それはー紛れもなくーやーつさー。
「お茶のお味は?」
「……分からない。匂いは良いと思うけど…」
「初めてでその感想はセンスあり。つまり
意識がはっきりしている。
あなたが最初に思ったことは、そんな物だった。
「角砂糖を何個か入れなさい。私はいつも3つだけど、甘いのが好きなら5つ入れてもよくてよ」
「……会った時と喋り方違わない?」
「あら鋭い。お堅い家で過ごすには気を張らないとダメってだけよ。あなたが会うことは無いでしょうけど、御父様も御母様もマナーには手厳しいのよ」
広い庭のある大きな豪邸の、2階のバルコニー、目の前にはアリスと、諦め悪く中々割れない胡桃を割ろうとしている、手のりサイズのリス。
現在、薄汚れたあなたが座っている所は、その様な場違いにも程がある場所だった。
「本当、大変だったわ。あなた、豪邸見た途端気絶して、私はあなたを隠しながらえっちらおっちら帰ったのよ? 労りの一つも貰わないとやってられないわ」
「あはは…相当ビックリしたんだろうなあ…僕は」
気絶している間にお風呂に入らせたか、はたまた軽く拭いたのか……床に転がされていたとはいえ、ここまで女手一つであなたを運んできたのだろう。
服が前の記憶と変わっている辺り汗だくになってそうで……よく嗅げば、春の匂いには僅かに香水らしき爽やかな香りが混ざっていた。
「ありがとう。僕は相当汚かっただろうに、ここまで運んでくれて」
「だったらお風呂の一つでも入りなさい? ああでも鼠、あなたは家族には内緒の
「……話せない事情があるの?」
「人を拾うのが犯罪でなくて、何を犯罪って言うつもり? 友達のお泊まりと言うには私の学校は女子専の小中高一貫校だし……何よりその汚い見た目はボロが出るどころかボロボロその物。ま、言うにしても順序は大切よね」
「なるほど、それは確かに」
「分かったら早速行きましょう。私も汗だくで入りたかったもの」
そういう事になった。
かぽーん……──。
「ピピ…」
「さて、ここが我が家のお風呂よ」
「一緒に入るのはダメなんじゃないか?」
「……? なにが?」
そうか、女子専校の小学生なら性知識がなくても普通か。
盲点だったな。
あ、でも今って他の人が夢を見られる状態なんだっけ。
余りにも現実的で忘れてたけど、誰視点か分からないし、アリスの裸は見ないようにしよう。
「何でも無い。その…リスも一緒なんだなーって思ってさ」
「この子は█████よ。あなたの先輩ペットなんだから、██さんって呼びなさい?」
「チピピ!」
アリスの肩に立っているリスが仁王立ちであなたに偉ぶる。
小動物が偉そうではあるが、この名前の記憶出来ない感覚はアリスのもの……果たして何故リスなんかに同じ現象が起きてるか定かでは無いが、一旦アリスの本名で同じものかどうか確かめることにした。
「えーと…… ██さん?」
「チピピ!」
「はい、よく出来ました。██も喜んでるわ、素直な後輩が出来て嬉しいわって」
「良いんだこれで…」
同じ名前らしい。つまり暫定でリス=現代のアリスである。
つまり…目の前のアリスはリーダーという訳だ。
あの人誑しの正体が「げっ歯目リス科に属する小型哺乳類」だとは到底信じられないが、今はそういう事にして話を進めよう。
本当に同一人物…ならぬ同一動物かは、この記憶の旅を終えれば分かる事だ。
「じゃ、お背中流しますねー」
「えっと…一人でも洗えるんだけど…」
「はーいわしゃわしゃー、大人しくて良い子でちゅねー♪」
「うーんペット扱い……ならせめて仕事を……██さん、良ければお膝に。洗わせて頂きます」
「フィフィ…チチチ♪」
「くるしゅうないって事ですか? それはどうもです」
うーん、何となく何を言いたいか分かる。
どうやらこのリス、ただのリスでは無さそうだ。
鳴き声も案外バリエーション豊かだし、よく喋るように鳴く。
本当にアリスなのかも知れない。だとしたらどうやって契約したか不明なのだが。
