ブルーアーカイブ×アークナイツ  調月リオと星外の預言者   作:バトクロス

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 補習授業部はきちんとEX編で回収します。
 今回は崩壊時計編と比較してカタルシスを感じれるようになっていれば良いなぁと思っています。
 もし良ければ今回も感想をお願いします。


今度こそ毒にならない様に

『ミカさん、話をしたいことがあります。』

 オラクルとお(・)話(・)した翌週の火曜日、ナギちゃんから連絡が来た。

 何処をどう見ても罠だとしか思えない。だけど……それでも行かないと言う選択は無かった。

 どの道私が消されたとしても動けるように指示は出している。

 

「ナギちゃんに呼ばれたよ。多分何かしら嗅ぎつけたんだと思う。もし私が3時間経っても連絡したり帰ってこなかったりしたら、その時はもうパ(・)テ(・)ル(・)派(・)全(・)体(・)で(・)ク(・)ー(・)デ(・)タ(・)ー(・)を(・)起(・)こ(・)し(・)て(・)。エデン条約までどの道時間がもう無いからね……」

 そう付き添いの生徒に言う。

 

「承知しました……私達はミカ様が何を思い何を成してきたか、それを知っていると自負しています。」

 彼女はそう言って去っていった。

 

 

 

 

 彼女は私達がアリウス分校の指導者を殺(・)害(・)し(・)強(・)引(・)に(・)解(・)放(・)し(・)、そしてその後先生の力を使って彼(・)女(・)達(・)の(・)受(・)け(・)入(・)れ(・)先(・)を(・)斡(・)旋(・)し(・)て(・)貰(・)う(・)と言うプランの一部を説明する前に何処からか入手した娘だ。

 ある日、彼女はそのクーデターの部分をナギちゃんに伝(・)え(・)よ(・)う(・)と(・)し(・)た(・)。

 パテル派の協力者の一人である生徒から伝えられ、間一髪で密告を防いだ後、怯える彼女を私は無理やりアリウス分校に連れて行った。

 

 

 

 

 彼女はア(・)リ(・)ウ(・)ス(・)の(・)有(・)様(・)を(・)見(・)て(・)耐(・)え(・)き(・)れ(・)ず(・)吐(・)き(・)気(・)を(・)失(・)っ(・)た(・)。

 アリウスの生徒達は全員本の中でしか見たことのない、所謂孤児から使い潰される少年兵に成長した人間性を失った生徒達であり、同時に案内を無視して少し脇道にそれればアリウスはそんな生徒達に似つかわしい環境だった。

 古びたかび臭い建造物。

 何処からか腐臭がする小川。

 そして血のついた牢屋。

 全てが吐き気を催すものだった。

 

 そんな彼女を背負いながら生徒会長だとか言うベアトリーチェに表面上のゲヘナ嫌いを拗らせた馬鹿なガキを演じつつ、エデン条約を潰すためにクーデターを起こす……それを助けてくれと言う交渉をする。

 彼女に本心がバレない様にする為に、私は愚(・)か(・)な(・)生(・)徒(・)の(・)振(・)り(・)を(・)し(・)続(・)け(・)る(・)。

 

 

 

 

 私はあの日、連(・)邦(・)生(・)徒(・)会(・)長(・)の(・)暴(・)走(・)を観る前まではその様なアリウスの惨状には全く気がつく事は無かった。

 そう、自分の行動に対する責任感が不足していたのだ。

 私はそうして次にアリウスを訪れた時、ベアトリーチェの案内から態とそれて粗雑に隠されていた真実を見た。

 なんて酷い。

 なんて醜悪だ。

 何故気が付かなかった。

 その時は自分の能天気さと頭の悪さ、そして視野の狭さを自覚し、過去を呪いながらすべき事を理解した。

 

 

 私の持てる全てを使いアリウスを解放し、そして私はその代償として裁かれるべきだと。

 

 

 これが自己満足でしか無く、セイアちゃんに対しての贖罪と成り得ない事も理解している。

 それでも、それでも私はその自己満足の為に全てを費やすと決めたんだ。

 最初にしたことは、アリウスの歴史、そして教育論について調べる事だった。何処から情報が漏れるか分からない。だから私はカモフラージュとして様々な角度から迂回しながら情報を調べた。一度だけ棚に置いてある借りた本をナギちゃんに見られてからはからは読書君歴で疑われているかもしれないけど、少なくとも私は最大限注意を払った。

