カスの英雄に鉄槌を   作:百合ロボ!

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6. 捕獲

 伊藤が目覚めたのは、天使の撃破から十二時間後の夕方だった。

 

 重たい体を起こそうとすると、右わき腹に鈍い痛みを覚え、顔を歪める。

 

「起きた!? どこが痛い? 吐き気とか頭痛は!?」

「脇腹と頭……吐き気はない」

 

 すぐによし子が飛んできた。馴染みのある天井と匂いからして、よし子の自宅であると分かる。

 

 よし子は携帯端末に文字を打ち込み、眉をへの字にした。

 

「右第八肋骨付近に内出血、頭部裂傷、脳震盪、擦過傷多数。頭は念のため検査した方がいいって。病院行く?」

「行かない」

「だよね」

 

 予想はしていたのだろうが、それでもよし子は心配げに顔を曇らせる。

 

 子供だけになった世界における病院とは、高度支援AI『長老』の指示通りに子供が医者の真似事をするだけの施設だ。質が低いのは言うまでもなく、わざわざ長老に生存が伝わるリスクを冒す価値はない。よし子がやっているように、携帯端末の長老を頼るので十分だ。

 

 よし子の処置は如才なかった。頭の包帯は丁寧に巻かれ、全身の小さな生傷は消毒の上でガーゼを当てている。パイロット訓練で応急処置をしっかり学んだのだろう。

 

 内出血の痛みをこらえ、上体を起こす。

 

「どれくらい寝てた? あの後どうなった?」

「半日くらい。みんな家に帰って安心してるよ。七巨兵の人が一人ケガしたみたいだけど、軽傷だって」

 

 ほっと息をつく。SAの頑強さは身をもって知ってはいるが、機体が大破した仲間の安否は気がかりだった。

 

「今は基地で休んでる、んだけど……」

 

 よし子が嫌そうに目を細めて、布団の傍にラジオに手を伸ばす。スイッチを押すとすぐに音声が流れた。

 

「昨日の特異個体ギガントは七巨兵の三名に加え、我が神戸基地の新人天才パイロット、御影よし子の協力によって無事に討伐されました。機体に残った記録には信じがたい活躍をする御影訓練生の姿が残っており、長老は正規パイロットへの格上げのほか、特別功労賞の授与を予定しています」

 

 ツマミを捻り、チャンネルを変える。

 

「神戸通信の時間だぜ! 昨晩の天使騒ぎはみんなヒヤリとしたな! だが七巨兵の英雄たちと、我らが御影訓練生の敵ではなかった! ありがとうよし子ちゃん! さて、ここで追加情報だ。よし子ちゃんの乗ったダイダラは須磨区に墜落したわけだが、こいつはギガントに落とされた訳じゃない。なんと、よし子ちゃんの操縦に機体が耐え切れず自壊したらしい。信じられるか? 機体に振り回されるのが仕事の訓練生が、逆のことをしてみせた! さすがだぜよし子ちゃん!」

 

 チャンネルをいくつか変える。長老が運営している公式放送のほかは、物好きな子供たちによるゴシップや趣味の放送が多い。普段の話題は何区の猫が出産したとか、基地の誰々が付き合っているとか、他愛のないものだ。

 

 そのすべてで、よし子が称賛を受けていた。

 

 いわく、神戸の守護神。新たな英雄。才能の権化。軍神、現人神、戦女神──一度は長老が神戸の放棄を検討したほどの危機に、新人訓練生が抗ってみせたというのは、人々の心に希望を灯すのに十分な朗報だった。

 

 一つ問題があるとすれば。

 

「なんで私がこんな扱いになってんのぉ!?」

 

 当人の承諾を得ていないことだろう。

 

 伊藤が白々しく目を逸らし、苦笑する。

 

「前と同じ感じでさ、出撃するときよし子が乗ってる風に記録を書き換えたから……てへ」

「てへじゃないよ!? もうっ、もうもうもう!」

「牛さんかな?」

 

