その観光客、略奪者につき 作:あざ
明け方。ZAロワイヤルが終わり、ミアレの街が目覚めるまでの僅かな時間。
ベール大通りにあるキッチンカーのヌーヴォカフェで、ロブは早朝のコーヒーブレイクを嗜んでいた。
「あち……」
淹れたてのコーヒーは、思いの外熱い。ロブは息を吹きかけてコーヒーを冷ますと、今度はゆっくりと啜る。
強い苦みとコクが口の中いっぱいに広がる。ヌーヴォカフェのこだわりローストの中でも、ロブは特にもえつきローストを好んだ。
「おー、目が覚める」
その取り分け強い苦味は、気怠い身体を起こしてくれる。ルーティーンというほどではないが、ロブはこの店に足繁く通った。
それは、味が気に入ったというのもあるのだが。
「今日もZAロワイヤルで徹夜ですか?」
「いんや、早起きしてきただけ。最近、夜通し出歩いてると団のメンバーがうるせぇんだ」
静かにコーヒーを淹れていたグリが、ロブに話しかける。二人は店主と客というよりも、もっと気軽に話せる関係。友人に近かった。
グリに『おかわりは?』と問われ、ロブはいつのまにかコーヒーを飲み干したことに気付く。もう少し長居しよう。ロブは、再度もえつきローストを注文する。
「ほらよ、おかわりだ。まったく、朝っぱらから働かせるなよな」
こういった感じでグリーズが毒づくのも、いつものことである。
人気のヌーヴォカフェとはいえ、早朝では誰もいない。ロブはこの時間を好んだし、グリやグリーズもほぼ彼のために店を開けているようなものだった。
「で、順調かよ?強奪の方は」
「言い方。せめてスナッチと言え」
「意味は一緒だろ」
グリーズの乱雑な問いかけに、ロブは多少なりとも気分を害した。自分をその辺の泥棒と同列にされるのが、気に障ったからだ。
問われたロブは、もえつきローストを口に含み、一呼吸おく。コーヒーの苦味で、一旦沸き上がった感情をリセットさせた。
「いるよ。このミアレに。ZAロワイヤルの参加トレーナーが、平然とダークポケモンを使ってやがる」
「人工的に心を閉ざされたポケモン……ですか。フレア団が秘密裏に研究をしていたと、噂を耳にした程度でしたが事実だったとは」
フレア団は、五年前にカロス全土で暗躍していた組織。ボスであるフラダリの思想を歪んだ形で実現させようとした結果、世界を破滅させる手前にまで至ったトンデモな集団である。
その野望はとある少年少女に打ち砕かれたのだが、五年経った現在でも、その禍根が完全に消えたわけではない。
グリやグリーズも、その禍根を背負っている存在の一人である。そしてそれは、ロブも同じ。彼の母親は、フレア団の研究者であった。
「まだ大事にはなっちゃねえが、こないだもガキが襲われてた。明るみになるのも時間の問題だ」
「ZAロワイヤルの闇……でしょうね。勝ち上がり、望みを叶えるために、人々は平気で悪事に手を染める。フラダリ様の目指したところとは、程遠い」
そもそもフラダリの――ひいては、フレア団の思想とは何か。
それは、『人々が手を取り合う、争いのない美しい世界の実現』である。しかし、フラダリは人々に幻滅した。あまりにも純なその願いは形を歪め、争いの種になり得る人間やポケモンを消し去ることで、根幹から争いを消すという極端な結論に至る。
皮肉にも、フラダリの思想はフレア団の団員全てに正しく浸透しているわけではなかった。
一人の研究者は、こう考えた。
ポケモンの心を失わせ、戦闘マシンにすれば、人間の管理下におけるのではないか?フレア団だけがそのポケモンを利用し、統率すれば争いを無くせるのではないか?……と。
かつて遠くの地方で、同じことを考え、なんと実現した組織がいた。その組織の名はシャドー。それが人工的に心を閉ざしたポケモン――ダークポケモンの起源である。
その研究者は、その僅かな手掛かりを元にダークポケモンの開発に着手した。フラダリに献上するには間に合わず、組織は壊滅したが、その狂った研究は成功してしまう。
結果として、貰い手のいない戦闘マシンが現代に誕生してしまった。それだけなら、まだ良かったのだが。
「なんで今になって、そんな代物が出回ってんだよ?だって、開発した奴はとっくに……」
「グリーズ」
グリに制止され、グリーズは『やべ……』と言葉を遮る。
「いいよ、気なんか使わなくて。開発者……俺の母親はとうの昔に事故で死んでる。だから、今さら流通してんのはおかしいんだ」
「配布してる誰かがいる、ということでしょうか」
「そうだろうな。足取りは掴めてない」