 次にしたことは同士を増やす為にパテル派の生徒達を少しずつ、協力者になってくれるよう様々な手を使って頼み込んだこと。教師に授業の代わりの追加レポートや講義録画での学習を認める様に頼み込んで時間を作り、他の人の目を盗んで急速にコミュニティを拡大した。

 きっと他の人ならもっとスマートに動き、もっと確実に成果を挙げられただろう……それでも私は出来ることをした。

 

 

 

 アリウスからの帰り道、目を覚ました彼女が

 

「何故あの様な物を見せたのですか?」

 と尋ねてきた。

 

「貴女に私が何故力を欲するのかを見て欲しかったの。私の目的はアリウスの生徒達をベアトリーチェからの支配から解放し、そして救済してもらう事なんだ。」

 私の言動に彼女は息を呑み、尚も反論した。

 

「ですが何故、クーデターを起こすのですか!?」

 その問いに私は静かに返した。

 

「貴女は私が口先だけで、こうこうこういう事があるから力を貸して欲しいと言って信じるかな?」

 彼女は口を閉じた。

 

「そう。そうなんだよ。トリニティで暮らしている生徒にとってアリウスは非(・)現(・)実(・)的(・)過(・)ぎ(・)る(・)ん(・)だ(・)よ(・)ね(・)。だから、ナギちゃんやセイアちゃんはやんわり伝えてもまともに取り合ってくれない。信じさせるには実物を見せるしか無いんだよ。」

 

「ならば何故!」

 

「そしてあの2人は聡明だから多分ベアトリーチェから危険視されて真(・)実(・)を(・)知(・)っ(・)た(・)ら(・)殺(・)さ(・)れ(・)る(・)。だから私が馬鹿な振りをして闘うしか無いんだ。」

 そう言うと彼女は今度こそ口を閉じた。

 

「ねぇ、貴女はそれでもアリウスの現状を見て見ぬ振りをしてナギちゃん達にクーデターの事を伝えに行くの?」

 最後にそう彼女に問いかける。

 

「ミカ様はずるいですよ。」

 

「何か言った?」

 

「……分かりました。貴女の意志に従います。」

 こうして彼女は同士の一人になった。そうして安心した私は彼女に1つ頼み事をした。

 

「ありがとう!そしたら貴女は全てが終わった後に私を弾(・)劾(・)す(・)る(・)立(・)場(・)を(・)全(・)う(・)し(・)て(・)ね(・)!(・)」

 

「……は?何を、言っているのですか?」

 

「だって、私がどの様な目的があれクーデターを起こすのは重罪じゃんね。だから全てが終わった後に、ナギちゃん達に勢力を返しつつパテル派全員で『無理やり命令を聞かされた!』って私を吊るし上げて、上手くパワーバランスを元に戻して欲しいんだ。私は……うん、私刑を受けた後に矯正局に収容かな。」

 

「……何でミカ様はそこまでなさるのですか!」

 

「なんでだろうね、贖罪かな?」

 そう分かりきった事を言って彼女との会話を打ち切って私はアリウスから帰還した。

 

 

 

 そんな事を何故か振り返りながら来るように言われた部屋の扉を開けた。

 

「入るよ……ナギちゃん。」

 

『どうぞ、ミカさん。』

 

 

 

 

 

 指定された部屋に入った瞬間、ミカさんの足が止まった。

 視線が、私の隣に立つアズサさんへ釘付けになる。

 

「……ナギちゃん。どうして補習授業部のアズサちゃんが居るの?」

 声音は明るく、いつもの調子を保っている。だが、笑みの端が僅かに硬かった。

 

「今回の事件の関係者ですので。」

 私は短く答えた。

 ミカさんは首を傾げ、不思議そうな顔を作る。

 

「事件?補習授業部の?それとも……また私が何かしたって言いたいの?」

 

「座ってください。長くなります。」

 ミカさんは一瞬だけアズサを見たあと、素直に席へ着いた。

 アズサさんは俯き気味にその向かいへ座る。

 先生は窓側、私の斜め後ろには正義実現委員会の剣先ツルギ委員長が無言で立っていた。護衛として、というより最悪の事態に備えてだ。

 私はミカさんの善性を信じているが、それでも信用にかまけてリスクを負うような行動はとるつもりは無かった。

 

