ブルーアーカイブ×アークナイツ 調月リオと星外の預言者 作:バトクロス
正直筆が乗って書きすぎました。
これ2話に分けた方が良かったかもしれません。
かなりそれぞれのキャラクターの思想論を考えたので不安です。
チェインシフト
「オラクル!これからどうなさるのですか?」
カバンに荷物を入れている私にキョウカが問いかける。
アズサに対して聞き取り調査をした次の日からは私は事件に関わらない様に徹した。あくまで私の仕事は犯人探しを任せられたのであって、犯人を裁いたりその処遇を決める事ではない。
そしてどうやらナギサはクーデターを未然に無事鎮圧させたようだ。ならば私が此処にいる理由も無い。ナギサに契約の終了を伝え帰る支度をしていた。
「私は契約によって派遣された人間に過ぎない。任務が終わったら帰るさ。ナギサにも許可は得ている……いや、寧ろリオがそう求めていた。」
「まだ貴女の授業は
「キョウカ、君はあの授業がミカに接触するためにのついでで有ることを知っているよね。」
「それでもです。貴女の授業自体は十分な意義を持っていました。例えばそれが見せかけのものだとしても。」
彼女は思ったよりついでで行った授業についての評価も高かったようだ。
「そうだとしても私は帰るよ。」
「……そうですか。」
私がそう言うと彼女はため息をつきながら懐から1枚の手紙を取り出した。
「ナギサ様は貴女がそう言うと既に予想されていました。なので私が引き留められないと判断した場合はこの紙を渡しなさいと命令されました。受け取っていただけますよね?」
彼女がそう言って渡してきた手紙を受け取り中身を見る。
『オラクルへ
貴女にはきちんとした文体での手紙を書くことも考えましたが、時間が無いので手短に話します。
今後私達トリニティ総合学園はエデン条約の集団的自衛権を行使し、アリウス分校について戦争を行う所存です。なので戦場から離れた場所であるミレニアム・サイエンススクールに帰る事は構いません。
ですが、表向きの役割である特別授業については未だに区切りが良くありません。その為トリニティでの機器の操作についてはキョウカさんに任せますのでどうか遠隔で授業を続けていただけないでしょうか。
桐藤ナギサより。』
手紙を畳み、私は一度だけ天井を見た。
「遠隔か……なるほど、そういう使い方をする。」
「受けていただけますか?」
キョウカは手紙から目を離さないまま尋ねた。
「条件はある。」
「おっしゃってください。」
「第一に、私は戦場に出ない。助言も、戦術立案も、戦況に直結する支援もしない。いや、するべきでは無い。」
キョウカが小さく息を呑む。
「ナギサが態々戦争について匂わせて来たのは恐らく
「……私はナギサ様の意図など知りませんから何も言えません。」
「それで構わない。君が本当にその中身を見ているか見ていないかは疑わしいがそれも構わない。ただ私の言葉を伝達さえしてくれれば構わない。」
真意は不明だ。だがそれでも念のために言っておこう。
「第二に、授業の内容はあくまで一般教養と、幹部向けの思考訓練に限定する。戦争の正当化にも、敵の分析にも使わせない。」
「……ナギサ様は、それでも良いとおっしゃると思います。」
私は荷物の止め具を閉めながら続けた。
「これは慈悲でも残留でもない。契約の延長だ。区切りが悪いのはナギサの都合で、私の本意ではない。」
「承知しています。」
キョウカは真っ直ぐに頷いた。
「……分かった。受けるよ。」
「本当ですか。」
「ただし、私が画面の向こう側にいるからといって、トリニティの判断を私に預けないこと。遠隔の講師は、最終責任者にはならない。」
「はい。そのつもりです……そして貴女はナギサ様をみくびりすぎています。あの方は他人の考えを思考の参考にはしても、それに完全に全てを預ける様な事はしません。」
そこまで言ってキョウカは初めて、わずかに肩の力を抜いた。
