カスの英雄に鉄槌を   作:百合ロボ!

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5. すべての元凶

 行く先々で出くわす三人から逃げ続け、帰ってきたよし子にご飯を作り、一緒の布団で寝る。気分によってはえっちもする。

 

 よし子は伊藤の乳房に顔を押し付け、ときに寝言で「行かないで」とぐずる。行かないよと囁いて頭を撫で、気が付くと次の朝。

 

 そんな日常が唐突に壊される。

 

 悪い宇宙人が地球にやってきたあの日のようにあっけなく、突然に。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 人々が寝静まった海辺の町に、けたたましいサイレンが鳴り響く。

 

 家々に明かりがついていく中、防災無線から声。

 

 いつもは機械のように平坦な声が、焦りで上ずっていた。

 

『姫路方面よりギガント接近中。数は百以上。特異個体が──「天使」が確認された模様。繰り返す、天使が来ます。全員、逃げてください』

 

 ぶつり、と回線が切れる。

 

 町に数瞬の沈黙が落ち、すぐにそこかしこで悲鳴が上がった。子供たちが荷物をまとめ、着の身着のままで住居を出る。表情を恐怖に歪め、早足で国道を東に進んでいく。

 

 一時避難ではなくなりふりかまわない逃げに徹する住民たち。

 

 その流れについていけず、伊藤は布団の上で体を起こし、愕然としていた。

 

「天使……? なんで、どこから?」

 

 特異個体、通称『天使』。以前攻めてきた五体の通常個体とは一線を画する強力なギガントだ。高い知性、戦闘能力、指揮能力を有し、量産機では歯が立たない。それこそ最強のSAと名高い七巨兵が総出で対処しなければならないレベルだ。

 

 幸いその数はわずか五百体ほどで、大半は伊藤含む七巨兵が討ち、残りは母船撃墜に巻き込まれ全滅したはずだった。わざわざ神戸に攻め入る個体などありえない。

 

 仮に生き残りがいたとしても、長老が見逃すはずはない。特異個体の襲撃に備え神戸基地の戦力を大々的に増強するなりして、何らかの対策を──

 

 七巨兵の三人に思い至る。彼女らをこの地に呼び寄せた仕事の都合とは、まさに今の状況ではないか。

 

「ほんまに来てもうた。長老の言うことはやっぱり正しいなあ」

 

 同じ布団で寝ていたよし子が身を起こす。騒々しいサイレンとは裏腹に落ち着き払った口ぶりに、伊藤は戸惑いの目を向けた。

 

「ごめん。近いうちにこうなるんは聞いとってん。鳥取基地が壊滅したらしくて、それをやったんが天使っちゅうめっちゃやばいギガントやねんて」

 

 バツが悪そうに、よし子が語る。天使率いるギガントの群れが大阪を目指していること。道中の神戸基地が進撃を阻止する砦であること。先に攻めてきた五体のギガントは斥候であったこと。七巨兵はこの戦いに備えて神戸にやってきたこと。

 

 そういった事情を知っていて黙っていたこと。

 

「どうして?」

「伊藤が行ってまうって思たんや」

 

 しょげ返ったよし子が、上目がちに伊藤をうかがう。

 

「よう分からんけど、天使って強いんやろ。七巨兵でも勝てるか分からん言うとった。そんなやばいやつと昔の仲間が戦うってなったら、伊藤は自分の都合とか放り出して助けに行ってまう。ほんで二度と帰って来ん。そう考えたら言えへんかった」

 

 あの日何か言いかけて、仕事の都合と濁したのは、伊藤を失いたくなかったから。

 

 失う痛みを知っているよし子は、いずれ露見すると分かっていても、本当の事情を明かせなかった。

 

 黙り込む伊藤に、よし子が縋りつく。

 

「騙すみたいなことしてごめん。でも考えすぎやんな。伊藤は私の傍にいるって言うてくれたもんな。あの人らにはもう会わへん言うとった」

「……」

「伊藤……?」

 