「で? ナギちゃん。今日は何の話?」

 

「聖園ミカさん。貴方がここ最近、何をしてきたかを確認したくて呼びました。」

 

「重いね。そんな顔して。それに態々フルネームとは。またパテル派がどうとか、私が独断で動いてるとかそう言う話?」

 

「それもあります。」

 ミカさんは肩をすくめた。

 

「いつもみたいに疑ってるだけなら、早く言ってよ。私、忙しいんだから。」

 その軽い言葉に、胸の奥で何かが引っかかった。

 以前の私なら、ここでさらに疑念を重ねて追い詰めていた……今は違う。私はおおよそ全てを知っている。

 ミカさんを呼んだのは問い詰める為では無い、止めるために呼んだのだ。

 

「ミカさん。」

 

「なに?」

 

「誤魔化すのは、諦めてください。」

 空気が変わった。ミカさんの指が、膝の上で止まる。

 

「アズサさんから、既に全て聞きました。」

 その一言で、部屋の温度が下がったように感じた。

 誰も動かない。

 まばたきさえも遅い。

 いつもの過剰な表情も、明るい声も、消えている。ただ、静かに私を見返してくる。

 多分これが、この表情が彼女がこの数ヶ月間見せてきた表の顔の対となる本質なのだろう。

 

「……全部?」

 

「はい。アリウスのこと。マダム……ベアトリーチェのこと。貴方がアズサさんをトリニティへ入れた理由。そして、クーデターの準備についても。」

 アズサさんが小さく肩をすくめた。ミカさんの視線が一度だけ彼女へ落ち、すぐ戻る。

 

「アズサちゃんが話したんだ。」

 

「責めないでください。彼女は貴方が裁かれることを望んでいません。だからこそ、話しました。」

 

「ふうん。」

 短い吐息。ミカは背もたれに体重を預け、天井を見上げた。その横顔から、愛想も焦りも消えている。残っているのは、ひどく平坦な色だった。

 

「そう。じゃあ……確認するけど。」

 

「はい。」

 

「ナギちゃんは、私が何をするつもりか、分かった上で呼んだの?」

 

「分かった上です。だから、話し合いで終わらせたい。」

 ミカさんの唇がかすかに動いた。悪態を吐き捨てたのか、笑ったのか判別できない。ただ、それは恐らく否定の意味だったのだろう。

 

「遅いよ、ナギちゃん。」

 

「……何がですか。」

 

「もう、指示は出してあるから。」

 私の喉が、一瞬で乾いた。

 

「三時間後には、もうクーデターを起こすように言ってあるんだ。」

 言葉の意味を理解した瞬間、血の気が引いた。

 

「今すぐ撤回してください!」

 

「できないよ。私がここに来る前に言ってある。仮に三時間経っても私が連絡も帰還もしなかったらクーデターは実行。もう、そのつもりでみんな動いてる……いや、私(・)が(・)動(・)か(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。」

 

「貴方は……!」

 

 私は即座に端末を取り出した。

 正義実現委員会、救護騎士団、シスターフッド、フィリウス派、サンクトゥス派……動ける部署へ一斉に警告を送る。

 クーデターが起きる前に潰す、それが今の最善だ。

 ミカさんの行為を隠蔽すると言う方針を一瞬忘れ、送信画面を開くその手前。

 乾いた破裂音がした。それは彼女の発砲音だったと気がついたのは数瞬後だった。

 次の瞬間、私の端末は銃弾に穿たれ、ガラスと金属の音が狭い部屋に散った。

 

「ッツ!」

 即座に護衛として控えていたツルギさんがミカさんを椅子もろとも吹き飛ばした。

 転がりながらも即座に彼女は受け身を取り、銃口を向ける。

 

「……ミカさん!」

 

「ダメだよ、ナギちゃん。」

 表情はない。声だけが、奇妙に穏やかだった。

 

「先に連絡されたら、計画が崩れる。崩れたら、アリウスの子たちがもっと酷い目に遭う。それだけは、嫌なんだ。」

 苦渋の顔を浮かべ尚も言い返そうとして

 