「機器の操作は私が行います。接続時間、対象生徒、配布資料の範囲もすべてこちらで管理します。オラクルは
「それは……悪くない。」
私は短く笑った。笑ったつもりはなかったが、声の端が緩んだらしい。
「キョウカ。君は、引き止めに失敗した伝令にしては交渉が上手い。」
「……ナギサ様の命令書を持っているだけです。」
「では確認する。私はミレニアムへ戻る。特別授業は遠隔で継続。関与範囲は教育に限定。以上でいいか。」
「はい。こちらからもナギサ様へその内容で返します。」
「そうしてくれ。」
そうこうしている間に支度も終わった。
「そしたら私は明日の午前中に出ていく事にする……つまり今日の夜は自由だと言うことだ。」
「……どう言う事ですか?」
「先生にそれを伝えたら『それなら同居も今日が最後だし食事にでも行きませんか?』と誘われてね。きな臭い時期だから護衛付なら同行しようと了承の意を返したんだ……つまりキョウカ、護衛として君に付いてきて欲しい。食事は奢るから。」
そう言うと彼女は目を瞬かせた後
「……財布を軽くして差し上げます。」
と言ってきた。
待ち合わせよりも10分早く、待ち合わせの店につくとすでに先生は待っていた。
私が来てからオラクルは向かったため、間接的に私のせいで遅れてしまったことに多少気まずさを感じつつ、一応トリニティの経済圏の中であるとはいえ、今までとは異なり学園の外だからと内心言い訳をする。
私はその話を聞いてすぐ自室に帰り、オラクルに着せるための防弾チョッキと防刃ベスト、そして私の持つ最大火力であるレミントンを持ってきたのだ。
「申し訳ない、待たせてしまったようだね。先生今日は食事に誘ってくれてありがとう。彼女が私の護衛を務めている日織キョウカだ、多分すれ違ったりしたことはあってもまともに話すのは初めてではないかな?」
もっともオラクルはまったく気にしていないようですが……
「いや私もそこまで待っていませんから気にしないでください。初めましてキョウカさん……いやオラクルと話していたのなら苗字の日織さんのほうが良いですか?」
そういえばオラクルは
「いえオラクルも名前で呼び捨てでしたし、キョウカでよいですよ。むしろ護衛とはいえそんな風に壁を作られるのも少し気まずいです……先生はしばらくトリニティにいらっしゃるのですよね?もしオラクルに何かしら連絡をしたい場合は私に連絡をくれればお二人の時間のすり合わせ等は行いますよ。」
「そう?ならよろしく。」
そう言って先生は手を差し出してきた。
私はその手を無言で握り返した。
……オラクルと違って温かい手だった。
「それで先生、どこで食べるんだい?トリニティは正直高いわりにきちんとした食事をとることができる店は少ないと思うのだが……」
「ふふ、連邦生徒会に所属している生徒に教えてくれと頼んだら『昔トリニティと交渉しに現地に行ったときの帰りに食べた店があります。』と言って3000円ほどで食べられる安全でおいしい店を教えてくれたんだ。」
そう言った先生に連れてこられて私達が来たのは一見何の変哲もない料理店だった。
ただ、防犯がしっかりしている。私が入る時は、護衛だと言って特例で銃を持ち込ませては貰ったが、入り口で銃を預かろうとしてきた。
「キョウカ。何処か緊張しているように見えるが……」
「オラクル、大丈夫です。ただ大人と食事を取るのが珍しいだけです……それも護衛とは言え夜にこの様な場所で。」
一応私もティーパーティの端くれだ。稀とは言え会食はした事はある。だがそれでもこの様な経験は無い。
「その連邦生徒会の生徒のセンスは良いな。安全対策が此処までされていて個室まで有るとは。」
そう言ってオラクルが案内された個室の椅子に腰を下ろす。
「トリニティはお嬢様学校だからね。重要な会談とかをする場合の為にこの様な安心安全を確保する為の店は良く有るんだって。最もそう言う店が有名になり過ぎるのも良くないから、一般の生徒にはそこまで共有はされてないと思うけどね。」
