ブルーアーカイブ×アークナイツ 調月リオと星外の預言者 作:バトクロス
『1、依頼を受けた際その利害関係者と依頼人の双方から情報を聞く。それによってまず受けるべき依頼かどうかを判断する。』
『2、シャーレの活動で得た情報は依頼主の所属している学園に共有し、依頼完了時にはシャーレのデータベースからは削除する。』
『3、対立先はシャーレの活動に対して護衛という名目で監視を付けることを認める。ただし、その生徒はシャーレの行動を妨害してはならず、依頼遂行中は場合によって協力してもらうなどの臨機応変な対応をする。』
『4、シャーレの行動によって学園が不法行為に関与した場合、シャーレが連邦生徒会との間に立ち、事後処理を行う。その場合の責任はシャーレが負う。』
『5、判断の最終責任を、先生一人が定めない。』
ある日、先生がそうシャーレのホームページに掲載し、後に手続きを踏み公的に定められた決まり事だ。
元々シャーレは連邦生徒会長の失踪後唐突に生まれた部活であり、その気になれば超法規的権力を利用して好き放題しかねない危険性が有った。
しかしミレニアムの依頼完了後、彼は自らこの様な制約を課した。勿論条文として明文化されたとは言え、自ら破る事も可能ではある。しかしシャーレは信用を担保に動いている組織だ。おいそれと破る事は出来ない。
私は勿論最終的に連邦生徒会長に成り代り超人として君臨することが目標だ。それは変わらない。
だが認めたくは無いが、私は……不知火カヤは先生のその行動を見て使えるという打算だけでなく、彼個人を信用し、協力してやろうと確かに思ったのだ。
その思いを胸に秘め、休日を返上して、私はリンのいる行政室の扉を叩いた。
「……SRT再建案をぶち上げるとはそんなに実績と権力が欲しいのですか?
先生の再建案を吟味し、一部修正を加えた完全版を七神リンに持って行った。私から見てこれはキヴォトス全体の治安維持と権限の集約阻止を両立できるものだった。SRTという不穏分子を完全につぶすよりも居場所を作ったほうが暴発の危険性も少ないという打算もあった。
だがそれを書き記した資料は目の前で否定され、突き返された。
「なぜ内容さえ読まないのですか?これには先生も関わっているのですよ!?……失礼しました。私はこの案を飲めとは言っていません、ですが議題に挙げるべき事であると考えやって来ただけです。何故読まないのですか?」
怒りを抑えることはできなかった。彼女の言葉の意味が分からなかった。
「……私がその内容に目を通す、それ自体がSRT再建という文言に興味があると受け入れられかねません。私は連邦生徒会長の代理にすぎません。このようなリスキーな選択は
……言っている意味が一瞬分からなかった。
「あなたも変に動かずに現状維持にだけ務めなさい。いま連邦生徒会が行うべきことは、現状を維持しつつ連邦生徒会長を探し出すことです。
私の沈黙を肯定とみなしたのかいけしゃあしゃあと彼女は言った。
連邦生徒会長は超人であり、彼女のトップダウンで組織は回せていたため、連邦生徒会はその周りを、命令を適切に実行することができる官僚……言い換えれば
皮肉なことだ。連邦生徒会長が優秀過ぎたために、彼女が失踪した瞬間に機能不全に陥ったのだ。
「……リン行政官は、今の連邦生徒会がおかれている実情を理解していらっしゃらないのですか。」
怒りを抑え、冷静な口調で語りかける。
今の連邦生徒会は生徒会長の捜索にリソースを割いている事もあり、現在は学園間の紛争への介入・仲裁には非常に消極的で、学園や生徒らを対象とする個別の支援についてはそのほとんどをシャーレに一任しており、従来の機能を維持しているとは言い難い。
またこれは組織内の人間にしかわからないとだが、賄賂等による腐敗という問題を抱えている上に、生徒会長の在り方を巡る派閥争いが当人の失踪を機に顕著になりつつある。
「理解しています。その為に早く連邦生徒会長を探し出さなければならないのです。」
「……探し出すまでの期間で起こり得るリスク、見つからなかった場合の損失。それらについて考えた事は?」
「……何が言いたいのですか?」
リンが怪訝そうに尋ねてくるのに対し怒鳴りつけるのを我慢しながら口を開く。
「私は、痛みを許容してでも連邦生徒会の改革を行うべきであると考えています。連邦生徒会長の帰還を待つ間にどれ程の犠牲を許容するのですか?SRTに限らず