 幼子をあやすようによし子を優しく抱いて、背中をさする伊藤。

 

 それから無言で立ち上がり、玄関へ向かう。素足に靴をつっかけて、扉に手をかけ、

 

「伊藤も行ってまうんか!?」

 

 悲鳴のような問いかけに、首を捻って振り返る。

 

 よし子は肩を怒らせ、伊藤を非難がましく睨みつけていた。今にも涙が零れ落ちそうに瞳が潤んでいる。本当は泣きじゃくって縋りついて駄々をこねたいのに、必死で我慢しているのがありありと伝わってくる。

 

 どこまでも優しくいい子なよし子の気遣いに、伊藤も精一杯に答えて見せる。少し散歩に出るようにさりげなく、飾らない笑みと共に。

 

「ちょっと出てくる。朝には帰るよ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 よし子の原付を拝借し、伊藤は走り出した。

 

 行先は神戸基地。道順は前回、SAをかっぱらった際に覚えている。海辺を駆け抜け、市の中心部を通り、沖合の人工島につながるデッキアーチを渡る。基地はまだ遠い。

 

 鳴り響くサイレンを裂き、空を切る高い音が空気を叩いた。

 

 見上げると、ビルよりも高い鉄の巨人の影が三体。星の瞬く夜空に浮かび、青い炎の尾を引いて西へと飛んでいく。

 

 放っておけ、と伊藤の心の冷静な部分が告げる。生存が知られると厄介だ。今すぐ家に戻り、よし子を連れて別の基地へ逃げた方がいい。三股をかけた上に一方的に捨てた女たちを助ける必要なんてない。

 

 頭では分かっていても体が勝手に動く。前へ前へと進み続ける。戦う力のある基地へと。

 

 伊藤はクズだ。欲望に溺れ抱いた女たちから逃げ出し、それを恥じることすらしない。

 

 しかし抱いた女たちが死地へ飛び込むのを座して放置できるほど、人でなしにはなりきれない。

 

「あーもう私のバカ……!」

 

 どっちつかずの自分に悪態をつきながら、がむしゃらに進み続ける。

 

 ひたすらに南進し、二つ目の大橋を渡った。いつ果てるとも分からない長い橋。夜の闇が足元に淀み、路面の亀裂に車体が何度も跳ねる。

 

「あっ」

 

 ひと際大きく車体が浮き上がり、バランスが崩れる。一瞬の浮遊感の後、全身を衝撃が襲う。反射的に体を丸め、転がって受け身を取る。

 

 すぐさま跳ね起き、全身に出来た生傷をものともせず横倒しの原付に駆け寄った。もどかしい思いで車体を起こし、助走をつけてアクセルを吹かす。基地はもうすぐそこだ。

 

 その後も二度転倒し、わたり切ったときには傷だらけだった。

 

 橋のたもとから直進すると角ばった空港の建物が見えてくる。それが防衛隊の神戸基地だ。警備はない。無垢な子供と老人だけにされた時点で、対人セキュリティの概念はほぼ消滅している。建物を素通りし、滑走路に面した機体格納庫へ向かう。

 

 数機の量産機『ダイダラ』が黙して駐機していた。人気はない。特異個体相手に、訓練生が量産機に乗ったところで無駄と長老が判断したのだろう。

 

 伊藤は原付を乗り捨て、肩で息をしながらどうにか足場を上って機体のコックピットに収まる。後は体が覚えていた。OSを立ち上げ機体各部をチェック、オールクリア。燃料、弾薬、推進剤、各種リソースのチェック。動力炉に点火。エネルギー伝達に異常なし。以前と同じく、整備は万全だ。

 

 起動シーケンスの後、発進シーケンスへ移る。管制が沈黙しているため、コンソールから基地のシステムに不正アクセス。発進のログを改ざんしつつ、格納庫の扉を開ける。

 

