オタクに優しいギャルに、彼女(二次元嫁)ができたと言ったら様子がおかしくなった件 作:真嶋青
美少女と一緒に帰るというのは、こんなにも胃が痛くなるものなのか。
俺は今、これまでの下校史上、最も注目を集めている。
教室を出る瞬間から何となく人目を感じてはいたけれど、校舎を抜けたところから格段にそれが増している。
通りすがる男という男たちが、みんな雨野を見て、目を見開く。
それから、その隣を歩く俺をチラ見した。
釣り合ってないとか思われてるのかなぁ。
いや、そもそもそんな風に見られてすらいないか。
実際、彼氏でもなんでもないしな。
しかし、俺はともかく、毎日これだけ人から見られている雨野は、よく気疲れしないものだと感心する。
もしかすると、顔に出さないだけでストレスになっているのかもしれないが。
でも、そういう風にも見えないか……。
俺の隣を歩く雨野は、今にも歌い出しそうなほどルンルンの状態だ。
なんならちょっとスキップとかしてた。
「雨野、機嫌良さそうだな」
「え? そ、そうかな?」
「そうかなって。自覚してないのか?」
人目を集めているのは雨野の可愛さもそうだが、彼女のニヤケきっただらしない顔にも理由があるだろう。
これだけ機嫌良さそうに歩いている人がいたら、俺だって気になる。
いったいどんな良いことがあったのだろうかと。
「なんか、今日はテンションおかしいぞ?」
昼休みのときから、と言いかけて止めておいた。
理由は良く分からないが、本能的になんとなく、昼の一件には触れない方が良い気がするのだ。
「ま、まあ、友達と一緒に帰るって楽しいじゃん? 神崎は、私と居るの、楽しくない?」
雨野は少し前かがみになって、上目遣いに俺を見た。
大きな胸がたゆんと揺れ、角度的に俺の方からは彼女の開けた胸元が若干見えてしまっている。
気付いた瞬間、俺は首を全力で明後日の方へ曲げた。
ゴリッと危険な音が鳴ったが、気にしない。
雨野は友達、雨野は友達、雨野は友達。
3回唱えて自分の邪な感情をかなぐり捨てる。
「そ、そうだな。俺も誰かと一緒に帰るなんて、最近では少ないし、楽しいよ。やっぱ良いもんだな。人と話しながら歩くってのは」
俺は特に考えることもなく思ったままの感想を話した。
けれど、いったいどこで地雷を踏んでしまったのか、ピシッとその場の空気が凍る。
「最近では……
俺の言葉を小さく復唱する雨野。
俯いた彼女の表情は見えない。
しかし、何故だろう。
見えていないことが、俺にとっては良いことのように思えてならない。
「お、おう。なんだ? 一緒に帰る友達なんて、そもそもいないだろってことか? 俺だってなぁ、友達の1人や2人くらいはいるぞ!」
「二組の
雨野は、速攻で俺の頭に浮かんだ人物の名前を言い当てる。
頭の中を覗かれたのではないかと恐ろしくなるほど的確な答えだ。
「大正解だよ……」
2人とも去年同じクラスだったオタク友達。
進級してから顔を合わせる機会が極端に減ったが、それでも帰宅部同士、2年になってからも一緒に帰ることはあった。
最近では2人ともそれぞれのクラスで新しい友達ができたようで、俺とは帰ってくれなくなったが……。
まあ、そんなこと今はどうでもいいんだよ。
「他には?」
「他? いや、他は特には……悪かったな、友達が少なくて」
「女は?」
「お、女って……いや、一緒に女子と帰るのなんて、雨野が人生初だよ!」
なんで俺、こんな恥ずかしい告白してるんだろう。
「ホント? アタシが初めてなの?」
雨野は未だ俯いてその表情を見せない。
いったいどんな顔でこんな質問をしているんだろうか。
実はめちゃくちゃ嘲笑していたりしないだろうな?
「そうだよ! お前が初めてだよ! 恥ずかしいから何回も言わせないでくれよ!」
ホント、恥ずかしいこと言わせないで欲しい。
道端だから、さっきからちょいちょい通りすがる人が俺のことを見てるんだよ。
こちとら普通に羞恥心で全身燃え上がりそうだわ。
「うぇ、うぇへへ。そっかぁ、アタシが初めてかぁ」
どんな顔をしているのかと思いきや、顔を上げた雨野はだらしない笑みを浮かべている。
嬉しそうで何よりだ。
「も~、神崎はもうちょっと友達作った方が良いよ~」
ニヤニヤしながら俺を
「うるせぇ! こっちは頑張ってこれなんだよ! ほっとけ!」
◇
学校から徒歩15分の駅まで歩き、電車に15分乗った5駅先で降りる。
さらに、そこから10分ほど歩いたところが俺の家だ。
今は電車を降りて5分ほど。
あと5分も歩けば我が家に着く。
俺はいつものルートを寄り道せずに帰ってきた。
何事もない平凡な道のり。
だが、俺は異常な事態にいつツッコミを入れるべきかと身構えている。
雨野、いつまで付いてくるんだ?
