その観光客、略奪者につき 作:あざ
――当列車はまもなくミアレ駅に到着します
列車内のアナウンスに呼び起こされ、青年は不服そうに目を覚ました。長い列車旅のおかげで、身体が鉛のように重い。青年は首を二、三度横に倒して軽くストレッチをすると、車窓から外を眺める。
広がる草原の遥か奥の方に見えるのは、ビルが立ち並ぶ都会の街並みと、象徴的なプリズムタワー。ミアレシティの到着が近いことを、青年は改めて実感した。
これ見よがしにミアレの写真を掲示してくるスマホロトムを押さえ込み、青年は乱雑にバッグへ放り込む。必要ない、とでも言いたげに。
多少のことは知っている。なにせ、生まれ育った街なのだから。
「……五年ぶりだな」
他の乗客に聞こえないよう、青年――ロブは小さく呟いた。
ミアレシティは、カロスのど真ん中に位置するカロス最大の都市。中央にそびえ立つプリズムタワーを五つの広場が囲い、そこに繋がる大通りには多くの店が立ち並ぶ。
最近では都市再開発計画も始動しており、街は過渡期を迎えている。
閑話休題。
ロブがミアレシティに着いたのは、昼過ぎのことだった。五年ぶりの街並みはさして変わってはないものの、感慨深いものがあった。うっかり自分が何をしに街へ来たのかも忘れ、プリズムタワーをボーッと眺めていたほど。
自分にはこの街でやるべきことがある。ふと目を閉じると、ここ数年の忌まわしい記憶が蘇る。表情は変えぬまま、手にしている旅行カバンを握る力が強くなった。
「駅から出てきたそこのあなた!」
そんなロブを現実の世界に引き戻したのは、なんとも元気の良い声だった。
◇ ◇ ◇
ホテルZは、今日も変わらず宿泊客がおらず閑古鳥が鳴く。とはいえ、そんなことはいつも通りである。デウロがロビーで膨れている理由とは、少なくとも一切関係がなかった。
「朝からなんて顔をしてるんですか」
遅れて一階に降りてきたピュールは、そんなデウロを見て溜め息を落とした。こうなった彼女を宥めるのは面倒だ。自室に踵を返そうとしたが、そんな彼女を放って置けないのが彼の優しさでもある。
ピュールは、デウロの隣に腰掛ける。空いたカップに紅茶を注ぎ、無言のままデウロへ渡す。『ありがと』と一言呟き、紅茶を一気に飲み干す彼女の姿は、普段の愛嬌ある様子とはかけ離れていた。
「ロブは?」
「まだ戻ってませんよ。先日出かけたきりでしょう」
デウロが言っているのは、つい最近
先日、リーダーのタウニーが新メンバーを連れてきた。その期待の新メンバーはバトルでの頭角を示し、ZAロワイヤル勝ち上がり候補として界隈の間で噂になってるとかならないとか。
そんな話はさておき、その新メンバーには問題があった。
「もう三日も戻ってこないけど」
「昼はマチエールさんの手伝いにワイルドゾーンの調査、夜はZAロワイヤルに参加。忙しいんじゃないですか」
「だからって、こんなにホテルを空けることある!?」
その問題とは、少々―――いや、かなり自由奔放であったことだった。
元々MZ団のメンバーは、個人で動くタイプの人間が多かった。それでも全員毎晩ホテルには戻ってくるし、朝はこうして集うこともある。何日もホテルを空けるロブは、限度を超えていたといえよう。
個人の自由ではないか、と内心思うピュールだったが、怒りの矛先を自分に向けられてはたまらないので黙っておいた。
とはいえ、最近のミアレシティは多方面において治安が悪い。デウロの心配は最もであった。
「……ただいま」
そうこうしているうちに、問題の人間が帰ってきた。ロビーにいる二人の視線を感じたロブは、彼らの方を見る。
普段通り涼しげなピュールと、あからさまに不満そうなデウロ。主に後者を面倒くさがったロブは、知らぬ存ぜぬでエレベーターに向かおうとした。
「ちょ〜っと待とうねぇ?散々ホテル空けといて、何やってたの?」
当然デウロが見逃すはずもなく、ロブはそのままロビーに連行される。夜通し起きて疲労困憊のせいか、彼に反抗する力はない。
「ピュール、ヘルプ」
「多少同情はしますが、今回ばかりは受け入れてください」
同性のよしみでと思ったが見放され、ロブは観念した。そんな彼にトドメを刺したピュールは、裁縫の仕事をしてくると、自室に戻っていく。
