陰陽課特命係・対極院禊―浮気され禁足地に異動させられた警察官―   作:華洛

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23話 終結

 

 

 今、私たちは冥獄にいる。

 

 母さんが現れたのと同時に、夜魔が術を発動し、私を中心とした半径百メートル以内にいて、私と「縁」で結ばれた者を強制的に冥獄へ引きずり込んだのだ。

 しかし転移した先の冥獄は、私の知るそれとはまるで違っていた。

 

 大地は深く抉れ、赤黒い空には巨大な亀裂が走り、空間のあちこちでノイズのような揺らぎが生まれては消えている。

 まるで世界そのものが崩壊の最終段階に入り、息絶えるのを待っているかのようだった。

 

「夜魔……これは」

 

「親馬鹿共のせいだ!! まったく……まさかここまで破壊し尽くしてくれるとはな!」

 

 疲労と苛立ちを隠しきれない声で、夜魔は母さんと九尾を睨みつけた。

 

≪……ほんの少し狐と戯れただけよ? その程度でこうなるなんて、脆すぎじゃない?≫

 

「魔神の尺度で語るなと言っている!」

 

 二体に分かれていた母さんは、互いを溶け合わせるように一体へ融合した。

 どうやら同一存在が同次元に複数いるのは、存在の矛盾を生んで危険らしい。

 夜魔は母さんに文句をぶつけているので、助ける意味合いも兼ねて話しかけた。

 

「夜魔! どうやって私たちを呼んだの?」

 

「ん……ああ! 向こう側で対極院禊と無色ましろが着込んでいた白装束があっただろ! 着たことで縁を結び、起点として呼び寄せるようにしていたのだ!

 本来は、九尾が廃校舎へ行った時に周辺へ被害を出さないための、次善の策だったのだがな!」

 

「どうして使ったの?」

 

 夜魔の言い方だと、使うつもりはなかったように感じる。

 

「対極院禊と土御門茉莉花の戦いが刺激が強かったようだな! 無色ましろの配信を見て、マスコミや、突撃しようとする愚者が群がって来ていた!

 決着をつける場に部外者が大多数押し寄せては興ざめだからな!」

 

 少し離れていたましろが、鵺さんと一緒にやってきた。

 

「禊さん!! すごいですっ! 同接1000万超えました! 祓ちゃんの凄さにファンアートがたくさん来てますよ!」

 

「…………そう」

 

 ましろの言葉に意識が飛びそうになった。

 私の黒歴史が1000万以上に見られて、そのうえファンアートまで描かれるなんて……悪夢だ。

 ――もう二度と祓にならない。

 

 夜魔は父さんへ話しかけた。

 

「対極院両儀。――素戔嗚を戻せ!」

 

「断る」

 

≪……いいじゃない。このメンツが揃っていて、抵抗するほど愚者でもないでしょう≫

 

 抵抗を警戒して、父さんは素戔嗚の天羽々斬で晴明と九尾を刺したまま拘束している。

 夜魔の指示に反発した父さんだったけど、母さんの言葉に迷いながらも、そこは信頼か、素戔嗚を符へ戻した。

 

 素戔嗚が発していた気がなくなり、静寂が訪れる。

 夜魔は短く息を吐き、まっすぐ九尾へと歩き出した。

 

「お前は――対極院縁ッ。あの零落神をこの世界に呼び寄せ、世界を穢した大罪人!!」

 

「確かにこの躰は縁のものだが、我は夜魔! 六道さまの式神だ!」

 

「……あの女の」

 

「うむ! 葛の葉! 妖人・安倍晴明! お前たち宛に預かりものをしている!

 我も見せる機会が訪れるとは思ってもいなかったが!」

 

 夜魔は懐から一片の符を取り出した。

 古びているのに、妙に澄んだ気配が宿っている。

 

「その呪力は……我の、だと」

 

「その通り! 六道さまを通されて、我が預かった、人間・安倍晴明の言伝だ!!」

 

 夜魔は符に呪力を流し込んだ。

 符は光の粒子となって消え、代わりに現れたのは青年の姿をした安倍晴明。

 妖人と異なり、穏やかな気配を纏っていた。

 

『母上。そして――もう一人の我よ』

 

 静寂に包まれた冥獄に、晴明の声が響く。

 

『我が未熟なため、兄弟たる半身を引き剥がし、母上を討伐することになってしまった。

――本当に、すまなかった』

 

 晴明は深く頭を下げる。

 

『母上。我は幸せだった。

母上が我を産んでくれ、慈しみ、育ててくれたからこそ、陰陽師として大成する事ができた。

あの時――、日々強大と化す内なるもう一人の我の対処、相談もせずに勝手に決めてしまった事を、ずっと謝りたかったのだ

そして我を産んでくれた事に関して感謝を伝えたい。

――ありがとう、母上』

 

「ぉぉ……晴……明ッ!」

 

 九尾の声が震える。

 その瞳から、涙が零れ落ちていた。

 

『そして、もう一人の我よ。

我と共に生き、我の一部であった汝。

我の心の弱さと陰陽師としての未熟さが、兄弟である汝を畏れしまい、猜疑心が芽生えてしまった。

実力・呪力で勝る汝が恐ろしく、主人格を取って代わられるのではないかと、な。

……だが魔神とぶつかりながらも共存する、妹弟子の六道を見て、別の道もあったのではないかと思えるようになった。

引き剥がし、封印という手段を取ることになった事を詫びる。

 ――すまない』

 

 人間・安倍晴明の思念は、九尾と、もう一人の自分へ謝罪を終えると、光の粒子となって消え去った。

 天に昇っていく光を、妖人・安倍晴明は掴もうとするかのように手を伸ばす。

 完全に粒子が消えると、夜魔は両手をパンッと叩いた。

 

「そしてだ! 我はお前たちに選択肢をくれてやろう。

一つ目! 再び封印される道だ!