 よし子は両手をぶんぶん振り回し、しまいには顔を覆って天を仰いだ。身に覚えのない偉業を称えられるのは、伊藤の想像以上にバツが悪いようだ。

 

 それでも伊藤を非難しないのは、事情を知っているからだろう。

 

 大きくため息をつき、恨みがましい目を伊藤に向ける。

 

「七巨兵の人たちは誤魔化せた?」

「ばっちり。通信も故障の(てい)で切断してたし。やつらには超有望な新人が現れたように映ってると思う」

 

 伊藤はかつての仲間、七巨兵から身を隠している。身分を隠して救援に向かうのに、よし子を装うのは避けられないことだった。

 

「私、空も飛べないしプリセットの動きしかできないよ。訓練でバレちゃわない?」

「故郷を守りたい一心で覚醒したことにしよう」

「覚醒って……昔の少年漫画じゃないんだから」

 

 よし子は腕組みして眉を寄せ、しばらく考え込んだ。

 

 しかしいい案は浮かばないのだろう。「もう覚醒でいいや」と悟った顔になる。故郷を守るためなら、新人から伝説級の腕前に変貌する奇特なパイロットが生まれた瞬間だった。

 

 覚醒新人パイロットを褒めたたえ続けるラジオに、伊藤が手を伸ばす。ツマミをいじり、目当ての情報がないかとチャンネルをザッピングしていく。

 

「もう消してよ、聞いてらんないよ」

「ちょい待ち。さすがによし子ちゃん武勇伝だけたれ流すほど、能天気な長老じゃないはずだから」

 

 げんなり顔のよし子を宥めすかしていると、ようやく手頃なチャンネルが見つかった。

 

『長老は今回の特異個体ギガントが、墜落する母船から脱出したものと推測しているようです。確証はないものの、仮に他にも天使が生き残っているとすれば、地表の残存個体群を糾合し大阪と東京のピラー奪還を狙っている公算が高いとして、防衛隊の戦力立て直しが急務となっています──』

「うっそー……」

 

 伊藤は天を仰いだ。

 

 もういないはずの天使がどこからやってきたのか。堕ちる母船から脱出し、生き延びたと長老は見ているらしい。目的はピラーの奪還。

 

「ピラーって、あのでっかい柱だよね? なんか超やばいって前に言ってたっけ」

「覚え方がざっくりし過ぎ。あれは大気組成をギガント用に変える機械だよ。動き出すと人は地球に住めなくなる」

 

 ピラーは地球の環境をギガントの母星のそれに作り変える、反地球化(アンチテラフォーミング)装置ともいうべき巨大施設だ。侵略初期にギガントが建設し、戦争を経て機能を停止したが、破壊や撤去の目途は立たず放置されている。

 

 住みよい母船を失って、代わりになる拠点を作ろうとしている。ピラーを再稼働させればそれが叶う。今回の天使はそのために現れたのだ。

 

 想像より面倒な事態に陥っているのを理解し、伊藤は深く深くため息をつく。

 

「はぁーーあ。なんで生き残るかなぁ。爆発と断熱圧縮のダブルパンチよ? 生き物ならそこは死んでおこうよ、ねえ?」

「伊藤が言っても説得力ないなぁ」

「私はSAに乗ってたもん。生身のあいつらとは違うもん」

 

 ギガントは生身でSAに匹敵する耐久力があり、とりわけ天使の頑健さはSAを凌駕する。伊藤がこうして生きている以上、強力なギガントも生きて降下しているのは十分にあり得ることだった。

 

 伊藤は考える。

 

 天使が他にも降着しているなら、戦争はまだ終わらない。各地のギガントがピラーを目指し、今回のような戦いを起こす。そのたび、七巨兵の三人は厳しい戦いを強いられるだろう。

 

 が、今更あの三人に会うのはおっかない。もう二度と会わないつもりで例の動画を遺したのに、心配になったからと戻れるわけがない。

 