「……むう、仲良しなのは良いけど、あんまり仲が良過ぎてもそれはそれで複雑ね」
「酷いな、仲良くしろって言ったのに」
「ピピ」
「なによ、文句があるなら今日の晩御飯にリンゴは付けてあげないわよ」
「「いいえ文句なぞ全く御座いません/チチチピピチ」」
うん、少なくとも言葉を完全に理解してるリスなのは確定だ。だって今、息が完全に合ったもん。
そんな一幕を最初に迎え、あなたのアリスのペットとしての日々が始まった。
……リアルな夢にしても、こうして毎日を過ごす事になるとは思わなかった。
しかし普通よりも時間の進みが早い辺り、実際に夢の中なのは間違い無いのだろう。
一つの出来事が終わればパッと過ぎ去って、大体4つの出来事を区切りに一日が終わる。
殆どをアリスの部屋でリスと共に過ごして、風呂や散歩だけ出かける日々……変わり映えはしないが、最初に思い出した日々と比べれば……普通で、暖かくて、何より穏やかで、優しい。
本当に幸せな、春の記憶で──
「だって──僕の始まりは、あの夏の日だったから」
景色がヒビ割れる。
目の前の、アリスとリスがにこやかに笑う景色が崩れ去る。
そうだ、初めからおかしな記憶だった。
夏が春になり、アリスがリスで、あんなに穏やかだなんて……"成立し得ないのだ"。
「異常気象は僕が産まれるよりも過去から続いていた。あれから、私達の世界には夏と短い冬だけが残った」
ヒビ割れた亀裂を、いつの間にか手にしていたバットで殴り割って、潜る。
その先は、真っ暗な…夜になった屋敷だった。
けれど……先ほどの記憶と比べれば、とてもボロくて、小さくて、おどろおどろしい。
庭は薔薇が無造作に生え荒れていて、レンガの道は割れていて、ジメジメとした暑苦しい風があなたの頬を撫でる。
ぎいぎいと、細やかなバルコニーに続く扉が揺れていた。
「指摘すると、あれだけ豪華で、美しい豪邸に家政婦の一人も居ないのは不自然だ。道中全く合わないなんてあり得ない。アリスがこの家の娘だと言うなら、学校も車でお迎えくらいないと可笑しい話なんだよ。だって世間は、僕が捨てられるくらい人の心が荒れて、物騒だったんだから」
血の香りが、あなたの鼻をくすぐった。
指摘しても誰かが出て来る……なんて事は起きない。
当たり前だ。さっきまでのは、きっとあなたにとって楽しい記憶を自ら飾り立てたものだ。
思い出補正。もしくは夢の誇張表現。
現実では没落した華族の屋敷でも、風呂場も子供二人がぎゅうぎゅうになる狭さでも、アリスの通う学校が普通の共学校でも、人の記憶は理想で上書きしてしまう。
だからこっちの、血の香りがする方が現実なのだ。
……もしかすれば、過剰に悪い記憶を誇張してはいるかもだが。
そこまで考えると埒外が開かない。
あなたの知る限りの現実の事情に沿った部分は事実だと分析する他ないだろう。
楽しいと思った事が有ったのは本当でも、現実はこの厳しい世界だ。
「……フィフィ?」
「……あー…うん。リスはマジで居たのか…1番メルヘンなのに…そっかー」
あーでもそうだった、リスは本当に居たんだっけ。
改変の一切が無い辺り、相当深く記憶に刻まれていたらしい。
いやでもそりゃそうだ。こんな賢いリス忘れる訳ないもんな。
幸せな記憶でもアリス以上に殆ど一緒に居たし…そのおかげだろう。
「で、確か……このバットはこっそり抜け出して、ゴミ捨て場から拾った物だっけ。最近物騒だからって、持ってたんだよな」
段々と記憶が鮮明になってきた。幸せな記憶を補うように、不幸な記憶と繋がっていく。
「チチ…」
「大丈夫だよ██、僕はいつも通り。アリスは……いつも通り迎えに行こうか。確か、今日もそうしていた筈だ」
不安そうに肩に乗ったリスを宥め、それから眼帯をした片目の疼きを無視して進む。
そうだ、今日はいつも通り、アリスを学校から迎えに行く日だ。
『3€〜7*(・2☆…☆$95…・(75「4^5☆…4(8…』
『1^°,1^°64(2-,11.☆4%☆1^°』
