遮蔽物の多い公園の中を、あちらこちらへ忙しなく行き来している若者二人がいる。それぞれ男子と女子であり、女子のほうは頭部に狐の耳がついている。
広さには自信のある公園だが、体力が有り余る中学生の二人にかかれば、この程度の広さではまだまだ窮屈なのである。いい年をして公園ではしゃぎまわることをはばからない二人は、わんぱくそのものだ。
「捕まえた!」
「あちゃ~」
「あっさり捕まったね? 次はあなたが鬼!」
「じゃあ~10数えるよ。隠れて!」
現在、両名は隠れんぼに勤しんでいる様子である。捕らえられて鬼になったのは少年だった。彼は目を手で覆って10を数えだす。が、その少年の背後に、いじわるな気配を体全体に漂わせた少女が、獣耳を楽しげにびくつかせながら近づく。気付かれることなく少年の真後ろへ到達した少女は、無防備な背中を肘で押して、すぐあと一目散に逃げ出した。
フットワークの軽い彼女の横暴に少年はされるがままだ。よろけて、背後を見返り、少女が逃げたであろう方向を睨む。
しかし、少年が見つめる方向とは見当違いの場所から、
「目、開いたから10数えなおし!」
ぎらぎらと充実した少女の声が聞こえる始末である。少年は無念に打ち震えるが、されど怒りを発散する術はない。やむを得ず、再び掌で視野を閉ざし、1から秒数を唱える。
これ以上の妨害はなく、10まで数えた少年は、素早く手を外して視界を開けた。するとすぐ近くに少女の姿があるではないか。彼女は滑り台の頂点、踊り場の上に乗っており、そこから少年に尻を向けてふりふりしている。
ここまで煽られては、仕返しをしなければ男ではない。少年の闘志に火がついた。小走りで滑り台へ接近し、音を立てない忍び足で階段を登り、少女が待ち構える踊り場へ辿り着く。少女は少年が背後にいるとは露ほど思わず、得意げに腰を振り、少年を煽った気でいる。
よくよく観察すると、鉄板の上に正座をしている格好なので、彼女も結構辛そうだ。自分の身を削ってまで煽るとは恐れ入る。少年は少女のお尻をひっぱたいた。
突然の衝撃にびっくりした少女は、畳んでいた膝を伸ばし、前方の滑り台へ体を預けると、うつ伏せのまま下へ滑っていく。砂場に着陸した彼女は、服に付着した砂利を手で払い、颯爽とその場を走って逃げた。
「タッチしたから、鬼交代だよ!」
「レディのお尻に触るなんてノーカンよ!」
「あんまりいいお尻じゃなかったよ」
「なんですって~!」
少年も滑り台を伝って砂場に降り、少女の後を追う。公園にある様々な遊具の間を通り、逃げては追いかけ、ついに少年を一歩出し抜いた少女は、公園の隅にある無人の小屋に入り、扉を閉めて立て篭もった。
一足遅く小屋に着いた少年は、ひとまず扉のドアノブに手をかけるが、予想通り捻られない。篭城する少女が手でドアノブを握っているのだろう。
「出てきてよ」
「や~だよっ」
「も~。いじわる」
「どうせ、私はいじわるさんだもん、もん?」
「篭っていると太るよ」
「それでもいいよ~」
少年はある種の祈りを捧げながら少女を呼びかけるが、効果は無く、いくら呼びかけても押し問答で平行線だ。万事休すである。
少年は奥の手を使うことにした。木製の扉の表面に拳をあてがい、その後に二回打ち付けて、音を鳴らした。
「来客かしら? は~い。あら、あなた。いらっしゃい」
扉を開けて彼を歓迎した少女である。
「みっけ。はいタッチ」
愛想が良く親切な少女の肩に、少年は容赦なく手を置いて掴む。
「も~っ!」
「頭脳戦だよ」
「ひどいひどい!」
少女は拗ねてしまった。
「卑怯よぅ。誰かからのノックを待ち侘びる、うぶな乙女心を利用するなんて」
「許してよ?」
「許しません」
怒った目付きで頬を赤らめる少女は、自分の肩に置かれたままの彼の手に片手をやり、それを掴んで、外す。彼の指を扉に巻き込まないように配慮しつつ、ゆっくりと扉を閉めた。