 一体どうすればいい。出口のない悩みに惑う。

 

「それより!」

「うん?」

 

 不意に、改まった調子でよし子が向き直る。

 

 つられて背筋を伸ばした伊藤に、よし子は心からの笑みを浮かべた。

 

「おかえり」

 

 ああ、と伊藤は失態を悟る。

 

 よし子は不安で仕方がなかったのだろう。パイロットとして家を去り、死んだ姉のように、伊藤がもう帰ってこないのではないかと。

 

 不安で胸がいっぱいの中、家から見える範囲に機体が墜落し、そこから伊藤を引きずり出して手当てした。その間、一体どれほど心配だったろう。

 

 伊藤は悩みを棚上げして、よし子を抱き寄せた。身を固くしたよし子が、すぐに体を預けて甘えてくる。

 

「ただいま」

 

 耳元で囁く。よし子が小さく頷いた。

 

 よし子の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、いつもの癖で手がよし子の尻に伸びる。形のいい耳を甘噛みすると、腕の中のよし子が慌てだす。

 

「だ、ダメだよ。ケガしてるのに」

「知らないの? 気持ちいいことすると、体にいいホルモンが出て治りが早くなるの」

「そうなの? じゃあ、まあ……」

 

 いいよ、と消え入るような声。

 

 伊藤はノリと勢いのまま、よし子の体に覆いかぶさり──

 

 呼び鈴が鳴った。

 

 蕩けた表情からはっと我に返り、よし子が立ち上がる。逃げるように玄関へ向かい、伊藤をジト目で睨みつけた。

 

「そんなホルモンあるわけないじゃん! 伊藤のえっち!」

「バレたか」

 

 けたけた笑って、よし子を見送る。雰囲気で流す作戦は失敗だ。よし子が余所行きの声で応対するのが玄関から聞こえた。

 

 それにしても、呼び鈴が鳴ったのはこの二か月で初めてだ。一体だれが、どんな用向きでやってきたのか。

 

 呑気に構えていた伊藤のもとに、よし子が戻ってくる。

 

 先ほどの紅潮した顔から一転、血の気が引いていた。

 

「どしたの、強盗? 変質者? 私がやっつけちゃうよ」

「そそそそれどころじゃないよー!?」

 

 伊藤が首を傾げる。その二つ以外に玄関で出くわす脅威が思いつかない。

 

 よし子は口を何度かぱくぱくさせて、ようやく言った。

 

「七巨兵の三人が来てる!」

「あばばばっばばば」

「ひっくり返ってないで隠れて!」

 

 よし子が伊藤を蹴り転がすようにして追い立て、押し入れの中へ布団もろとも放り込んだ。

 

 玄関の方から、懐かしい声。

 

「急にごめんねー。慌てなくていいわよー?」

 

 褐色金髪娘──ケイト・リッチランドのものだ。

 

「大丈夫です、もう片付けました! どうぞ上がってください!」

「ありがとう」

「わぁ、素敵な部屋だね~」

「すんすん……何か怪しい」

 

 続いてもう二人、小貫小雪と上洲エルドリースの声も。

 

 聞いただけで、二人の顔と体を思い出す。むちむちふわふわ、中はとろとろの小雪。無遠慮に全身を愛撫する、エルの小さな手。ケイトの健康的に焼けた肌──

 

「今お茶入れますね」

 

 よし子の声で我に返った。妄想に耽っている場合ではない。万が一にも物音を立てないよう、気を引き締めねば。

 

 伊藤は共に押し込まれた布団に埋もれ、じっと息を潜める。

 

 すると、久々の全力機動で疲れがたまったのだろうか。半日も寝込んだにも関わらず、瞼が重くなってきた。いけないと分かっていても、生理現象にはあらがえない。

 

