ブルーアーカイブ×アークナイツ 調月リオと星外の預言者 作:バトクロス
というか先生来てから4か月とか勘弁してほしいです。
「先生は大多数の為に小数を切り捨てるのですか!?」
「生徒に向き合うとか言ってただ自分の正義を押し付ける事に酔っているのではないですか?」
「昔の方がしっかり肯定してくれて良かったなぁ。今はデータと組織しか見ていないよ。当番の娘もみんなそう言っている。」
「貴方が切り捨てた生徒達からの怨嗟の声が連邦生徒会にも届いています。貴方は一体何をしているのですか?」
声が聞こえる。
切り捨てた事による疑念と失望と怨嗟の声が。
「貴方が割り切れなかったせいで初動が遅れました。切り捨てた場合の何倍もの被害が!」
「貴方は理想主義者なんですね。人としては素晴らしいですが……連邦生徒会長から託された人にしては現実が見えていませんね。」
「人ひとりの行動で指針がブレるような人を信用することは出来ません。」
「連邦生徒会長なら此処までの被害は出さなかったでしょう。残念ながら期待外れです。」
声が聞こえる
切り捨てられなかった事による怒りと諦念と遺憾の声が。
やめろ、やめてくれ!そう叫ぼうとしても声が出ない。
すると地面が揺れ、地割れに飲み込まれた。
悲鳴を上げながら落ちて落ちて……
そして目が覚めた。
「大丈夫かい。私はもうトリニティを出るけどその前に挨拶でもしておこうかと思っていたが……悪夢でも観ていたのかい?」
声が聞こえる方向を向くとピシッと服を纏ったオラクルが立っていた。
「……大丈夫だ。現状、何処まで行っても唯の悪夢にすぎない。」
ああそうだ。私は大丈夫だ。
そして数分間話した後オラクルはトリニティを発った。
「先生目つき悪いですよ。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよヒフミ。ちょっと夢見が悪くてね。」
補習授業部で何処か気遣って来るヒフミにそう返しながら思考を巡らせる。
(『切り捨てる必要が無い時に全てを切り捨ててしまう人間と、切り捨てるべき時に切り捨てられない人間は何方がより危険か?』か……あの発言は何だったんだろう?そんなの条件によるだろうに。)
オラクルは問い掛けの体を成していたが、あれは切り捨てられない人間の方が危険だと言いたかったのだと思う。こんな風に最近の私は頭を働かせる事がどんどん増えている。
今の私は3大校にそれぞれ極秘の書類を提出したり、連邦生徒会の改革派であるカヤと交渉したり、アロナに黒服から貰った情報を分析させたりしている。
本来の仕事である補習授業部の仕事の様な現場で生徒と触れ合いながら行う仕事はある意味少数派になっているのだ。
彼女達の学習をみる。
「アズサちゃんは真面目ですね。」
「2日間の遅れを取り戻さないといけないからな。一応昨日の夜自習はしていたんだ。」
「コハルちゃん……大丈夫ですか?」
「見れば大丈夫じゃないのは分かるでしょ!早く教えてちょうだい!」
補習授業は予想より順調だ。コハルやアズサはナギサからのプレッシャーが減った事で急ごしらえでは無い学習をしており、あの時明らかに溝が出来たハナコに関してはそもそも勉強については何も問題は無く、別に彼女がテストに落ちようがもう何も問題は無い。
問題は無いが彼女の抱える問題に干渉しないのは怠慢だろう。
「ハナコ、後で残ってくれ。少し話があるんだ。」
彼女にそう言うと、一瞬彼女の頬が引き攣った様な気がしたが、直ぐに
「分かりました。」
そう了承の返事が返ってきた。
彼女は隠しているようだが、随分と嫌われてしまったようだ。
それを覚悟してあの時叱ったのだが、それでも多少はメンタルに来るものがある。
ほかの補習授業部が帰った後、彼女が座る机の前に椅子を持ってきて座る。
「ハナコ、君はなぜあのような事をしたんだ。」
「あのような事とは?」
「わざと落第点を取ったことだ。しらばっくれてもらっても構わないけど、其れだと私は君を本当に助けられなくなる。」
彼女に対して、前のように攻撃的な口調ではなく静かに問いかける。