私はキャリアの全て、そしてキヴォトスを思う心全てを背負いそう言い切った。
「……貴女の思想は連邦生徒会内で少数派であり、そして不穏分子です。
その瞬間、私は古くからの知り合いを……敵と見なさなければならなくなった。
SRT以前の話として今の連邦生徒会は破綻していたのだ。
私は顔を伏せたカヤを見ながら困惑を隠せなかった。
彼女は元々権力欲に支配された生徒だったが、腐っても防衛室長を任される程度には優秀だった。だからこそこんなリスクだらけで近寄りがたい提案をするとは思ってもみなかった。
元々は連邦生徒会長直属の部隊であったSRTだが、彼女はもしや元から関係があったのだろうか。確かに防衛室長である都合上、装備や弾薬等の融通をしていた可能性はある。
もしや元SRTの生徒達に何か吹き込まれたのだろうか。
「……カヤ、何か吹き込まれたのですか?」
らしくない心配をしてそんな事を言ってみると、彼女は顔を挙げた。
「っつ、何ですかその顔は?」
彼女の顔は常に浮かべている薄笑いでも無く、よく浮かべている困っている顔でも無く、ただ無表情だった。
「リン行政官、もう一度言います。一度資料を読みなさい。私がそこら辺のリスクを考えなかったとでも考えているのですか?」
「……そもそも先生が関わっていると言っていましたね。彼からもたらされたものですか?」
「話をずらさないで下さい。」
「ずらしていません。貴女の質問に答えるために、まずは答えなさい。」
半ば確信しつつそう問い詰めると、
「先生が原案……まぁカスみたいなものでしたが。それを持ってきたのは確かです。ですが、大部分は2人で手直しをしました。」
予想通りの返答が返ってきた。
そこにカヤの問題点がある。
「カヤ、貴女はそこで先生に対してSRT、そしてそもそも連邦生徒会が置かれている状況についてしっかりと説明した上で、その案を
我々連邦生徒会は先生よりもキヴォトスの情勢に詳しい。一般生徒達からの人気と信頼はある程度有る良く出来た人間のようだが所詮外様の大人であり、そこについては我々が教えるべきだった。
「そもそも連邦生徒会の改革など行わなくてもシャーレが有るではないですか。学園間の調停や大規模トラブルの解消等は任せておくべきなのです。」
彼女にシャーレの役割を再度示しつつ有る根本的な話を思い出した。
「解せませんね、シャーレは基本的に生徒からの依頼を解決するために存在する組織ではありませんでしたか?連邦生徒会に干渉するような行為は越権行為では無いのですか?面倒くさいですが後で話に行きましょうか。」
「……その必要は無いかと。シャーレは、権限だけはあるが目標のない組織とリン行政官が
「だとしても今はシャーレで十分です。」
「残念ながら決してそんな事はありません。」
彼女は明確に強い口調で否定した。その喋り方は根拠がある喋り方だった。
「リン行政官はご存じ無いでしょうが、今エデン条約は変質しています。連邦生徒会長が両学園の橋渡しをしていた時は単なる平和条約に過ぎませんでした。それも直ぐに形骸化するであろう強度のものです。ですが、今橋渡しをしているのはシャーレ、そして
初耳だった。
「その情報は確かなのですか?」
「これは先生が直接ミレニアムのセミナー会長である調月リオから聞いたものだそうです。情報の確実性としては最上位かと。その様な組織が発足しかけている状態で連邦生徒会が丸裸なのはあってはならない筈です。見せ札としてもSRTの復活は必須だと思います。」
やはり解せない。
確かに彼女の頭は良かった。私もチェスで負け越しており、現実世界でも机上論を語ることだけは上手かった。
しかし彼女は机上論以外を語ることは苦手だった。
にも関わらず今回はこの様な受け答えをしつつ政治的な絡め手さえ使ってくる。
いつの間に此処まで口が達者になったのだろうか。いや、原因は先生に違いない。だが先生も別にこの様な謀が得意では無かったはずだ。
「そこまで言うのなら、他の室長達に交渉して議題にあげてみなさい。ただ、私は読まない。それだけです。」
私はそう言って議論をきり上げた。
「貴女は分からないかも知れませんが、私には連邦生徒会長が帰ってくる為の組織を維持すると言う
私がそう言うと、彼女は振り向いてこう言った。
「貴女は責任を
そう言って彼女は今度こそ扉を閉めた。
「貴女は仮に私が目を通した場合、会議の場で私が知っていたのか問い詰められた時に、意気揚々と見せたと言うでしょう。その時は私も槍玉に上がる。そんなリスクは、私は負えないのです。」
