後藤ふたりの高校生活   作:青井するめ

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第九話 スターリーでのバイト生活

 

「今日はどのバンドを見に来られました?」

 やってきたお客さんに、私は笑顔で挨拶する。

 

 先週から、私はスターリーでバイトを始めた。仕事を覚えるのは簡単だった。なにしろ何年も前から通い詰めてる場所である。常連さんも顔見知りばかりだ。

 今日の客入りはまずまずだった。満員御礼とまではいかないけれど。ハコを埋めるような人気バンドは、なかなか出てくるものじゃない。お姉ちゃんが手伝ってたブルース・マックイーンはいい線行ってたんだけどな。活動停止しちゃったし。

「どう? ふたりちゃん、仕事はもう慣れた?」

 店長さんと虹夏ちゃんが並んでやってくる。私は笑顔で頭を下げた。

「はい、ばっちりです。任せてください」

「さすが飲み込みが早い」

 満足そうに、店長さんがうなずいた。

「雇ってよかったよ。お姉ちゃんとは大違いだ」

「あはは。まあ、ぼっちちゃんは、ね……」

 店長と虹夏ちゃんは、顔を見合わせて苦笑いする。まあ、姉のバイトがどんな調子だったかは、噂を聞いているだけで想像がつくけれど。

「そのぼっちちゃんだけど、最近はどう?」

 虹夏ちゃんが聞いてくる。

「最近忙しそうで、こっちにも顔を見せないね」

「あっはい。作詞作業の追い込みで、最近ずっと徹夜です」

 今朝も私が登校するころに、やっと眠りについた。たぶん夕方まで寝てるんじゃないかな。

「そうかー。あんまりムリしないようにって、言っておいてね」

「はい、わかりました」

「虹夏、ちょっといい?」

 いつのまにか現れた長身の女性が、虹夏ちゃんに話しかける。

 その姿を見て、私は仰天した。山田リョウさんだ。しかもこのまえ見たときと格好が全く違う。

 丈の短いジャケットに、タイトなレザーパンツ。長い髪は後頭部でポニーテイルにまとめ、おかげで側頭部の刈り上げと、耳にじゃらじゃらとつけたピアス、そして首筋のタトゥーがよく見える。

 私は絶句していた。この前会った時の、若奥様みたいな格好はなんだったんだろう?

 山田さんが、ちらと私を見る。

「あ、ぼっち妹」

「後藤ふたりちゃんだよ。会ったことあるでしょ。いまここでバイトしてるの」

「ふーん」

 なぜか訳知り顔で頷くと、リョウさんは虹夏ちゃんに向きなおり、

「この前の日程通りで、問題ないと思う。スケジュールは調整しとくから。あとはよろしく」

「はいはい。リョウの方こそ、よろしくねー」

 虹夏ちゃんの言葉に山田さんはうなずく。そしてヒールの音高く、その場を去っていった。……なんの用だったんだろう?

「虹夏、本当に大丈夫なのか?」

 店長さんが聞く。

「あとひとり、まだ決まってないんだろう」

「んー、でもまあ、目星は付けてあるし。なんとかなるよ」

 何の話だろう? 伊地知姉妹の会話に、私は首を傾げる。聞いたほうがいいのかな。でもプライベートの話だと、やぶ蛇だろうし。

 店長さんがこちらを向く。

「ふたりちゃん、ここはもういいよ。代わりに、買い出し行ってきてくれる? 虹夏といっしょに」

「あ、はい。分かりました」

「じゃ、行こうか、ふたりちゃん」

 立ち上がった私を、虹夏ちゃんが笑顔で手招きする。

 

 

「店とか覚えておいてね。今度は、ひとりで行ってもらうこともあるから」

「はいっ」

 虹夏ちゃんに連れられて、近所の店を回る。

 酒屋とか、楽器店とか、雑貨屋とか。虹夏ちゃんはメモを見ながら色々買い込んでいき、ついでに、私のことを店員さんに紹介していく。私は笑顔を浮かべながら、ぺこぺこと挨拶した。

