言わないと。なのに、目の前が真っ暗になる。…でも、私が。…私が何とかしないと。

 

「…あの!」

 

「星之宮…?」「知恵?」

 

「彼女に…静乃ちゃんに会わせて下さい…!」

 

だからこそ、私が寄り添わないといけない。あの子を…私の教え子を、助けないと。

 

 


 

「あ…」

 

「……先生」

 

個室のドアを静かに開けると、ベッドで起きていた静乃ちゃんと目が合った。

気をつかってくれた佐枝ちゃんたちに「まずは私ひとりで」と無理を言って入れてもらったけれど、いざ目の前にすると何を口にすべきか迷ってしまう。謝罪も、静乃ちゃんの心持ちによってはなにも意味を為さないだろうし。

 

「静乃ちゃん…そのっ」

 

「ごめんなさい」

 

「な、なんで……?あなたは悪くなんかないわ」

 

励ますようつもりだったのに、薄っぺらい言葉が空を切った。血の気を失った頬、包帯とガーゼの白が痛々しくて、触れれば壊れそうな様子に息をのむ。

 

無言の時間が過ぎる。…でも、その視線は彼女の傷を眼で追ってしまう。冷静に、傷つけないように、なんども選んだ言葉を絞り出して、本題に切り込む。

 

「それで静乃ちゃん…無理に言わなくてもいいんだけど、その、ね?」

 

「ご迷惑をかけたみたいで…「ううんっ、違うの…!そうじゃなくて」…?」

 

「その、……怪我のこと、なんだけれど…」

 

「……大事には、しないつもりです、先生、安心してください…?」

 

「っ!」

 

とても敏い子だ。自分が大変な目に遭ったのに、もっとこちらを罵倒しても当然なのに、私にぎこちなく笑いかけて、一番欲しかった()()の言葉をくれた。

それなのに私は勝手に傷ついた顔をして、気をつかわせてしまっている。小さく「違うの」なんて首を振って誤魔化しても、善人なれるはずもないのに、私は――

 

「大事な事だから、教えて欲しいの。…絶対、静乃ちゃんのことは守るから」

 

「……」

 

「こんな目に遭って、何を今更って思うかもしれないけど…お願い」

 

そう言って目を合わせた。碧い瞳がかすかに揺れ、やがて視線を逸らす。怯えたようにも、拒絶しているようにも見えた。その仕草に不安を覚えて、そっと肩に手を伸ばしかけた瞬間――

 

「えっ…」

 

「っ…あ…その…」

 

「い、いきなりでびっくりしちゃったかな?ゴメンね?」

 

「いえ…」

 

静乃ちゃんは身をよじって距離を取った。触られることを、怖がってる。…グッと唇を噛んで、出来るだけ表情には出さないようにしたけど自信がない。どんな怖い目にあったのか。…それに、どんな慰めの言葉が意味があるのか。悩む私より先に、彼女はぽつりとつぶやいた。

 

「触らない方が。…私は…()()()()()()から」

 

「っ…!?そんなこと…ない、よ?」

 

「良いんです。…私が悪いんです」

 

「自分を責めないで。私ができることなら、なんでも言って。ね?」

 

そう告げると、静乃ちゃんの目が一瞬だけ探るように動いた。そこに、かすかな希望を見いだした私は畳みかける。

 

()()()()、よ?お願いだから先生に償いをさせて欲しいの…ね?」

 

「……本当に、なんでも?」

 

「もちろん。したいことでも、行きたい場所でも。…どうかしら?」

 

――()()()()なんて、こうも大盤振る舞いできるのは学校側の意向もあった。

 

『日常生活の復帰までの援助』

『クラス移動』

『特例の外出権』

『長期間の学校理由休学の許可』

 

会う前に校長先生から電話で伺った。過去に一度だけとか、一度も使われた事のない特権。

どれもこれも、豪華すぎる特別な優遇措置だけど、本人が希望しなければ意味がない。

 

「…今日は、何日でしょうか」

 

「え?今日…えっと七月――」

 

今回の不祥事、少なくとも複数の生徒と学校側が認識している以上、生徒会の審議なんて言ってられない事件。本来は間違いなく警察が介入するレベルの犯罪行為。これを穏便に済ませるためには、静乃ちゃんの協力が絶対に必要になる。そのためには生徒に嫌われるなんてもってのほか。…最低でも、私だけは味方だって思われないと事態の集束は叶わない。

 

「では、ひとつだけ良いですか?」

 

「ええ、なにがして欲しいかしら?」

 

さあ来い、と身構えていたのに、思わず息をのむ。

静乃ちゃんの口から出た願いは、あまりに素朴で、あっけないほど簡単で、そして、果てしなく難しい問題だったから。

 

「――夏休みのバカンスに、私も参加させて下さい」

 

「…え…?」

 


 

学校の会議室。とうに夕方を越えて、生徒が外出していたら減点される時間帯。

私たち1年生の担任教師は、病院で言われた内容の共有と今後の対応のために集まっていた。さっきまではもっと多くの先生たちが居たけどもう帰っていて、坂上先生はちょっとした関係で残って貰っていた。

