陰陽課特命係・対極院禊―浮気され禁足地に異動させられた警察官―   作:華洛

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07話 罪の名は怠惰

 

 

「――これが、冥獄の始まりだ」

 

 私たちは無言のまま、城の回廊を進み、畳の敷かれた一室へと通された。

 私と無色さんは畳の上に座らされ、鬼の三姉妹は背後に控えている。

 夜魔は、一段高い木製の台座に据えられた椅子へと腰を下ろし、冥獄の成り立ちを語り終えたところだった。

 

≪……≫

 

 母さんは険しい眼差しで、夜魔を睨み据えていた。

 先ほどの話によれば、夜魔は母さんの“分霊”――母の一部として生まれた存在だという。

 知らぬ間に分かたれ、己の意志とは無関係にスキルを創られていた。

 しかも、六道はその母を、完全には信用していないらしい。

 

 ……だが、それも当然のことなのかもしれない。

 母さんは、六道の母・縁が、娘を救うために命を代償として呼び出した存在。

 命と引き換えに呼ばれた者を、無条件で信じられるほど――人は強くない。

 

「――さて。過去を知ったのなら、次は“現在”だ」

 

 夜魔の声音が低く響く。

 その双眸が、暗闇の刃のように私を射抜いた。

 

「対極院禊。お前の罪は――怠惰だ」

 

 ……怠惰?

 私が?

 

「……禊さんが、怠惰……?」

 

 無色さんが小さく呟いた。信じられない、といった表情で。

 

「確かに、対極院禊。お前は勤勉で、真面目だ。それは我も知っている。

だが――お前は『人との関わり』を怠った。その果てが、これだ!!」

 

 その手が鳴った瞬間、部屋の灯が落ちた。

 闇の中、畳の表面が淡く光を帯び、映像を映し出す。

 

 そこに現れたのは、崩壊した街。

 空は赤黒く染まり、火の手があちこちで上がっていた。

 建物は崩れ、瓦礫が積み重なり、人の叫びが虚空に溶けていく。

 人は怪異へと変じ、その怪異がまた人を喰らっていた。

 

 地獄――いや、それ以上の光景だった。

 

 そして夜魔の声が、再び私の耳を刺す。

 

「これが、お前の怠惰の果てに生まれた世界だ」

 

 息をすることすら、重く感じた。

 

「この……学校って、私がオカルト探索系YouTuberとして行こうとしていた、あの場所……?」

 

 映像の中心に立っていたのは、巨大な白面金毛の大妖――九尾の狐。

 その額には、私から彼氏を奪った女、土御門茉莉花が乗っていた。

 姿こそ、私の知る茉莉花そのもの。

 だけど――その気配はまるで別人。

 いや、別の存在と言うほうが正しい。

 

「対極院禊。お前は、浮気されたとき、上司から異動を告げられたとき――反論したか? 反抗したか?」

 

 夜魔の声が響く。

 

「いいや。お前は、何もせずに受け入れた。「仕方ない」と!

家の格が違うから。

周りに言っても信じてくれないから。

そう己に言い訳して――何もしなかった!」

 

 夜魔の叫びとともに、映像が激しく揺れる。

 炎が燃え上がり、瓦礫の中から九尾が咆哮を上げた。

 

「結果、土御門茉莉花は――己の血と、賀茂明楽の血を使い、先人達が施したもう一人の安倍晴明――妖人の封印を解き放った!

そして妖人は、母である九尾の狐を口寄せし、暴れ狂う!」

 

 炎の向こうで、人が焼かれる。

 叫び、逃げ惑い、誰もが呪われ、喰い尽くされていく。

 

「すべてを呪い殺し、喰らい尽くすまで――その業は止まらぬ!」

 

 夜魔の声が雷鳴のように響いた。

 その瞬間、私の胸の奥が焼けるように熱くなった。

 これが――私の“罪”。

 

 炎が画面のように揺らめきながら、ふっと消えた。

 映画の終わりのように一瞬暗くなると、再び元の明るさへと戻った。。

 でも、私の気持ちは沈んだままだ。

 

 夜魔の瞳が、深紅に輝く。

 その光が、私の胸の奥を貫く。

 

「――対極院禊。先にも言ったが、お前の罪は“怠惰”だ。

ならば、罰もまた行動で贖うしかない」

 

 静かな声だった。

 けれど、その響きには逃れられぬ命のような重さがあった。

 

「どうすれば……いいの」

 

「過去に戻れ」

 

 夜魔の声が空気を震わせる。

 

「そして土御門茉莉花と賀茂明楽と対峙しろ!

だが、戻りすぎることはダメだ! 因果が乱れるからな!!。

戻る時間は隠冥村へ続くトンネルの少し前の時間だ!」

 

 ――短すぎる。

 隠冥村は空港からかなり離れた場所にあった。

 夜も遅かったのでUターンしても、目的地まで辿り着けるか分からない。

 それでも、やるしかない。

 あんな地獄を、もう二度と繰り広げさせるわけにはいかないのだから。

 

「さて――対極院禊の次は、お前だな。無色ましろ。」

 

 ビクリと、無色さんの肩が跳ねた。

 

「対極院禊と違い……お前は己の罪を、すでに自覚している。ゆえに我は、“罰”だけを下す。

無色ましろ。お前の罰は――“記録”だ。

対極院禊と共に過去へ戻り、見たもの、聞いたもの、感じたすべてを記録し、世界に晒せ」

 

「わかり……ました」

 

 無色さんは、力強く頷いた。

 オカルト探索系YouTuberをしているだけあって、心の芯の部分は強い。

 

「ただ、過去に戻す力は我にはない。我は魔神の一部であり、スキルの効果適応範囲は冥獄のみだからな!

故に魔神。2人を過去に送れ」

 

≪散々、上から目線で言った癖に、最後は他力本願……≫

 

 母さんは呆れたようにつぶやいた。

 

(母さん。過去に戻す事なんてできるの?)

 

≪……出来るわ。でも、エネルギーが足りない≫

 

「エネルギーは心配するな。龍脈の陰気を溜め込んである。それを吸収すれば問題はないはずだ!」

 

≪空の孔は陰気を溜め込むものだったのね……。良いわ。最愛の娘のためだもの。今回は指示に従ってあげる≫

 

 

 

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