 絶対にバレてはならない三人とふすま一枚を挟んで、伊藤は爆睡した。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 来客などめったにない。部屋の隅で埃をかぶっていた座布団を庭ではたき、ちゃぶ台の前に置く。三人は出された冷たい麦茶をちびちびやっていた。

 

「用意が悪くてすみません。これどうぞ」

「ありがとう」

 

 ケイトが座布団を二つ受け取り、不思議そうに首を傾げた。

 

「あなたは一人で暮らしているの?」

「はい。お客さんなんて全然来ないから、今びっくりしてます」

「じゃあ、元々座布団が二つ用意されていたのはなぜかしら」

 

 ぎくり、と動きが固まる。

 

 ちゃぶ台の周りには、よし子と伊藤の二人が普段使いする座布団が二つ。そこに二枚追加した形だ。元々置いてあった分は明らかにへたれて、使い込んでいるのが分かる。

 

「よ、横になるのに使ってるんですよ。お行儀悪いですかねあはは」

「別に悪いなんてことはないんじゃない」

 

 ぎくしゃくしたやり取りの裏で、よし子は思考を巡らせる。他に二人で暮らしている痕跡はあったか。靴はとっさに隠した。歯ブラシやタオルはそのままだが、用もなく洗面所に踏み込んではこないだろう。

 

「それで、今日はどんな御用でしょうか?」

 

 長居されては心臓に悪い。さっさと用を終えてお帰り願おう。よし子の方から本題を切り出す。

 

 すると三人は背筋を伸ばし、真剣な顔つきに変わった。

 

「七巨兵として感謝を伝えに来たの。救援、本当にありがとう。おかげでうちの小雪が命拾いしたわ。天使が倒され、結果的に地球の危機も避けられた。本当に、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「ありがと」

 

 頭を下げる三人によし子は慌てふためく。やった覚えのない偉業を褒められるだけでも居心地が悪いのに、直接感謝されては良心がずきずきと痛い。

 

 よし子の三人との関係は、たまに訓練をつけてもらう他は一度お昼を共にした程度だ。そんな相手にもきちんと感謝を伝えにくる彼女たちに、よし子は心が傾くのを感じた。

 

 伊藤が絶対会えないと言っていたのは、互いに不幸な行き違いがあるからではないか。あれだけ伊藤を大切に思うこの人たちともう会わないなんて、よくないことなのでは。

 

 考えを打ち切って、三人に頭を上げてもらう。

 

「や、やめてくださいそんな、分かりましたから! 頭を上げて!」

 

 真っ先に頭を上げたのは小雪だった。肉付きがよく、ふわふわしたウェーブのかかった茶髪が特徴的な少女だ。

 

 後頭部に手をやって、へにゃりと笑う小雪。

 

「ごめんごめん、急にかしこまられるとびっくりするよね。はい、これで固いお話は終わり!」

 

 ぱちん、と小雪が軽く手を打ち慣らす。

 

 緊張が緩んだ。長居は困るが、相手は悪い人たちでは決してない。軽くお茶が尽きるまで雑談して帰ってもらおう。

 

 お茶をふぅふぅ冷ましながら、小雪が何の気なしに続ける。

 

「それでねよし子ちゃん、私、聞きたいことがあるんだけど」

「何ですか?」

「私を助けてくれたときのあれ、どうやったの?」

 

 気のせいだろうか。声の温度が一段下がった気がする。

 

 小雪は変わらずニコニコ笑っているが、わずかに圧を感じる。

 

「えっと……」

 

 あれと言われても、よし子には分からない。小雪を助けたというのも何が何だか。

 

 見かねたようにケイトが口を挟んだ。

 

「無我夢中で覚えてないのかしら? 何しろ、新人の訓練生があれだけの化け物じみた活躍をしたんだものね」

「は、はいそうなんです! もう故郷を守りたい一心で、全然記憶になくって!」

 

 これ幸いと乗っかった。伊藤が戦闘中に何をやらかしていようと、これで言い訳が立つ。

 

