くっ!鍛えた筋肉があれば吸血鬼になんか絶対負けないっ! 作:b畜農家
「花京院くん、大丈夫?」
「ええ……はい」
再起不能になった時点で花京院典明は死を覚悟したのですが。
しかし彼は殺されず、空条家に連れ帰られたどころか“奴”への狂信の根源を取り除かれた上に丁寧に傷の処置までしてもらえたのでした。
それにしても花京院はいたたまれない気分でした。彼が殺そうとした先輩が一番彼のことを心配してくれた上に、こうしてリンゴまで剥いてくれているのですから。
「その。熊崎…先輩。胸は、あの後なんとも…?」
「花京院くんってば、こんな時くらい自分の心配をしなよー」
「ですが、僕はあなたを殺そうと……」
花京院は悔し気に唇をかみしめました。肉の芽に操られていたのは事実ですが、同じように熊沢への殺意があったのも事実だったからです。
「もういいんだよ、終わったことは。気にしないで」
ふわりとした笑みと共に向けられた言葉は、却って彼の後悔を強くするばかりでした。
「それにいつもの有酸素運動に比べれば痛くも痒くもなかったし。普段なら見切って打ち返すくらいできたのになぁ」
「え???」
「あ、口滑らせちゃった…… ごめん、聞こえなかったことにして」
「は?????」
ちなみに、莉羅が痛くも痒くもないと言い切ったエメラルドスプラッシュの威力ですが、本気で発射すれば自動車のドアや天井をたやすく破壊する威力を誇ります。少なめに見積もっても破壊力はC判定が妥当でしょう。
肉の芽でスタンドパワーがダウンしていたことを加味しても、あの時花京院は強い殺意を籠めて発射していました。
スタンドパワーは精神のパワー。すなわち殺意によって火力を乗算されていたエメラルドスプラッシュは、あの時の花京院の見立てでは弾丸並みの速さで人体を貫く破壊力を発揮するはずだったのですが──
それを弾くだけでも信じられなかったのに、痛みすら感じなかった?
ちなみに有酸素運動とは酸素を利用してエネルギーを発生させる運動法のことで、強度は低~中程度です。
脳が理解を拒むという得難い経験をした花京院は、無意識に別の話題へ話を移すことで精神がショートするのを防ぎました。
「先輩も…スタンド使いなんですよね」
「うん、そうだよ」
「僕のスタンドに触れたということは、体と一体化しているタイプでしょうか」
そうかも、と首を傾げる莉羅の頭に、ふわりとスタンドビジョンが浮かび上がります。
ここで説明を挟んでおくと、スタンドとは当人の精神エネルギー、つまるところは
それは、乳白色の燐光をこぼす天使の輪のように見えました。その体を覆い隠すように純白の翼が包み込み、まるで天使そのものです。
首から上は美少女の莉羅に、それはとてもよく似合って見えました。
「まだ名前はついてないけど…… 天然ものだよ」
「そうですか」
花京院は、世界に自分一人しかいないだろう『見えない友達』を持っている人がこんなにもいたことを知って、頭がくらくらしていました。
ただでさえ貧血気味なのに、めまいがします。
この世で自分のような人間は一人だけだという自覚は、翻って彼を守る強固な殻であり、付け込まれるきっかけにもなったのですが──
花京院は枕に頭を預けて、天井を見上げました。
今後どうしたらいいのかさっぱりわかりません。あっさりと洗脳されて人殺しに手を染めようとしたことだけでも屈辱的なのに、殺そうとした相手からは情けをかけられ、こうして看病までしてもらい、自分が情けなくてたまりませんでした。
「あのね、花京院くん」
そんな彼に、莉羅は声をかけます。
「人間は衝動に逆らうのは凄く難しいんだってどこかの本で読んだんだ。気にするのは難しいだろうけどもう気にしないで。わたし、君に昔なにがあったのか全然知らないけど…、……ちがうな、こう言いたいんじゃなくて………」
「あー、大丈夫です、何が言いたいのか全部通じました」
花京院は、この先輩がなんとかして自分を励まそうとしているのを察して苦笑しました。
莉羅も、彼がなんとか罪悪感を飲み込もうとがんばってることを理解しはにかみます。
和やかな空気。
「入るぜ」
短い合図と共に障子が引かれ、大男三人組が入ってきました。
そのいかめしい顔の高校生とダンディなおじさまを見るなり、和やかな気持ちも霧散して花京院は死にそうな気持ちになりました。一度は主と仰いだ男が殺してこいと言ったのが、その二人だったですから。
ダンディなおじさま──ジョセフと莉羅は目が合いました。
「──」
「──」
沈黙。
莉羅は黙ってポーズを取りました。
ジョセフも黙ってポーズを取ります。
サイドチェストとサイドトライセップス。
その姿勢のまま、一分ほど時が流れました。
二人は黙って見つめ合って、そしておもむろにポージングを解きました。
「さて、では君の話に移ろうかの」
「はい、なんでも聞いてください」
「待てジジイ! 今のやり取りはなんだ?!」