その観光客、略奪者につき 作:あざ
ランクアップ戦。ZAロワイヤルのランクを上げるためのバトルで、参加トレーナーは皆、これに勝つことでランクの昇格を目指す。
「ロブ、頑張ってね!」
「へいへい」
この時ばかりは、ロブもスナッチャーでなく一人のポケモントレーナーとなる。繰り出す格好は、MZ団のジャケットにハットだ。
ラウンジには、タウニーを始めとするMZ団のメンバーが彼の見送りに来ていた。毎度、こうしてエールを送るのが慣わしとなっている……らしい。
ロブとしては、やや大袈裟に感じてならないのは内緒だ。タウニーに続き、今度は対面に座るピュールが尋ねる。
「相手はどんな方なんですか?」
「さぁな」
「さぁ……って、アンタ他人事のように」
「だって分かんねーんだよ。写真もねぇ」
ランクアップ戦は、ZAロワイヤルの運営によるマッチング形式。自動的に相手が割り振られ、その情報を送られる。
大抵はプロフィールに顔を載せてあるのだが、今回の相手にはそれがなかった。おかげで、男か女かも分からない。
「写真ないのはロブも一緒だし」
「嫌いだからしゃーねーだろ、写真」
「双方顔も分からないって、どんなマッチングですか……。」
なお、写真がないのは相手に限らず。ロブの場合は、素面を晒したくないという切実な事情がある。最も、写真が苦手なのも事実であるが。
「名前もあまり聞かないよねぇ、エスプリなんて」
デウロが続く。
確かに、ミアレではあまり聞かぬ名だった。不気味といえば不気味だ。
「ま、行けば分かるだろ」
待ち合わせ場所は、ZAロワイヤルのアプリを通じてやり取りしている。人目のつかぬ広場に、夜に来いと珍しく時間指定までされた状態で。
どんな相手だろうが、Vランクのランクアップ戦程度で苦戦などしないだろう。ロブは心の片隅で、そう高を括っていた。
◇ ◇ ◇
「あと一匹……か」
その夜、ランクアップ戦はつつがなく行われた。普段はイベント事とあって見物人がつくことも多いが、今日は誰もいない。
ロブと、その対戦相手のエスプリ。今この場には二人だけだ。対戦状況は圧倒的だった。ロブはアリゲイツ一匹に対して、エスプリは手持ち四匹のうち三匹が倒されている。
正直、拍子抜けもいいところであった。時間、場所を事細かに指定し、それでいて顔写真はなし。どんな大層なトレーナーかと思えば、年若いただの少年。ぴっちりとしたスーツの上に、Tシャツというシンプルな出で立ちをしている。
そして、結果はご覧の通り。Xランクの時に戦った、生意気な小学生の方が強いのではないかと、ロブは思い起こす。
「強いね。全く歯が立たない」
それ以上にロブをイラつかせたのは、エスプリというトレーナーの態度であった。敗北寸前だというのに、ヘラヘラと薄っぺらい笑顔を崩さない。
他のトレーナーは強さ弱さ抜きに、ZAロワイヤルを勝ち抜くという意志があった。この男には、その意志を一切感じない。もう勝負を諦めているのか、最初からやる気がないのか。
「御託はいい。さっさと最後のポケモンを出せ」
「そうだね。じゃあ最後は……ちょっとだけ強いポケモンで」
そう言って彼が繰り出したのはクロバット。その前がホルード、ヒノヤコマ、ヒトツキであったことを考えると、確かに強いポケモンである。
とはいえ、ロブの手持ちはまだ四匹残っている。
「アリゲイツ、アクアジェットで―――」
まずは先制攻撃、とアリゲイツに指示を出した瞬間、彼は地面に叩き伏せられていた。言うまでもなく戦闘不能。アリゲイツはピクリとも動かない。
ロブは呆気に取られていた。何をされたのか、全く分からない。だが、クロバットが健在な以上、 あちらに何かをされたというのは明白。一転して、ロブは危機感を抱く。
もはや様子見は不要。全力を持って戦おうと、ゲンガーの入ったモンスターボールを手に取る。
「残念。戦いたいのはその子じゃない」
「なっ……!?」
投げたはずのモンスターボールが開かない。