 小雪が口をへの字にして唸る。

 

「うーん残念だなー。よし子ちゃんはね、私が殺されそうになってたところにさっそうと現れて、ギガントを真っ二つにしたんだよ! 格好良かったたなあ」

「それ、脚色。腕を切り落としてその後胸を突き刺した」

「あ、そうだったね!」

 

 エルの淡々とした訂正を受け流し、小雪が身を乗り出す。

 

「そのときにね、変なことが起きたんだ。よし子ちゃんの乗ってたダイダラに、ギガントの外骨格を切断する出力はないはずなの。なのに、ナイフでバターを切るみたいにさくさくーって、どんどん切ってたよね? あれはどうして?」

「だから、あの時のことは記憶がぼんやりしてて」

「私は知ってるよ」

 

 小雪が更に身を乗り出した。

 

 ちゃぶ台の上にうつ伏せになるような形でよし子に詰め寄り、下から柔和な目で見上げてくる。得体のしれない圧力に思わずのけぞる。

 

「あれはね、瞬間的にブレードの出力制限を解除してるの。二秒で爆発する設計限界出力を、斬撃の瞬間だけ引き出してる。SAのハードとソフト、両方にかなり深く精通してないとできない芸当でね、ある人の得意技だったんだよ」

「あ、ある人って?」

「分かってるくせに」

 

 後ろに手をつき後ずさる。

 

 背中を何かに抑えられた。振り返ると、いつの間にかケイトが回り込み、じっと光のない目を向けてくる。

 

「私にも一つ聞かせて」

 

 お願いの口調だが、よし子の返答は待たない。淡々と問いをぶつける。

 

「天使に肉迫した最後の動き。あれの仕組みは分かる? 分かるはずはないわよね。あれは全手動操作。簡易な操縦系統に落とし込まれた機械操作を、原始的な信号の入力のみで完全制御し、スペック以上の性能を引き出す。仮にあなたが史上最高の天才だったとして、ぶっつけで出来ることではないの。この世であれが出来るとしたら、ただ一人」

「私には何のことだか」

「怪しい」

 

 よし子を挟み撃ちする二人の圧力とは対照的に、冷淡にエルが告げる。

 

「ここに来たときから、すごく怪しい。怪しすぎる」

「エル、それって──」

 

 問いただすケイトに、エルは頷いた。

 

「いる。この家のどこかに」

 

 弾かれたようにケイトが走り出す。そこらじゅうのタンスを開け、キッチン下の収納を開け、カーテンをめくり、窓を開けていく。

 

 勘付かれた。とっさにケイトを止めようと立ち上がるよし子だが、

 

「いやっ、放して!」

「よし子ちゃんごめん!」

「ごめん、大人しくして」

 

 小雪に羽交い絞めにされ、エルに足を抑えられて、身動きがとれない。

 

「あの女っ、どこに……!」

 

 ひとしきり怪しい場所を探して回ったケイトだが、一つだけスルーしていた場所を見つけ、目を留めた。

 

 今までちゃぶ台を囲んで話していた、畳敷きの居間。その壁際の押し入れだ。ケイトたちの目と鼻の先にあり、逆に見落としていた。

 

 まさか、声どころか息遣いさえ聞こえそうなこんな近くに、大胆にも潜んでいたというのか。

 

 襖に手をかけ、ごくりと喉を鳴らして、開く。

 

 そこには──

 

「むにゃむにゃ……んふふ、ゆきこは私が絶対守るからねぇ……」

 

 よだれを垂らして呑気に寝言を漏らす、カス女の姿があった。

 

 まさにその女のせいで修羅場を展開していた四人の女たちは、心を一つにして腹の底から叫ぶ。

 

「起きろぉっ!」

「ふぇっ!?」

 

 こうして三股カス女は捕えられ、少女たちの裁きを受けることになったのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 感動の再会を祝して、伊藤には三人から一発ずつビンタを贈ることになった。