「貴方に対しては煙に巻いても無駄でしょうね……それにしても前とは違ってずいぶんと優しいですね。」
「前と違って状況が切迫していないからね。生徒に向き合う余裕があるんだ。」
「生徒に向き合うのは余裕がある時だけなんですね、先生。」
ハナコの指摘が正直痛い。
だがごまかしはしない。
「……最初はそうではなかったけどね。今は場合によっては、生徒に向き合わずに嫌われても
「あくまで自分の行動を正当化するというのですね。」
「すきに言ってもらって構わないけど……自分の行動に責任を持たないとこのような事は言えないよ。それで話してくれるかい?」
そういうと彼女はため息をつき
「先生のような人には私の悩みなんてわかりませんよ。」
そういった。
「人の悩みは聞かないとわからないのは当たり前ではないかな?」
「
彼女が不信感を前面に出しながらこちらを見つめ、反応をうかがってくる。
「そうかもしれないね、だけど極論話すだけだよね?失うものは何もない……自分の意見を言うのがそんなに怖いのかい?」
そう尋ねると、笑顔のまま彼女の目線が鋭くなった。
遅まきながら彼女が挑発として受け取った可能性に思い当たる。
「先生は確かに立派な大人だと思います。人に寄り添い、人を導き、人を助ける為に泥を被りながら走り回る素晴らしい人間性です。だからこそ私の事なんか分かりません。」
「そうか……どうしてかな?」
話が長くなる事を感じ取り、ペットボトルで喉を潤してからそう尋ねる。
「先生は生徒一人一人に向き合いながらも、それぞれの生徒に対して極論逃げを許さない。支えつつも何かしらの責務や運命に向き合わせようとしています。
「私はハナコに逃げても良いと言う事は出来るけど、それは
「……やっぱりそう言う風に言うのですね。」
「そうだね……君は補習授業部の居心地が良いんだろうけど誰もが同じ居場所にとどまり続けることは出来ない。」
彼女の顔が今度こそ上っ面の微笑みを剥ぎ取り静かに目を細める。
「そんな事分かっています。貴方は正論を言って人の神経を逆撫でする事しか出来ないのですか?」
「君に上っ面の優しさは必要ないと思っていたけど……違うのかい?」
「先生には優しさの欠片も感じません。感じ取れるのは厳しさだけです。」
話は建設的に進まない。
「……じゃあ何故補習授業部は君にとって心地良いんだ?」
仕方無く話を変え、彼女の根本を探ろうとする。
彼女はその目論見に気がついているのだろう。
暫く沈黙が満ちた。
「理由は、簡単ですよ。」
やがて、笑みのない声で言った。
「ここでは、誰も私に期待しないからです。」
「期待か。昔は期待されていたんだったな。」
「はい。成績も立ち回りも、そして将来の立場も。補習授業部にいる時点で、私は落ちた側です。落ちた側の人間に、トリニティはあまり多くを求めない……少なくとも、表向きは。」
彼女は指で教科書の端を折った。
「ヒフミさんは優しいし、コハルさんは騒がしいし、アズサさんは真っ直ぐすぎる。ここでは、私が優秀である必要がない。完璧に振る舞う必要もない。陰で何か見られている感じも、少なくとも教室の中では薄い。」
「つまり、評価されない自由だ。だが完璧に振る舞うかわりに今君は無能に見えるように振る舞っている。」
「……よく言いますね。評価されない自由ですか、言い得て妙ですね。」
今度ははっきりと自嘲が混じった。
「私が逃げたのは、トリニティの陰湿さだけじゃない。期待され続けること自体です。できると思われた瞬間からできるのが当たり前になる。できないと今度は失望される。その繰り返しが、もう十分だっただけです。」
私は腕を組んだまま、彼女の言葉を受け止めた。
「ここは、勝ち続けるための場所じゃない。逃げる為の場所です……コハルちゃん達は違うでしょうけど、少なくとも
「私が君の居場所を壊したのか。」
「はい。先生は裏を知っていたのでしょう。私はペナルティ等初耳でしたがヒフミさんも知っていた様ですし……それで私達が不利益を被らない為に動いたのも理解しています。」
彼女の声が、静かに尖る。