一度は捕らえた獲物をやすやすと手放す少年である。彼は自分のうかつさを嘆いた。しかれど後悔を重ねたところで成果には結びつかず、少年は再びなす術がなくなる。
「出てきてよぅ?」
「やだやだ」
現在の少女の声色は、先ほど立て篭もったときよりも棘がある。
「卑怯者。すけべでえっち。お尻は大切なんだから」
加えてちょっとした遺恨もあるらしい。少年は深呼吸をして、一度思考を取りやめて、頭の中を空にした。脳の漂白を終えた後、新しく考えを練る。
5秒もかからないうちに、一つのプランがぱっと浮かんだ。しかしその後、何十秒考えようと、他の案は出てこない。あまりに無言が続くので、「怒っちゃった?」と少女が不安そうに少年へ喋りかける。
少年は意を決して、もう一度ドアをノックし、扉越しに少女を呼びかけた。返事があった少女は、体から漂う雰囲気を、不安で陰鬱なものから陽気で嬉しそうなそれへ転じさせるが、すぐさま緩まった部分を締め、彼に対応する。
「もう引っ掛かりません」
「狐子の顔が見たい」
少女は目を細くし、疑うが、されどいくら待機しようと"冗談だ"という言葉は聞こえない。
「何を考えてるの?」
「顔を見たい」
少女は突如目を見開いて、訝しげな表情を、驚きかつ新鮮なそれに変えた。予想をしていなかった彼の言葉は、彼女の胸を貫く。
「えっ? なに?」
「顔を見せてよ」
「なんで! いきなり?」
「見ないと落ち着かないんだ。俺のそばにいてよ?」
「なんでよぅ……」
少女は今しがたとは違う意味で瞼を細める。胸の奥、肺の近くに生まれた焦燥を知覚した彼女は、恥ずかしいのでそれを抑えようとする。
非常に小さな動悸だが、しかしどんなに念じても、そのときめきの火を消すことはできない。むしろ、その火を気にすれば気にするほど、焦りは束になって炎へ成長する。
「見つめたいというのは、駄目かな」
少年の声と、自身の内側の衝動に揺さぶられて、やがて少女は少年の語りかけに負けた。
がっくりと肩を落とし、その割りにちっとも残念そうではなく、新しいときめきを期待した心で、彼女は観念して扉を開ける。
ドアの開き具合は微々たるものであり、扉の隙間から顔をちょこんと覗かせる少女の様子からは、照れの温度を目で感じさせる。よく見ると、狐耳は継続的に震えていて、時折大きくびくついた。新しい体験によって得られる感情は、楽しさや充実が大きいが、恐怖や不安もまた無視できないほど多い。
「みっけ。鬼交代ね」
少年は扉の隙間に手をねじ込み、少女の額に人差し指を当てて、弾いた。
少女は呆然とし、しばし待ってみる。しかし待ったところで、これ以上に変化が起きない。
あろうことか! 少女はときめき損である。
「も~っ、もう、もう~!」
少女は勢いに任せて扉を開ききり、怒り調子に少年の前へ飛び出ると、少年に詰め寄って彼の肩を叩いて抗議した。この怒り、肩だけでは飽き足らない。背中も肘もばしばしと叩く。おまけに脛まで、わざわざしゃがんで叩いた。
少女は瞳に涙を溜め、その貯水池は感情の熱に煽られて脆くなっており、すぐに崩壊してしまった。少女は少年の胸にもたれかかる。
少年は、いくらなんでも自分の振る舞いを反省した。涙で自分の胸が濡れるが、彼はそれを気にせず、少女の背中に腕を回して、片腕は強く抱き、もう片腕で背をさする。
「ごめん……」
「しばらく見つめて貰うんだから」
涙の量が少なくなった少女だが、彼から離れようとしない。
「……。危険が迫っているわ」
「え?」
「差し当たっての危険は私のげんこつよ? 十発いくわ。それが終わったら、たんと、約束を守って貰います」
「ひっ」
「覚悟しなさい♥」
ハートが漆黒に濡れている。中学生の女子は、男子より力が強いものである。ご他聞に漏れず、二人の場合にも適応される。
少年の難儀はしばらく続きそうである。