状況を一度整理しよう。
俺は次の魔法使いを殺すための一人で情報収集に来ていたはずだ。にもかかわらず、魔法使いと接敵。
しかもその魔法使いは一級魔法使い、ルナ•アヴニール•アストレア第三皇女。
それだけでも情報過多なのに、その上その皇女さまから国を救ってくれと頼まれるだと? ……どうかしてる、とても正気とは思えない。だから思わず罵ってしまった俺は悪くない……はずだ。
「えっ、あ……そうですよね、すいません。急にこんなこと言われても意味が分かりませんよね」
皇女様は突然の罵倒に仰天した様子を見せたが、すぐに平静に戻り謝罪を述べる。
どうやら俺の発言で激情するほど皇女様の度量は狭くないらしい。それにしてもこの皇女さま随分イメージと違うな。一級魔法使いというのは皆傍若無人の暴君みたいな奴だと思っていたが……。
「では少し場所を変えましょうか。人に聞かれると不味いですからね」
それには賛成だ。こんなところに皇女さまが居ることがばれたら騒ぎは免れない。目立ってしまうと今後の計画にも支障が出る可能性がある。でも、場所を変えるって一体どこに?
「手を出してもらえますか?」
「手……?」
俺は警戒しながらもおずおずと手を差し出す。ここで抵抗したところで意味がないのは分かっている。どうせここでの決定権はどうなろうがこの皇女様だ。
「ありがとうございます。では――」
瞬きをする間もなかった。
「なっ!? どこだよここ……」
気がついた時には場所が変わっていた。先程までいた人通りのない路地裏ではなく、今居るのは豪華な装飾が施された家具が備わった一室。
魔法……なのだろう。瞬間移動とかのたぐいの魔法が存在しているのは知っている。だけどアレは複数の上級魔法使いが必要なはず。いや、それを可能にするのが一級たる所以か。
しかし俺の考えは甘かった。
「驚かれましたか? ここは私が自身の部屋に似せて作った空間です。ここなら他の者の干渉を受ける事はありません」
「空間を……作った、だと?」
そんな魔法聞いたこともない。思い上がっていた。その可憐な容姿、穏やかな口調、そして対話が出来たことで、まだ何とかなるんじゃないかと。
俺はきっとこの魔法使いに対して死に方すら選べない。改めて緊張感が高まり背中に冷や汗が溜まっていくのを感じる。
「では改めまして、私の名前はルナ•アヴニール•アストレア。ご存知のようですがこの国で一級魔法使い兼第三皇女をさせて頂いております」
凛とした声から紡がれた丁寧な名乗り。
「ノーマ……ただの一般人――いや、バレてるなら魔法使い殺しと名乗った方が良いか?」
対して俺はぶっきらぼうにそう返した。取り繕っても良いがどうせ一度崩れた口調だ。それに皇女様もあまり気にしていない様子。
「ええ、その方が良いですね。まさしくその魔法使い殺しである貴方が必要なのですから」
魔法使い殺しねぇ……そう言われると立派な称号のようだが、やってる事は複数人での闇討ち。とても誇れることじゃない。しかも殺しているのは中級までの魔法使いだ。そんな俺に何を求めると言うのか。
「――貴方にはある魔法使いを殺して欲しいのです。……それがこの国を救うことに繋がります」
「ある魔法使いを殺して欲しい? ……言っちゃなんですけどね、俺なんかの力を頼らなくても貴方が勝てない相手なんて、他の一級魔法使いぐらいでしょうに」
もし仮に皇女様直々に動けない理由があるのだとしても、王宮勤めの優秀な魔法使いなど山ほどいるだろ。
「いえ、貴方じゃないと駄目なのです。何故ならその魔法使いは他の魔法を一切受け付けないのですから」
「っ!? 嘘だろ……」
他の魔法を一切受け付けない。そんな魔法使いはこの世に一人しか俺は知らない。
「はい、察して頂いた通り――貴方に殺して頂きたいのは、私の兄。一級魔法使い、第一皇子リージェ•ミッシェル•アストレア」
「無理だ! 無理! 不可能だ!」