 滑走路へ出ると、スロットルを全開。スラスターに火が灯る。

 

「こちら伊藤、ダイダラ、発進する」

 

 無人の管制への宣言はルーチンとして機能した。乱れた思考が一つにまとまり、視界が一気に開ける。

 

 機体が前方へ弾かれ、急加速。体に叩きつけるGを懐かしく思いながら、操縦桿を引く。

 

 機体の脚部が滑走路を離れ、夜空に飛び上がった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 明石市街を黒の大軍が進撃する。

 

 敵性巨大異星体、ギガントの大軍だ。一体で小さなビルを超える巨大な化け物が数百体、一塊になって行軍している。夜にもかかわらず昼間のようにまばゆい光に照らされ、ギガントの外骨格が不気味な金属光沢を放っている。

 

 光源は個体それぞれが持つ捻じれた角だが、ひと際眩い光を放つ巨体が、軍勢の最奥に浮遊していた。通常個体を三倍に引き延ばしたような巨躯。ねじくれた角が胴体の上端でもつれ合い、その上に青白く光る光輪を戴いている。両腕には体に倍する槍を二振り。

 

 他の個体とは明らかに格が違うこのギガントこそ、かつて数千万の通常個体を率いて天上から降り立ち、たった半日で世界を滅ぼした五百体のうちの一体──『天使』である。

 

 万全の状態ではないのだろう。神々しい光を発する光輪には細かな亀裂がある。外骨格の一部は高温で溶け落ち、歪な形で固まっている。

 

 それでも、百以上のギガントを従えて進軍する様は圧倒的だ。市街を瓦礫に変えながら進む天使たちを阻む戦力は、人類側に残されていない。母船撃墜は総力戦であり、作戦が成功してなお天使が生き残っているのは完全な想定外だった。

 

 それでも、わずかな望みがある限り人は抗う。

 

「敵勢力確認」

 

 ギガントの大軍の前に、三体の人影が現れる。

 

 異星体の内骨格を基礎とした鉄の巨人、スケルトンアーマーだ。

 

「あーあー、本当にいるわよ天使さまが」

 

 そのうちの一機、『マンダリニア』の機内でケイトが呆れた声を上げる。

 

「長老がポンコツ。それか敵の方が一歩上。どっちかな」

 

 並んで浮揚する二機のうち一機、『アルクトス』機内でエルが呟く。

 

「どっちもじゃないかなぁ? 爆発に巻き込まれた上に大気圏に落ちたら、普通は死んじゃうよ~」

 

 もう一機、『ゲンティリス』機内で小雪が答える。

 

 彼女らの声はわずかに緊張をはらんで固く、しかし恐怖はない。戦力的な不利を悟りながらも、彼女らの瞳には強い決意があった。

 

 絶対に生き延びる。なぜなら、腹の立つメッセージを残した仲間を見つけ出してとっちめるため──ではない。

 

「あいつが守ろうとした世界。絶対に守るわよ」

 

 あの仲間はカスでクズで最低だった。

 

 けれど命がけで戦い、人類を永らえさせてきたのは紛れもない事実だ。その意志と結果を何者にも壊させはしない。三人の想いは一つだった。

 

 声もなく、三機が動き出す。

 

 ギガントの大軍に突っ込んでいくのはアルクトスだ。軽装甲の機体で瞬時に距離を詰め、両腕部のビームクローを薙ぎ払う。高出力のビーム粒子はギガントの外骨格を触れた端から蒸発させ、焼き切っていく。反撃に全方位から突き出される槍を飛んで躱し、中空で脚部のビームクローを展開。ギガントの頭部を蹴りつけながら焼き切る。四肢から伸びる光の爪を振るい、軍勢の数を瞬く間に削っていく。

 

 獣のごとき機動を、後方からゲンティリスがフォローする。槍投げの態勢に入った個体を瞬時に照準し、発砲。秒間2.5体のペースで胸部外骨格を打ち抜き、アルクトスの蹂躙を支援する。

