後藤ふたりの高校生活   作:青井するめ

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第七話 後藤ひとりの次の仕事

 

「あ、おかえり、ふたり。……って、どうしたの?」

 私の顔を見て、姉が不思議そうな声を上げる。

 我ながらよほど不機嫌そうな顔をしていたのだろう。私は鞄を玄関に置くと、制服のまま姉の前に立った。

「お姉ちゃん、ちょっと立って」

「……?」

「いいから」

 居間のソファでくつろいでいた姉を、強引に立たせる。

 そのまま壁際に引っ張って、そこに並んで立った。背中を壁につけるようにして。……結果は明白だった。いや、こんなことをするまでもなくわかっていたんだけど。現実を受け入れるにはこうして段階を踏む必要があった、のかもしれない。

「……はあ」

「え? どうしたのよふたり」

 姉は心底不思議そうな顔をしている。

 しぶしぶ、姉に説明した。

「きょう、身体計測があったんだけど」

「え、どうだったの?」

「背、伸びてなかった」

 ふてくされ気味に私は言った。いや、正確には1センチだけ伸びていた。それでも154センチだ。姉の身長には及ばない。

 恨めしげに、姉を見上げる。姉の身長は160と少しだから、追いつくのは相当先だ。いやもう伸びないかもしれない。普通は高校くらいで身長は止まるものだ。

 眼の前の姉は、どういうわけか高校卒業後も身長が伸び続けていたけど、こういうのは特殊な事例だと思う。私にその遺伝子が受け継がれているとは限らない。

 ため息をついていると、呼び鈴が鳴った。

「? だれだろ」

「ふたり、出て」

 早くも姉は逃げ腰になった。なんですぐ妹に押し付けるのだ。私が来るまで、本当に一人暮らしができていたのか?

 インターフォンのモニターを見る。そこに映っているのは、見知った顔だった。笑顔でこちらに手を振っている。

「あ、二号さん」

「えっ」

 姉が目をむいた。

 

「ふたりちゃん、久しぶり〜。元気だった?」

「はい、ご無沙汰しております」

「……」

「今日は、すこしお姉さんを借りたいんだけど、いいかな?」

「あっ、ソノ、私は今日……」

「どうぞ。お仕事の話ですよね? 私は引っ込んでますので」

「ふ、ふたり、待っ……」

 私は笑顔で腰を上げて、自室に引っ込んだ。

 ファン二号さん……未だに昔のクセでこう呼んでしまうけど、今では映像プロダクションのディレクターに出世して、結束バンドのPVなどを一手に取り仕切っている。ただ、今日はリーダーの虹夏ちゃんではなく姉に直接会いに来たということは、別口の仕事かもしれない。

 私は自室で耳を澄ませていた。私の部屋は防音加工されているわけではないので、隣の部屋の声は普通に聞こえる。と言っても、ほとんど二号さんの声だけだけど。

 こんな感じに。

「ひとりちゃん、そろそろ返答がほしいんだけど」

「……」

「私も暇なわけじゃないからね? スケジュールが詰まってるから、月末までに話をまとめないといけないの。先方からもせっつかれているし」

「う、イヤ、その……」

「問題があるなら言って? 私のほうで調整するから」

「あ、だから、その、そうじゃなくて……」

 ああもう。

 私は腕を組んでやきもきしていた。何を頼まれてるのかは知らないけど、やれることならさっさとやればいいし、できないならそう言えばいいのに。

「決して悪い話じゃないと思うのよ」

 二号さんは言い聞かせるように話している。

「結束バンドのファンも、きっと喜んでくれるわ。ね? 考えてみてくれない?」

「……」

「ふたりちゃんもそう思わない?」

「えっ!?」

 なぜかこっちに声が飛んできて、私は慌てた。聞き耳を立てているの、ばればれだったのか。

 私は自室のドアをそっと開けた。二号さんが笑顔でこちらを見ている。姉はその前で、気まずそうに顔を伏せるばかり。

 私は言った。

「あの、私も話を聞かせてもらっていいですか」

 

 つまりはこういうことだった。

「新曲のPVにね」

 二号さんが言う。

「ひとりちゃんも出てほしいのよ。サポートとしてだいぶ長くやっているでしょう? ブルースマックイーンの」

 ブルースマックイーンて、いまお姉ちゃんが一緒にやってるバンドのことだ。あくまでメンバーではなく、サポートギターとしてだけれども。

「もしかしてお姉ちゃん、あのことを気にしてるの?」

 私は姉に問いかけた。

「ネットで噂になってるよね。結束バンドを抜けて、そっちに入るのかって」

「……」

 返事はない。私からも顔をそらしている。でも、たぶんそういうことなんだろう。

 気持ちは、わからないでもなかった。

 姉はこれまで、10年ちかく結束バンド一筋でやってきた。脱退とか解散が珍しくないバンドシーンだけど、姉は基本的に一途で頑固な性格だ。操を立てる、なんて言い方は変だけど、たとえ活動停止中とはいえ、結束バンドと離れる、あるいはそう思われることを嫌がる、というのは十分理解できる。