「私があの子達を解放して受け入れ先まで斡旋したら、後は無理やり従わせていたパテル派の生徒達がきっと私を弾劾する。そしたらナギちゃんは元の立場に戻れるし、それもこれも全て……とまでは行かないけど大部分は私の暴走で片付く。だからそれまで待っていて欲しいの。」

 その余りにも痛(・)々(・)し(・)い(・)言(・)葉(・)に(・)声を失った。

 

 彼女を制圧しようと半歩前に出るツルギさんを片手で制す。

 

「ツルギさん、まだ。」

 

「ですが……」

 

「まだ、会話で止めます。」

 ミカは自分の銃を見下ろした。まるで他人の物のように眺めている。

 

「ナギちゃんは……甘いね、いや、優しいんだ。だけど残された時間は約二時間。その間に、ナギちゃんが私を止めるか。それとも、私がやり遂げるか。」

 

「貴方のやり方は間違っています。」

 

「分かってる。正しい方法なら、もっと前に誰かがやってる。誰もやらなかったから、私がやってるだけ。」

 その言葉の奥に、自己嘲弄と決意が同時に沈んでいた。私は壊れた端末を見ず、ミカさんの目を見据える。もう、誤魔化されない。

 そして、もう、彼女を一人で走らせない。

 

「二時間あれば足ります。貴方が何を見てきて、何を背負ったのか。全部、ここで話してください。」

 ミカさんは少しだけ目を細めた。

 

「……話すだけなら、いいよ。その代わり、ナギちゃん。」

 

「何ですか。」

 

「私の覚悟を甘く見ないでね。浴びせられる罵倒も、失笑も、全て許容して私は此処に来たんだ。」

 部屋の空気が、再び張り詰める。

 破壊された端末の破片が、床の上で光を返していた。

 

 

 

 銃声の余韻が、まだ鼓膜の奥に残っている。砕かれた端末の破片を靴裏で踏みそうになりながら、私は二人の間に割って入らず、ただ立っていた。

 今動いて力ずくで抑えれば、ミカの覚悟は燃え広がるだけだ。

 ナギサもそれを分かっている。

 だからこそ、会話で止めようとしている。

 ……自分の能力不足が歯痒かった、オラクルならもしかしたらミカの責任論について適切な対応ができたのかもしれない。だけど私は何処まで言っても理想主義者だ。きっと、彼女を止められない。

 だから私はナギサが……ミカの友人である彼女に全てを託すしか無かった。

 

「……時間がないのは、お互い様です。」

 ナギサの声は、怒気より焦りに近かった。

 

「貴方が動いた理由は理解しました。アリウスの現状も、アズサさんから聞きました。だからこそ、クーデターという形ではなく、正規の枠で解放へ進める方法を取ります。」

 

「正規の枠って何?」

 ミカは壁に背を預けたまま、首だけを傾げる。銃は下ろしているが、きっと何時でも撃てるのだろう。

 

「エデン条約を使って、他校と連携する。ミレニアムも、ゲヘナも動ける。連邦生徒会にも話を通す。貴方一人で全部を壊して、全部を引き受ける必要はないのです。」

 

「それ、何日かかるの?そもそもそんなに上手くいくと思っているの?偽りの友好条約でそんな風にいくと本当に思っているの?」

 

「……貴女がクーデターを成功させるためにかかる時間よりは早いでしょう。それにエデン条約には偶然この様な場合にも使える条文があります!」

 

「……それだけじゃダメだよ。」

 ミカの拒絶は、考える間もなく落ちた。

 

「ナギちゃんの言う正規ルートは、結局『待ってください』ってことでしょ。3大校が協力できる確実性も無い。待ってる間に、あの子たちはまた潰される。ベアトリーチェはそういう人だよ。時間ができたらできたで、証拠を消して、人を消して、また地下へ潜る。」

 

「だから先手を打ちます。」

 

「先手が遅かったんだよ。私はもう動き出した。」

 ナギサが言葉を継ごうとしても、ミカは首を横に振る。

 聞いている。

 理解もしている。

 それでも受け取らない。

 その頑なさが、部屋の空気を少しずつ削っていった。時計の針だけが、正確に進む。

 1時間30分を切り、さらに時計が進む。

 ナギサの提案は具体的で、筋も通っている。

 だがミカの中では、全部が「遅延」と「不確実性」に変換されているらしかった。

 そして皮肉な事に、ミカの言うクーデターの迅速な成功は間違いなく遅延と不確実性の排除においては右に出る手段が無かった。

 ナギサの正しい手段の話と、ミカの迅速な結果の為の手段、それはずっと平行線を辿っていた。

 私は何度か口を開きかけて、閉じた。

 今、外から正論を足しても、火に油だった。

 だがその膠着を、一番壊してはいけない位置にいた生徒が壊した。

 