失敗、失敗、失敗、失敗、失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗。
いつからだろう。連邦生徒会がこの様なリスクを極端に恐れる指示待ち人間ばかりになったのは。連邦生徒会長は超人だった。そして周りは彼女に頼り切りになった。
連邦生徒会長は……この結末を分かっていたのだろうか。敢えて連邦生徒会の牙を抜いたのだろうか。
そんな事は無い、ある筈がないと分かっているのに負の思考が回り続ける。
ポツ、ポツと音がし始める。
いつの間にか雨が降り始めていた。
小雨はやがて勢いを増し、やがて大雨に変化した。
滝のような雨にうたれ続けて熱くなっていた身体と思考が冷めていく。そして心の熱量も。
(いっそこのまま消えてしまいたい。)
そう思いながら目を閉じると
「大丈夫!?……カヤかい?」
そう、聞き慣れた大人の声がした。
補習授業部と溝が出来た次の日、私はシャーレで仕事をしていた。
「……よし、仕事は終わり!明日はナギサに電話して補習授業部の本質と、何故全員を落とすのかを尋ねないといけないが、逆にそれ以外は何もない……オラクルにまた負けるのも癪だし、チェスでもするか。」
此処に来るまでは趣味らしい趣味は無かったが、最近は毎回オラクルとチェスを毎日行っており、それが今は趣味と言えるものだと思う。もっとも毎回惨敗しているが……
「それにしても雨脚強まりそうだな……念の為幾つか保存食買いに行こうかな。」
最近は土日にしかシャーレに居ない都合上、保存食を置き溜めしている。この前の当番の生徒からは叱られたが、仕方が無いのだ。今はやるべきことが多い。
「生徒に抱え込み過ぎるな、説明責任を果たした上で周りを頼れと言っておきながらこれじゃあ立つ瀬が無いな……」
アロナからも最近は本想定されている仕事量を超えていると説教をされており、補習授業部が終わったら1週間程の休暇を取りたいとは思っているが、この都市は問題が多過ぎる。
私が居ないときはどうやって解決していたのかは非常に気になるがそれは後で考えよう。
行きつけのエンジェル24で保存食と水を買い、ついでにソラに今日は早く帰りなさいと言って店を出た。
先程は小雨だったが予想通り直ぐに荒れ始め、今は大雨が振っている。
「酷いな……前が見えにくい。」
念の為持ってきていた携行ライトをつけ、前を照らしながら帰り道を歩く。
そんな中、ライトの光の先に傘を持たないで立ち尽くす人影が見えた。
「大丈夫!?」
そう言って思わず駆け寄ると、その人影……生徒には見覚えがあった。
「……カヤ?」
振り向いた彼女の顔は確かにあのカヤで、でもそこにあるのは何時もの自信に満ち溢れた顔では無く、深い失望と虚無だった。
「……先生ですか。この雨です早く帰る事を勧めますよ。」
彼女の発言も、声も、何より雰囲気が異常だった。
(後で文句言われるだろうな)
そう思いながら彼女の身体をタオルで巻き、傘の中に引き寄せる。
「先生?」
「
そう言って私はずぶ濡れのカヤをシャーレに連れ込んだ。
シャーレに連れ込むと、カヤはようやく自分がどれだけ濡れていたのかを理解したようだった。
「……先生。勝手に連れて来るのはどうかと思いますが。」
「後で怒られるのは慣れてる。それにあの状態の君に対して説得しても意味ないだろう?」
「……それはそうですけど。」
「ほらね
「自慢することではありません。」
そう言いながらも抵抗はしない。カヤは玄関に立ったまま、水滴を床へ落とし続けていた。
「早く入りなさい。風邪を引く。君に何があったのか、知りたいのは山々だけど、話は後だ。」
私は棚から予備のタオルを取り出し、半ば強引に押し付ける。
「シャワー室使う?」
「結構です。」
「言い方が悪かったね。使え。」
「嫌です。」
「使え。」
「……子供ですか?」
「君が聞き分けの悪い子供だからこんな問答をしている。」
カヤが初めて小さく息を吐いた。
呆れだったのか、それとも諦めだったのかは分からない。
「替えの服は?」
「ありません。」
彼女の返答に当たり前の事だよなぁ、と思いながらシャーレ備え付けの備品棚を漁る。
私の予備の制服、ジャージ……それらのサイズ違い以外には特にない。
カヤは一瞬それを見つめ、
「……それしか無いのですか。」
「あるにはあるけど全部もっと大きい。」