オーナーのAZもまだ不在で、ロビーにはデウロと二人。居心地の悪さに、ロブはプラチナの髪を指でいじりながら、そっぽを向く。
「……タウニーには、遅くなるから連絡しといてくれって伝えたんだが」
「限度があるでしょ。ってか、タウニーからは何も聞いてないし」
普段は頼れるMZ団リーダーだが、多少『報連相』に欠けるのが欠点。入団してまもないロブは、そのことを知らなかった。失敗した、とロブは天を仰ぐ。
「悪かったよ。これからは、全員にいつ帰るのか伝える」
「んー。まぁ素直に謝ったし、許してあげる」
何様のつもりだ、とロブは心の中でボヤく。口に出せばトラブルの種なので、間違っても言葉にはしないが。
なんにせよ、デウロが機嫌を戻したことにロブは安堵した。ジローっとしていた彼女の目が、普段通りの垂れ気味の柔らかなものに戻る。
ロブはティーカップを手に取り、一口啜る。ハッサムティーの甘い香りが鼻を突き抜け、空きっ腹に染み渡る。
「で、ロブは今まで何やってたの?」
その話を掘り返すのか、とロブ。
すっかりいつもの調子でデウロは尋ねてくる。好奇心旺盛な彼女は、食いつくとキバニアのように離さない。それはロブも理解していた。
「ランクアップ戦に、ZAロワイヤルでチャレンジポイント集め。あとは、アホみたいな量のモミジリサーチとマチエールの依頼。仕上げに、手持ちポケモンのトレーニング」
「うへぇ……」
指を折りながら答えるロブ。そのタスクの多さに、デウロは顔を歪めた。いくら彼にバトルの才覚があるからと言って、一度にこの量をこなすのは無謀である。
「少しは断った方がいいよお?」
「なに、俺が必要だと思ってやってるんだからいいんだよ」
頼まれごとをやりつつ、この数日で彼のランクはZからWにまで上がっていた。それが、かなりのハイペースであることは言うまでもない。
何の目的があって彼はそうまでするのか。デウロは以前それとなく聞いてみたが、答えは貰えなかった。ミアレに来た理由含めて、ロブには謎が多い。
「最近は物騒な噂も聞くしねえ」
「……物騒?」
ロブのカップを持つ手が止まる。
「人を襲うような、危険なポケモンを使うトレーナーがいるって話があってねえ」
「ZAロワイヤルだと、珍しくないんじゃないか?背後から襲ってくる野蛮人ばっかだろ」
「前はそんな噂なかったよ?」
ZAロワイヤルは、他地方のバトルと比べれば少々荒っぽい。目と目が合ったらポケモンバトル、目と目が合わずとも襲えばバトル開始。そのせいで、負傷者が出ることも珍しくない。
デウロの心配は最もだが、今に始まった話ではなかった。思い過ごしか、とロブは再びカップに口をつける。
「それに、これはあくまで噂なんだけど……」
勿体ぶるように、デウロは後から付け足す。
「人からポケモンを奪おうとする人もいるって話だよ。許せないよねえ」
ロブの飲み干した紅茶がゴクンと、喉の奥の方で音がした。ロブは軽く咳払いをし、『そうだな』と一言だけ添えるように呟いた。
◇ ◇ ◇
デウロと別れ、ロブは自室のベッドに腰掛けていた。肩先まで伸びたプラチナブロンドは、毛先が湿っている。タオルで毛先を絞るようにしながら、ロブは丁寧にタオルドライをした。
「もう情報が出回り始めてるのか……」
彼が気になったのは、先ほどのデウロの話。彼女の情報の出所は不明だが、人の噂話とはイトマルの巣のように立ち所に広まるもの。もう数日もすれば、ミアレ中にそういった話が知られてもおかしくはない。
シャワーで落としたはずの汗が、じっとりと彼の背中にまとわりつく。妙な不快感があって、彼は肩に掛けていたタオルを使って汗を拭き取る。
結論から言って、デウロの噂話は真実だった。それは、ZAロワイヤルに参戦しているロブが一番よく知っている。なにせ、そういったポケモンやトレーナーと対峙してきたのだから。
では、なぜ今は噂話程度で済んでいるのか。
その答えは実に単純。ロブの方から、そういったトレーナーを積極的に探して、無力化しているからである。
「この数日で、成果は三匹……。急がねえと」
ロブは、スマホロトムでボックス内のポケモンを確認する。
そこには、ホテルZを出る前から追加されたポケモンが三匹。彼らは、ワイルドゾーンで捕まえた個体ではない。
MZ団員はまだ知らない。期待の新メンバーの正体が、人からポケモンを略奪する者であることを。