「やめてくれミカ!」

 

 アズサの声が、会議室に弾ける。

 彼女は机に両手をつくと、顔を上げた。

 目は潤んでいない。その代わり、苛立ちと自責が混ざっていた。

 

「ミカ、それ以上抱え込まないでくれ。私が……私がベアトリーチェの命令に従うような態度を取ってきたから、ミカはそこまで一人で抱え込んだんだろ!」

 

「違う。」

 ミカは即答した。

 

「アズサちゃんのせいじゃない。抱え込むべきなのは、私だよ。」

 

「そんなこと!」

 

「見て見ぬ振りをしていたのは私なんだから。気づくのが遅かったのも私。力を持っているのに、使い方を間違えてたのも私。アズサちゃんは命令に縛られてた。私は、縛られていないのに何もしてなかった。」

 彼女は聞く耳を持たない、まるで自己暗示をかけるように正確に自分の罪を告白する。

 

「私は……!」

 アズサは歯を食いしばり、次の言葉を吐き出した。

 

「私は、セイアを殺していないんだ!」

 その瞬間、ミカの肩が僅かに揺れた。

 

「……は?」

 

「命令は『殺害』だった。でも、私は殺せなかった。だから襲撃はした。傷も負わせた。でも、死んではいない。」

 

「待って。アズサちゃん、それは……希望的観測?」

 

「違う、事実だ。セイアはベアトリーチェの魔の手から彼女を逃す為に意図的に誤った情報を拡散させたんだ!」

 アズサの声は震えていたが、逃げてはいなかった。

 

「セイアは生きている。ナギサも、先生も知っている……ミカはまだ何もしていない、まだ賽(・)は(・)投(・)げ(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)ん(・)だ(・)!(・)」

 ミカの視線が、私へ、ナギサへ、再びアズサへ跳ねる。

 先程の冷たい微笑や、心を閉ざした無表情ではない。

 理解が追いつかない者の、空白があった。

 

「生きて……る?」

 

「はい。」

 ナギサが静かに頷く。

 

「今は安全な場所にいます。貴方が背負っている『友人を死なせた』という前提の、少なくとも一部は違います。」

 ミカの唇が動いた。音にならない言葉が、二、三回繰り返される。銃を持った手が、力なく下がった。

 その沈黙を裂くように、ミカのポケットで端末が震えた。短い着信音。ミカが震えながら端末を取り出し表示を観る。

 

 彼女の顔色が、本当に消えた。

 手から滑り落ちた端末が床に落ち、ひび割れる。

 だか、確かに表示された発信者名を、こちらからも見て取れた。

 

『百合園セイア』

 ミカが震えながら、端末を拾い上げ音声を繋げる。

 

『やぁミカ、元気では無いだろうね……』

 彼女はその声を聞いた瞬間銃を取り落とし、そのまま端末を両手で抱え込んだ。

 

『おーい、何も見えないぞ。どうしたんだい?』

 部屋の誰も、彼女を止めることができなかった。

 セイアの声だけが取り残された時間の中で響いていた。

 

 

 

 端末の向こうから聞こえる声は、確かにセイアちゃんのものだった。

 

『泣いているのかい、ミカ。』

 

「泣いてない……泣いてないよ。」

 声が掠れる。

 膝から力が抜けて、私はその場に座り込んでいた。

 銃はもう手元にない。

 ナギちゃんが拾ったのか、先生が下げたのか、分からない。

 

「セイアちゃんが死んだって聞いたとき、私……何もできなかった。だから、今度は全部自分でやらなきゃって。罪を背負って、自己満足だとしても……それでも、少しでも、贖罪になればなって。」

 

『その全部を背負うと言う行為が、友人を置いてけぼりにする意味なら私は反対だね。私は生きている。私は贖罪を求めていない。ほらそれで十分だろ?』

 セイアちゃんの声は低い。

 だかその口調は責めているのではなく、寧ろ温かい。

 

