陰陽課特命係・対極院禊―浮気され禁足地に異動させられた警察官―   作:華洛

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01話 禁足地

 Ζ県の夜眞(やま)空港に降り立った瞬間、冷えた夜気が頬を刺した。

 私は、ひしめくタクシーの列の中から一台を選び、無言のまま後部座席へ滑り込む。

 車のドアが閉まると同時に、冷たい風が車内に流れ込み、思わず肩をすくめる。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

「……隠冥(おんみょう)村まで」

 

 言葉が口から漏れた瞬間、運転手は顔色を変えた。

 その反応も無理はない。隠冥村は、今では地図にも載っていない廃村。

 地元では“行ったら戻れない村”として知られている。

 運転手はしばらく黙ったままハンドルを握り、ミラー越しに私をちらりと見る。

 

「お客さん……。まさか、自殺とかじゃないですよね?」

 

「……そんな風に見えますか?」

 

 口角をわずかに上げてみせたが、笑みにはならなかった。

 いまの私は、確かに心を擦り減らしている。表情にそれが滲んでいたのだろう。

 

 数日前、届いた一通の動画。それは私の人生を根底から崩壊させるものでしかなかった。

 画面越しに、恋人だった加茂明楽と後輩の土御門茉莉花が、ベッドの上で半裸の状態で笑顔で私に向かって手を振りながら映っていた。

 

 部長に呼び出されたのは、その直後だった。

 内容は「後輩の恋人に手を出した件」。

 私が被害者ではなく、加害者として扱われていた。

 

 反論をしたけど無意味だった。相手は名門・加茂家と土御門家。

 私の家なんて、かつての陰陽師の名残を細々と残してるだけ。

 どちらの言い分が通るかなんて、考えるまでもない。

 

 ミラーの中の運転手が、まだ不安そうに私を見ている。

 私は軽く息を吐いて言った。

 

「違います。ただの仕事です」

 

「仕事? 記者さんとか?」

 

「いえ、公務員です。名刺、見ます?」

 

 財布から名刺を取り出し、運転手に差し出すと、彼は名刺をじっと見つめる。

 やがて、彼は目を細めて、呟くように読み上げた。

 

「警視庁陰陽課……特命係、対極院禊(たいきょくいん・みそぎ)さん?」

 

「ええ。昔は“陰陽庁”って名前だったんですけどね。今は警視庁の一部署です」

 

 そう言いながら、心の中で苦笑する。

 “特命係”――立派な肩書きのように聞こえるが、実態は左遷先。

 私を警視庁から追い出し、隠冥村に“駐在”させるためだけに作られた、名前だけの部署だった。

 弁護士に相談しようにも、こんな場所に放り込まれてはどうにもならない。

 

≪だから言ったのよ。慰謝料なんてケチくさい真似しないで、呪いで倍返しにしろって≫

 

(やめて、母さん。私は一応警察官だから)

 

≪“警察官”が呪詛を使えないなんて誰が決めたの? 法より上に理があるわ≫

 

(悪魔みたいな事を言わないでよ)

 

≪あら、酷い。悪魔なんて下位存在じゃあなくて、上位存在の魔神なのよ≫

 

 後部座席。

 私の横に座っているのは、エネルギー体として存在している私の母だ。

 普通の人には見えない存在だが、霊感が強い人ほど、私の母を視認できるだろう。

 

 母は、異世界の魔神族の出身で、その中でも“スキル”を生み出した天才だった。だが、その力が一族を恐れさせ、最終的には――魔神王を殺してしまったのだ。

 結果として、母は追放され、永遠の命の呪いを受けることになった。死ぬことができない、という呪いだ。

 その後、私は地球に召喚され、気まぐれか何かで母が人間の女性として生活を始め、私が生まれた。

 出産時に何かあったようで、人間としての肉体は死に、再びエネルギー体になったお母さんは、私に取り憑いて見守ってくれていた。

 

 タクシーがしばらく走っていると運転手から話しかけられてきた。

 

「お客さん。陰陽課って、漫画とかに出てくる陰陽師みたいに怪異と戦うんです?」

 

「まあ、似たようなものです。妖怪とか幽霊とか、そういうのと関わる部署ですね」

 

「へえ……。でも“特命係”って、なんかドラマの窓際部署っぽい名前ですよね」

 

「あはは……。まあ、そうですね」

 

 軽く笑ってごまかす。

 本当のところを言えば、窓際どころか、墓場部署だ。

 しかも向かう先は、“禁足地”――生きて帰れる保証など、どこにもない。

 

 車が山道を抜け、トンネルの前で止まる。

 

「隠冥村に行く唯一の道がここなんですけどね。鉄格子で封鎖されてるんです。どうします?」

 

≪トンネルは現実と異界を繋ぐ境界。できるだけ徒歩で行った方が安全よ。車が爆発したり、閉じ込められて圧壊されたり、体験したいのなら、それも一興≫

 