今回は魔神が行うので、前回よりも強固な封印となるだろう!!

二つ目! 我と共にあの世へ逝く道だ!

先に逝っている晴明のもとへ案内してやろう!」

 

 夜魔は笏を九尾と晴明へ向け、選択を迫る。

 私は驚き、夜魔へ問いかけた。

 

「夜魔。あの世に逝くって……どういうこと?」

 

「前にも言ったが、我は六道さまから、妖人の復活を防ぐため、龍脈の陰気を集約する地――『冥獄』の主となった!

だが、晴明がいなくなるのであれば、我の役目も仕舞いだ!

ならば最後に、晴明が待つ場所へ迷わないよう送ってやろうという訳だ!」

 

 誰も何も言わず、沈黙が場を支配した。

 最初に声を出したのは、九尾だった。

 

「――晴明。判断は任す」

 

「母上」

 

「あの世に逝くも良し……封印されるも良し……。

どんな判断を下そうと、母はずっとお前と一緒にいよう」

 

 九尾は一本の尻尾で晴明を包み込むように寄り添い、優しく語りかけた。

 

 晴明はしばらく目を閉じ、深く考えているようだった。

 そして静かに答えを出す。

 

「我も……あの世へ逝くとしよう。――先に待つ半身と、喧嘩するのも悪くない」

 

「……そうか!」

 

 晴明の答えに、夜魔は満足げに頷いた。

 そして振り返り、私を見る。

 

「対極院禊! 見事に我が課した罰を潜り抜けた!

 ――最後に判決を下せたのが、お前で良かった!!」

 

「私も……夜魔に罰を下されて、罪を自覚することができた。

それで……茉莉花も、助けることが……」

 

 意識が戻らない茉莉花を、私はギュッと抱きしめる。

 夜魔と別れると思うと、胸の奥から熱いものが込み上げた。

 ほんの少しの時間だったけど、私の人生に大きな影響を与えてくれた相手だ。

 

「ハッハッハハ! 泣くな! 泣くな!

 ――対極院禊。お前にいくつか頼みがある!!」

 

「私にできることなら、言って」

 

「まずはこの三体を託す!」

 

 夜魔は着物の懐から三枚の符を取り出し、私へ放った。

 それは式神の符。

 中央に書かれている文字は――鮮罪、罪華、遊罪。冥獄の鬼たちだ。

 

「魔神よ。我が指示とはいえ、人の醜さと愚かさを識り、三体は対応する器官を潰してしまった……。

 お前の力で治してやってほしい。

 そして対極院禊。――三体に新しい式神としての道を歩ませてやってくれ!」

 

≪ま、禊が世話になったのだから、それくらい叶えてあげるわ≫

 

「私も、この三体は大切に使わせてもらうよ」

 

「うむ!

そして最後は――この躰を、六道さまの墓に入れてやってくれ!

場所は対極院両儀が知っている!」

 

 夜魔の姿は、六道が母である縁のもの。

 冥獄を創るために、六道は母さんの一部を縁に与え、自らの式神として運用していた。

 

「――縁と六道さまはいろいろあったが……最後は母娘、共にいさせてやってくれ!」

 

「うん……分かった」

 

「頼んだぞ!」

 

 その瞬間、夜魔は縁の身体から離れた。

 姿形は母さんの一部だけあって、どこか母さんの面影がある。

 

 夜魔はスキルを発動する。

 

【黄泉路への入口を出現させる】

 

 黒い渦が空間に現れ、ゆらりと揺れる。

 

『では、逝くぞ!』

 

 夜魔、九尾、晴明の三人は、黒い渦へ吸い込まれるように姿を消した。

 

 渦が完全に消えた瞬間――冥獄が大きく揺れる。

 

「じ、地震!」

 

≪【山河社稷図と同等のスキル】を維持していた夜魔がいなくなったことで、この世界が消滅しかけているわね。

 まあ、狐と戯れていた影響で、どのみち限界だったのでしょうけど……≫

 

「出口に向かわないとッ!」

 

「禊さんっ! 向こうです! なんか、あっちに行けば助かる気がします!」

 

 ましろの言う方向を見る。

 彼女の【幸運】と【未来感知】を信じるなら、きっとそこが出口だ。

 

 私は茉莉花を背負い、父さんが縁の遺体を持ち、鵺さん、ましろと一緒に、冥獄の出口であるトンネルを目指して走り出した。

 

 

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