「そうですか……。」
数分後。
シャワーを終えたカヤは、連邦生徒会の制服では無く見慣れないジャージ姿でリビングへ戻ってきた。
いつも着ている制服よりも随分幼く見える。
「……似合っているとでも言ったほうが良いかな?」
「黙っていてください。」
即答だった。
だが声には先程ほどの刺々しさが無かった。
私はキッチンへ向かう。
「コーヒーと紅茶どっちが良い?」
「……コーヒーで。」
「拒否しないとは私のことがわかってきたようだね。」
カヤは初めて小さく笑った。
鍋に牛乳を入れ、火をかける。静かな音が部屋に響く。
カヤも何も言わない。
ただソファに腰掛けてぼんやり窓の外を見ていた。
雨は相変わらず激しく、ガラスを叩く音だけが聞こえる。
やがて湯気の立つマグカップが差し出された。
「熱いから気を付けて。」
「……ありがとうございます。」
小さな声だった……私はカヤの事を余り知らない。だがそんな私でも彼女の姿は異常に見えた。
私の知っているカヤの姿は、尊大で妙に小物臭く、野心に溢れつつも組織の歯車である事を理解している生徒だ。
目の前の彼女はただの小さな少女にしか見えなかった。
「……美味しいです。」
「それはよかった。」
私は向かいの席へ腰を下ろした。
カヤは何も聞かない、何も言わない。私も何も言わない、彼女は自ら最終的に言う生徒だ。無理して聞き出すつもりはない。
静かな時間が続いていた。
マグカップの中のコーヒーから立ち昇る湯気を見つめながら、カヤはぽつりと呟いた。
「先生。」
「うん。」
「私は今日、リン行政官の所へ行きました。」
それから彼女は全てを話した。
私が提案したSRTの再建案、その後に行った私との議論。
そこまでは私も当事者だから知っていた。
そしてそこから先は知らなかった。
カヤはそこから何日も掛けて資料を修正していた。
そして彼女は今日最終的に採決されるかは置いておいて議題に乗せるために交渉しに行き、リンの拒絶に始まり
私は途中で一度も口を挟まなかった。
やがて話し終えたカヤは冷めかけたコーヒーを見つめながら言った。
「先生はどう思いますか。」
少しだけ迷う。
だが誤魔化すべきではない。
「他の室長はともかく、代行のリンには事情があると思う。」
その瞬間だった。
カヤの目から、何かが消えた。
期待。
信頼。
それとも安堵。
何かは分からない。
ただ明らかにその表情は沈んだ。
「そうですか。」
静かな声だったが、何処か自嘲に満ちた声に聞こえた。
「先生もそう言うのですね。」
「カヤ。」
「分かっています。」
彼女は苦笑した。
「私は先生に共感してほしかっただけなのでしょう。」
そう言いながらも、その声には失望が滲んでいる。
私は昔と違って生徒から好かれることをそこまで重要視していない。
私は少し考えてから口を開いた。
「カヤ。」
「何ですか。」
「君は私に何を求めていた。」
彼女は答えない。
「リンを批判してほしかった?それとも、君は正しいと言ってほしかった?」
「それはあったと思います。」
「だが君は……私が知っている君は強い生徒だ。良くも悪くも、まぁ概ね悪いが、自己を強く持ち、弁が立つ。本当にそれだけで此処まで傷つくとは思えない。」
よく見ると彼女の握った拳が震えていた。
「私の正しさは間違い無いと思っています。それは変わりません。ですが……その
初めて聞く声だった。
「どういう意味?」
「私の様な視点を持つ人物は連邦生徒会では不要であり寧ろ邪魔であると。」
小さく……本当に小さく、零れ落ちるような声だった。
「連邦生徒会がおかしいと思っているのは私だけではない。そう思っていました。けれどそれは間違いだったのかも知れません。いや、皆おかしくて当たり前だと思っているのかもしれせん。」
カヤは自己否定に陥りかけていた。
「明らかにSRTは必要なのに、それなのに誰も動かない。いや、これはSRTに限りません。全ての事象について連邦生徒会は動かない。」
カヤは俯いたまま続ける。
「リン行政官も、アユムも、他の室長達も、みんな問題を知っている。」
震える声。
「それでも動こうとしない。」
そこで彼女は顔を上げた。
「責任の分散と対比の関係にある意思決定において、人類は多数決以上のシステムを構築できていません。だったら間違っているのは
ようやく分かった。
カヤはリンに否定されたことが辛いのではない。自分自身の判断を疑ってもいない。ただ客観的な正義が分からなくなっているのだ。