やっぱり馬鹿だろこの女。一級魔法使いってのどいつもこいつもイカれ野郎しかいないのか。
噂にしか聞いたことはないが、リージェ•ミッシェル•アストレアって言えばこの国で、いや世界で現最強とも言われている存在だ。
あらゆる魔法を受け付けず、あらゆる魔法に通ずる――故に最強。そんな相手に俺をぶつけようってか? そんなの蟻が象に勝つより難しい。
「無理難題なのは分かってます。しかし、貴方しかもう頼れる人は居ないのです。魔法を用いず魔法使いを殺せる貴方しか……」
期待されているところ悪いが、俺にそんな力はない。素直にそう伝えて断ろう。そう思っていた。たが、グッと身を乗り出して来た皇女様と目が合ってしまう。
引き締められた口元、力強く握った拳、そして潤んだ眼でこちらを見上げるその姿。次の俺の一言次第で泣き出してしまいそうなそれを見て、俺は喉元まで出た言葉を改める。
「…………話を聞くだけだ」
その言葉を聞くや否や先程までの表情は嘘のように、凛とした面持ちに戻っている。さっきの表情が演技なのか、それとも天然なのか……。
演技だとしたら相当食わせ者だな。まあ、折れた時点でこちらの負けか。
まあ良い、とにかくまだ分からない事が多すぎる。引き出せるだけ情報を引き出そう。
「そもそも何でお前の兄を殺す事がこの国を救う事に繋がる? 悪い噂を聞いたこと無いが……」
リージェ•ミッシェル•アストレアについて悪い噂は聞いた事がない。魔法使いとしての比類なき才能、また為政者としても多くの支持を得ている。広い分野への見聞を持ち、容姿も淡麗。やや病弱だが、それを持ってしても時期皇帝の圧倒的第一候補だ。
「ええ、仰る通り兄は非の打ち所がない完璧な人間です。ですが……遠くない未来、兄はこの国の人間の過半数を死に至らしめます」
告げられたのは衝撃の内容。
「はあ? 過半数って、この国の人口は三億と二千人近くいるんだぞ……。いや、それよりも何故そんな事が分かるんだ!?」
「その理由を説明するには、私だけが使える特異な魔法について教える必要があります」
「特異な魔法?」
「はい、この魔法を使えるのはこの世界で私だけ。私には未来を観る力――未来視が備わってます」
……空間を創った次は未来視ときたか。正直もうそれくらいは出来て驚くまい。俺からしてみれば魔法そのものが未知なのだから、空間を創りだすのも、未来視も同義だ。
「それで兄が大量殺人してるところを見たと?」
「いえ、兄に魔法は通じませんから……私が視たのは兄上に殺される人々の未来です」
「ならその未来視とやらで、俺がアンタの兄を殺してるところは視えてるのかよ?」
「……いいえ、魔法視は相手の魔力に作用する力。ですので貴方様の未来は視る事は出来ません」
……何だよそれ。俺はこの皇女様の言葉をどこまでも信じれば良い? 未来を見る魔法? 第一皇子が国民を大量に殺す? それが本当なのか俺には確認する術はない。
読めない、この皇女様が何を考えてるのかまるで見当がつかない。そとそも本当に俺が一級魔法使いの第一皇子に勝てるとでも考えてるのか?
いや、考えを切り替えよう。
――何だって良いじゃないか。何を考えてようが関係ない、この皇女様が俺に利用価値を見出しているのは分かった。そして皇女はそんな俺に依頼を持ってきてる、なら次に行う事は決まっている。
「仮に……だ。その依頼を受けて皇女様は俺に何をくれる? 俺はただ働は御免だ」
「勿論、私が出来ることであれば何でも支払います」
その言葉を待っていた。この国の第三皇女様が何でもと言ったのだ。なら俺が求めるものは決まっている。
「……分かった。なら俺が要求するのは一つだけ――」
第三皇女、それだけでは政治的な力は少し弱いかもしれない。しかし、この目の前の皇女様は一級魔法使いだ。国の中でも有数の権力者に他ならない。なら可能なはず。
「非魔法使いの差別の解消、待遇の改善だ」