 

 アルクトスの間近でライフルとブレードを振るうのはマンダリニアだ。アルクトスの取りこぼしを打ち抜き、斬り裂きつつも、後方のゲンティリスに敵の注意が向かないよう全体を俯瞰して戦局をコントロールする。

 

 あわよくばこのまま全滅まで。

 

「まずいっ、エル!」

 

 その期待は叶わなかった。

 

 マンダリニア機内のケイトが警告を発する。

 

 大暴れしていたアルクトスのパイロット、エルはスラスターを最大出力で噴射。

 

 直後、アルクトスのいた場所を光の柱が撃ち貫いた。上方から発射されたそれは、市街の路面を穿ち、底の見えない大穴を開ける。

 

 発射元は中空に浮かぶ天使だ。もつれ合う角が強く輝き、光線が発射される。

 

 アルクトスが退避。連続発射される光を皮一枚で躱していく。

 

「このっ!」

 

 回避の妨害に入ろうとした個体を、ケイトが射撃で黙らせる。接近する個体を切り払い、かろうじて援護を続ける。

 

 愚直に回避し続けるアルクトスだが、不意に光線が機体を掠める。

 

「……っ!」

 

 回避先に光線が置いてあったのだ。天使は回避パターンを学習し、偏差射撃を開始した。

 

 とたんに回避が難しくなる。

 

「こっち向きなさーい!」

 

 ゲンティリスが天使を狙撃。正確に急所のある胸部に命中するが、外骨格の強度はサイズに比例する。あっけなく弾かれ、天使は気にした様子もない。

 

「だったら……!」

 

 アルクトスの動きが変化。光線が瞬き、ギガントの一体を呑み込んで蒸発させた。困惑したように連射が数秒止まる。

 

 最初の蹂躙で軍勢の三分の一は削れたが、周囲にはまだまだギガントの通常個体が溢れている。誤射を誘導することなど造作もなかった。

 

「今よ!」

 

 連射が止まったことで、崩れかけた連携が持ち直した。アルクトスは通常個体を紙のように引き裂きつつ、徐々に天使との距離を詰めていく。

 

 あと少しで必殺の間合いだ。無類の近接戦闘火力を誇るアルクトスであれば、天使の外骨格を突破できる。

 

 誤射を誘い、ときに撃破しつつ肉迫し──ついに、天使を捉えた。スラスターを全開にして、ねじくれた角の正面に躍り出る。

 

 角が激しく発光していた。眼球がないのに殺意のある視線を向けられているような錯覚。アルクトスのビームクローと、天使の光線が交錯するその刹那──

 

「くた、ばれぇっ!」

 

 天使の頭部。

 

 ねじくれ、絡まり合った角が爆散した。

 

 アルクトスではない。背面に回り込んでいたマンダリニアが、三機のうちの最大火力──パイルバンカーをぶち込んだのだ。

 

 アルクトスを見せ札とした、マンダリニアの一撃必殺戦術。マンダリニアが全体のフォローから外れる短時間はゲンティリスと、ここにはいないもう一機がカバーする。知性のある天使を倒すための方策の一つだ。

 

 効果はてきめんだった。天使の戴いていた光輪が消失し、巨体が地に落ちる。数百トンもの質量を受けたアスファルトがまくれ上がり、地上の通常個体の数体が潰され、宙を舞う。

 

()けないか……! 背中はやっぱ厚いわね」

「ダメージは入った。いける」

「うんうん、もう一発~!」

 

 天使は倒れていない。パイルバンカーを背中に直撃させたものの外骨格は貫けず、余波が頭部を砕くだけに終わった。

 

 とはいえ背面の外骨格には亀裂が入っており、もう一発入れれば討伐は可能だ。

 

「ふぅー……」

 

 問題は、体がもつかどうか。

 

