オタクに優しいギャルに、彼女(二次元嫁)ができたと言ったら様子がおかしくなった件 作:真嶋青
雨野の部屋はとても整理されていて、いかにも女子っぽい部屋だった。
全体的に白を基調とした家具で揃えられていて、清潔感がある。
ところどころに置かれている小物たちが、部屋の色調を整える細かなアイテムになっていて、白いだけの寂しい空間ではなく、彼女の高いセンスによって計算されたオシャレな部屋が成り立っている。
――そして、やっぱり良い匂いがする。
「神崎は適当にその辺に座っといて。アタシ、飲み物とってくるからさ。麦茶とコーラ、どっちがいい?」
雨野の促されるままに、俺は部屋の中央に置かれたローテーブルの前に座った。
ちなみに、正座である。
「いや、別に気を使わなくても……」
「オッケー麦茶ね。じゃ、ちょっと待ってて〜」
「オイ、こら! 人の話を聞けよ!」
俺のツッコミを無視して、雨野は手をひらひら振りながら部屋を出ていく。
残された俺は、そんな彼女の背を見送ってから、どデカい溜息をついた。
「ハァ〜〜〜、マジでどうしてこんなことになってんだ?」
女子と下校して、そのまま家にまで招待されてしまう。
そんなイベントを、俺はいくつものライトノベルやギャルゲーで見てきた。
こういう時は大抵、ヒロインと何か良い感じの雰囲気になったり、思いがけないトラブルで2人の関係に変化が生じたりするものなのだ。
そして、そういう出来事は、俺にとっては誰かが考えた創作物の話でしかなく、常に自分ごととして考えることはなかった。
だというのに――。
なんで俺、雨野の部屋にまで上がり込んでんだぁ?
ただ雨野がお茶をとって帰ってくるのを待っているだけなのに、俺はその場に座っているだけで落ち着かなくて、何度も立ってみたり、座り直したりを繰り返す。
それからスマホをポッケから取り出して、気晴らしにソシャゲでも開こうと思い立ったところで、スマホの充電が切れていることに気づいた。
「踏んだり蹴ったりだな、ホント」
天を仰いで、スマホをポケットに突っ込む。
結局することがない俺は、雨野の部屋をボケッと眺めた。
あまり人の部屋をジロジロ見るものではないとも思ったのだけれど、他にすることがないのだから仕方ない。
そんな時、とある物が目に入った。
「ん? あれって……」
最初は見間違えかと思った。
なにせ、それは雨野が持っているとは想像しがたい物だったから。
それは、小さな本棚の一角に収まっている本。
「うおおおおお! やっぱりそうじゃん! 『ギャル
ギャル妹というのは、『クラスのギャルが義妹になった件』というライトノベルの通称で、俺がだいぶ昔にハマっていた作品である。
典型的なラブコメ作品ではあるのだが、ヒロインのギャルがとにかく可愛くて好きだった。
ハマっていた当時、中学生だった俺は、高校生の巨乳で優しいギャルに心底憧れを抱いたものだ。
ノリが良くて人気者の美少女が、ある日突然、父親と再婚した義母の連れ子として家にやってくる。
次第にヒロインが、学校では見せない一面を主人公にだけ見せるようになって、義兄妹でありながら互いを想い合うようになっていく。
そんな、ハートフルな作品。
「懐かし〜。しっかし、どうしてギャル妹が雨野の家にあるんだ? あいつ、ラノベなんて全然読まなそうなのに」
実際、本棚に並んでいるのは、少女漫画やファッション誌が多くを占めていた。
そんな中に一冊だけ紛れているギャル妹は、ちょっと異質だ。
「しかも一巻だけか。二巻からはサブヒロインが増えて、修羅場展開が面白いんだけどなぁ」
なんだか懐かしくて、俺はつい本に手を伸ばしそうになった。
そんなところで、家主が帰ってくる。
「お待たせ〜。コーラ持ってきたよん」
「麦茶はどうした」
「アタシがコーラ君の気分になったから、麦茶君とはお別れしちゃった」
「とんでもねぇ悪女だな」
ケラケラ笑って片方のグラスを差し出す雨野。
俺はそれをありがたく受け取った。
「ありがとな」
「どいたま〜。そんで、神崎」