「……ここで降ります。歩いて行きます」

 

 運転手がほっと息をつき、料金を受け取ると、すぐに車をUターンさせて去っていった。

 残された私は、目の前の鉄格子を見上げる。

 錆びた鉄格子、鎖と7つの南京錠で封印されている入口の扉。

 封鎖されてから何年も経っているのだろう。

 鎖が巻き付けられ、七つの南京錠で厳重に封じられていた。

 おそらく、術式による封印だ。けれど、解析している時間はない。

 

≪任せて。【南京錠を開錠するスキル】≫

 

 カチリ、と音がして七つの鍵が次々に外れた。

 鎖が光の粒となって消え、扉が軋みを上げながらゆっくりと開く。

 まるで招かれている感じだ。

 

「……はあ、まるでホラーゲームの冒頭の場面じゃん」

 

≪ゲームよりも面白いわよ。なんてったって五感で体感できるもの≫

 

「……体感したくないけどね」

 

 私は軽く息を吐き、トンネルの奥に広がる暗闇を見つめる。

 怪異が放つ、狂気、怒り、憎しみ、悲しみ――その全てが肌を刺すように伝わってくるので好きになれない。

 お母さんが憑いているおかげで恐怖は薄いが、それでも心は重い。

 

 隠冥村。

 “禁足地”とされるに相応しい、曰く付きの場所。

 ――ろくでもないことが起こる予感しかしない。

 

「やば、開いた!? 開かずの扉、マジで開いたんだけど!」

 

 突然の声に振り向くと、そこに立っていたのは20代半ばほどの女性。

 見覚えがあった。

 

 オカルト探索系YouTuber――無色ましろ。

 以前から、彼女の動画をもとに現場へ派遣されたことがあり、何度か顔を合わせたことがある。

 

≪相変わらずこの子は、幸運と未来感知、二つのスキルを上手に使っているわね。しかも無意識で≫

 

 母の言葉に、私は無意識にため息をつく。

 無色ましろの先祖は、かつて母が祀られていた技賑神社の参拝者だった。

 “神難”と呼ばれる試練を達成したことで、彼女の一族はスキルを授かり、その力は代々受け継がれている。

 

 無色さんの場合は――“幸運”と“未来感知”。

 その二つのスキルがあるからこそ、怪異の現場に踏み込んでも、いつも無傷で帰ってこられるのだ。

 ……だが、対応するこちらとしては、迷惑この上ない。

 

「久しぶり~。対極院さん!!」

 

「うん。久しぶりだね。そしてさようなら」

 

「あ、待ってよ。隠冥村に行くんだよね! 一緒に連れて行ってよっ」

 

「嫌だけど?」

 

「そんなぁ」

 

 ガッカリした風な肩を落とす。

 

「そもそもなんでいるの? 確かSNSだと某県の廃校舎に出現する怪異に突撃するって投稿してたよね」

 

「対極院さん、私のSNSを見てくれてるんだ!!」

 

 見てるというかフォローして通知をするようにしている。

 怪異に関して言えば警察に直接言いに来てくれる事は少なくなっているので、無色さんみたいなオカルト系は情報源でもあった。

 正直に伝えれば調子に乗るだろうから言わないけど。

 

「確かに数日前は廃校舎の方に行こうとしてましたけど……。なんだか急にそっちは嫌な予感がしてきて、今まで嫌な予感がしていたこっちからしなくなったので、コチラへ来ることにしました!」

 

 ……。

 そういえば陰陽課特捜部が、どこかで大規模な怪異討伐をするという話が持ち上がっていた事を思い出す。

 詳細を聞かされる前に、私は特命係へ移動になったので詳しい事はしらないのだけど。

 これって。

 

≪間違いなく、禊がこっちに来た影響でしょう。この子が危険に感じると言う事は、向こうがどうなるか――≫

 

 お母さんは嘲笑する。

 これも上の判断。

 私は隠冥村で仕事をする事になったので、廃校舎の方は上手くすることだろう。

 特捜部には陰陽師において名門の元恋人と元後輩、更にベテランもいる。

 

「――今回は今までと違って陰陽庁の頃から禁足地として封じられてきたところ。危険度合いは今までと比べ物にならないわよ」

 

「覚悟の上です! もしも死んだ場合に備えて、いつものように遺書を一週間後にSNSに自動アップロードするようにしてきていますっ」

 

「……それじゃあ、離れずに私の指示に従うという条件の下なら付いてきてもいいよ」

 

「ありがとう、対極院さん!」

 

 無色さんは嬉しいのか、抱き着いて好意を示してきた。

 呆れたようにお母さんが呟く。

 

≪いいの?≫

 

(目の届かない所で好き勝手されるより、目の届く範囲にいてくれた方がマシだからね)

 

 私はヘッドライトを頭に付けると、無色さんと共にトンネルの中へと入っていく。

 

 

 

 

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