その観光客、略奪者につき 作:あざ
「ふむ……」
ミアレの探偵事務所、通称ハンサムハウス。マチエールは、コーヒーを片手に依頼書へ目を通していた。
両脇にそびえ立つ書類の山は、依頼に関連する調査資料。日を追うごとにその量は増えていき、文字通り山積み状態。
今のミアレは過渡期だ。クエーサー社の都市開発の真っ最中であり、ワイルドゾーンの増設、ZAロワイヤルの実施―――と、街全体に大きな変化が次々と起こっている。
そんな街に住まう住民の不安な声は多い。ミアレNo.1の探偵は、殺到する依頼に日々忙殺されていた。
「んっんー。少し休もうかな」
マチエールはぐっと背伸びをして一息。買っておいたミアレガレットを皿の上に広げ、コーヒーのおかわりを用意しようと、ポットで湯を沸かす。
これでも、最近は落ち着けている方だった。というのも、優秀な助手がついたからだ。正式な、というものではないが、仕事の一部を任せるくらいには信頼している。いっそ、本格的に探偵をしてくれないかと願うくらいには。
そのおかげで、最近はひとつの依頼を追うことに集中できる。マチエールは、一枚の依頼書を見やる。
「消えたポケモンの行方……。全然手掛かり掴めてないんだよねぇ」
休むと言った手前、湯が沸くまでの時間も待てずに依頼書に目を通してしまう。
最近、マチエールが追っている依頼。ZAロワイヤルに参加していたトレーナーの手持ちポケモンが、気付けばいなくなっていたという事件だ。同じような依頼が、もう何件も来ている。
ポケモンを盗られた、となっては無視するわけにもいかない。そんな輩は、ミアレの平和を守る探偵が許さない。とはいえ、その足取りは終えていないのが現実だった。
「ちーす」
「お邪魔しまーす!」
依頼書を読んでいると、事務所の扉が開いて二人の少年少女が入ってきた。
ロブとタウニー。見知った二人の顔に、マチエールの顔が綻ぶ。
「こんにちは、二人とも。ちょうど休憩するとこだったんだけど、コーヒー淹れる?」
「はい!いただきます!」
「お構いなく」
温度差の違いすぎる回答に、マチエールは小さく笑いながら二人分のカップを用意する。
先ほど言った優秀な助手、というのがこの二人だった。トレーナーとして優れた腕を持ち、行動力や判断力に長けた二人は、彼女の溜め込んだ依頼を瞬く間にこなしていった。今でも、バイト代わりに二人には時折依頼を任せている。
「二人は今日どうしたの?」
そんな二人だが、揃ってハンサムハウスに来るのは珍しかった。
特に最近は、ZAロワイヤルで忙しいと聞く。
「何か仕事ないかなって。ロブはたまたまそこで会って、暇そうにしてたし」
「無理やり連れて来られた」
やや不満げなロブに、マチエールは苦笑い。
「ありがとう。依頼たくさんだから助かるよ」
「マチエールさん、まだ忙しいんだ?」
「まあねー。ごめんね、タウニー。人探しの件は、進展がなくて」
「あ、いえ、そんな気にしなくても!」
二人にコーヒーを出した後、マチエールは二人用の依頼を探そうと書類の山を漁り始める。
タウニーは、マチエールに人探しを依頼しているらしい。初めてハンサムハウスに連れて来られた時に、そんなことを聞いたなとロブは思い起こす。
ロブもまた、とあるポケモンを探している。手持ちのブラッキーの生き別れの妹。
だが、その件はマチエールには話していない。ただのイーブイで手掛かりが乏しいのは目に見えてるし、下手なことを話して素性がバレるのを避けるためであった。現状は怪しまれることなく、あくまでMZ団の一員として接している。
「……ん、これ」
そんな中、ロブは一枚の依頼書を手に取る。
先ほどまで、マチエールが見ていた依頼書だ。タウニーが興味津々で覗き込む。
「なになに?ZAロワイヤルで、ポケモンが盗られた?」
「あぁ……それね。最近多くて」
「えっ、ドロボーってこと!?」
ロブの心臓が人知れず跳ねた。
説明するまでもなく、自分が起こしている事件のことだからだ。
「二人は会ってない?」
当然の心配である。
タウニーとロブは、顔を見合わせる。
「私は見てないかな」
「右に同じく」
そしてこれも、ロブからすれば分かりきっていた回答である。なぜなら、ロブはタウニーからポケモンをスナッチなどしてないから。