「それ自体は正しいのだと思います。ですが正しいからこそ、嫌なんです。正しさを盾にして先生は私の居場所を奪ったのですから。」
私は否定も肯定もしなかった。
更に別の切り口から話を繋げる。
「……君はつまり過剰に期待されない状態で、ドロドロとした権力闘争に携わらず、他者からの視点を気にせずに自分が出来ることをして、純粋な生徒達と過ごしたいと?」
「……はい。要素要素を繋げばそうなりますね。」
彼女の問題を解決する切り口が見えた。
「仮にその様な環境が有れば君は苦しまずに求められる役割に応えられるとでも?」
「そうですね……その認識で正しいと思います。」
彼女が自らそう言った。
なら打つ手はある。
「分かった。今日はそれだけ聞ければもう良いよ。帰ってもらって構わないよ。」
そう言って立ち上がる。
「分かりました。」
そう言って荷物を持ち、扉に手をかけて帰ろうとするハナコに後ろから声をかける。
「君がどの様に考えているかに関わらず私は君の為になる事をするよ。」
「それはそれはありがとう御座います。ですがもう必要ない事なので。」
そう言って彼女は扉を多少乱暴に閉めた。
彼女の感情にうまく向き合えただろうか。
少なくともゲーム開発部よりはうまくできているとよい、そう願った。
話を終え、ハナコが帰宅したのを見計らってナギサに電話をかける。
『私に直接連絡をするとはどの様な用件でしょうか?』
何処か訝しげなナギサに私は一度咳払いをした後
「アリウス解放後は恐らくトリニティ内部でも受け入れを行うだろう。その時は恐らく専用の教育機関を立ち上げる必要があるだろう?」
そう尋ねた。
『……まぁそうですね。アズサさんの事を考えると、同じ様な境遇のアリウス生たちにはその様な組織は必須でしょう。ですがそれがどうしたのですか?』
声に疑問を隠さずに含ませながら彼女が問う。
「そこで頼みがある。
そう頼み込んだ。
『……浦和ハナコさんを、ですか。』
ナギサの声が、はっきりと冷えた。
『本人には、伝えたのですか』
「まだだ。今日は彼女から役目を負わされたとしても問題ない環境についての話を聞いただけだ。」
そうしてハナコのこれまでの行動とその理由、そして抱えている問題点を伝える。
「この様な点で私はハナコに対しても、そしてトリニティにとってもメリットになると思ってこの様な提案をしているよ。」
そう言うと彼女は何処か探るような言葉遣いをしながら尋ねてきた。
『先生の話だとハナコさんは今役割から逃げている最中です。それなのに、配置を先に決めると言うのはどうなのでしょうか。』
咳払いをしたあと、彼女は続けた。
『先生らしいとは思います。ですが、それはハナコさんから見れば、また期待を積み直す行為です。先生が先走り過ぎている気がします……何かありましたか?』
「気にしないで欲しい。それでこの依頼、受けていただけるかな?」
『条件付きでなら考えます。』
「聞こうか。」
『……とりあえずまず本人に私が了承したとして伝えてみてください。それで了承したなら彼女を補習授業部から卒業させる事。これが条件です。』
「それでかまわないよ。済まないね。」
そうして電話は終わった。
「カヤ防衛室長。ミレニアムからお電話です。何でもSRTについて話したいのだとか。」
「ミレニアム?先生では無いのですか?」
部下からの電話に驚きつつも電話を受け取る。
「もしもし、此方連邦生徒会防衛室防衛室長の不知火カヤです。」
『君がカヤか、始めまして。私はオラクル。先生から君を助けるように言われた人間だ。信用しなくても構わないが、先生に聞けば確認は取れると思う。』
「確認次第……折り返し連絡をします。」
電話を切り、先生に確認のメッセージを送る。
『オラクルと名乗る人間が先生からの紹介で電話をかけてきたのですが……彼女の言っている事は正しいのですか?』
返信は数分後に来た。
『あってるよ。彼女はエデン条約の重要なファクターの一人であり……
メッセージを確認してすぐさま、私はオラクルに今日の夜時間をくれと言った。