 数百の通常個体と一体の天使。相手取るには全身全霊を絞らねばならず、すでに全員が滝のような汗を流している。

 

 そもそも、これほどの敵勢力を相手に、仲間が一人欠けた状態で戦うのは初めてのことだ。疲労は一入であり、一撃で倒せなかった精神的ダメージは三人の自覚よりも大きい。

 

 それでも、天使は容赦しない。

 

 高層ビルに匹敵する巨体を低く沈め、両腕の槍を腰だめにして、正面から見れば八の字の構えを取る。

 

 そして、無造作に槍を振るった。

 

「なっ!?」

 

 狙われたのは宙に浮かぶエルとケイトだ。

 

 槍は躱したが、機体が煽られ姿勢を崩す。百メートルを超える長大な槍は先端部が音速を超え、すさまじい衝撃波を発して二機を煽ったのだ。

 

 鳴り響く姿勢異常のアラート。天使が再び槍を振るい、黒い穂先が迫りくる。

 

 二人は同時にスラスターを全開。槍は空を切るものの、姿勢の立て直しが間に合わず、上下の別さえなくなる。今追撃されたら回避不能だ。

 

 瞬間、閃光が瞬く。ゲンティリスの狙撃が天使の背面を撃ち、亀裂を深める。

 

 天使の反応は劇的だった。弾かれたようにゲンティリスへ向き直り、上体を大きくしならせる。槍投げだ。

 

 その場を飛び立ち回避を試みるゲンティリス。

 

 それを、通常個体が妨害する。機体に組み付き、重量で地に叩き落とそうとする。

 

「放して──」

 

 すでに槍は投げられていた。

 

 ゲンティリスを掠めるようにして、着弾。隕石か弾道ミサイルを思わせる破砕音が轟き、付近のビルがまとめて数十軒消し飛んだ。

 

 そんな中、ゲンティリスが力なく宙を漂う。下半身が消失し、片腕も半ばから千切れ、組み付いていた通常個体は跡形もない。

 

「小雪ーーっ!」

「……っ!」

 

 変わり果てたゲンティリスが、力なく瓦礫の山に放り出される。

 

 呆然とするケイトとエルに、ノイズの激しい通信が入った。

 

「……い、一応生きてるよぉ。エアバッグ苦しい」

「手と足は!? 内臓は!?」

「たぶん無事ぃ……でも、ごめん」

 

 謝罪の意味はすぐに分かった。

 

 動けないゲンティリスに、通常個体が群がっていく。

 

 戦場で死に体の敵を見つけたギガントが何をするかなど、一つしかない。ゲンティリスの元にたどり着いた一体が、コックピットのある胸部を狙いすまし、高々と槍を掲げる。

 

「私はここまでみたい。伊藤さんに会えたら、末代まで呪うって言っといてぇ」

「バカッ、ちゃんと生きて呪いなさいっ!」

 

 ケイトが照準を合わせ、射撃。射程外だ。ビーム粒子が拡散して消える。

 

 エルは言葉もなく駆け出していた。遠すぎる。狙撃距離を今から詰める暇などない。天使や通常個体の邪魔もある。どうあがいても間に合わない。

 

 槍が振り下ろされる。ケイトの悲鳴が上がり、小雪はぎゅっと目を閉じた。

 

「……?」

 

 全身を押しつぶすはずの衝撃は、来ない。

 

 一瞬の痛みすらなく死んでしまったのだろうか。だとしたら今の状態は幽霊か。

 

 おそるおそる、小雪が目を開けると。

 

「えっ?」

 

 モニターに映っていたのは、角ばった量産機。

 

 溶接の継ぎ目とリベットに塗れた武骨な装甲。全国の防衛隊の基地に配備されている量産機、ダイダラだ。

 

 そのダイダラは、プラズマの刃を振り切った姿勢で動きを止めている。先ほどまで槍を突きつけていた通常個体は、両腕を失ってたたらを踏んでいる。

 