ロブの母親は、研究中のとある事故で命を落としていた。だから、ダークポケモンを横流しにしている誰かがいる。ロブはそう睨んでいた。
力を求めるZAロワイヤルの参加トレーナーなら、強力なポケモンという餌に簡単に食いつく。奴らの目的が何なのか、それは分からない。ダークポケモンを配布だけして終わり、とはならないだろう。
「なんか見たりしてないのか?」
「さぁ……。そんな怪しい存在はなんとも」
期待はしてないが、一応聞いてみる。
グリの回答に、『だろうな』とロブ。彼らの店先で目立つような間抜けではあるまい。
「なんにせよ、俺は親の不始末を片付けるだけだ」
ダークポケモンの一連の情報で幸いだったのは、開発元のシャドーが滅ぼされていたことだった。スナッチマシンという道具を持った少年に、一匹残らずダークポケモンを奪われたという。
その話を知ったロブは、自力でスナッチマシンを作り上げた。母親の研究者としての才は、また違った形で息子に引き継がれている。
「……陰ながら応援してますよ。何かあった時は、遠慮なく言ってください」
「お前もヌーヴォに来ればいいのに。そうすりゃ私らも、ちっとは協力してやれるぞ?」
ロブも、言うなればグリたちと同じフレア団2世。フレア団ヌーヴォに入ることもできたが、彼はその申し出を断り、正体を隠しながらMZ団に身を置いている。
「……俺は、お前らみたいにフレア団に対して思い入れがない。そんな俺がヌーヴォに入ってしまったら、他の団員に失礼だろ」
フレア団ヌーヴォの目的は、フレア団の名誉回復。そして、フラダリの当初目指していた『人々が手を取り合う、美しい世界』を実現すること。
フレア団への想い。
同じ境遇を辿ってきたロブとグリだが、ここだけは決して相容れなかった。
ロブは、2世といえどフレア団に未練などない。傾倒していたのは母親のみで、五年前当時の彼は何も知らぬ少年であった。
当時を知るグリたちと、当時を知らぬロブ。この二人はイデオロギーの根本が違う。そんな人間が、フレア団ヌーヴォに加わるべきではない。ロブはそう考えた。
「残念です。ZAロワイヤルでカチ合わないことを祈るばかりですね」
「お互い様さ」
グリにもロブにも、それぞれ目的がある。腹の底が知れない程度に、今の適度な距離感が両者にとっても心地よく、気楽であった。
『また来るよ』とグリに告げ、ロブはヌーヴォカフェを後にする。その声になんと答えるでもなく、グリは去っていく背中に小さく頭を下げた。
「いいのか?アイツ、絶対勝ち上がってくるぞ。わたしらと組めないなら、先に潰しといた方がいいんじゃ」
「仕方ありません。彼の行いに難色を示す者はいるでしょうし、何より彼が望んでいないのですから」
「でもよ……!」
「グリーズ」
自分たちには、なんとしてもZAロワイヤルに勝ち上がりたい理由がある。グリーズの知る限り、ロブはその障壁になり得る存在だった。なんとしても引き入れたかったのはそのためでもある。もちろん、仲間意識があったのも事実だが。
「相手となった時はその時です。誰であろうと、負けるわけにはいきませんから」
静かに、しかし心火を燃やすように。
グリはその薄い瞳を開いて答えた。
◇ ◇ ◇
「情報、ゼロか」
帰り道。ロブは誰に言うでもなく呟いた。隣を歩くブラッキーがその声に反応し、足を止めて見上げる。
「そう睨むなよ。フレア団みんながみんな、極悪非道なわけじゃないんだ。中には、ああいう気の良い奴らもいる」
ブラッキーはフン、と鼻を鳴らすと不満げに先を行く。分かってはもらえないようだ。
ロブがフレア団ヌーヴォに加わらない理由。
もちろん先の理由も真実だが、一番の要因は相棒の存在だ。ブラッキーは、取り分けフレア団を憎んでいる。
「心配すんな。お前の妹は必ず探し出す」
全てのダークポケモンを奪い尽くす。それは、母親の犯した罪を尻拭いするという高尚なものではない。ましてや、ロブ自身に罪の意識など毛頭ない。
とあるダークポケモンを探している。ブラッキーの血を分けた妹。彼がまだイーブイだった時代に、フレア団によって切り離されて以来、行方は分かっていない。ロブと出会ったのは、ちょうどその時期だった。
ブラッキーはその声に反応はせずとも、歩調を緩めて再びロブの隣に並ぶ。どうやら許されたらしい。そんな不器用な相棒が愛らしくて、ロブは小さく笑った。
フレア団…歴代屈指の激ヤバ集団。XY末期にもなると、フラダリの思想を理解している下っ端はそこまで多くないんじゃなかろうか、その解釈にも差が出たんじゃなかろうか。とか思ってる。