対面に先生が座りながらメニューを開ける。
「キョウカ。今日は奢りだから好きなものを食べると良いさ。これから先しっかりと手伝ってもらう必要があるからね。」
そう言ってオラクルから渡されたメニューを見ていると
「それで先生、今日は何故こんな機会を作ったんだい?本当にご飯に誘うつもりはあったと思うが……それだけの為に時間を作ったのではないのだろう?」
「……はい。ですが食事をしに行きたいと思ったのも事実です。」
そんな声が聞こえた。
そうして私が悩んでいる間に先生はフィッシュ&チップス、オラクルはローストチキンを頼み、そして私は悩んだ末にシェパーズパイを頼んだ。
「それで、先生。貴方は何を抱えて今日此処に来たんだい?」
オラクルがそう言って私に問いかける。
「……貴女の役目は終わり、私の役割もある程度の事から解放されました。なので互いの情報交換をしたいという事、そしてもし良ければの話ですが……私が今依頼の裏で抱えているある生徒の悩みを解決する為のアドバイスを頂きたいのです。」
「それはどうやってだ?この場で貴方から話を聞いてその子の為に何か言えばよいのか?それとも遠隔で少しビデオ通話でもしたいとでも言うのか?」
「貴女は間接的かつ裏方の為目立ちませんが……
「買い被りすぎだ。あれはナギサがリオに提案した事だ。それにその前に2人のパスを繋げるきっかけを作ったのはユウカだ。」
「たとえそうだとしても、本質を知る人間の中でもっともしがらみが少ないのは貴女です。そしてリオやナギサ、それにマコトよりもきっと貴女の方が説明したり解釈するのは上手いはずです。」
「まぁ……否定はできない。その生徒はどんな人間でどんな悩みを抱えているんだ?聞いた感じ、トリニティでの授業の継続よりは楽そうだから引き受けても良いが。」
「ありがとう御座います。その生徒は不知火カヤ、
私がそう言うとオラクルは僅かに目を見張り、天を仰いだ。
「……それなら引き受けないのは筋違いだな。引き受けよう。」
「そういって頂けて何よりです。私は生徒を支え立ち直らせたり、背中を押したりする事はできますが、論理的な議論をこねくり回す事については残念ながらまだ貴女には遠く及びません。」
「そこは先生に求められている事とは違うからね。寧ろ良くやっていると思う。
そんな話をしていると扉が三回ノックされ、料理が運ばれてきた。
「そしたら食事としますか。キョウカの分は……」
「私が払う事にしているから安心してくれ。良い意味で金を使う機会が私にはあまり無いからね。」
料理はどれも作りたてで温かく、味も良いものだった。
「此処は入った時からそうでしたが防犯には特に力を入れていますね。一応護衛として少し過剰に持ってきたつもりでしたが過剰過ぎましたかね。」
パイを食べながらキョウカがそんな事を話す。
緊張も取れたようでだいぶ慇懃無礼な態度もなくなっている……自分と行動していた時よりも先生に対しては態度の軟化が早い気がするのは気の所為だと思いたい。
「それにしてもキョウカはティーパーティなんだよね?なのに護衛としてつけられていると言うことはそれなりに腕っぷしは強いの?」
「いえ、多分先生が思っているよりは弱いと思います。ただ……私はティーパーティに所属している人間の中では家柄の格がそんなに高くなく、極端な話、ナギサ様達が襲われた時の最後の
……少し暗い現実を覗かせながらも会話は弾んでいく。
そして暫くした後、唐突に扉が2回ノックされた。
2回。
即座に
「アロナ!」
遅れて先生も端末を起動し何かを命令し始めた。
「どう言う事だ?」
キョウカに小声で尋ねると
「……この様な料理店ではノックは三回行われます。
この世界の文化はこの星に降り立った時に調べた筈だったがその様な小さな所は見逃していた。
扉が薄く開く、その先に居たのは
「馬鹿な、崩壊体だと!?