「よし、こんなものかな」

 数十分後、買い出しを終えた私達は、結構な量の荷物を抱えてスターリーに戻ることにした。

「あ、虹夏ちゃん、それも、私が持ちます」

「いーよ、大丈夫だよー」

「でも……」

 私はちらと、虹夏ちゃんの腕を見やる。

 腱鞘炎はもう良くなっていると聞いてはいるけれど、余計な負担をかけたくない、という思いがある。

 私の意図に気づいたのだろう。虹夏ちゃんが苦笑いする。

「そんなに心配してくれなくても、大丈夫だって」

「でも、やっぱり心配で」

「そういう心配性なとこ、お姉ちゃんにそっくりだよ?」

 ぐうの音も出ないことを言われて、私は渋面になった。虹夏ちゃんは苦笑したまま、

「じゃあ、これも持ってくれる?」

「あ、はいっ」

 と応えて受け取ったものの、私はすぐに後悔した。思ったよりずっと重い……。虹夏ちゃんは軽々と持っていたから、気づかなかった。

 そんな私の顔を見て、虹夏ちゃんは失笑する。

「な、なんですか」

「いや、ごめんね」

 虹夏ちゃんは顔をそらして、堪えきれずひとりで笑っている。私はむくれた。

「なんですか、もう」

「ご、ごめん。ごめんてば。昔さ、ぼっちちゃんが買い出しやったときのこと、思い出しちゃって」

「え?」

 姉の買い出しという時点で、嫌な予感しかしない。

 虹夏ちゃんは言った。

「昔、ぼっちちゃんに買い出しを頼んだんだよ。ちょうど今みたいに。そしたらさ、全然帰ってこなくて」

「はあ……」

「連絡もつかないし、心配で探しに行ったのよ。そしたら、隣町のあたりまで行っちゃってて」

「そ、それは……姉がご迷惑を……」

 私は赤面を隠すように頭を下げる。まったくあの姉は。身内に恥をかかせないでほしい。

「そしたらね」

 虹夏ちゃんは笑顔のまま言った。

「ぼっちちゃん、買い出しの途中で、迷子の子を見つけたみたいでね」

「え?」

「その子の家を見つけてあげようって、あちこち彷徨ってたんだって。それで隣町にまで行って、結局その子の家を見つけて、家に帰したんだって」

「……」

 あの姉は……。

 なんと言っていいか分からず、私は困惑したまま、ずっと下を向いていた。迷子って。子どもが苦手なくせに、なんでそういうことをするの? そもそも、警察に任せればいいじゃない。仕事をほっぽらかして、何を。

「なんていうか」

 そういう部分をすべてひっくるめて、虹夏ちゃんは言うのだった。

「ぼっちちゃんらしい、よね」

 

 

 スターリーに帰り着いたら、なぜか姉がいた。

「あれ、ぼっちちゃん?」

 虹夏ちゃんが不思議そうな声を上げる。今日は、姉が関係しているバンドの出演予定はないはずだ。何しに来たんだろう?

 姉の顔は、蒼白だった。

 店長さんと何やら話していたようだが、私達に気づくと、ばたばたと駆け寄ってきた。

「ふっ、ふたり」

「えっ、な、なに」

「お母さんが……」

 姉は、今にも倒れそうな顔で、こう言ったのだ。

「お母さんが、入院したって……」

 

 私は、深々とため息を付いた。

「お姉ちゃん、もしかして、いま起きた?」

「え?」

 私は携帯を取り出して、ロインを起動し、姉につきつける。

「私のところにも来てる。昼に」

 お父さんからのメッセージだった。

『お母さん、坂道で転んだ! 足を折ったみたい』

『病院行ったら、骨折だって! しばらく入院する』

『足以外は大丈夫、心配しないで!』

 それを、まじまじと見つめていた姉は、自分の携帯を取り出し、確認する。

 いきなり、その場にへたりこんだ。

「よ、よ、よかった〜〜……」

 涙声になっている。

 私はまた嘆息する。どうやら寝起きにロインを見て、入院という言葉に仰天し、半ばパニックになってここに駆けつけてきた……といったところだろうか。

 まったく。そそっかしいんだから。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ああ、うん……ふたり、ごめん、慌てちゃって……」

「あのさ、ほんと、しっかりしてよ」

 私の苦言を、しょぼくれた顔で聞く姉。それを見た店長さんが苦笑する。

「まあまあ、大事でなかったなら、いいじゃないか」

「まあ、そうですね」

 実のところ、私も最初にこれを見たときは少し慌てたんだけど。

「あ、あ、あの」

「なに? まだあるのお姉ちゃん」

「お、お、お見舞いにいかないと」

「お見舞い? 足の怪我だし、大丈夫って言ってるじゃん。そんな心配しなくても……」

 と言いかけて、私は口をつぐんだ。

 店長さんと虹夏ちゃんが、どこか神妙な顔で私を見ている。正確には、私と姉を、だ。

「あ、あの?」

「ふたりちゃん、お見舞い、行ったほうがいいよ」

「え?」

 虹夏ちゃんからそう言われ、私は困惑の言葉を返す。

「そうだぞ、ふたりちゃん」

 店長さんも同じことを言う。

「今日はもう上りでいいよ。お母さんにはしばらく会ってないんだろ? だから、な」

「え、でも、そんな……」

 反論しかけた私は、唐突に、気付いた。

 そうか、虹夏ちゃんと店長さんのお母さんは……

 私は、背筋を伸ばした。すぐそばで不思議そうな顔をしている姉の腕を、ぐいと引き寄せる。

「すいません、店長さん」

 私は頭を下げた。つられて、姉も同じく頭を下げる。

「本日は早退にさせてください。お見舞い、行ってきます」

「うん。いいぞ」

「ふたりちゃん、お母さんによろしくね」

 虹夏ちゃんは笑顔で手を振った。

「親孝行は大事だよ。ね」

 いつできなくなるか、分からないんだからさ。

 なんてことは、虹夏ちゃんは言わなかったけど。

 私がそう言われたように感じたのだ。

 

 

 念の為、家に戻って戸締まりを確認してから、駅に向かう。

 ちょうどやってきた電車に飛び乗って、途端に、気付いた。

「あっそうだ」

「え、どうしたの」

「病院の面会時間って、何時までだろう」

「……」

 顔を見合わせ、慌てて父に連絡を取る。聞いたら、夜の7時までだって。いまからだと……ギリギリで間に合わないな。

 しばし無言で、私と姉は電車に揺られていた。どうしよう。今更スターリーに引き返すのも気まずいし。

「とりあえず、まず実家(ウチ)に帰ろうよ」

 姉が、そう言った。

「ふたり、帰るの久しぶりでしょ」

「久しぶりったって、せいぜい一ヶ月くらいだよ」

 両親からは、週末ごとに戻ってきていいんだよ、と言われていたが、さすがにそこまでするほどじゃない。

「お姉ちゃんこそ、何年帰ってないんだっけ? 3年くらい?」

「そ、そうだね」

 姉の顔は、少し浮かれていた。

「な、なんだか久しぶりだな〜、あの家」

「お姉ちゃんの部屋、もうないけどね」

「えっ」

「いま物置になってる」

「えっえっ」

 とたんに情けない顔になる姉を見て、私は失笑した。

 そうだね。

 たまには、向こうに戻るのもいいかもね。

 

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