ニャースとゲンジュウロウ   作:じゃくてんほけん

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第二話 一人と一匹

 

 雨が降ってゲンジュウロウに拾われる少し前――――

 

 アローラ行きの船に密航してハウオリシティに着いた後、波に揺られて開いてしまった木箱の蓋から飛び出し、周囲の気配に気を配りながら街へと出る。元のクチバシティと違う風景や香りに戸惑いながら、辺りをこそこそと散策する。

 ハウオリシティの街の中の草むらに分け入り、ふんふんと辺りのにおいを嗅ぎながら歩いていると目の前をずらりとアローラ特有のグレーの毛並みで目が切れ長のニャース達が睨んでいた。

 

「ウニャウゥゥゥ…!!」

「にゃ!?」

 

 どうやらアローラニャース達の群れの縄張りに入ってしまったらしく、よそ者のニャースに威嚇する。

 

「にゃ…にゃにゃ…」

「フシャアァァァ!!!」

 

 威嚇されてもなお、おずおずと近寄ろうとしたニャースにアローラニャース達が威嚇を強め、ついには爪を尖らせ、手を出してしまう。

 

「に゛っ…!?」

 

 痛みに驚き、ニャースが慌てて逃げ出して走っていると、緑のヘドロにぶつかってしまう。

 

「べとぉ…?」

「にゃにゃ!?」

「べとぉ!!!」

 

 そしてアローラのベトベターからの洗礼と言わんばかりに「ヘドロこうげき」を受けて毛並みがドロドロになってしまい、どくの状態異常となってしまう。

 

「ぎにゃ…!にゃ…!!」

 

 どくで体力がジリジリ削られる感覚と目の前がくらくらと揺らぐ状態ながらも逃げ道を探し、ハウオリシティのはずれへと命からがら離れる。

 途中何度も何度も転んで、毛がヘドロでドロドロしている上に砂や土、泥などでさらに汚れて、濃いクリーム色だった体はどんどんと黒くなっていった。

 

「にゃ、ぁ………にゃ…?」

 

 さらに追い打ちをかけるかの如く鼻先にポツリ、と雨粒が当たったかと思えば雨はすぐに勢いを増す。

 

「……………にゃ…」

 

 体力が奪われた小さな体では雨の冷たさに抗うことが出来ず、一歩も踏み出すことなくその場に倒れてしまう。

 

「……………………」

 

 薄れゆく意識の中、ニャースの目には涙があふれていた。それは苦しさから来る涙でもあったが、ひとりぼっちの寂しさの涙でもあった。

 その時、

 

「――?―!ポ――ンか…?――、大丈――?」

 

 かすかに声が聞こえた。もう誰の声かどこから話しているかそんなことも分からずなくなっていたニャースはそのまま意識を手放した。

 

 

 意識を手放すその時にニャースはとても暖かい何かに守られる。そんな今までになかった感覚に安堵した。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

――――――――――――――

――――――

 

 

 次にニャースが目覚めたのは柔らかく、ふわふわとしたブランケットの上だった。

 どういうことだと自分の身体を見てみれば、ヘドロや土、泥で黒くなっていた体は綺麗になっていた。

 

「にゃ…?」

 

 ふんふん、と周囲の匂いを嗅げば、嗅いだことのない匂いと、かすかに香る甘い香り。上を見上げれば木の天井からぶら下がった蛍光灯が明るく照らしている。

 

「にゃ!」

 

 甘い香りにつられていけば、ちゃぶ台の上にざるに入れられたモモンの実がニャースの目に入る。

 途端にニャースの腹からは「ぐるる…」と空腹の音が鳴る。そのままぴょこんとちゃぶ台に飛び乗り、かぶりつこうとした…その時だった。

 

「起きてたか」

「にゃ!?」

 

 後ろから声がして振り返れば、そこには老人が一人立っていた。これまでニャースも一応人間というものは見てきたが、遠くからその姿を見ただけで、このように近くで見るのは初めてだった。

 同時に、ここがこの人間の縄張りなのだと察したニャースはこれまでの経験から、攻撃されることを警戒し、しっぽを丸めて怯えてしまう。が、そんなニャースを見ても老人は顔色一つ変えることなく、「よっこらせ」とちゃぶ台の上にあったモモンの実を1つ取ってニャースの目の前に置いてやる。

 

「構わんよ。サラシャの、俺の妻の墓参りのお下がりだ。それにお前さんが食うかと思って置いといたんだ…食え」

「にゃ…?」

 

 モモンの実を置いた後、その老人はちゃぶ台をはさんでニャースの対面に胡坐をかいて座り、新聞を広げる。

 今まで追い払われるか攻撃されるかの二択だったニャースにとってはとても不思議なことで、目の前のモモンの実と新聞を読む老人と何度も何度も見比べた後、そっと実にかぶりつく。

 

「にゃぐ、みゃぐぐにゃ…」

「…………美味いか?」

 

 老人は新聞から視線を外すことなくニャースに問いかける。

 その言葉に固まったニャースだったが、少なくとも声色からは敵対が感じられなかったため、「にゃぁ」と嬉しそうに鳴いてやると、老人は「…そうか」と言いながら新聞のページをめくる。

 

 結局供え物のお下がりだったモモンの実を全て平らげて満腹になったニャースが嬉しそうに顔を洗っていると、「おい」と声を掛けられる。

 

「俺の名前はゲンジュウロウだ。お前さんは俺の家の敷地の前で倒れてた…だからポケモンセンターで治療してもらった」

「にゃ?」

「…まぁ、理解出来んでもいい。本題はここからだ…お前さんはアローラのニャースじゃない。おおかた輸送の積み荷に紛れた他の地方の野生のニャースだと俺は考えている」

「にゃぁ…けぷっ」

「…げっぷは出しとけ。我慢すると毒になるからな…そしてお前さんは色違いという…稀なニャースだ。それゆえ、お前さんを欲しがる奴は多いだろうよ。ただ、そういう奴にお前さんを渡すと…どうなるかは俺にも分からん。」