そのメッセージは波乱の幕開けにすぎなかった。
夜皆が帰宅した後、個人端末からオラクルに電話をかける。
「こんばんは。」
『こんばんは、夜遅くにお疲れ様。』
「あまり私以外の防衛室の生徒には話したくない話なので……前部下に話したら権力闘争に巻き込まないで欲しいですと言われましたから。まぁ私には連邦生徒会長程のカリスマが足りないのです。」
『そうか。それでも君は前に進んでいるのだろう?ならばそれは誇って良いことだと思う。』
「……ありがとう御座います。」
『本題に入ろう。君の悩みを教えて欲しい。言語化出来ないなら役立ちそうな情報を纏めて渡そう。そうだな、ビデオ通話に出来るか?自分の画面共有をしよう。』
そう言って彼女が何かを操作する音が聞こえ慌てて此方もビデオ通話に切り替える。
『よし、これでついたかな?一応昨日先生から話を聞いて資料は用意しているけど。』
そう言って画面に映し出されたのは図表で分かりやすく示されたスライドと、灰色の髪と目を持つ中性的な美人が映し出された。ただ、
「貴方は外の人間なのですか!?」
『連邦生徒会のデータベースには載っていると思うが……いや、連邦生徒会長が消したか?』
その発言は寝耳に水だった。
間違いなく私はオラクルと言う人間の情報を知らない。
「少なくとも私は知り得ませんでした。」
『そうか……ならこの話は無かったことにしてくれて構わない。いや、君が知るべきでは無いだろう。とにかくこの様な話は本題からそれている。君の話を聞こうか。』
そうして彼女は私に話すよう促し、私は静かに語り始めた。
『成る程……理解した。』
大方何が起きたのかを話すと彼女は頷き、1枚のスライドを映した。
『キヴォトスの勢力図だ。現状私の知る範囲の全ての要素を統合して作ったものだ。私の主観が多分に含まれているがミレニアムとトリニティについてはある程度詳しく見れていると思う。これは単純な軍事力と資金力についての数値だ。
その表には表向きに開示されている内容……そしてそれとは別の要素が複合された数値が表されて居た。
トリニティが45。
ゲヘナが40+α。
ミレニアムが15+調月リオが15。
連邦生徒会とヴァルキューレが15。
シャーレが0〜50。
その他大勢の組織図が表されて居るが、重要なのはそこではない。
3大校と連邦生徒会の絶望的なまでのパワーバランスだ。
『不知火カヤ、君が選ぶべき道は3つある。一つは今まで通り堅実にデータを積み重ねながら常に改革を主張し続ける事、一つは表で改革を主張しながら裏でエデン条約加入校の生徒会長達にそれぞれ話し合いを行いそれを後ろ盾にして外部からの協力を取付けること。』
「1つ目は理想論ですが、残念ながら今うまくいっていません。2つ目は論外です。私と先生のSRT案はあくまで連邦生徒会とシャーレの内部で完結するものです。」
『だろうな。その理論は本質的にトップダウンの組織であった連邦生徒会をボトムアップで変えようとしている。それは辛いだろう。』
そこまで言うと彼女は水を一口飲んでこう言った。
『だから3つ目の道をお勧めする。余り勧めたくないが時間が無いのでね。3つ目は、この戦力比と今から言う情報を組み合わせて連邦生徒会内に存在する保守派に対して
「……貴女は正気ですか?一歩間違えれば大惨事ですよ?」
頬を引きつらせながらそう尋ねる。
『正気だろうが狂気だろうが、その質問には基本正気としか言えないと思うが?私は
この発言を聞いて私は彼女が先生と異なり
「……あなたの思考回路がそのようなものなのは理解しました。まぁ良いでしょう。それで、その情報とは?」
彼女への警戒を隠しながらそう尋ねる。
『エデン条約に追加された集団的自衛権を理由として、連邦生徒会の指示を待たずにテロリストの殲滅を行おうとしている。君ならどの様にシナリオを作るかい?』
「……私なら『仮にこの事象に連邦生徒会が全く関与しなかった場合、
『悪くないな。まぁそんな感じだ。』
先程までの彼女の発言を思い返しながら私は資料を見直し、ノートに要点だけを書き取った。