その回答に『良かった』と安堵しつつも、マチエールの表情は険しい。手掛かりがないと言っているようなものだった。
「マチエールさん、難しい顔してる」
「ううーん。今回の件は、不可解な点が多すぎてねえ」
「不可解?」
「盗られたポケモンは必ず一匹。ポケモンを盗られたトレーナーだけじゃなく、他のトレーナーもみんな路上で寝かされたって話」
「関係ない人まで?トレーナーに怪我はないってこと?」
「そう、そうなんだよ。無差別に人のポケモンを盗るような犯人なら、わざわざ一匹だけを盗ったり、丁寧に全員寝かせたりするかなって思うんだよね」
「何か目的がある?よく分かんないし」
ああでもないこうでもないと、勝手に推理を始めるタウニー。この場に居にくいなぁ、とロブ。話すのはタウニーに任せて、自分はコーヒーを啜る。
それにしても、マチエールは思った以上に話してくれる。あまり依頼内容を公にするものではないが、ある種自分らへの信頼の裏返しだろうと、ロブは都合よく解釈する。
ロブがスナッチの前にわざわざトレーナーを眠らせるのは、その手段を知られないため。あとは、騒がれないようにするためだ。それに、こうして捜査を滅茶苦茶にもできる。
おかげで、必要最小限に情報は抑えられている。完全犯罪は無理である。いずれバレる。だが、犯行にある程度の特徴がある方が、向こうも自分を探しやすいというもの。悪いことばかりではない。
「盗られたポケモンの共通点とか、何か聞ければいいんだけどね」
あわよくば被害者がダークポケモンの入手ルートを吐いてくれれば良かったが、マチエールの発言からして知らないようだった。自分で探すしかないようだ。
話に進展はない。もう興味はないなと、ロブはハンサムハウスを見回す。彼の目に止まったのは、ニャスパーと赤いサングラスをかけた男が映っている写真だった。
「ロブ、どうかした?」
「……いや、あんたフレア団と知り合いなんだなって」
映っているニャスパーは、マチエールの相棒『もこお』に違いない。そして、隣にいる男の服装はロブもよく知るフレア団のものだった。妙な取り合わせに見える。
フレア団というワードに反応したのか、ブラッキーがボールの中で人知れず暴れ始めた。二人に不審がられないよう、ロブは手でそのボールを抑えて宥める。
「意外かな?」
「まぁ。奴らが何をしたかは、街中で耳にする程度に知ってる」
フレア団、と聞くだけで未だに良くない顔をする人もいるほどだ。残党であるヌーヴォのグリやグリーズも、白い目で見られたと聞く。おおよそ、ミアレの平和を守る探偵とはかけ離れた存在に思える。
「でも、私にとっては大切なおじさんなんだよ」
人に歴史あり。
マチエールの言葉が真実であることは疑いようがない。フレア団という肩書きなど抜きに、深い関係を築いたのだろう。
それは、ロブにとって皮肉だった。彼も手持ちのブラッキーも、ずっとフレア団に縛られている。少なからず、自身の人生を狂わせたフレア団が憎くないかと答えれば嘘になる。
「いいっすね、そういう関係」
返答に詰まったロブは、そんな中身のない社交辞令で返すしかできなかった。
◇ ◇ ◇
ロブとタウニーに手頃な依頼を渡し、二人がハンサムハウスを出た後。マチエールは、中身が空になったカップを片付けていた。
「そろそろ、ここも片付けないとなあ」
溜まった洗い物の山を見て、マチエールは溜め息をひとつ落とす。多くの依頼に、先般のような事件が起こっていることも相まって、彼女の気は休まることがない。事務所の家事は常に後回しだった。
「……そういえばロブ、クセロシキおじさんの格好だけでフレア団ってよく気付いたね」
洗い物をしながら、ふと思い起こす。
フレア団が暗躍していたのは五年前の話で、当時こそ赤いスーツは特徴的だったが、もう今となっては知る者も限られる。だが彼は、まるで以前から知っているような口振りで。
「ずっとカロスにいたのかな?」
タウニーからも観光客、とだけ聞いている。その言葉の印象からして、他地方から来たものだと思っていた。
とはいえ、彼がカロスにずっといたならばフレア団に詳しくても変ではない。マチエールはこれ以上疑問に思うことはなく、洗い物を済ませた頃にはすっかり忘れてしまうのであった。