「にゃう?」

「…お前さんを助けた時点で俺にも責任はある。ゆえにお前さんがここに残る…すなわち俺のポケモンになるんなら…責任を持ってお前さんを育てようと思う」

 

 さて、ポケモンが人間の言葉を理解できるか?という件についてだが、これを研究する学者たちが数多くいる。ある学者は「理解できていないだろう」と様々な定説をしたが、他の学者達は「ではなぜ人が命じた技をポケモンは使えるのか?」という問いを投げかけた。

 未だ結論が出ないことが多いポケモンの世界だが、仮に言葉が通じていなくとも、月並みな言葉にはなるが感情は伝えることが出来ると、そう信じたくあるものだ。

 

 この時のゲンジュウロウもどこまでがこのニャースに通じるかについて正直期待はしていなかった。ましてやこのニャースは小さく、子供であることが分かっていたからである。

 しかし、助けてしまったという形で自然に介入してしまったゲンジュウロウはその責任を取ろうとしていた。もし、このニャースがゲンジュウロウの元に来ないというのであればその時は「いないはずの持ち主」を探すことになるのだろう。

 

「………にゃ」

 

 一通りの話を聞いたニャースはそのままぽてぽてと歩いていく。その方向には相変わらず新聞を広げるゲンジュウロウ。

 ちゃぶ台の上から降りたニャースはそのまま胡坐をかくゲンジュウロウの足の間にすっぽりと収まった。

 

「にゃぁ!」

 

 嬉しそうに見上げたニャースに視線を移したゲンジュウロウは「ふっ」と表情を崩した後、ニャースの頭をワシワシと撫でてやった。

 

「そうか、じゃあ明日はお前さんの物を色々買いに行くとするか」

「にゃ」

 

 妻に先立たれ、一人となった男の家に一匹のニャースがこの日、新たな家族として加わったのだった 。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――  

――――――――――――――――――――

――――――――――――

 

 

 ニャースが新たに家族となったその日の夜。ニャースをふかふかのブランケットに寝かしつけた後、ゲンジュウロウは仏壇の前にいた。

 

「…てなわけだ、サラシャ。この年で新しく家族が出来た…朝に墓参りで言ってたもうじきそっちに行く話は…すまんがしばらく保留にしてくれ」

 

 カントー地方やジョウト地方で見られる仏壇はゲンジュウロウが代々受け継いできた仏壇で、年季が入っており、先祖代々の名前が刻まれているとともに、サラシャとその相棒のポケモンたちの写真も飾られていた。

 

「さあて…明日は買い出しだ…色々と揃えねばならんだろうからな…こんなことならお前さんが生きてるうちにポケモンの事をもっとよく聞いておけばよかったよ」

 

 ゲンジュウロウの妻サラシャには2匹のポケモンがいた。グランブルとヘルガー…どちらもサラシャが幼いころからの相棒たちで、彼らと丸腰のゲンジュウロウを連れて島巡りをしたものだった。

 

「………そういえば…」

 

 ふと思い出したのは昔に島巡りをしていた時の事。サラシャが持ち切れなくなって「OK!いらなーい!セイッ!!」と捨てようとしたアイテムをゲンジュウロウは「おい、ポイ捨てをするな」と回収していたのだった。中にはモンスターボールやきずぐすり、わざマシンなどもあって…今も使わなくなった納戸に保管してあったと思い出した。

 

 思い立ったそのままに納戸に行ってほこりが被った布をめくれば、昔のゲンジュウロウが「たからもの」書いたブリキ製の大きな箱があらわになる。

 

 開けてみると記憶していた通りにわざマシンや少し特殊な色味のモンスターボールなどが入っていて、その一つ一つに色あせていた思い出が次々とよみがえる。

 

「コイツはあそこで拾ったもの…こっちはお礼に、と貰ったものだったな…ん?」

 

 次々に物を取り出していると、一通の封筒が入っていた。表には「ゲンへ」とサラシャの文字でゲンジュウロウに宛てられていた。

 

「こんな手紙…覚えはないぞ…まさか…」

 

 ゲンジュウロウは取り出して複数枚あるうちの一番表の手紙を読み始めた。

 

【ゲンヘ この箱を開いてこの手紙を見つけて読んでいるということはアタシはもうこの世にはいないということでしょう。でも、この箱を開けたということはポケモン関係のことが貴方に絡んでいるものだと思います。そうじゃないとあの世から恨みます。ゴートゥーヘルッ!!!】

 

「捨ててやろうか、この手紙」

 

【待って!捨てないで!一生のお願いだから!!】

 

「なんで俺のリアクションが想定済みなんだよ」

 

【この手紙を開いたゲンがもしも自分のポケモンを持ったという事ならこの箱の中身を活用してやってほしいことがあります。それは―――】

 

 と、二枚目の紙に書かれていた文言にゲンジュウロウは眉を顰める。

 

「おいおい…本気かサラシャ…」

 

 そこには、大きな字で【そのポケモンと一緒に『あなたの島巡り』をしてほしい。】と書かれていた。

 

 封筒を持った手で頭を掻きながら「はぁ…」とため息を一つつく。そして三枚目…と思われた手紙は折りたたまれた紙だったらしく、広げると元の2倍以上の大きさとなった。そして内容を見たゲンジュウロウは一瞬ポカンとした後、困った顔をして一人ポツリと呟いた。

 

「…全くとんだ置き土産だなぁ…サラシャよ…」

 

 その日の夜、星空にはきらりと光る流れ星が流れたという。

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