危機感の煽り方、集団的自衛権、連邦不関与が生む権威の形骸化。
使える。だが、使った瞬間に自分も汚れ側へ回る。
「……まだ、確認したい事があります。」
『何だ。』
「先生は貴女を、
画面の向こうで、オラクルがわずかに目を細めた。否定も、驚きもしない。ただ何かに思考を巡らせている顔だった。
『彼がそう言ったのか。素直だな。良い癖だが情報を隠すのも覚えたほうが良いとは思うが……』
彼女は新しいスライドなど出さず、淡々と続けた。
『私が先生に渡したのは、戦力の増強案そのものでは無い。連邦生徒会が小さいまま強くなるための条件だ。平時は目立たず、有事だけ機能する。特定の思想にも学園にも従属しない。そして一人のカリスマに依存しない。』
「……それだけなら、助言です。あなただけでは机上の空論にすぎないことだった。」
『そうだ。だが先生は、それをSRT再編の核に据えた。だから私はあくまで元凶なんだよ。』
私は喉の奥で、小さく息を詰めた。
「先生は、SRTを復活ではなく再定義させようとしています。それもこれもすべてあなたの仕業ですか。」
オラクルはカップを置き、こちらを見た。
『それは先生を見くびりすぎていないか?彼はそのような判断を人にゆだねない人間だからこそ苦悩している。私は
「キヴォトス全域の安全とはずいぶんと話が飛躍していませんか?」
『飛躍していない。むしろそこが根幹だ。私は……いや、これは君との信頼関係が構築できてから話すべきだ。今でこの事を知ると間違いなく
「何故今日会ったばかりの貴方に言われなければならないのですか。」
静かな怒りを覚えそう言った。
『
怒りに対して水を吹っかけられた様な気がした。
「……それ程重要な事で有るなら尚の事教えるべきではないですか?」
『さっきも言った筈だ。今は教えられないと。いつか必ず言うタイミングがある……心配ならアリスと言う言葉について先生に聞くとよい。』
そこまで言って彼女はスライドを閉じた。
『カヤ、一つ忠告する。私を信用するな。利用しろ。先生も同様だ。彼は君の味方だが、君の組織人としての利害まで常に優先はしない。』
「……分かっています。」
『分かっているなら十分だ。今夜はここまでにする。シナリオの粗案が欲しいなら、また呼んでくれ。一応使えそうなデータは後ほど送る。好きに使いなさい。』
画面が暗転する。
通話終了の表示だけが、静かな執務室に残った。私は数秒だけ天井を見ていた。
今更話を流された事に気がついたのだ。
それから先生の連絡先を開く。呼び出し音は二回で繋がった。
「先生ですか」
『カヤ?どうした、こんな時間に』
「
不自然な沈黙の後先生が何処か伺うように
『オラクルが言ったのかい?』
と言ってきた。
「ご存じなのですね……先生はそれが何かを教える事はできますか?」
『……オラクルは伝えなかったのだろう?伝えられない理由はなんて言われた?』
「暴走するのが人間として生物として自然な行動だと。」
『……確かにそれはあり得る。君のようなある種責任感を持ち暴走しがちな人間なら。』
そこで先生は何処か悩む様な声を出した後、こう言った。
『例え話なら伝えようか。』
つまり先生からもこれは伝えにくいと言う事だ。だが先生はオラクルと違って最大限此方を尊重していると理解できる内容と声色だった。
「いえ、先生もそう言うならしょうが無いですね。今は聞かないでおきます。」
ひとまず矛を収めることにする。
もう夜遅い。先生に聞くことは残り2つだけだった。
「まず一つ聞きます。
『……悪夢を見るくらいにはね。』
初耳だった。
大人でも悪夢を見ることが有ると言う当たり前を失念していた事に驚きつつも最後の質問を行う。
「もう一つ聞きます。貴方は仮に私とオラクルに同時に助けを求められた場合、何方を助けますか?」
『場合によ「場合によるは許しません。」』
先生の逃げを封じて返事を待つ。
『……カヤを選ぶよ。』
「理由は?オラクルが助けを求める事が想像つかないからですか?」
『それもある。ただ私は大人と生徒なら生徒を助けるし、カヤなら……うん。カヤかな。』