いや、それにしては周囲が普通すぎる……情報の破損や崩壊もない、別物か……貴方は何者だ。」
思わずキヴォトスに来てから最大の悲鳴を上げてしまったが無理矢理平静を取り戻そうとするが上手くいかない。
寧ろそんな私を見て二人のほうが早く落ち着いた。
キョウカがショットガンを向け威嚇する。
「落ち着いてください。先生、それにオラクル。私は黒服と申します。今日此処に参ったのは顔見せと……貴女達に関係する事についての助言……そして
「関係する事とはなんですが?」
衝撃が抜けきらない私に変わって先生が問いかける。
「貴女達が私をこの個室に入れてくれるのなら話しましょう。安心してください。これから勧誘するような人に対して武力で脅したりするような事はありません。」
先生とキョウカは顔を見合わせ、
「……武装解除してくれるなら良いでしょう。それに万が一の事が有ったらこの店のエージェントを呼びますから。」
そうキョウカが言った。
キョウカが黒服の全身をくまなく探し、銃器を持ち込んでいない事を確認した上で席を入れ替え、黒服の隣にキョウカ、そして対面に私とオラクルと言う事になった。
「そもそも何故この様なタイミングで貴方は私に接触したのですか?」
オラクルの動揺が抜けきって居ないため、ひとまず私が話しかける事にした。
「それは
私はオラクルと初めて会った時とは違い強い胡散臭さを感じていた。正直食事も喉を通らない。
「……シャーレ所属の先生だ。目的は生徒を助け、道を正し、障害を取り除くことだ。」
「……オラクルだ。事故でキヴォトスにやってきて、現在はミレニアムに居候しているしがない研究者だ。」
「……日織キョウカです。トリニティ三年生です。オラクルとついでに先生の護衛をしています。」
自己紹介を終え黒服が話し始めた。
「私は貴方方2人に対してそれぞれ異なる点で非常に強い興味を持っています。ですがそれでも共通する部分が有ります。それは私を含めて3人とも外の人間であると言う事です。それを踏まえて私は貴方方と関係を結びたい。」
「……貴方は自分が何を言っているのか分かっているのですか?危険人物として扱われている事に気が付かないのですか?」
「分かっています。だからそのレミントンを腰に当てないでください。そうですね……手土産に一つ助言を差し上げましょう。」
キョウカの脅しに多少冷や汗らしき物をかきつつ、彼は懐から端末を取り出して画面を表示させた。
「ベアトリーチェの保有する戦力です。情報のコピーも出来ますのでどうぞ。」
言われた言葉は衝撃的だった。
「貴方は、ベアトリーチェの仲間なのか?」
私が恐る恐る尋ねると彼は首を傾げた。
「仲間……と言うよりも同僚です。正直言って仲は良くないですね、彼女だけゲマトリアの目的からズレているので。私としては彼女よりも貴方達二人の方が価値が高いので今回貴方達の信用してもらう為には安い手土産です。」
「貴方にとっては、彼女が失敗しても構わないと?」
「そこまでは言いませんが、貴方達の動きを彼女は観測しておらず、はっきり言ってこのままでも多大な被害が出る可能性は有るとは言え、ベアトリーチェは負ける可能性が高いと私は考えています。それなら貴方達の行動を観測しつつ恩を売ったほうがよいと思っただけです。」
「……嘘の可能性も有ります。情報の撹乱の為かもしれません。」
キョウカがそう言うも、彼女も含めて此処まで彼がリスクを犯して嘘を伝えに来る可能性は薄いと判断していた。
「そこは分かった。私も漸く落ち着いた。それで最終的な目的は何だ?」
オラクルが漸く落ち着いて尋ねる。その言葉に彼は何処か笑顔を浮かべてこう言った。
「私はお二人を
私は彼が正気なのかをまず疑った。
「私は『先生』と言う役目があるからそれは無理です。」
