この国には三つの国民の義務がある。一つは労働の義務、二つ目は納税の義務、そして最後――
「おらっ! ボサっとしてないでさっさと並べ」
黒字に金の刺繍が縫われた国指定の制服に身を包んだ複数の男が、こちらに睨みを聞かせて怒鳴り声をあげる。
俺たちは大人しく彼らの言う通りに一列に並ぶ。
「並んだら腕を出してそこから動くな」
彼らが持つ手には針の無い注射器、採魔器が握られている。そしてそれらを強引に打ちつけていく。本来、採魔の際にそのように力を込める必要はない。これは嫌がらせだ。国が課す最低ライン、十級魔法使い相当のの魔力しか提供しない俺たちへの嫌がらせ。
「良いご身分だよな! それっぽっちの魔力しか提供せずに生きてるなんて、恥を知れ恥を」
採魔器に溜まった魔力を見つめながら、彼らは皆横柄な態度で同じような嫌味を垂れている。これは今に始まったことではなく、毎月のように決まって行われている。
そうこれこそが三つ目の国民の義務、最も重要とされる月に一度の献魔の義務だ。この時の献魔の量によってその人の魔法使いとしての等級がある程度定められることになる。そして、この義務をもし怠れば国民として、いや人として認められない。
「チッ、何とか言ったらどうだよ」
いつもは黙っていれば何事もなく終わる献魔の義務だったが、今日はどうやら職員の腹の居所が悪いらしい。まあこん言う時にやる事は決まっている。
「へへっ、すいません。俺たちが生活できてるのは皆さんのお陰です〜」
媚びへつらって頭を下げる。余計な感情はいらない。どうすれば相手の機嫌が良くなるか、何を相手が求めているのかを考えて適当に動くだけ。
「情けない奴だ。……まあ【魔無し】の人でなし共に比べればまだマシか」
そうすれば勝手に満足して去っていく。必要なのは事を荒らげずに速やかに献魔を終わらせる事だ。
――俺たちがその魔無しだと気付かれる前に
それからしばらくして職員達が撤収し始めたと同時に、一人の少女が駆け寄ってくる。小柄だが深紅の髪と吊り上がった瞳によって威圧感がある。
「ノーマ、183人全員の献魔が無事に終了したわよ」
「報告ご苦労だシア、職員に何かされた奴はいるか?」
「暴言やセクハラはあったけど実害はゼロよ。彼ら腐っても公務員だからね」
「そうか、なら良い」
ノーマが端的にそう告げると、シアはそれに対して不満そうに声を上げる。
「ちょっとは嬉しそうにしなさいよ、今月も皆んな無事に通ったんだから」
「ああ、そうだな。また明日から頑張らないと」
周りを見渡せば皆一様に無事に献魔を乗り越えれたことに安心しており、喜びの感情に溢れている。ノーマもまたそれに紛れるように仮初の笑顔を貼り付ける。
シアとは長い付き合いだ。この表情が嘘偽りなのは見抜かれたいるだろう。それでもそれに気付かないふりをするのは、彼女なりの気遣いなのだろう。
「次の計画も練らないといけないし、少し一人てくれ」
「ノーマ……分かったわ。でも今夜は皆んなで宴だからちゃんと顔出してよね。リーダーが顔出さないと締まらないんだから」
そう言ってシアはノーマの元を離れていく。
嬉しそうに……か。確かにこの集落に集う183人は無事に殺した魔法使いから奪った魔力を一時的に取り込んで献魔を突破した。
でも183人のために俺達は何人殺した? 少なくとも俺は先月だけで3人殺してる。集落全体で見れば5人だ。食料として牛や鶏を殺すように、俺達は生きるために魔法使いを殺さなければならない。
人でなし、確かに俺は人でなしだ。もう今まで何人手にかけてきた? これから先俺は後何人殺せばいい? こんな事いつまで続ければ……。分からない、自分がしてる事が正しいのか、間違っているのかどうか。
――駄目だ迷うな。俺が始めた事だ。誰かに言われてではなく、自分自身で。故郷が滅ぼされて五年、魔力のない人間を集め始め、二年前から本格的に始めた魔法使い殺し。殺した魔法使いから奪った魔力で下限ギリギリの献魔を行う。そうして生きていくと決めたはずだ。
それに魔法使いを殺すのをやめてどうする? また元の人として見られない生活に戻るのか? 無理だ、もう多くの人間を巻き込んでしまっている。引き返す事は許されない。
胸に手を置いて深呼吸する。イメージしろ、心に鎖を巻きつけるイメージだ。そうすればいつだって冷静になれる。復讐心も、慈悲の心も、闘争心もいらない。心が揺るがないように幾重にも巻き付け、固定される。
……ああ、大丈夫だ。俺はまだ頑張れる。
「来月のことを考えないとな……」
頭は既に冷え切っており、考えてるのは次に殺す魔法使いについて。
先月は西側で一人、中央で一人、北側で三人殺してる。北側を避けて次は南に行くべきか。今の貯蓄から考えるに今月は五級以上を二人か、低級を複数人狙うか。
――やはり狙うなら五級以上か。多少のリスクは承知の上で殺すのは少ない方がいい。多く殺せばその分俺達の存在が明るみになる可能性が高くなる。
既に国全域で魔法使い殺しについては仄かに噂になっている。しかし、まさか魔無しが魔法使いを殺しているなど誰も考えていない。魔法使いは優れていて、非魔法使いは劣っていてる。故に魔法使いが非魔法使いに殺されるなんて事はあり得ない。
だから現在魔法使い殺しの犯人は痕跡を残さない凄腕の魔法使いとされており、調査は変わらず魔力探知を元に行われている。魔力を持たない俺たちが捜査線上に上がる事は決してない。
しかし数をこなせば姿を見られるリスクも高くなる。回数は少ない方がいい。 作戦に加えるメンバーは――。
そんな事を考えているうちに陽は沈み、夜が更けていく。