陰陽課特命係・対極院禊―浮気され禁足地に異動させられた警察官― 作:華洛
「よし。配信、スタートします!」
ましろが画面に向かって明るく声を弾ませる。
元気だなぁ。ちょっと現実逃避しつつあった。
「みなさんこんばんは! 『ましろと行く摩訶不思議な世界(オカルト・ワールド)』へようこそっ。いつもはソロ配信ですけど、今日は特別中の特別ゲストをお呼びしました! コラボ配信です!」
私は半歩後ろに下がって、スマホの撮影範囲外に逃げようとしたのだけど。
直ぐにましろに手首を掴まれて前へ引き戻される。
「祓ちゃん、こっちです!」
「あ、あの……陰陽少女・祓、です……」
自分で名乗るだけで、精神がじわじわと崩れそうになる。
コメントが流れている気配がするけど……見ない。
どんな感想が流れていても、精神ダメージは絶対に受ける。
龍脈の七色の光が微かに脈打つ。
壁に沿って流れるエネルギーが、まるで呼吸しているかのように生き生きしている。
でも私の心は、恥ずかしさで固まり、思考を遮断しそうになる。
「今いる場所は龍脈の中です。祓ちゃんの力で特別に入っています! 祓ちゃん、説明をお願いしますっ」
「え、わ、分かった……」
深呼吸して、なんとか声を整える。
「龍脈とは地に這うエネルギーの道筋。人体でいう血管のようなものだと思えば分かりやすいかと……。龍脈を通るエネルギーには、陽気と陰気の二種類があるの。陰気が溜まりすぎると、自然災害や怪異が起きやすくなる」
「それじゃあ、陽気だけだと良いんですか?」
「陽気だけでもダメ。人間の身体に例えると、良いものばかり摂ると逆に調子を崩すことがあるでしょう? それと同じ。陽気だけだと、土地が枯れてしまう……砂漠みたいにね」
「なるほどー。バランスが大事ってことですね!」
ましろの目が輝く。
その笑顔を見ると、恥ずかしさと緊張で胸がぎゅっと締め付けられる。
正直に言えば逃げたい。
でも、前の時間軸だと、逃げた結果、世界を危機に陥れた。
それにここで逃げたら、ましろが悲しむと思う。
私の事で、この子には悲しんでほしくなかった。
「祓ちゃん、先へ進みましょう!」
「……龍脈の内部は何があるか分からないから、私から離れないようにね」
「腕を組みましょうか?」
「……戦闘になったから危険だから、それはちょっとダメ」
「残念ですけど、わかりました! 安全第一ですものねっ」
ましろがコメントを拾いつつ分かる範囲で答えて行った。
「彼氏はいるか」「男と女、どっちが好きか」「女の場合は胸は大小どっちが好きか?」「結婚の守備範囲?」「今日の下着は何色?」
……こういってはダメなんだろうけど、ましろのチャンネル視聴者でセクハラ染みた質問しかしてこないんだけど。
顔を引きつらせながらも、はぐらかしながら答えつつ、龍脈を進んでいく。
「――ましろっ。私の後ろにっ」
「は、はい」
私は祓棒を逆手に構え、右手の一閃で叩き落とす。
金属とも肉ともつかない不気味な音がして、黒い塊は床に転がった。
落ちたのは――鴉。
ただし右目が潰れた隻眼の鴉。
これは式神……。
≪鴉。鴉ねぇ。私には心当たりがあるのだけど? 公安所属で潜入捜査が得意なのが≫
(……何言ってるの。母さん。あの人がこんな所にいるわけないよ)
配信を始めてから姿を消していた母さんが、テレパシーで話しかけてきた。
嫌な予感がしつつも否定した。
私、あの人は苦手だ。天敵だと言ってもいいぐらい。
落とした隻眼の鴉は煙のように消えた。
前方から規則正しい足音が響いてくる。
奥の方、黒いフードを着て、隻眼の鴉の仮面をつけた者が現れた。
腰の所にある柄を握りしめると、一瞬、音がする。
銀の閃光が奔る。
「――ッ」
刀と祓棒が火花を散らす。
相手の動きは洗練されていて、無駄がない。
一撃一撃が、確実に急所を狙ってくる。
「っ、本気で……!」
刀が横薙ぎに振るわれる。
私は身を低くして避け、祓棒で相手の足元を払った。
けれど、相手は軽々と跳躍して躱す。
っ。やっぱり対人戦だとこの人に分がある。
「祓ちゃん!」
ましろの悲鳴が響く。
私は一瞬だけ視線をましろに向けてしまった――その隙を、相手は見逃さない。
刀が首筋へと迫る。
わずか数ミリと言ったところで刀が止まった。
咄嗟に祓棒を刀に当ててズラすと、私は後ろへと跳んだ。
≪禊。さっきは危なかったね≫
「うん。……戦って思ったけど、この剣術を受けるのは、初めてじゃない。間違いないよ」
――対極院鵺。
私の義理の母親。
私を産んで死んでしまった母さんの後に、父さんの再婚相手。
実の母親である母さんと、義理の母親である鵺さんは、なんというか微妙な関係にある。
それでも、義理の娘ということで、私を想ってくれているとは――思う。
≪公安の潜入捜査のエースが、操られて、よりによって義理の娘に手を出すなんてね……≫
「……操られているの?」
≪そうでなければ、貴女に刀を向けたりはしないわよ。――もし、さっき止めなかったら、私が殺してたわ≫
「……やめてよ」
≪ふん≫
母さんは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
……鵺さんははっきり言って強い。
陰陽少女・祓の状態でも五分五分。
あくまで祓は対怪異用に調整しているため、対人用には向いていない。
時間をかければ、操られている鵺さんなら倒せる可能性はあるけど、今は時間がない。
≪【道を開くスキル】≫
母さんは扉を開いた。
≪場所的にもう廃校舎の敷地内に入っているわ。後は任せなさい。ここは母親同士、話し合うわ≫
「……母さん。私にとって二人とも大切な存在なんだから、ね」
手加減するように念を押しておく。
母さんは笑顔で頷く。
……その笑顔が少し恐いけど、時間もないし任せるしかないか。
「行こう、ましろ」
「……は、はい。あの――いいんですか?」
「ここは母さんを信じる」
ましろの手を引っ張り、スキルによって生み出された扉を潜った。
扉を潜った際は、廃校舎の女子トイレだった。
白いタイルの床。錆びた個室の扉。割れた鏡。
窓から差し込む月明かりが、不気味に空間を照らしている。
「静かすぎる」
大規模討伐されている割には、あまりに静かだった。
それに居るとされる怨霊の気配もほとんどない。
「……ましろ。気をつけて行こう」
「わかりました」
トイレのドアを開けると、廊下には異様な静寂が広がっていた。
月明かりが窓から差し込み、床に影を落としている。
私は祓棒を握りしめ、廊下の奥へと歩き出した。
ましろが私の後ろをついてくる。
もう逃げない。
もう目を逸らさない。
たとえこの先に何が待っていても――。
私は、前へ進む。