「別に兼業してもらっても構いません。そもそもゲマトリアは貴方方が思う程しっかりとした組織ではありません。何方かと言うと研究者仲間が集まるサークルと言った所です。」
私が否定しても彼は構わず交渉を続ける。
「……そもそも貴方はどの様に研究をしているのですか?」
「残念ながらうまくいっておりません……元々はアビドスのホルスに恐怖を注入して何が起こるかを観測しようとしたのですが、協力者である
「……そのホルスと言うのはまさか生徒ですか?」
きな臭い話に待ったをかけながらせめてそうではないことを祈りながら尋ねる。
「そうです。キヴォトス最高の神秘と断言できる素晴らしい神秘を持つ生徒です。」
「貴方は私達生徒をモルモットとでも思っているのですか!?」
キョウカの悲鳴に似た叫びを聞く。
呆れたものだ。私を引き込むのならその様な
「黒服、お前は私の敵では無くても
そう敵意を凝縮しながら彼にそう言うと彼は頭を掻きながら何処か困ったような表情を浮かべた。
「まぁそう言うと思っていました。ですから私が貴方にはダメ元です。ただ、貴方にとって私のような
そう言って彼はUSBを渡してきた。
「私の研究結果と、その過程、手段が入ったデータです。勿論一部ですが、受け取っておくのを勧めます。」
「先生、これを受け取るのですか?」
キョウカが何処か非難するような目で見てくる。
「先生、これは受けるべきと考えるかい?」
オラクルが何処か試すような目で見てくる。
私はこれを受け取るべきなのだろうか。
『受け取るべきではありません!先生の手が汚れてしまいます!』
皮肉にもアロナのその言葉が私に決断をさせた。
「キョウカ、オラクル。私はゲマトリアに入る事はしない……だけど
キョウカが信じられない様な顔をする中、オラクルが冷静に問いかける。
「何故だ?君の立場的には唾棄すべきものだろう?」
「……私は先生として生徒を守る必要がある。だからこの様な事象についての
ため息をつきながら最後に付け加えた。
「手を汚す必要が有るなら、私が手を汚そう。」
「……分かりました。ですが先生、この事はナギサ様だけには伝えさせて頂きます。」
「それで構わないよ。寧ろそうしてくれた方が助かる。」
そのまま彼は居座り料理が食べ終わるまで何処かニコニコしながら先生と喋り倒していた。話す内容はとりとめの無い話だったが、緊張しすぎて何も覚えていなかった。
そして料理を食べ終え、紅茶を待つ間遂に黒服が口を開いた。
「先生も重要でしたが、本題は貴方です。オラクル、貴方は研究者だ。先生よりも我々の事については理解できる所はある筈です。」
先程から隣でレミントンを突きつけながら見ていたが、彼は意図的にオラクルとの会話を避けていた。
それは恐らく集中して話したかったのだろう。
「まず本題に入る前に、私のことを何かと見間違えて居ましたね。確か……崩壊体と。それについて質問させていただけますか?」
「スターゲートの誤作動によって異次元から流入した情報災害、そしてそれに汚染された存在だ。それ以上言う必要は無い……特に貴方の様なマッドサイエンティストには。」
「ふむ、やはり貴方はそれなりに修羅場をくぐってきて居るように見える。しかしスターゲートですか……外の人間の技術は素晴らしい。この都市では恐らく我々がもっとも技術的に優れていると確信しています。」
「……貴方は何が言いたい?」
オラクルの声が低くなる。
はっきり言ってトリニティの1生徒に過ぎない私では黒服とオラクルの言っていることがさっぱり分からない。
だが、それでも一つ分かった事がある。
彼女は何時も護衛対象として敬意は払っていたが、本質が我々キヴォトスで生きる存在と違うと言う事だ。
