オタクに優しいギャルに、彼女(二次元嫁)ができたと言ったら様子がおかしくなった件 作:真嶋青
雨野の謎の圧に屈した俺は、まんまと彼女の家の玄関へと足を踏み入れていた。
「お、お邪魔します」
「へぃらっしゃい!」
「寿司屋かな?」
ワハハと笑う雨野。
軽快なやり取りの裏で、俺は背中に大量の汗をかいてる。
ヤ、ヤバい。
なんか、良い匂いがするぞ……。
雨野の家に入った瞬間から、俺の家とか全く違う、何か甘い香りを感じた。
玄関前の芳香剤というわけでもない。
なんとも形容しがたいが、女性特有の良い匂いと言えばよいだろうか。
小学生の頃、男友達の家にお邪魔したときにも、他人の家の匂いというものに不思議な感覚を覚えた記憶がある。
でも、あの時とはまた異なる、何か落ち着かなくなる匂いだった。
ちなみに、俺は中学と高校では、友達の家に上がった経験がない。
別にボッチだったわけでもないんだけど、家にお邪魔するほど仲良くなれた友人がいなかった。
教室で話すけど、外では遊ばない、みたいな。
高校で仲良くなったオタク友達、新田と柊木の2人とも、せいぜい学校から最寄り駅まで一緒に雑談して帰る程度で、寄り道をしたこともない。
昔から、俺はどうにも一定のラインから、それ以上は仲良くなれないのだ。
だっていうのに……いきなり女子の家は、ハードルが高すぎる!
そんな俺の緊張を知ってか知らずか、雨野は平気な顔でローファーを脱いで、綺麗に並べ直している。
それから、次はお前の番だとでもいうように俺を見た。
「アタシしかいないから緊張しなくて大丈夫だよ」
何でもないことのように言ってのける雨野。
どう考えても大丈夫じゃない。
「それは逆に緊張するんだが……」
女子の家に入って2人きり。
これで緊張しない男子高校生ってリアルにいるのか?
別に何かおかしなことをする気はないし、何かを期待してもいないけど、それでもソワソワして落ち着かない。
もうこれは、生理現象に近いものだと思うのだ。
「え~、友達の家に入るくらい普通のことでしょ?」
雨野、お前、他にも男子生徒を日常的に家へ上げていたりするのか?
だとしたら、結構ショックなんだが……。
いや、雨野くらい可愛い女子なら、男子と遊ぶこともそりゃああるか。
俺とは本来違う世界を生きてる陽の者だしな。
だからショックを受けることでもない。
そのはずなんだけど……。
わ~~~~‼
なんだ、このモヤモヤは⁉
「雨野! 男を簡単に家に上げるのは良くない! 良くないぞ‼」
我慢できずに思ったことが口をついて出る。
「今まさにアタシの家に上がり込んでる神崎が言うと、説得力が皆無だね」
「確かに⁉」
軽くあしらわれてしまった。
それから、彼女は少し心外そうな顔で言う。
「言っておくけど、アタシ、誰かれ構わず家に男を上げたりしないかんね? 男子でウチに入ったのなんて、神崎が初めてだし。勘違い……しないでよね」
「そ、そうか。それは、悪かったな」
そうだよな。
雨野はギャルだけど、そんな尻軽女じゃないよな。
あ~、良かった!
……。
…………ん?
………………あれ?
じゃあ、なんで俺は普通に家に上げてもらってるんだ?
とても大切な疑問だったはずなのだが、次いで出た雨野の言葉に、深くそのことについて考える前にかき消されてしまった。
「も~、神崎は変に意識しすぎじゃない? もしかして、アタシに何かする気があるって、コト?」
雨野は両肩を抱くようにして、身を護るような素振りをする。
しかし、逆にそのポーズは彼女の豊満な胸を圧迫して、その存在感を強調していた。
わざとか……わざとなのか、雨野⁇
なんにしても健全な男子高校生に、彼女の姿は毒だ。
「なんもしねぇよ!」
全力で彼女の胸元から目を逸らし、誤魔化すように叫んだ。
「じゃあ、問題ないね。ほら、いつまでも玄関に立ってないで、上がってよ」
もうどうにでもなりやがれ!
そして、俺はやけっぱちで雨野の家に上がった。
「ふふ……」
俺が靴を脱いで玄関マットを踏んだ瞬間、雨野が何やら嬉しそうに小さく笑った気がしたが、気のせいだろうか。
「こっちだよ、神崎」
俺の小さな疑問は、またも雨野の呼び声によってかき消される。
雨野は、階段の前に立っていた。
彼女は家に入ったことで、早くもリラックスモードになったようで、シャツのボタンをいくつか外して緩い恰好になっている。
さてはこいつ、俺のことを男だと思っていないのか?
そんな疑念を抱いてしまう程には、彼女の格好は無防備だ。
「リビングはちょっと散らかってて恥ずかしいからさ。アタシの部屋の方に来てよ」
「いやいや、普通逆じゃないのか? 部屋が恥ずかしいからリビングに通すもんだろ」
「良いから良いから。ほら、2階行くよ」
ちょいちょいと手招きする雨野。
その誘いに乗ってしまって良いものなのか、俺の脳がフル回転していた。
家に上がるだけじゃなくて、部屋にまで入って良いのか?
あの雨野の部屋だぞ?
……さすがにダメだろ!
「神崎、早くしてって」
心なしか冷たいトーンになった声が、俺を呼ぶ。
瞬間、俺の背筋がピンと伸びて、無意識に重たい一歩を踏み出していた。
チクショウ!
俺って奴は、なんて意志が弱いんだ……。
「急かさないでくれよ!」
上ずった情けない返事とともに、結局俺はズルズルと雨野家の奥へと入り込んでいく。
まるで得体の知れない生物の腹の中へ飲み込まれていくような――そんな錯覚を、覚えながら。