 ざくり、と音。両腕のひっついた槍が、瓦礫の山に突き立った音だ。どうやらギガントの両腕を切り飛ばし、助けてくれたらしい。

 

 ダイダラが流れるように距離を詰め、両腕のないギガントの胸にプラズマを突き入れる。周囲のギガントが同時に槍で攻撃するが、ダイダラは軽やかに宙を飛び、着地際に一体の胸を斬り裂く。再び迫りくる槍の穂先を踏みつけ、体勢を崩させてもう一体屠り、更に続けて──

 

 たった七秒の出来事だった。大破した小雪機に群がっていた通常個体がことごとく斬られ、崩れ落ちる。

 

 小雪だけでなく、ケイトもエルも、ギガントたちですらも驚愕で動きを止めた。

 

 ダイダラは優秀な機体とはいえ量産機。ギガントの群れを鎧袖一触に斬り伏せるスペックなどないはずだ。

 

 数舜、静まり返る戦場。

 

 それを好機と見たのか。

 

 謎のダイダラはプラズマブレードを引っ提げて、天使に突撃したのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 もし三機だけで天使を倒せるようなら、手を出さないつもりだった。

 

 しかし、伊藤が駆る『サピエンス』を前提とした戦術を使いだしたところで悪い予感が頭をもたげ、天使を仕留め損ねた時点で予感が確信に変わる。

 

 三人は伊藤の死を受け入れていない。だから四人での戦術を変わらず使い、結果として追い詰められた。

 

 遠方のビル屋上から覗いていた伊藤は、一も二もなく駆け出して。

 

 すんでのところで小雪を救い、乱入を果たした。

 

「殺す」

 

 頭は真っ白になっている。

 

 縁は切った、捨てたと口で言っても、まだ三人は戦友なのだ。目の前で殺そうとしたギガントたちに、シンプルな殺意を向ける。

 

 その殺意を感じ取ったのだろうか。戦場のギガントすべての注意が伊藤のダイダラに集中した。

 

 宙を駆けるダイダラに、地上の通常個体すべてが槍を投擲する。一射一射に必中の意志が込められ、入念な偏差が加えられている。

 

 地上から天に向けて降る槍の雨。そのさなかを伊藤機は最小限の機動で躱していく。機体を傾け、回転させ、微妙な加減速で狙いを逸らし、やり過ごす。

 

 やがて、通常個体では止められないと見たか、天使が長大な槍を腰だめにして引き絞る。間合いに入った瞬間を突き殺す算段だ。

 

 伊藤機はそれに先んじて高度を下げた。背の低いビルの合間を縫うように飛ぶ。わずかでも制御を誤れば地面や壁に接触して墜落は免れない曲芸飛行だ。

 

 ビルの合間に姿を見え隠れさせる伊藤機に、天使の動きが鈍る。

 

 わずかに遅れて構えを変えた。突きではなく、ビルごと薙ぎ払う構えだ。

 

「させるかっ!」

 

 その隙に、背後からケイト機、マンダリニアが襲い掛かる。突きこまれるパイルバンカーを、とっさに腕で受け止める天使。

 

 前腕の外骨格がひしゃげ、砕け散る。青い体液が市街に飛散した。

 

 天使が負傷した腕を振り回す。ケイト機が慌てて距離を取る。パイルバンカーは乗用車サイズの薬莢を吐き出している最中で、再装填にはまだかかる。

 

 とっさに天使が振り向くと、すでに伊藤機が槍の間合いに入っていた。

 

 異星体にも火事場の馬鹿力はあるのだろう。片腕にもかかわらず、神速の突きが嵐のごとく繰り出される。

 

 まるで槍の弾幕だった。その圧力は通常個体すべての槍投げよりもはるかに重い。

 

 伊藤の思考が加速し、世界が遅くなる。

 