彼女が自然体でこの世界に溶け込もうとしているからこそ単なる天才としか見えていなかったと……私はそう感じた。
「先生にはダメ元での勧誘でしたが貴方は違います。そもそも先生は私の想定とは違い与えられた神秘も奇跡も
「観察対象の行動を歪めて悪かったね、とでも言えばよいかな?」
「結構です。貴女は私達の視点を理解しているようですがそれに納得して居るようには見受けられません。その様な謝罪など不要です。」
黒服が間接的に生徒だけでなく先生までもが観察対象だと言う事に内心驚く。
「では、本題です。オラクル。貴方がキヴォトスへ来た経緯は事故だと仰いましたね。ならば、帰還手段も必要でしょう。」
「……必要だ。否定はしない。」
「ミレニアムの技術力は高い。ですが、公開されている範囲、あるいは周辺から観測できる範囲で判断する限り、貴方が求める水準の転移機構を短期間で整えるのは難しい。少なくとも、私達の方が早く用意できる可能性は高い。」
彼は先程先生を勧誘したときとは明らかに異なる熱量を含みながらオラクルを勧誘している。
「帰還を餌にするのか。」
「餌、という表現は気が進みません。あくまで交換条件です、研究者同士の。足りないと言うのなら幾らでも言ってみてください。貴方の価値を最大限に活かせる場を提供してみせましょう。」
オラクルの隣で先生が小さく息を吸う気配がした。
私はレミントンの位置を変えず、ただ二人の間に割って入らないよう距離を保つ。今は沈黙ごと護衛するしかない。
「その提案の前に聞く。貴方は、私の事をどこまで知っている。」
オラクルの問いは短かった。
「ミレニアムの内部情報まで掴んでいるなら、話の前提が変わる。リオに対して何かしらの脅しをするのなら……」
「安心してください。残念ながらそこまでは掴んでいません。それに態々貴方と敵対するつもりもありません。」
黒服は肩をすくめた。
「外部に出したロボットや、協力関係にある人間を使い、少しずつ情報を集めています。ミレニアムの内側は硬い。だから、貴方がミレニアムを出た後の行動しか、私は知らない。」
「……つまり、今日この場にいる事も、その延長だと。」
「そうです。先程も言いましたが、二人が揃う機会は稀ですし、警備の厚い店で、なおかつ個室。顔見せには丁度良かった。」
オラクルは数秒だけ黙った。
否定も肯定もしない。
ただ、相手の情報源の限界を測っている顔だった。
「知っている理由は分かった。情報の精度も、まあ、許せないほどではない。」
彼女はカップに触れたまま、視線だけを黒服へ戻す。
「だが、それはそれとして、拒否させてもらう。」
「何故ですか。」
黒服の声から、初めて明確な疑問の色が混じった。
「貴方は研究者だ。それも、かなり上位の。であれば、私達と同じように、山程の倫理観を置き去りにしてきたはずです。文明の外側で生き延びる者に、綺麗な手など残らない。」
「そうだな。同僚の中にも倫理観が無い訳では無いが、物事には優先順位があるとして明確に様々な物を切り捨てる人間もいる。だが、私は貴方と違ってそれを当たり前の事とは思っていない。」
オラクルの返事は、遅れることは無かった。
「置いてきたものがあるならそれは記録する。忘れないし、正当化もしない。必要だったという事実と、許されないという事実は両立する。勿論全ての研究者がそうだった訳では無い。例えばプリースティスなら貴方の考えに多少は賛同しただろう……だが、そんな事よりももっと根本的に貴方達と我々は違う所がある。」
黒服が目を細める。先生は何も言わない。
言えば、この対話の輪郭が崩れると分かっているのだろう。
「では、聞こう。貴方達は何の為に研究をしている。」
「崇高に辿り着く為です。神秘について、もっと知る為です。」
黒服は迷わなかった。