その答えだけで、もう十分だった。
「やはり先生は先生ですね。信用できる。夜分遅く失礼しました。」
そういって電話を切った。
翌朝、私は防衛室の権限で臨時会議を開いた。
議題は一つだけだった。
「SRT特別学園の再定義案について、再協議を求めます。」
会議室には、行政官の七神リンを筆頭に、各室長が揃っている。
空気は最初から重かった。前回すべての部署から却下された議題を、再提出した時点で非常識だと分かっている。
それでも、昨日の夜で私は決めた。
信用はしない。だが利用し、そして通す。リンが眼鏡の位置を直す。
「不知火室長。同じ提案を繰り返すつもりですか。連邦生徒会がいま行うべきは現状維持と、連邦生徒会長の帰還です。」
「違います。同じ提案ではありません。」
私は資料を配布した。表題を変えてある。
『有事機動組織の再定義案……権威形骸化リスクと連邦関与の必要性』
「SRTの復活ではありません。旧組織のノスタルジーでもありません。平時は小さく、有事にのみ機能する。特定学園に従属せず、一人のカリスマにも依存しない。承認は分散する。その再定義です。」
室長の一人が資料をめくり、眉を寄せた。
「また先生案ですか。」
「連邦とシャーレの共同責任案です。私兵化を防ぐための設計でもあります。」
ざわめきが起きる。
前回よりより文面は整っている。予算の再配分、指揮系統、監査、解散条件。
だが本質的な拒否感は、資料の完成度では消えない。リンが静かに言った。
「どれほど体裁を整えても、SRTという名前が持つ印象は変わりません。失敗した組織の再燃に見えます。」
「名前を残す必要はありません。必要なのは機能です」
私はスライドを切り替えた。オラクルから受け取った戦力比ではない。私が連邦向けに再編集した図だ。
「エデン条約加入校の集団的自衛権行使が現実味を帯びています。連邦の指示を待たず、テロリスト掃討へ動く可能性があります。」
室内が、一段静まった。
先ほどまではきちんとした情報による牽制だった。
ここからはハッタリを混ぜつつの乱闘だ。
「仮に、この件へ連邦が関与しなかった場合。他学園は何を学ぶでしょうか。法と秩序の執行主体は、連邦ではなく条約側だと。その認識が広がれば、連邦の権威は形骸化します。」
「扇動しないでください。」
リンの声が冷える。
「不确定な未来を材料に、組織を動かすのは危険です。」
彼女の発言は一つの真実をついている。
「不确定だからこそ、備えるべきです。あなた方、いえ、私たち連邦生徒会はあの超人の命令を遂行するためだけの組織であるなら、彼女が居なくなった瞬間に
だからこそ、その声に他の人間が納得する前に私は自分の話をたたきつけた。
「現状維持は、何もしないことと同義ではありません。何もしない選択にも、結果責任が付きます。」
別の室長が口を挟む。
「では、SRT再定義が通れば連邦は安泰だと?」
「安泰ではありせん。ただ、関与できる権限が残ります。有事に動かない組織は、平時の説得力も失います。」
議論が割れた。
賛成より、不安の共有が先に広がる。
それが狙いでもあった。危機感は必要だ。
だが、嘘の恐慌までは作らない。
「情報源は?」
誰かが問う。
「複数の兆候です。三大校の動き、条約文面、現場の温度、様々な要素からの複合的な推測のため断定はしません。ですが
嘘だ。基本的に私の情報源は
リンが資料を閉じた。
「あなたの提案の危険は、そこです。不知火室長は常に、最悪を前提に組織を走らせる。」
「最悪を想定しない組織の方が危険です。」
「その言葉で、どれだけの権限集中を正当化できると思っているのですか。」
衝突はそこだった。
私はSRTを欲しがっている。
リンは連邦の静穏を守ろうとしている。
どちらも、裏切りではない……少なくともリンにとっては。
私は一度息を吸い、条件を先に出した。
「だから、制限を付けます。第一に、通常時は独立運用しない。第二に、発動には複数室長の承認を必要とする。第三に、シャーレ単独では動かせない。第二に、活動記録は全て監査対象とする。第三に、期限付きの試行とする。」