 

「はあ…」

 

「…気持ちはわかるが、ため息は幸せが逃げるぞ」

 

「……まったくです」

 

「………」

 

我慢できずに零したのに、ふたりに嫌味と佐枝ちゃんからはジトっとした視線を向けられた。ちょっと情報がパンクしそうで、でも今日中に方向は纏めないと明日以降の根回しやら準備で本当に手が足りなくなっちゃう。

だからみんなで集まって、必死に状況を整理する。

 

「では、藤原さんは乗船から教員用の客室の隣室で静養して貰うとして…」

 

「問題は、試験への参加を希望した場合…だな」

 

「難しいのは分かります。でも、なんとか彼女の希望に沿う形にしたいです」

 

「…それは()()だ。だが、今年は不参加が決まっている生徒も居る。生徒側を納得させないと…」

 

結局、静乃ちゃんの希望であるバカンス…特別試験への参加は認める方向で調整に入っている。ただそれは、全て彼女が望んだためってだけでなく()()があったからだ。

 

「――可能性の話ですが、彼女は誰かに脅されている可能性があります」

 

そう言ったのはお医者さんで、驚きつつも説明された内容は私たちも納得が出来るものだった。最初に聞かれたのは、他の生徒たちへの関係や私たち教師への態度など。

 

「でも、脅されてるなんて…」

 

「皆さんから聞いた彼女の性格から言って、こんなことがあっていきなり「バカンスに行きたい」というわがまま…かなり不自然でしょう?それがもし、発覚を恐れた犯人側から脅されていて…例えば、「普段通りに生活をしろ」と言われたら?」

 

「い、いや…でもそんなこと。それに、脅すって誰からです?」

 

この事件は既に学校側には露見している。もう隠蔽なんてできないハズなのに、どうして?言いにくそうに口を噤んだ様子に、今度は警備員が説明をしてくれた。

 

「こっちのカメラ監視や位置情報から、略取されたのおそらく学生寮。カメラの位置や学生証の位置情報に詳しい内部の職員か…()()()()()によるものと考えています」

 

「なっ…」

 

「つまり、まだ彼女の中で事件は終わっていないのかもしれません。それを警戒して、彼女は犯人側の命令に従っているのかも」

 

「そんな……」

 

むしろこっちの方に私たちは凍り付いた。…関係者。つまり、私たち教員も…もしかしたら生徒が犯行に及んだかもしれないんだから。激昂する真嶋君と、どこか顔色が悪い佐枝ちゃんを尻目にお医者さんは最後に、

 

「今は、彼女が心を癒して私たちに手を伸ばすのをゆっくり待ちましょう」

 

「…わかりました。今度こそ、絶対に彼女は守ります」

 

「…あまり気負わずに。いえ、もちろん見守るべきですが、過度に同情を寄せれば彼女を傷つけてしまいます。今は、心を閉ざしてしまわないように寄り添ってあげてください」

 

お医者さんからはくどいほど何度も、過剰な態度をしないようにと釘を刺されてその場は解散となった。

…最後まで、静乃ちゃんが受けた仕打ちについて深い内容は聞けなかった。

 

「これでこの件を知っている生徒はこちらの椎名さんと、Dクラスの櫛田さん。Bクラスの一之瀬さん達ですね…」

 

「あぁ~、そうだった…。帆波ちゃんたちにも言わないと…うぅ…」

 

「考えることが山積みだな。…試験と、客船側へのすり合わせは私が」

 

「では私は学校の警備強化の資料と報告を担当します」

 

「お願いします。…知恵、その他の雑務はやってやるから、藤原本人とクラスへの説明はお前が担当しろ」

 

「ありがとうぅ…」

 

そうして長い、本当に長い一週間が終わった。でもここから特別試験まで時間がない。私たちは寝食を惜しんで、事後処理と準備に追われることになる。みんな忙殺されるくらい大変だった。

でも、きっと本心では、目を逸らしたかったからだと思う。…守るべき生徒がボロボロになって、それでもこちらに手を伸ばせないでいる。そんな不甲斐なさから、私は試験が始まる日まで毎日、静乃ちゃんの元へと足を運ぶ。

 

「静乃ちゃん、おはようっ!」

 

「星之宮先生……」

 

「今日はいい天気だから、外に出てみない?それから――」

 

だから早く、早く、早く。

 

「今日はケーキも持って来たから、楽しみにしててね?」

 

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

「あ、静乃ちゃん肩にほこりが「っ!」ごめっ…ごめんね!?大丈夫…?驚かせちゃったね…」

 

「いえ…大丈夫、です」

 

「じゃ、行こうか!…あ、それでね?それで…」

 

早く早く早く早く早く、

 

以前の静乃ちゃんに戻ってください。

 

お願い。…お願いします。

 

 




読了、ありがとうございます。

長いのでまとめ。

・終業式の日に行方不明発覚
・一週間後、バカンス直前に発見&入院
・担任が罪悪感で死にそう。


やらかし①
Bクラスへの説明→後回し

やらかし②
証拠→誰も藪蛇を恐れて放置

次回は原作主人公だ。楽しみだな。
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