「キヴォトスに満ちる神秘を観測し、理解し、その先にあるものを手に入れる。それがゲマトリアの目的です。全ての研究は知的好奇心から始まります。我々の研究は知的欲求の純度としては高いはずですよ。」
「その理論だと我々の研究は随分と
「……俗物的?星間文明の研究者がですか?」
黒服は静かに問い返す。その疑問の色は先程とは比べ物にならない程濃い。
オラクルは静かに首を横に振った。
「私が研究をしていた時、目的は個人的な興味ではなかった。文明の為だ。今ある文明を延命し次に生まれるであろう文明が同じ破綻を踏まない為だ。データを残し、手順を残し、失敗を残す。その連続の中にしか、研究者の意味は無かった。」
「……必要だから研究をしていたと。必要だから……倫理観を捨てられると?」
「そう言っている、俗物的だろう?」
オラクルはそう言って自笑じみた笑顔を浮かべた。だがそれも直ぐに消える。
私には専門の中身は分からない。だが、彼女が何を拒んでいるのかだけは理解できた。
相手の熱量ではない。熱量の向き方だ。
「だから貴方達の様な、自分の快楽の為に研究をする人間とは相容れない。」
オラクルはそこで一度話を切り、続ける。
「神秘を知る事の先に何かしらの目的が有るのなら恐らく他の人間よりは客観的な視点で貴女達を評価できただろう。だが、そうでない場合は……言う必要は無いな?」
黒服は笑顔を消さなかった。ただし、目だけが笑っていない。
「随分とご立派ですね。」
「皮肉だと受け取ろうか。」
オラクルはカップを置き、指を組む。
「帰還手段に魅力が無いとは言わない。だが、その対価がゲマトリアへの加入や貴方達の手法への黙認なら、取引は成立しない。私は早く帰る為に彼女達からの信頼、そして彼女達の尊厳を売るつもりは無い。」
「……なるほど。」
黒服は小さく息を吐いた。
「では勧誘は却下と。」
「そうだ。」
「残念です。ですが、今日貴方の事をしれて良かったとは思います。何を思い、何故研究をするのかと。」
彼は立ち上がる素振りを見せ、一度だけ先生にも視線を送り、2つの小さなメモを取り出した。
「私の個人的な連絡先です。」
先生とオラクルがそれを無言で受けとったのを確認して今度こそ彼が席を立った。
「先生。先程のデータは、どうか有効に使ってください。悪用される前に、理解する側が持っていた方が、まだマシです。」
先生は短く頷いた。
同意ではなく、受領の確認だけだ。
そして黒服は最後にオラクルへ向き直り
「また、話せる機会があれば良いですね。研究者同士として。」
「その時も、同じ答えを返す。」
「そうだとしても期待しています。」
そう言って今度こそ部屋から出ていった。
扉の向こうへ消える背中を見送りながら、私は初めてレミントンの引き金から指を離した。
黒服の乱入と言うイベントが過ぎ去り、夕食はお開きになった。
キョウカ、そしてオラクルと共に帰ろうとして一つ思い出した事が有った。
「オラクル。」
「どうした?」
私の呼びかけに彼女が此方を向く。
「……先程の話を逆転させると、貴方は必要なら生徒の尊厳や信用を切り捨てる事が出来ると言う事ですか?」
そう尋ねると彼女は何処か複雑な顔をしながらこう言った。
「……切り捨てる必要が無い時に全てを切り捨ててしまう人間と、切り捨てるべき時に切り捨てられない人間は何方がより危険か?」
それっきり彼女は口を閉ざした。
私はその言葉に最後まで答えられなかった。
ベアトリーチェの記録
黒服から渡された物。
アリウスの現状の戦力、並びに作戦成功時に増えると予測されている戦力が書かれている。
戦争に備え、ベアトリーチェはアリウスの少年兵や自身の研究品の他にも、他のゲマトリアからの提供で様々な神秘、物理の兵器群を保有している事を確認。
この情報を基に後の作戦は建てられることとなった。