オタクに優しいギャルに、彼女(二次元嫁)ができたと言ったら様子がおかしくなった件 作:真嶋青
雨野の涙を初めて見た俺は、愕然としていた。
「す、すまん雨野……まさか泣くほど嫌だとは…………」
いつも大抵のことを快活に笑って済ませるあの雨野が、こんな風に泣く姿をみることになるとは思っていなかった。
しかも言っちゃ悪いが、
いや、違うぞ、俺。
作品に対する感想は人それぞれだ。
雨野にとっては、ギャル妹一巻の完成度が、それほどに素晴らしいものだったのかもしれない。
だからこそ、それ以上の物語を蛇足と感じ、雨野の中では完璧な形でピリオドが打たれていたんだ。
雨野が俺のおすすめ(覚えてないけど)でわざわざ本を買って、作品をそこまで気に入ってくれたことへの感謝も忘れて、勝手なエゴを押し付けてしまった。
あれ、俺、クズじゃん…………。
「本当にごめん、雨野……」
気づけば俺は、雨野に土下座をしていた。
人は本当に謝罪したいと思った時、自然とこのポーズになるのかもしれない。
雨野からはなかなか返事がない。
数少ない大切な友人を悲しませたことへの後悔と、彼女に赦してもらえるかわからない不安で胸がいっぱいだった。
俺は友達が少ないから、その分、仲良くなった人とはできる限り良好な関係を維持したいのだ。
だからこそ、関係が壊れることを恐れ、一定の距離を保とうとすることで、ある所から関係値が上がらなくなるのかもしれないが。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
雨野はこんな俺に自ら一歩踏み込んで、家にまで招き入れてくれた稀有な存在。
俺は、雨野とこれからも仲良くしたい。
「こっちこそごめん……なんか、ヒートアップしちゃって。顔、上げてよ、神崎」
「ゆ、赦してくれるのか、雨野?」
「うん。いいよ。アタシの方こそ、ごめんね。神崎が他の女に目移りしたと思って不安になっただけなの……」
若干引っかかる言い回しだったが、今は細かいことは良いだろう。
「雨野が謝ることはない。せっかく雨野がギャル妹にハマってくれたのに、余計な水を差した。作品の楽しみ方は、人それぞれだよな」
顔を上げた俺と雨野は見つめ合い、やがてどちらともなく口元が綻んだ。
緊張していた空気が弛緩して、俺の肩に入っていた力が抜けていく。
これにて一件落着、めでたしめでたし。
そう思ったのも束の間、雨野がご機嫌な顔で両手を広げた。
「じゃあ、仲直りのギュ~しよっ」
「はい?」
「ギュ~だよ♡」
2回言われてもわからない。
ギュ~ってなんだ?
両手を広げて何かを待つ雨野を見ても、俺にはピンとこない。
わかるようで、わからない。
いや、嘘だ。
わかるけど、わかりたくない。
つまり、あれだろ?
抱きしめ合って和解的なやつ。
でもそれ、異性同士ではやらなくないか?
雨野、お前……やっぱり俺のことを男だと思ってないだろ!
「神崎、早く」
「それは、さすがに……」
「神崎はアタシと仲直りしてくれないの?」
「せめて握手とか……」
しかし俺の拒絶に雨野の瞳が潤み始める。
途轍もなく悲しそうな顔で俺を見返していた。
「そっか……そうだよね。本当は仲直りなんて、したくないよね。アタシなんかと……」
「いや、雨野がどうこうじゃなくてな? こう、男子高校生的に恥ずかしいというか」
「ごめんね。変なことばっかり言って……神崎のこと困らせてばっかりだよね。アタシなんかとギュ~したら恥ずかしいよね……」
「いや、あの、そうではなくてですね!」
メソメソという擬音がこれほどまでに似合う人はなかなか見つけられないだろうと思ってしまうくらいには、わかりやすく雨野が落ち込んでいた。
追い詰められた俺は、苦渋の選択をする。
「わかった! ギュ~しよう! ちょっとハグするだけだもんな! 全然、なんも恥ずかしくないよな!」
幸い誰も俺たちを見ちゃいない。
そうだ、恥ずかしいことなんて何もねぇ!
この時の俺は、今日という日の疲労が蓄積していたこともあって冷静な判断を下す余裕などなかったのだ。
「ほら! ギュ~!」
俺は雨野に抱きつき――その勢いのあまり、彼女を押し倒してしまった。
「痛た……」
雨野を押し倒す寸前、咄嗟に彼女を下敷きにしないように体を捻ったことで、尋常ではなく腰が痛くなった。
「あはは! びっくりしたぁ。大丈夫、神崎?」
腰を痛めた甲斐あって、雨野はどこも痛めた様子はなく、楽しそうに俺の上で笑っている。
「おう、なんとかな」
痩せ我慢で笑って返すと、雨野はニコニコで俺に抱きつく。
「ふふっ、ふふふ♡」
「楽しそうで何よりだよ……」
すぐに離れてくれるかと思ったのだが、予想外にも雨野は俺の上に乗っかったままなかなか離れない。
逆に俺の背に手を回して体重をかけてきた。
痛い痛い痛い!
心なしか腕の力も強く感じるんだが!
雨野に抱きつかれ、彼女の柔らかい感触を強く感じる。
だが、そのことにラッキースケベを感じる余裕がないくらいに腰が痛い。
「ちょ、ちょっとタンマ。降りてくれ、雨野」
「や〜」
「子供かお前は!」
泣いたり、笑ったり、はしゃいだり。
普段から表情豊かな雨野だが、今日はとりわけ情緒が激しい。
少なくとも、彼女をこんなにも子供っぽく感じたことはない。
普段は掴み所のないお姉さん的なギャルなのだけど、いったいどうしたことなのか。
まるで幼児退行したように今日の雨野は甘々だ。
「神崎〜♡」
「なんですか雨野さん」
「呼んだだけ〜」
俺の首筋に頬ずりする雨野から何やらフローラルな香りがした。
彼女が使っているシャンプーか何かの匂いなのだろうか。
「ちょちょっ、雨野さん? 本当に1回離れてくれ!」
じゃないと流石の俺も色々と意識せざるを得なくなる!
主に下半身的な意味で!
女子からこんな風に抱きしめられた経験がない俺には、今の状態は刺激が強すぎる。
そして腰が痛い!
「悪い雨野! もう限界だぁ!」
叫びとともに、彼女を両手で押し退ける。
瞬間、両手に柔らかい2つの感触が――。
「ヤンッ……」
やけに色っぽい雨野の声。
咄嗟に彼女を押しのけようとして触れたのは、彼女の特大メロンであった。
や、柔らかい……っではなく!
「す、すすすすまん! そういうつもりじゃ」
顔がみるみる熱くなっていく。
きっと、わかりやす過ぎるくらい真っ赤に染まっているだろう。
俺がラノベの主人公なら、鼻血でも噴き出しているところかもしれない。
「神崎、大胆だね」
ほんのりと頬を朱色に染めた雨野が、聞いたこともない甘い声で呟く。
僅かに細められた彼女の目線が、異様に艶かしくて、俺の頭が沸騰した。
「違っ! 違うんだぁぁあああ!」
瞬間、俺の理性が、土壇場で逃げの選択をした。
弾かれたように身を起こした俺は、鞄を置き忘れたまま、雨野の部屋から飛び出す。
そのまま、脱兎の如く帰宅するのだった。