それを踏まえて、私は静かに首を振った。
「それは違う。」
「何故ですか。」
「君は行動した。」
「……。」
「行動した人間だけが、自分の考えを否定される。」
カヤは目を見開く。
「動かなかった人間は否定されない。」
「……。」
「だって何もしていないから。」
私は自分用に入れたコーヒーを一口飲む。
「だから傷付いているのは、君が本気だった証拠だ。」
しばらく沈黙が続いた。
雨音だけが聞こえる。
やがてカヤが呟く。
「先生は。」
「うん。」
「リン行政官が正しいと思いますか。」
私は少し考える。
「部分的には。」
「では私は。」
「それも部分的には。」
カヤが呆れた顔をした。
「便利な言葉ですね。」
「便利だからね。」
私は肩をすくめる。
「リンは組織を守ろうとしている。」
「はい。」
「君は組織を変えようとしている。」
「はい。」
「どっちにも理由がある。」
そして続けた。
「でも。」
「?」
「私はそれでも
カヤが固まった。
「……何故ですか。」
「簡単だよ。」
私は窓を見た。
激しい雨が降っている。
「確かに互いの意見に賛同できる部分はある。ただ……私個人の意見としてはカヤの方に
カヤは何も言わない。
「多数決では確かに君は正義ではない……だけどそれなら正義は如何に人を惹きつけられるか、納得させられるかで決まる。なら君は自分を信じて走り続けるべきだ。そして私が必要なら頼りなさい。
長い沈黙。
そして。
カヤは笑った。前の消え入りそうな笑顔ではなく力を秘めた笑顔だった。
「先生。」
「何?」
「本当に甘いですね。」
「最近はそう言われることは少ないな。」
「それでも……私にとっては十分甘いです。」
そう言って彼女は立ち上がった。
先程までの重苦しさはかなり消えている。
「どうやら私は弱気になりすぎていました。私はまだ何も失っていません。連邦生徒会全員に一度断られただけです。」
「うん。」
「それならもう一度動ける。この程度で折れては何も始まらない!」
その目にはもう虚無は無かった。
その時、カヤの視線が私の机に向いた。
「先生。」
「ん?」
「これは?」
そこにはチェス盤が置いてあった。
「ああ。趣味になりつつある。」
「先生が?」
「オラク……とある人間に毎日ボコボコにされてる。」
カヤが少し考え込む。
「一戦。」
「嫌な予感しかしない。」
「大丈夫です。」
闘争しようとしたが、逃がしてくれなかった。強引に押さえつけられ、対戦を開始させられた。
十分後。
「チェックメイトです。」
私は盤面を見つめた。
「待って。」
「駄目です。」
「まだ勝負は。」
「終わっています。」
彼女は久しぶりに勝ち誇った顔を浮かべた。
たぶん今日一番元気な顔だった。そして徐に何かを考える顔になり、ニヤけながらこう言った。
「先生。貴方は連絡先の交換は拒絶しないのですよね?」
「そうだけど……」
「本来連邦生徒会所属の生徒とシャーレの顧問が直接やりとりするのはあまり良くないのですが……」
そう勿体ぶって彼女は言った。
「弱い先生に毎日チェスの指導をしてあげましょう!」
「勘弁してくれ……」
どうやら元気にしすぎたようだ。
このトリニティに先生とオラクルが来て2週間。
先生側も既に凄まじい変革の中に居た。
だが、オラクルは更なる動乱の中に居た。
カヤ
対象は連邦生徒会内部における少数派としての自己認識を獲得。
従来までの行動原理であった権力獲得欲求は依然維持されているが、その達成手段に変化が発生。 地位獲得それ自体ではなく、組織改革の遂行を通じた正当性確保を重視する傾向が確認される。
当該事象において、対象はSRT再建案を携え連邦生徒会内部での合意形成を試みるも失敗。 意思決定機構における多数派との断絶を観測した結果、自身の正当性ではなく、自身の必要性について疑念を抱く段階へ移行した。
外部協力者(先生)との接触後、対象は「正しさ」と「支持」は必ずしも一致しないという事実を再認識。 同時に、少数派であることを理由に行動を停止する選択を放棄。
現在、対象は連邦生徒会内部の改革派勢力として再起動済み。
短期目標はSRT再建計画の成立。 中期目標は組織内における影響力の拡大。 長期目標は現行政体の刷新、および連邦生徒会長代理体制の終了。
なお、最終的目標である「超人の後継者としての地位獲得」は放棄されていない。
――野心は維持。方向性のみ修正完了。