ニャースとゲンジュウロウ   作:じゃくてんほけん

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第三話 家族

 サラシャからの手紙を読んだ夜、ゲンジュウロウは古い昔の出来事を夢で視た。

 

 

◆◆◆

 

「えー!?ゲンは自分のポケモンいないの!?なんで!?」

 

「…べつに。いなきゃいけないなんて決まりや法律はないだろ」

 

「そーだけど…じゃあ『島巡り』はどうするの?アローラの子は皆…」

 

「うるさいな!俺はアローラの人間じゃない!!父さんの仕事の関係だからって…こんなとこなんて…アローラなんて来たくなかったんだよ!!」

 

「あっ、まってよ!ゲン!!!!」

 

◆◆◆

 

 

「………む…」

 

 このところ夢などは見ない生活を何十年と送ってきたゲンジュウロウには新鮮な出来事だった。

 やはり昨夜に見たサラシャの手紙によるものが大きな要因だろう。

 

「島巡り…か」

 

 敷布団に横たわったまま枕横を見るとブランケットにまんまるに丸まったニャースがまだ「にゃむにゃむ…」と気持ちよさそうに眠っていた。

 

「………」

 

 起こさないように布団から出て寝巻代わりにしている作務衣姿のまま洗面所で洗濯機を回し、台所で朝食の準備をする。あいにくポケモンが食べれそうなものは木の実くらいしかなく、食べやすいようにカットして皿に盛り付ける。

 その後自分が食べるための味噌汁を炊いたり、炊飯器の中の白米をよそってちゃぶ台まで運んでいく。

 

 すると、味噌汁の香りに釣られたか、ふんふんと鼻を鳴らしながらニャースがやってくる。

 

「起きたか」

「にゃあん」

「…お前さんの朝飯はこっちだ」

 

 ちゃぶ台の上に置かれた皿にはオレンの実などをカットしたものが置かれており、ニャースはちゃぶ台に飛び乗ってそれを食べ始める。

 

「…食って洗い物して、洗濯物を干したら出かける…ついてくるか?」

「にゃん!」

「そうか」

 

 その後食べ終わったうちの一人は食器を洗い、一匹は顔を洗う。

 一人が洗濯物を干そうとすれば、一匹は初めて見る洗濯ばさみに興味を惹かれ、ペシペシと叩いて遊んでいた。

 しかしすぐに洗濯ばさみに飽きたのか、ゲンジュウロウが干すバスタオル目掛けて「んにゃあ!」と飛び込んできて、はしっ、とバスタオルしがみついて爪を立てる。

 

「おい、あまり爪を立てるな、危な――」

 

 ビリッ!

 

「にゃぁ!?」

 

 破れてしまったバスタオルを見て驚いて飛び降りたニャースはおずおずとゲンジュウロウの方を見る。すると、ゲンジュウロウの眉間にはしわが寄っていた。

 

「おい」

「にゃ、にゃ…」

 

 すこしドスの効いた低い声にすっかりビビってしまったニャースは尻尾が完全に丸まってしまっていた。

 

「危ない。と言おうとしたんだ…なぜか分かるか?」

「にゃ…」

 

 怒られる。と思ったが、その後に続いたゲンジュウロウの言葉はニャースの想像と違った。

 

「いいか?お前はまだ小さい。だから色んなものがお前の脅威になりえる。このタオルだって干してある状態で飛びついて爪が抜けなくなったらどうする?破れた部分が首に巻き付いて窒息したらどうなる?誰も通りかからんかったら大変な目に合うんだぞ」

「にゃあ…」

「………要は気を付けろということだ。いいな?」

「にゃ…」

「…分かったらそこの縁側に置いてあるカゴから洗濯ばさみを取ってきてくれ。トシを取ると往復が面倒でな」

「…にゃあ」

 

 ゲンジュウロウはそのまま破れたバスタオルも干し、ニャースから受け取る洗濯ばさみで次々と洗濯物を干していった。

 

「…これで全部か。ふむ…ありがとうよニャース。お前が洗濯ばさみを取りに行ったおかげでいつもより早く終わった」

 

 と言ってニャースの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、少し間が開いてからニャースが嬉しそうに「にゃぁん!」と鳴いた。

 

 

 20分後、朝のルーティンを終えたゲンジュウロウはシャツとベストと茶色のズボンに着替え、買い物用のエコバッグを持ってニャースと共に玄関にいた。

 

「さて、行くか…おい、肩に乗れ。お前くらいの軽さなら平気だ」

「にゃ!」

 

 ぴょこん!と肩に飛び乗ったニャースの目線はぐんぐんと上がり、ゲンジュウロウの目線の高さで周りを見渡すことが出来た。小さい身体では味わうことのできなかった感動に「にゃあぁ…!」と声を上げる。

 

「落ちん程度になら爪を立てて構わん。だがそれ以上はさすがに痛いからな…分かったか?」

「にゃん!」

「…いってくる」

 

 家の中でそう言って引き戸を開けて外に出たゲンジュウロウにとってはいつもの慣れた道を歩いていく。だが、肩に乗るニャースにはかすかに香る潮風や鳥ポケモンたちの声、優しく揺れる木々など、すべてが新鮮だった。

 