代わりに、腰に据えたボールのひとつが勝手に開き、中からクチートが出てきた。
このクチートは、以前スナッチしたものだ。ゆえに状況をわかっておらず、感情も変えないままぼうっと立ちつくしている。
クチートが勝手にボールから出てきたのではない。何者かにボールを制御され、強制的にバトル場に引き摺り出されたのだ。その証拠にリターンレーザーが機能せず、クチートをボールに戻せない。ゲンガーを繰り出すこともできない。
「……何をした?」
「ボールジャック機能。なんてことはない、キミのボールを遠隔で操作しただけ」
そんな技術をいったいどこで。そして、何のために。少年は薄っぺらい笑みを続ける。
「お前、普通のトレーナーじゃないな。何者だ?」
「名乗ったでしょ、エスプリだって。分からないなら、探偵にでも聞いてみなよ」
そういうことを聞いているのではない。だが、そんなことはこのエスプリという少年も分かっているはず。要するに、わざとはぐらかしている。
その名が本名ではない何かを指していることも、ロブは何となく察した。わざわざクチートを選ぶあたり、『こちら側』の人間である可能性もある。
ならば、勝って吐かせるしかない。
「面倒だ、てめぇで話せ。アイアンヘッド」
「クロバット、ねっぷう」
クチートの突進を軽々と躱し、クロバットは四つの翼を激しく羽ばたかせる。
クロバットは、そのタイプのせいでクチートにダメージを与える手段が乏しい。だから、そのねっぷうは貴重な攻撃技。そのはずだが、肝心の標的はクチートではなかった。
「狙いは俺……!?」
ロブの足元に炎が渦巻いている。ほんの僅かな差で気づいたロブは、すぐにその場を飛び退いた。彼がその場を退くと同時に、熱を纏った竜巻が巻き起こる。
ZAロワイヤルでは、時折トレーナーアタック紛いのことをしてくる輩がいる。ルールによる明確な線引きがない以上、これも有効な手には違いない。少なくとも、ロブは不満を抱くことはない。
だが、ここまで露骨にトレーナーを狙わせる人間は見たことがなかった。ポケモンの方も、まるで躊躇いがない。
ねっぷうは囮。
派手な竜巻が目隠しとなり、暗殺者は音を立てずに獲物へ忍び寄る。羽音を消しながら、クロバットは目にも止まらぬスピードでロブに接近する。
「クチート、こっちに急げ!」
「クロスポイズン」
間一髪。
クロバットの羽が、ロブのジャケットを掠めた。服に触れた先から繊維が溶け出し、ジャケットに穴が空く。もし肌に触れていたら、毒に侵されることは免れない。
それでもロブ本人は無事である。ただちにクチートを呼び出し、彼女もまたそれに応える。
「アイアンヘッド!」
硬質化した大顎を伸ばし、背後からクロバットを引っ叩く。クチートが彼を守るように立ち塞がり、ロブはようやく一息。
息を切らせながら、穴の空いたジャケットを見る。もう少し反応が遅れていたらと思うと、恐ろしくて身震いした。
「へぇ、凄いね。振り切るなんて」
「……いつもこんなバトルしてんのか?」
「まさか。このランク帯でそんなことしたら、死人が出て大騒ぎだよ」
エスプリは薄ら笑いを止めない。
なぜいきなり襲ってきたのか。何を考えているのか。そんなことは考えても分からない。彼の様子からして、話し合いが出来る人間ではない。
「クチート、俺の後ろをついて来い!」
だから、この場を凌ぐことだけを考える。
ロブはエスプリに背を向け、街中へ走り出した。
「アクロバット。お、今のダジャレみたい」
エスプリは、先ほどと変わらぬ表情でロブを追う。クロバットを先行させ、縦横無尽に撹乱しながらロブの首元を狙わせる。
「ようせいのかぜ!俺に向かって撃て!」
クロバットの羽先が届くより先に、クチートの起こした風がロブを包み込んだ。
クチートはトレーナーを守ろうと行動しているわけではない。あくまで、主であるロブの指示に従っているにすぎない。
だが、今回はそれが功を奏した。トレーナーに技を撃つなんて暴挙、本来は躊躇いが出る。そのタイムラグは、クチートには生じない。