そう。
俺の隣には、未だに雨野がニコニコで歩いている。
「この辺の街並みは昔から変わんないよねぇ。もうちょっとオシャレなカフェとかできたら良いのに」
「おう、そうだな」
「アタシも学校帰りに映えるコーヒーとか買ってみたいなぁ。都会民の女子高生が羨ましいよ。この辺なんて寄り道できる場所は公園くらいなもんだしね」
「おう、そう、だな。」
「あ、でも知ってる? 2丁目の公園の東屋、このくらいの時期だと紫陽花に囲まれてめっちゃ綺麗なんだよ! あんまり若い人とか見かけないけど、カップルで撮ったらロマンチックな感じになりそうでさぁ――」
「おう…………そうだな」
雨野のウキウキ弾丸トークは、申し訳ないが俺の耳には半分くらいしか入ってこない。
だって、もう俺の家、着いちゃうよ?
「なあ雨野」
「どうしたの?」
「あのさ、結構この辺のこと詳しいけど、雨野ってどこに住んでるんだ?」
チキンな俺は遠回しな方法で雨野の目的地を聞く。
彼女がどこまで俺についてくるのか、確認しておきたかったのだ。
雨野からの答えはノータイムだった。
「もうすぐだよ。あと5分くらい」
「あ~、あと5分。そっかそっか」
偶然だよな?
俺の家までと同じくらいなんだけど……。
「ねぇ、神崎。なんで、そんなこと聞くの? もしかして、早くアタシと別れたい、とか?」
雨野の口元は笑っているのに目が笑っていないように見える。
気のせいだと思うけど、どうしても彼女の目のハイライトが失われているような気がしてならない。
ここで発言を間違えたら、何かが崩れ落ちる予感。
瞬間、俺のシナプスが激烈し、かつてないほどの速度で思考回路に電流が奔った。
「そんなわけないだろ。俺も、家がもうすぐ近くだからさ。なんなら雨野を家まで送っていこうと思ったんだ」
弾き出された最適解を、1つの淀みもない口調で吐き出す。
人生で最も滑舌が良い瞬間だったかもしれない。
目の前では、雨野が目を見開き固まっている。
俺は彼女から目を離せない。
暫く道のど真ん中で、俺たちは一言も発さず見つめ合った。
しかし何故だろう、俺にはその時間が、男女の青春を彩る甘い1ページには思えない。
微動だにせず、瞬き1つなく顔を見合わせる俺たちは、ヘビとカエルの構図を想起させた。
「神崎……」
やがて、沈黙を破ったのは雨野。
彼女は俯いて、か細い声で俺の名を呼ぶ。
そこから、さらに訪れる静寂。
その少しの間で耐えきれなくなった俺の口が、半自動的にペラペラと動き出す。
「流石に家についていくとかキモすぎたか? そ、そうだよな。多少教室で話すくらいの関係で、家まで送るとか勘違い彼氏面ヤバイよな! うん! ごめん! やっぱなんでもないわ!」
脱兎の如く逃げ去ろうとした俺の腕を、ミシッと軋む音が聞こえてきそうなほどの万力が抑えつけた。
本気で逃げようとしたのに、一歩も前に進めない。
「待ってよ神崎。自分から言い出したんだから……」
「あ、あの、雨野さん? 俺の腕、折れちゃう」
俺の震える声は雨野に届かない。
むしろ益々、逃さないと言わんばかりに力が込められる。
「せ、責任持って、家まで来てよね♡」
頬をリンゴのように赤らめる雨野が、俺には何故かとても恐ろしく見えた。
俺の脳裏に浮かんだ選択肢は3つ。
『はい』
『OK』
『Yes』
全部、同じじゃねぇか。
「おう……そう、だな…………」
本日何度目かわからない返事をするのが、俺の精一杯。
こうして、俺は雨野を家まで送り届けることになった。
この時の俺は、まさかその流れのまま、彼女の家の中にまでお邪魔することになるとは、思ってもいなかった――。