 でも、ブルースマックイーンはけっこう売れてるし、そっちの仕事もした方が、将来的にはプラスになるんじゃない? 私はそう思った。だから二号さんもPVに出るよう提案してるんだろうし。

 お姉ちゃん、やりなよ。喉元まで、その言葉が出かかった。いつも通り、姉の背中を押すことが私の役目だと思って。でも。

「……」

 あれ。

 下を向いたままの、姉の表情。感情を隠すのが苦手な姉だけど。静かに目を伏せたままの姉の顔は、もう意を決めたように見えた。そう、姉は頑固なのだ。こうなったら、私が何を言っても、梃子でも動かず……

 私は。

 とっさに、二号さんに頭を下げていた。

「すいません、あの、この件についてですけど」

 

 二号さんは残念そうに

「まあ、ふたりちゃんもそういうなら、仕方ないかなあ」

 そう言い残して、帰っていった。

 姉とふたり、部屋に残される。

 日が暮れて、部屋が暗くなってきた。明かりをつけても、姉はソファに深く腰を掛けたまま、顔をあげない。

「お姉ちゃん?」

「……」

「ごめん」

「えっ?」

「私、余計な口出ししちゃった」

 そう言った。仕事を受けるにしろ断るにしろ、それは姉の領域で、妹の私が口を出すのは違うはずなのに。

 姉は顔を上げると、小さく笑って、言った。

「そんなことないよ。私こそごめんね。ちゃんと決めないといけないのに。だめなお姉ちゃんだ、私は」

「それは……」

 否定しようとしたけど、そこは間違っていない気がするので、私は言葉を飲み込んだ。その代わり、私は腰をかがめて、姉の体を後ろからかき抱いた。

「わ」

「お姉ちゃん。私は、お姉ちゃんの味方だから」

 姉の髪の毛に顔を埋めるようにして、私は言った。

「何かあったら助けてあげるから。いつでも、頼ってくれていいよ」

 姉の表情は見えなかったけど。苦笑する気配がした。姉は手を伸ばして、私の頭を撫でた。

「ありがとう。頼りないお姉ちゃんでごめんね」

「いいよ」

 だんだん照れくさくなってきて、私は体を離す。

「さ、夕食作るよ。なにか食べたいものある?」

 

 本当に良かったのかな。

 姉と夕食を食べ、入浴し、ベッドにはいるまでの間、ずっと頭の片隅でその問いが点滅していた。

 姉は調子に乗りやすいし、すぐ人に影響されるし、気分によって意見をコロコロ変えることもあるけれど、その根っこは頑固で、時と場合によっては意固地ですらある。意に沿わないことは決してやろうとしない。

 だから、姉がやりたくないなら、本当にやりたくないということだ。

 私が口を出さなくても、あの仕事は断っていたと思う。でも、私が口出しすることではなかった。それに私が姉のことを、その気持ちをわかったように振る舞うのは、傲慢だ。妹だからって姉のことが全てわかるわけがないじゃないか。

 私はベッドの中で身を捩った。その日は深夜を過ぎるまで、私が眠りに落ちることはなかった。

 

 ※

 

 後日談。というか今回のオチ。

 あれから数日たったある日、スマホを見ていた私はとんでもないニュースに出くわして仰天した。

「ちょっとお姉ちゃん」

 飛び起きて姉の下に走る。ぼんやりと眠そうな目でテレビを見ていた姉は、不思議そうに私を振り返った。

「どうしたの、ふたり」

「これ、これ見て」

 姉にスマホを突きつける。

 ニュースの見出しは、簡潔だった。

『人気バンドブルースマックイーンのボーカル、泥沼の二股不倫か』

 ざっと斜め読みしたけど、内容はこんな感じだ。バンドのボーカル氏が人妻と不倫、おまけに相手は妊娠したとかしないとかで、もはや訴訟寸前といった調子らしい。事務所の発表によると、バンドは当分のあいだ活動休止。予定されていたツアーもキャンセルだという。

「へー」

 姉の反応は、実に淡白なものだった。一通り読むと、またテレビに視線を戻す。

 私は、思わず聞いていた。

「お姉ちゃん、まさか、知ってたの?」

「知ってた? なにが?」

「いやだから……」

 さらに問い詰めようとして、やめた。この調子だと、本当に知らないらしい。

 じゃあ、ただ単に、本当に乗り気じゃなかった、だけなのか?

 姉は、ぼんやりとした顔でテレビのバラエティを見ながら、せんべいをぱくついていた。

 全く。

「結果オーライ、だったのかな。お姉ちゃん?」

「? なにが?」

 本当に何もわかっていなさそうな、姉の返答。

 私は苦笑するしかないのだった。

 

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