雨野は、なんだか期待のこもった目で俺を見つめている。
ムフフと何やら悪い笑みを浮かべていることから、彼女が碌でもないことを言おうとしているのは確かだ。
それでも俺は、あえて返事をする。
「なんだ?」
「アタシの下着は、見つけられたかな?」
「探してねぇよ!」
抗議しながらも、いつもの軽いノリの会話に、俺は少しだけホッとしていた。
「なぁ雨野、あのラノベ、どうしたんだ?」
雨野が俺の前に座ったところで、ギャル妹について聞いてみた。
なんならこのまま懐かしの愛読書について語り合いたい気持ちが満々だ。
「ん~? ラノベ?」
しかし、雨野の反応はどうにも鈍い。
小首をかしげて、なんのこったと不思議そうにしている。
「あれだよあれ。ギャル妹」
指をさして伝えると、彼女は「あ~、これかぁ」なんて言ってヒョイと本を手に取った。
それから、パラパラとページをめくって、
「これはねぇ、前に神崎がアタシにおすすめしてくれたから、試しに買ってみたんだよ」
雨野はパンッと音を立てて本を閉じると、静かにテーブルの上に置いた。
本はちょっとよれていて、何度も読んだ形跡が見て取れる。
思ったよりも、彼女は作品にハマってくれていたのかもしれない。
それが嬉しくもあり、しかし俺にはどうしても納得いかないことがあった。
「俺が雨野におすすめしたのか? ギャル妹を?」
「そうだよ。忘れちゃったの?」
雨野の声は抗議的だが、本気で怒っているような感じはない。
むしろ俺の反応を面白がっているようにさえ見える。
俺は彼女との会話を思い出そうとしたが、どうにもギャル妹をおすすめした記憶は出てこない。
毎日のように下らない話をしてきたが、好きな作品の話をするときは、だいたいその時々にハマっている作品の話題になりがちだった。
最近でいうならば、今シーズンにアニメ化したラノベの話を頻繁にしていた覚えはある。
しかし、ギャル妹について彼女と話した記憶は、とんと出てこなかった。
そもそもの話、今しがた彼女の部屋に置かれている本を見つけるまで、俺は長らくギャル妹という作品について思い出すことがなかったはずなのだが……。
「本当に俺が話したのか?」
「本当だよ。こんな嘘つく意味ないじゃん」
「そりゃあ、そうだな。……う~~ん?」
やはり思い出せない俺は、腕を組んで唸り声を上げる。
そんな俺を、雨野は微笑みながら、ただジッと見ていた。
頑張って思い出そうとしてみたが、結局、俺には思い出せない。
まあ、いいか。
たぶん俺が忘れてるだけだろ。
まだ喉に小骨が刺さったような違和感は残っていたが、俺はそれよりも話したいことがあった。
もちろん、ラノベのことである。
「それで、ギャル妹は面白かったか?」
オタクは友達と好きな作品について語り合うのが、いっちゃん楽しいんだよな!
――この頃にはもうテンションが上がっていて、いつの間にか、俺は自分が雨野の部屋にいるということを意識しなくなっていた。
「内容的に男子向けな感じではあったけど、面白かったよ。可愛いよね、
「そっちの方かよ!」
小太郎君というのは、ギャル妹の主人公のことだ。
普段はナヨナヨしているけど、ここぞというときに男らしさを発揮する。
たしかに、女子受けは悪くないのかもしれない。
男の俺と女子の雨野では、作品の目の付け所も変わってくるだろう。
彼女の感想は、それはそれで面白いと思った。
「神崎は、やっぱりメルっちが好き?」
「そりゃあ、
2人の間に挟まれて、あたふたする主人公に、当時の俺は共感の嵐だった。
どちらにも、それぞれにしかない良さがある。
後戻りできない選択を実際に迫られてしまえば、即座に答えを出すのは難しいだろう。
まあ、ギャルと清楚美人に両手を引かれるような展開は、俺には全く以て無縁な話でしかないけどな。
と、そんなことを考えていた時――俺の目前から、思わず
「は……? 誰よ、その女?」
どす黒い何かを孕んだ雨野の声が、部屋の温度を下げる。
瞬く間に、部屋の空気は氷点下をぶっちぎった。