「おはよ、アリスのパパさんとママさん。今日も元気そうで良かった。……アリス、迎えに行くから、家の方はお願いね」
幸せな記憶ではアリスの親御さんから隠れていたが……こっちではそんな事をしなくてもいいだろう。あなたが来た時から"こう"だったし。
アリスは隠したがっていたみたいだけど、こんなのをどうして隠せると思っていたのだろう。
きっと、疲れていたんだろうな。
『『1^°,』』
「僕はアリスじゃないよ。それじゃあ行ってきまーす」
「フィー」
鼻から上のなく、シルクハットを被ったピエロの父親。怪人「マッドハンター」 討伐済み 使役時の魔法/《
ずんぐりとしてて、猫になり損なった豚のような母親。怪人「シャシャピッグ」 討伐済み 使役時の魔法/《
あなたの両親ではない。アリスのご両親だ。
なんて事はない。財団を倒す前は当たり前だった、暴れ出す前の怪人。
暴れたら魔法少女に倒されるだろうね。
するとアリスに残るのはこの広い廃墟と、リスと鼠だけ。
そうなったらせめて僕だけでも彼女を1番大切にしてあげないとって、思うんだ。
ペットの僕達をアリスと間違えてるくらい、もう正気ではないけれど、普通だった過去を夢に見れるくらいには正気の怪人だ。
なんて事はない。当時の東京の1割はこうだったから、普通のことだ。
「今日は雨になりそうだね。アリスは無事かな。いつも通りだといいんだけど」
「チチ」
「勘弁してよ。僕にそこまでの力はないんだって。出来るのは、ほんの少しの梅雨払いだけだよ……傘を持って行こうか、一人分ね」
「チ」
「そうだよ」
みんなは気付かないけど、あなたが捨てられるよりずっと前からの日常だ。
暑苦しさと、ゆっくりと腐っていく悪夢の世界。
今すぐ逃げ出したいけど、そうすると追いかけられて捕まっちゃうから、いつも通り過ごして、怪人の素体として選ばれないよう、祈るしかない日々。
それでも楽しい夢は見れたんだ。
さっきまで見ていたように、こんな世界でも、心が涼まる夢が。
そこには僕とアリスが居て、愉快なリスが胡桃を割ろうとしてるんだって。
だからこそ、そんな夢を壊す存在なんて、苦しんで消えてくれたらいいよね。
でも、最後に歌くらいは聴かせてあげたいね。最後くらい楽しくなりたいよね。
だからこそ、どんなに無様でも幸福な夢を成り立たせるのに必要なら、居てくれた方がいいよね。
でも、いつかは優しい終わりを迎えられるといいよね。遺したかった物を遺せるくらいの時間を与えてさ。
『ヤスイヨ ヤスイヨ ヤスイヨ ヤスイヨ』怪人「レッドゼロ」 討伐済み 使役時の魔法/《
「こんにちはお肉屋さん。全部0円だなんて太っ腹だね」
『かーん かーん 信号 青 赤 青 赤 赤 赤』怪人「ブルドック」 討伐済み 使役時の魔法/《
「こんにちは居酒屋さん。お家にお酒を届ける宅配サービスなんてやめて、そろそろ余裕持っても良いんじゃない?」
『にー』『にー』『にゃあ』『あうー』『きゃっきゃ!』…… 怪人「ヌーベルビー」 討伐済み 使役時の魔法/《
「こんにちは子猫ちゃんと、赤ちゃん達。この街には慣れた?…そう、なら良かった。ゆっくりしてってよ。みんな元々、気の良い人ばかりだからさ」
ドン──……『ア ア ア !!!!』怪人「ビッグパティ/マジカル」 討伐済み 使役時の魔法/《
「…ああ、一学年下の大河原ちゃん。こんにちは、今日も一段と大きいね。いつかは夢のパティシエ、叶うと良かったよね。その大きさで作るとなんでもお山くらい大きくなりそうだけど、夢があるよね」
全部見覚えがあって、全部過ぎ去った過去のことだった。
近所のおじさんも、お酒を届けてくれたおっちゃんも、捨てられた子供達も、僕に片想いしていた後輩の魔法少女も。
全部全部、終わった昔。
むかしむかしの、昔語。
僕が知っていて、私が少し付け加えた、善き人々の記憶。
そんな事もあったよね、
少ないけれど、確かに居たね。
全員僕を助けてくれて、命のバトンを渡してくれたんだ。