「そのまま向こうに放り投げろ!」
ロブの指した方向へとクチートは風を吹かす。ロブの体は乱雑に放り出され、クロバットでも追えないほどの距離が開いた。ロブは、スマホロトムの着地機能を使ってなんとか制止。再び彼らに背を向けて走り出す。
「……へえ、面白いことするね」
クロバットはさらに追う。
ロブの逃げた先は、トンネル状の通路の中だった。この通路を抜けても背後は建物で、もう逃げ場はない。
全力で走った彼の息は荒い。クチートの特殊技が貧相とはいえ、ようせいのかぜをマトモに受けてもいる。袋小路に追い詰められていた。
「行き止まりだね。逃げ場所を間違えた?」
「……はは。どうだかな」
クロバットがトンネルの中を飛行して、ロブの方へと向かう。一方通行で逃げ場はない。それは相手も同じで、攻めるにはこの道を通るしかない。
彼はこの時を狙っていた。影から姿を現したポケモンが、舌を出して悪戯そうに笑う。
「ゲンガー!天井に向かってシャドーボール!」
いつの間にか展開されていたゲンガーは、通路の天井に向かって球体を放つ。
着弾点はクロバットが飛行している少し手前。崩れた天井から落ちる瓦礫が、ちょうどクロバットに襲いかかった。
擬似的ないわなだれだ。クロバットにとって効果は抜群であり、その動きを止める。
「……なるほど。あの風は距離を離すだけじゃなくて、この通路を使うためか。ボールジャックも外れれば儲け物だと」
距離か時間か。ロブはどちらかが解除条件だと、仮説を立てていた。答えは距離。彼とエスプリの距離が離れすぎたことにより、ボールジャックが解除された。だから、ゲンガーを出すことができたのだ。
「そして、この狭い通路じゃねっぷうは使えないはず。クチート、アイアンヘッド!」
「いい推理。でも半分ハズレだね」
クロバットの目が紅く妖しく光る。
「……ダークラッシュ」
クロバットは黒いオーラを纏い、回転しながらクチートに突進。彼女を通路外まで弾き飛ばした。
はがねタイプのクチートは、大抵の物理的な衝撃には強いはず。それなのに、容赦なく突き飛ばされた。幸いダメージは大きくないが、何よりそんな技を聞いたことがない。
サングラスで確かめるでもなく、あれはダークポケモンである。ダークポケモンには、
しかし、今のロブにはどうすることもできない。スナッチマシンが手元にないからだ。
「と、正体を明かしたところで終わり。降参」
「は?」
『ロブの勝利を確認しました。おめでとうございます!』
ロブのスマホロトムが起動し、ZAロワイヤルアプリの通達が届く。どうやらエスプリが降参申請をしたことで、ロブの勝利となったらしい。
彼の思考が追いつかない間にも、アプリの処理は進む。ロブのランクがWからVへと昇格する。
「……どういうつもりだ」
「キミが思った以上にデキるトレーナーだったから満足した。それだけ」
「答えになってねえ」
「ロワイヤルを勝ち上がりなよ、ロブ。ミアレの命運を握るのはボクらだ」
ロブの問いにはマトモに答えず、エスプリは背を向けて去っていく。それに追随して、クロバットも飛翔した。
追うことはできた。だが、ロブはそれを躊躇った。無防備に歩いているようで、まるで隙がなかったから。下手に動けば、それこそ返り討ちに遭いそうな予感がしたのだ。
「……なんなんだよ」
その呟きに答える者はいない。
疲労とダメージ、それらから開放されたロブはその場に座り込む。ゲンガーはそれを心配そうに寄り添い、クチートは興味なさげに明後日の方向を見るばかりであった。
リンタロー(レストランで3猿使ってくる奴)なんていなかったんや……
クロバットしれっと内定おめでとう。作者の指5本に入る好きなポケモンです。
ダーク技…ダークポケモンが覚える固有の技。通常ポケモンには一律効果抜群で、ダークポケモンに対しては効果今ひとつ。知らん人は混乱すると思うんで、あんまり出しません。