 

 頭のケガに配慮し、狙いは顔ではなくお尻だ。

 

 パンツ一枚をまとったきれいなお尻を、壁に手をついて自ら差し出す伊藤。首筋から耳まで真っ赤になっている。

 

「や、やさしくしてね」

 

 ケイト、エル、小雪は慈愛の笑みを浮かべ、順番に渾身の張り手を叩きこむ。伊藤は悲鳴を上げた。

 

 折檻を受けた後も裁きは終わらない。もみじを三つ貼り付けたお尻を抑えてへたり込む伊藤を、小雪ががっちりと後ろから抱きかかえる。足の上にはエルが乗り、正面から抱き着いた。これでどこにも逃げられない。

 

 半泣きだった伊藤は、美少女二人に挟まれて満更でもない様子だ。

 

「あっ、私住所ここにする……いたたた!?」

「いーとーうーさーん?」

「少しは反省して」

 

 額に青筋を浮かべた二人に太ももをつねられ、伊藤は再び悲鳴。

 

「やめて! 伊藤にひどいことしないで!」

 

 一方、よし子は後ろ手に手錠をかけられ、目の前で伊藤をいじめる三人に涙を浮かべていた。

 

 健気な態度にケイトは同情の目を向けて、携帯端末を取り出す。忌々しい映像データを呼び起こし、よし子の前に掲げた。

 

「これ見ても同じこと言える?」

『実は三股してましたー! ごめーーーーん!』

 

 最後まで視聴し、よし子はすべてを察した。伊藤が三人との再会を拒んだ理由。絶対会えないと言った訳。

 

「私はどうしてこんな人を……」

「分かってもらえたみたいね」

 

 よし子はがくりとうなだれて動かなくなった。手錠を外しても動く素振りはない。伊藤の素性がよほど堪えたらしい。

 

 よし子は一旦放置して、ケイト、エル、小雪の被害者三人組が、改めて伊藤と相対する。

 

「久しぶりね、伊藤。元気そうで何よりだわ」

「そっちはちょっと顔色悪いね。ごはん食べてる? 長老の栄養バーはカロリーないから、ちゃんとごはん作らなきゃダメだよ。オムライス好きだったよね。作ろうか?」

「……い、まはいいわ」

「そっか。エルは調子どう? ちゃんと人とコミュニケーション取れてる?」

「……そこそこ」

「無理しない範囲でいいから、エルの方からも歩み寄ってあげてね。小雪はケガ、平気?」

「うん。伊藤さんが助けてくれたから、ちょっと擦りむいただけだよ! ありがとう!」

「どういたしまして。君が無事で本当に良かったよ。仕事の方は──」

「ちょっと黙ってくれない!?」

 

 ケイトがたまらず割って入った。

 

 深呼吸して気持ちを落ち着け、伊藤を冷めた目で見下す。

 

「よくそんな平然としてられるわね。泣きながら土下座してみっともなく言い訳でもするのかと思ったわ」

「そうしよっかなとは思ったよ。でもね」

 

 ふわり、と。見る者を安心させる、日だまりのような笑みを浮かべる伊藤。

 

「君たちの顔見て、声を聞いて、こうやって話してたら嬉しくなっちゃってさ。言い訳なんて忘れちゃった。また会えてうれしいよ、ケイト、小雪、エル」

「いい加減にして!」

 

 癇癪を起こしたようにケイトが叫ぶ。

 

「聞こえのいいことをぺらぺらぺらぺらと! 優しいふりしてどうせ内心では『チョロい』って笑ってるんでしょ! 私たちのことあんなに弄んで、善人面しないでよっ!」

「ケイちゃん、落ち着いて」

 

 小雪がたしなめるような視線を送る。ケイトは大きく息を吐くと、腕組みして唇を引き結んだ。沈黙するケイトの後を小雪が引き継ぐ。

 