「試行?」
「無期限の復活は求めません。期限を区切り、成果と逸脱を見る、逸脱があれば即解散。そして連邦生徒会長が帰還次第再度議題にあげなおす。それなら、私兵化の懸念は減るはずです。」
会議室が再び動く。
完全な賛成ではない。だが、却下一択の空気ではなくなった。
「……期限付きなら、受け皿にはなる。」
「名前はどうする。」
ハッタリは成功した。
「正式名称は後でよい。機能が先です。旧SRTの残員運用も、強制復帰ではなく志願と再審査にする」
リンは長く沈黙した。
彼女の拒否は感情ではない。連邦生徒会長不在の穴を、安易な新権限で塞がないための自制だ。理解はできる。だがそれは彼女を、連邦生徒会長の代行として指揮をする立場の人間と考えた場合どこまで行っても私からは愚かな選択にしか見受けられなかった。
だからこそ、突破するには私のような人間が自制の内側で穴を開けるしかない。
「……条件を追加します」
リンがようやく口を開いた。
「一つ、試行期間中の報告書は、毎回この会議で精査すること。四つ。エデン条約側への説明責任は、
「
「安請け合いしないでください」
「安請け合いではありません。」
私の目の前に責任という重圧と、成果と立場という報酬がある。
受けない理由がなかった。
いや、仮にほかの人間がしようとしても私が遮っただろう。
そこまで言って、私は席に両手を置いた。
「私以外にもし仮にトラブルが起きたとき、責任を取ろうと自ら買って出る方はいますか?」
誰も手は上がらなかった。
誰もが心の中に抱えているであろう反対意見は消えない。
危険だ、早い、印象が悪い、前例になる。
どれも正しい。正しい反対ばかりだった。採決は、熱狂では決まらなかった。
疲れと、恐れと、それでも残る必要性が、薄い多数を作った。
「条件付きで、試行を認める。」
リンが宣言する。その声はどこか敗北感をにじませていた。
「ただし、逸脱があれば即時停止する。不知火室長、責任の所在は明確です。」
「承知しています。」
会議が解散したあと、会議室に残ったのは私とリンだけだった。
「……あなたはそこまで権力が欲しいのですか。机上論を語り、現実が見えていなかったあなたがここまでやるなんて。」
重苦しい沈黙を破り、リンが話しかける。
筋違いにもほどがあった。
「昔は権力を手に入れて、超人になりたかった。でもそれは無理だと前あなたに突っぱねられたことで痛感しました。今は彼女とは別の方法であっても人の上に立ちたいと思っています。」
私の権力欲はすでに大きく変質しているというのに。
「超人になることで何を手に入れようとしていたのですか?他者からの賞賛?自分のやりたいことをやる自由?それとも連邦生徒会長に対しての劣等感ですか?」
相変わらず腹が立つ人間だ。
「そうですね……全部です。何かを手に入れる為の手段ではなく超人になることそのものが目的だったのだと思います。でも今は……
そこまで言って、私はお茶を飲み干し席を立った。
防衛室に帰り、部下に命令して大急ぎで私の権限で何とか凍結させていたSRTの予算や権限を復旧させ、三日以内に過去の六割程度の規模にするよう指示した。
やがて部下が帰った後私は一人残った。
私は窓の外を見ず、端末を開く。先生と、一応オラクルにも送る文面は短くした。
『SRT再定義案、条件付きで通過。発動権限は分散。試行期限あり。詳細は添付資料に記載。……私の独走ではない。だが、ハッタリによる恐怖心の扇動を行った。』
そこまで書いて伸びをする。
今日は防衛室で寝泊まりするかもしれないな。
そんな風に思いながら他の仕事をしているとほぼ同時に二つのメッセージが来た。
『お疲れ様。おめでとう。これから大変だと思うけどこれから一緒に頑張ろうね。扇動は……また詳しく話そう。』
先生からのメッセージは温かく、私によりそっているものだった。
『おめでとう。一日で成果を出すのは優秀だ。そしたら一つ褒章として情報を渡そう。あの扇動のためのシナリオあれは
これだ。
オラクルのメッセージはどこまでも冷たかった。