「ナギちゃんも、そう言うんだ。」

 

「言います。」

 ナギちゃんが、私の前に膝をついた。

 綺麗な制服の裾が床に触れるのも構わず、私の目を見てくる。

 

「一人で裁かれて、一人で終わらせる必要はありません。私は貴方の友人です。ホストとしてではなく、友人として言います。帰ってきてください。」

 その言葉が、胸の奥の硬いものを揺する。

 それでも、まだ手放せない。

 

「私がやめたら、あの子たちは……」

 

「やめなくて良いのです。ただ、やり方を変えてください。」

 次に動いたのはアズサちゃんだった。

 

「ミカ。私も加害者だ。命令に従い、セイアを襲った。だからこそ言う。ミカが一人で地獄に行く必要はない。私はもう、ミカの犠牲の上で助けられる側にはなりたくない。」

 

「アズサちゃんは……被害者だよ。」

 

「被害者でもあり、加害者でもある。だから、同じ側に立たせてくれないか?」

 言葉が、逃げ道を塞いでくる。

 優しいのに、痛い。

 最後に先生が、一歩だけ前へ出た。

 

「ミカ。加害者として責任を取るというなら、一人で抱え込むのは責任じゃない。今回の様な事案は共有できて初めて責任だ。君が背負うと言うなら、私にもその一部を渡せ。ナギサたちにも渡せ。それが、今の最善だと思う。」

 

「でも、そんな事言ったって……」

 

「なら言い方を変えよう。君から恨まれたとしても私は君の責任を強(・)引(・)に(・)分(・)割(・)す(・)る(・)。(・)君の不安要素は可能な限り私が解消する。ゲヘナが不安ならゲヘナに行く、ミレニアムが不安ならオラクルと協力して話し合う。それでも足りないなら……連邦生徒会にも働きかける。それでもまだ足りないかい?」

 

 私は端末を握りしめたまま、三人を見た。

 セイアちゃんの声。

 ナギちゃんの目。

 アズサちゃんの手。

 先生の差し出す言葉。

 

「……卑怯だよ、みんな。赦しを求めていない人間を強引に赦すなんて……これじゃあ私の独り相撲だよ。」

 誰も否定しない……こ(・)れ(・)は(・)無(・)理(・)だ(・)ね(・)

 

「分かった。クーデターは、止める。その代わり、アリウスは絶対に見捨てないで。」

 

「見捨てません。」

 ナギちゃんが、迷わず言った。

 私は小さく息を吐いて端末を開き、彼女達に武装解除を告げた。

 

 

 

 翌朝、彼女の同志たちが集められた会議室で、私は壁際に立ち、ナギサの横顔を見ていた。

 

「昨日、聖園ミカさんと話し合いました。クーデター計画の詳細も、動機も、全て確認しています。」

 ざわめきが起きる。

 怒りより、戸惑いが多かった。

 彼女達は全てを覚悟して此処まで来た。誰もがアリウスの事情に関しての情報について大小差は有れど、この先引き起こされるであろう荒れた運命の当事者としての意識があった。

 

「結論から言います。貴女たちの罪は、問いません。」

 空気が凍った。

 

「ただし条件があります。武装は解除したまま、正規の枠組みへ戻ること。そしてこれよりトリニティは、ゲヘナ、ミレニアムと共同でアリウス解放戦争を遂行します。」

 

「戦争、ですか。ナギサ様の様な人がその様な事を本当に行うのですか?」

 誰かが呟く。

 ナギサは頷いた。

 

「地下に閉じ込められた生徒たちを、放置しません。ベアトリーチェの支配を終わらせます。彼女達が手に入れるものは植え付けられた復讐心の解放の場では無く、全ての固定観念からの解放です。」

 

 視線がミカへ集まる。彼女は一瞬だけ俯き、顔を上げた。

 

「私は、私(・)の(・)や(・)り(・)方(・)で(・)正(・)し(・)い(・)こ(・)と(・)を(・)し(・)よ(・)う(・)と(・)し(・)た(・)。みんなを巻き込んで、自分が壊れることで帳尻を合わせようとした。でも、私の正義よりも、ナ(・)ギ(・)サ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)の(・)正(・)義(・)の(・)方(・)が(・)正(・)し(・)い(・)と(・)思(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)。今までの私はただ……もう、それしかないと思い込んでただけだった。」