見てきた中で使役して、仲間になったのは少しだけだけど……確かに、僕は彼らに遺す時間を与えられたんだ。
「……チチチ」
「ああ……そうだね、彼らは大事な記憶だけれど今聴くべきはそれじゃあなかったね。もっと、大事な、生きてる君の為の記憶探しだ」
「チ」
「ほっときなさいなんて酷……よく自分が僕の記憶から作られた幻像って気付けたね? 確かに人形の魔法効果で一時的に独立した君の記憶の集合ではあるけど……え、何か身に覚えある感じ? その反応」
「フィ」
「まじかー…いや、人間になった君と混ざってるんだろうけどさ…答えは?」
「チ」
「自分で確かめろ…分かった、行くだけ行くよ……もう、なんだかなあ…」
もっと言うなら、██である君のこと。
アリスの大事な大事な最後の要、死んじゃうとアリスが壊れちゃう、君のこと。
結局最後まで僕は君のことを理解できなかったけど、君が死んじゃうといけないのは知ってるよ。
だって僕は君の後輩だ。ある意味人よりも人らしい、君の唯一の後輩だから。
「フィ」
「ポエムやめたら?ってなにさ。もう…この魔法で創られた空間なら僕の《
「チ」
「はいはい、警戒はちゃんとするから…」
さて、リスに突っ込まれたので真面目に話すならば、人形の魔法は重度の精神異常を戻す際、夢に一時的に空間を作成して、そこで良い感じに修復する効果があるらしい。
あくまで律動で聞いた範囲ではあるが、ここは僕と私の記憶で創られた仮想空間という訳だ。
おかげで単純に記憶を後追いするだけでは終わらず、自力である程度冒険をする必要がある。
面倒ではあるが、あくまでこの夢の出来事は一瞬だ。
死ぬ事も、焦る必要もない。
どれだけ時間を掛けても外では1時間。そういうルールの世界だ。便利だね。
代わりにここで沢山修行する〜とかは出来ないから、何処までも治療に専念するしかない空間でもある。
「ま、それでも余り心配する必要はないでしょ。確かこの後アリスの通う学校で怪人が暴れて、アリスを守る為に僕が変身する〜って流れだった筈だし」
「チ」
「財団の干渉を警戒しろって…あのリーダーはあのビルに居ないし、大丈夫だと思うんだけどなー…あーはいはいわかりましただから噛み付かないで!」
あなたはリスに頭をガジガジとされ、気の緩みを反省する事になった。
残念ながら幾ら人とリスに体格差が有っても、上下関係は簡単には変わらないらしい。
「アリスー、お迎えに来たー……よー…?」
「あ…う…」
そうして学校にあなたが入ると──…其処には、今にも死にそうなアリスの姿と。
『ゲェムオーバーだ、雨雲存守。それでは"今回も"、お前の頭を拠点にさせて貰おうか』
今まさにアリスの頭に財団員が入った光景が、あなたの眼の前で繰り広げられていた。
oh…実に大胆な過去改変。お迎えに来たあなた達で無ければ確実に見逃していただろう。
「……フゥ…ここの情報って今現在のリーダーの頭に居る方に向かうと思う?」
「フィ」
「そっかー確実に行くかー…スゥー…どうしよっか…」
「フィフィ」
「改変された過去の自分の動き通りに動けばバレない? 難易度高くない?」
「フィ」
「あ、██がその辺全部知ってるんだ…そして財団員は其処ら辺はよく見ないし覚えないし適当に聞き流すから大体で良いと…えっそれ私に寄越してよ。それで終わりでしょこの夢空間」
「チ」
「出来ないかー…そっかー……分かった、やるだけやるから、指示はお願い」
こうして急遽あなたとリスによる二人羽織が始まる事となった。
果たして上手く行くのか、過去の自分の酔いが覚めて果たして良かったのか。
僕と私のどちらが主導権を握る事になるのか。
あらゆる不安が燻る中、あなた達は真剣に過去の記憶と向き合い始めたのだった……。
財団員の大半はストーリーをスキップし、トラベル系やショートカットは常用するタイプです。
そして今回の主催者はその大多数の一人です。なので演技判定は探索の難度2という簡単難度となっております。