「伊藤さん。私たちの話より、伊藤さんのことを聞かせて。あの作戦の後から、今までのこと」

 

 伊藤は淡々と語った。

 

 際どいところで脱出が間に合い、しかし機体が破損し、降下中に乗り捨てたこと。大阪湾に落着し、この神戸の浜辺に流れ着いて、よし子に拾われたこと。

 

「で、私たちを捨てようとしたのね。あんなふざけたメッセージ残して」

「その通り。たまたま好みの顔と体だったから相手してたら、いつの間にか関係が拗れちゃってさ。いい機会だし生死不明になって別れちゃおうと思って」

「この……!」

「伊藤さん」

 

 ケイトの怒声を制し、小雪が鋭く問う。

 

「だったらどうして助けに来てくれたの? あそこに来てくれなかったら、伊藤さんがここにいるなんて分からなかったよ」

「……」

「あのメッセージだって変だよ。私たちの前から逃げたいだけだったら、あんなの残さず黙って死んだふりをすればよかった。伊藤さんはただ悪い人のふりをしているだけじゃないの? あんなひどい人が死んでせいせいしたって、私たちがそう思えるように」

 

 伊藤が小ばかにするように鼻を鳴らした。

 

「仮にそうだとしても、私が三股したのは事実だよ。君が思うようないい人なんかじゃない。約束も、誓いも、ささやかな自分の意志さえも、何も守れない情けない女なんだよ」

「別にいい」

 

 食い気味にそういったのはエルだった。

 

 エルは伊藤と対面で抱き合いながら、銀の瞳をじっと伊藤に向ける。

 

「あの映像を見たとき、伊藤を殺そうと思った。アルクトスで踏みつぶして、すりつぶして、それから自爆しようと」

「お、おう」

 

 具体的な殺傷手順に伊藤の頬が引きつる。

 

「でも今は、全部どうでもいい」

 

 首筋に頭をすりつけて、胸の間の空気をすべて押し出さんばかりにぴたりと密着するエル。伊藤の乳房とエルの薄い胸を通し、互いの鼓動がたしかに感じられる。

 

「こうして生きて、また会えた。伊藤と同じくらい、私も嬉しい。生きて傍にいてくれるなら、三股でも百股でもどうだっていい」

「良くない良くない」

 

 この白いロリっ子は何言ってやがるのか。

 

 冷や汗を流しながら伊藤が体を離し、視線を合わせて諭す。

 

「目を覚ませ。あんな悪趣味なメッセージ残して君たちを傷つけたんだぞ。そんな雑に水に流すな」

「もうビンタした」

「あれくらいで──」

「私だって!」

 

 かすれた声と共に、ケイトが横から抱き着いてくる。三方向から抱擁を受け、伊藤は目を白黒させる。

 

「私だって、また生きて会えたのめちゃくちゃ嬉しいわよ! でもあっさり許したらこいつつけあがるじゃない! だから嫌なこと言ってたのに! あんたたちだけいい子ちゃんぶってずるいじゃないのぉ!」

「正気か君ら」

 

 声を震わせる伊藤。

 

 背後からも小雪がたわわな胸を押し付け、言葉を重ねる。

 

「たとえ伊藤さんが本当にひどい人だったとしても、私たちはそんなひどい人に、たしかに救われたんだよ。今更悪ぶって距離を置こうとしても遅いんだから」

 

 耳元でそう囁かれ、伊藤は総毛だった。

 

 あれだけ悪質なメッセージを残したにもかかわらず、彼女たちは怒りよりもまた会えたことを本気で喜んでいる。三人分の喜びを通し、ようやく自分のやらかした罪に気が付いてしまった。

 

 ただの勢いと欲望に任せた関係性でも、少女たちにはそうではない。彼女たちの心には伊藤が深く食い込んでいて、すでに取り返しがつかない。

 

 喜びに泣きじゃくる少女たちに囲まれ、伊藤は自分の罪に震え上がるのだった。

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