 生徒の一人が拳を握る。

 

「じゃあ、私たちが準備してきたものは無駄だったんですか?貴女についていった事は全(・)部(・)意(・)味(・)が(・)無(・)か(・)っ(・)た(・)と(・)で(・)も(・)!(・)?(・)」

 

 

「無駄じゃない、無駄なんかじゃない!貴女達の努力を無駄とは言わせない!」

 

 

 ミカは間髪入れずに首を横に振り叫んだ。

 

「あの子たちの現状を見たのも、力が必要なのも本当!だからこそ、もうこれしか残されていない。ナギちゃんと、他校と、先生と一緒にやる。私一人の暴走で終わらせない……そしてナギちゃん達にこの判断を促したのは

 

貴女達一人一人の覚悟と熱意なんだ!」

 

 

 沈黙のあと、誰かが深く息を吐いた。

 次に、別の生徒がゆっくりと頷いた。

 誰かが「やるよ、最後まで」と言った。

 その声を皮切りに拍手がなり始め、そしてそれは激しさを増した。

 反対の声は、なかった。

 ナギサが告げる。

 

「これよりトリニティは一つです。個人の贖罪ではなく、学園として引き受けます。」

 私はその言葉を聞きながら、瞑想していた。

 ナギサの演説が終わり私が壇上に立つ。

 オラクルはこの様な場では表舞台に立たない。いや、立(・)て(・)な(・)い(・)。

 だからこそ、私が此処に居る。

 

「始めまして、私がシャーレの先生です。突然ですが、皆さんはそんな大規模な戦争を行って上手くいくのだろうかと思っているでしょう。軋轢だってあるし、そもそも上手く行ったとしてその後どうするのかと思っているでしょう。」

 私は生徒達一人一人の視線を感じながら、言葉を紡ぐ。

 

「それらの心配事は全て私(・)に(・)任(・)せ(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)。貴女達は生徒であり子供です。子供の内は誰だって間違いは有ります。いえ、大人でも間違えるんです。だからこそ大人がするべき事は貴女達が間違った道……いや、貴(・)女(・)達(・)が(・)不(・)幸(・)に(・)な(・)る(・)道(・)を進む事を防ぐ、もしくは嵌ってしまった貴女達を助ける事、そして輝かしい道を進む際に訪れる障壁から全力で生徒達を守る事です。」

 口が渇く。この様にスピーチをする事は初めてだ。だが、それでも私はおくびにもそれを見せないよう最大限努力した。

 私のその様な態度で彼女達の信頼が損なわれるからだ。

 

 

「だから……貴女達はただ全力で、自分に課せられた使命だと、すべきことだと思った事をしてください。」

 

 

 

 

 

 この演説を境にトリニティ総合学園は全ての意志が纏まり、迅速に動き出した。まるで1つの生き物の様に。

 

 

 第二章『リアリズムを騙る者編』終幕。




聖園ミカ

 対象は強迫観念に突き動かされ冷静に壊れ暴走していた。
 当初、対象は連邦生徒会長の動画を視聴後、それまでの反動の様に責任と力への過剰な信仰を抱え込んでいた。
 当該事象において、対象は驚異的なバイタリティと目的を達成する事が可能な権力を武器に急速に自らの思想を拡大。最終的にパテル派の過半数をそのカリスマで支配下に置き、現実的にクーデターを可能とする戦力さえ確保した。
 今回この様に事件の規模が拡大した理由としてホスト代理の桐藤ナギサの不信を始めとするティーパーティの上層部の風通しの悪さ、並びに聖園ミカの演じる能天気で猪突猛進な生徒と言う表の顔がカモフラージュとして十全に機能した事が原因と考える。
 最終的には暴走の根本の原因である百合園セイアの殺害が未遂であった事を始めとした様々なイレギュラーと、友人達の説得により、辛うじてクーデターが起きる事は無かった。
 尚、対象は責任を取りティーパーティを辞する方針だったが、桐藤ナギサの『事態を明るみにした際の影響が大き過ぎる』と言う考えのもと、全てを暗闇に葬った。
 だがその内心は少なからず友人を思う心があった事は彼女と親しい人間には周知されている。
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