 そして極限の思考力は、伊藤を一つの答えに導いた。

 

「お前らのせいだ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 伊藤を悩ませていた問い。

 

 すなわち、なぜ知り合う女の子みんなとそういう関係になってしまうのか。分かってしまえば答えは単純だ。

 

 すべて、宇宙人が悪い。

 

 ギガントは侵略初期から、人類の大人と子供を区別し、大人ばかりを殺して回った。そのせいで子供は家族を失い、その穴を埋める方法を渇望した。

 

 それがえっちだ。血のつながりのない他者と、血のように濃いつながりを得ようとして、えっちに走る。

 

 だから全部宇宙人が悪い。こんなに子供が寂しい思いをする世界にした宇宙人、ギガントがすべて悪い。

 

「私が誘惑に弱いのも、かわいい女の子を見るとえっちなことばかり考えるのも、えっちし始めたら他の全部放り出して夢中になっちゃうのも──私が三股したのも! 全部全部、お前らのせいだぁっ!」

 

 怒りのままに指をコンソールに叩きつける。

 

 半自動制御機動(セミオートマニューバ)、オフ。全手動制御機動(フルマニュアルマニューバ)にスイッチ。

 

 全十四関節およびスラスター制御のすべてを手動操作に切り替える。

 

 常人なら立つことすらままならない状態だが、伊藤はコンソールから直接駆動信号を叩き込み、機械の軛から外れた有機的な動きを可能とする。まるで人が機械のガワを被っているがごとき生物的な機動で天使に肉迫していく。

 

 槍の穂先のみならず、衝撃波さえ見極めた凄絶な回避を数度。

 

 ついに天使の懐に入り込んだ。

 

「はあああっ!」

 

 大上段に構え、胸部に斬りかかる──と見せかけて身を捻り、一回転。

 

 天使の潰れた頭部を踏み越え、回転の勢いを乗せて、背部の亀裂にブレードを突き立てた。

 

 天使の動きが止まる。

 

 振り向こうとした半端な姿勢のまま数秒間静止。

 

 しばらくして、膝から崩れ落ちた。ずん、と一帯が小さく揺れ、通常個体のギガントを数体巻き込む。

 

「ふぅ……あ、やべ」

 

 極限の集中が切れ、我に返る。機体制御をセミオートへ。

 

 通信が再三呼びかけられていた。あらかじめすべてブロックするように設定してあるので問題はない。

 

 が、直接コックピットを見られてはどうしようもない。動けるマンダリニアとアルクトスが近づいてきており、このままでは捕まってしまう。

 

「あとは任せたぞ、悪い宇宙人たち!」

 

 伊藤は生き残りの通常個体たちに言い残し、スラスターを全開。来た時と同じく、戦場を飛び去って行く。

 

 仕事に真面目なパイロットたちは読み通り、伊藤を追わずに残敵を片付け始めた。モニター上でそれを確認し、ほっと息をつく。

 

「わわ!?」

 

 安堵したのもつかの間、スラスターが黒煙を上げる。

 

 明石から神戸基地までの中途で、機体各部から火花が散り、モニターは赤い警告表示で埋め尽くされた。機体損傷、推進器損傷、飛行不能、強制脱出。ほんの数秒、限界を超えた機動をさせた代償だ。このまま基地まで帰るのは不可能だった。

 

 コックピットが自動で開き、強い風が叩きつける。どうにか高度を下げて着地すると、機体は横倒しになった。

 

「痛いよぅ……」

 

 その際の衝撃が伊藤を襲った。

 

 シートベルトがパジャマの下の体に強く食い込み、息ができない。頭を打ち、意識が朦朧とする。視界が霞んで暗くなっていく。

 

「伊藤っ、大丈夫!? すぐ手当するからがんばって! 寝ちゃダメだよ!」

 

 いつか、寒い海辺で聞こえたのと同じ声を耳にして。

 

 伊藤は意識を失った。

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