 ゲンジュウロウの歩みは同年代の老人たちよりかはしっかりとしていて、安定している。というのも「ジジイだから」とナメられないように週に5日はウォーキングと軽い筋トレは欠かさなかったからだ。

 

 心地のよい潮風を受けながら歩いてまず先に向かったのはポケモンセンターだった。

 

「ジョーイさんよ、いるかい」

「はーい、あら!ゲンジュウロウさんその子!」

「うむ。うちの新しい家族だ」

「!そうなんですねッ!!おめでとうございますッ!!!!!」

 

 手を叩いて喜ぶジョーイを前にゲンジュウロウは気まずい顔をする。

 

「…なぜそう喜ぶのかね?」

「だってゲンジュウロウさんはずっとパートナーポケモンがいなかったんですよね?しかも出会いが雨の日に助けた子なんて…!これほど美しい出会いがあります!!?」

「よ、よくは分からんが…まぁ、ここに来たのは報告と…トレーナーカードの発行についてだ」

「はい!お任せください!あと、こちらはニャースちゃんについてまとめた資料です!」

 

 と、分厚い資料を手渡される。中はニャースの生態や出来ること、得意なこと、覚える技や日々のお手入れ方法や食べていいものなどが事細かに書かれていた。

 

「…すごいな」

「ええ!昨日あれからずっと作ってたんです!!それで…ゲンジュウロウさんがニャースちゃんをお迎えされたら渡そうって…」

「そうか…ありがとよ。大事に使わせてもらおう」

「はい!困ったことがあったらすぐにお尋ねください!…あ、トレーナーカードの発行でしたね、少々お待ちください」

 

 その後15分の内に撮影と簡易な入力事項の後にトレーナーカードは発行され、ゲンジュウロウとニャースはポケモンセンターを後にする。

 次の目的地に行く道すがら、ゲンジュウロウは肩に乗っているニャースにトレーナーカードを見せる。

 

「…よかったな。お前も写れて」

「にゃあ!」

 

 トレーナーカードのトレーナー写真には、ゲンジュウロウだけでなく、肩に乗ってカメラを不思議そうに見つめるニャースの姿も映っていた。実はこれでも三回ほど撮りなおしており、一度目はニャースが動いてブレてしまい、二度目はゆらゆらと動くニャースの尻尾でゲンジュウロウの顔を隠してしまったのだ。

 

「これで俺もポケモントレーナーとして様々なメリットが受けられるというわけだ」

「にゃ???」

「役所で各種証明書と紐づけすれば俺の保険証代わりにもなるし、これを提示すれば程度各種手続きが楽になる…あと、お前がポケモンセンターで治せないような大きな病気やケガをしたときにお前の保健証代わりにもできる」

「にゃー?」

「万が一だ。一番はお前が病気やケガをせんように健康でいることだな」

「にゃ!」

 

 トレーナーカードを無くさないようにしまった後、今度はジョーイからもらった資料をエコバッグから取り出す。改めてページをめくると眼鏡が欲しくなるようなくらいに細かく記載されていた。

 

「…基本はポケモンフードとやらがいいらしいな。各種栄養素が均等に摂取できる…お前の場合はこれから大きくならんと行かんからな。この写真の子供用のポケモンフードから始めてみるか」

「にゃぁ?」

 

 資料を眺めるゲンジュウロウの視線を追いかけ、ポケモンフードの見たニャースはふんふん、と顔を近づけて資料の写真の匂いを嗅いでみたが、いい匂いがするはずもなく、首をかしげる。

 

「さて…次は役所だ。今貰ったトレーナーカードに色々と紐づけせねばならんからな…あと、観光課にも顔を出してやるか…」

 

 

 朝のハウオリシティは仕事に向かう者やスクールに駆けていく子供たちでにぎわっていた。といってもアローラ地方のモノサシでの『賑わっている』なだけであり、元々カントーに住んでいたゲンジュウロウは今では慣れた『賑わい』の光景となってしまったが、決して『混みあっている』とは感じない。

 街の所々の草むらには野生のポケモンが住み着いており、時折ひょっこりと顔をのぞかせたりもする。そんなポケモンを見たニャースは昨日の出来事を思い出し、ゲンジュウロウの肩の上で小さくなり、尻尾を丸めて震えてしまう。

 その様子に気づいたゲンジュウロウは肩に乗っていたニャースをひと掴みし、体の前に持ってきてそっと腕の中に抱き寄せて優しく撫でた。

 

「…安心しろ。俺がいる」

 

 ニャースの方を向いては言わなかったが、撫でられる手の温かさや、声色、そして伝わってくるゲンジュウロウの心臓の鼓動がニャースの心を安心させた。

 

「ぐる、ぐるぐるぐる……ごろごろごろ…」

 

 気づけば喉を鳴らして前足でゲンジュウロウの腹をふみふみし、「にゃむにゃむ」と夢見心地の気分でうとうととし始めていた。

 

 

「…お―、もう―ぐ――に着―……寝て――――?…ふっ…可愛―や―――………」

 

 

 その時、ニャースはまどろみに落ちながらも、昨日感じた温かい何かに守られる感覚が、ゲンジュウロウからのものだったと気づいて安堵した。

 

 

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