公園のブランコに座る少女は上機嫌だ。むずむずとした身ごなしで肩を揺らして、視線を少年に送り、しばらく彼を見やっては、そっぽを向く。少年が見返しても知らんふりである。しかしその割りに、ほどなくするとまた彼を見つめ、よそに向くことを繰り返す。
地面を蹴らずに水平に足をあげて、微かに揺れるブランコの振動を楽しむ少女だ。
落ち着かない様子であるのは、嬉しさを内側に押し込めている証拠であろう。本日の少女は、少年と会ってからずっと、とめどなく嬉しそうにしている。
足を地から離した状態の少女は、隣のブランコで腰をかけている彼に、自分の背中を押すようにせがんだ。ゆっくりしていた少年は、少女の無邪気な盛んさを肌で感じつつ、立ち上がって少女の背後に回る。
少年は少女を押すために、彼女の肩に手を伸ばした。が、彼の指先と彼女の皮膚が触れる寸前で、少女は体を活発に動かして、抵抗した。
少年がおっかない少女から手を引っ込めると、少女もぴたりと動くのをやめる。すぐさま彼に振り向き、
「やっぱりや~だっ」
と、だだをこねた。その割りに、次の拍子には"早く背中を押してよ?"と無理強いをする有り様である。
少年は困ってしまった。お手上げだという態度を漂わせつつ、なんとなく少女の手元に注目する。すると、彼女の右手が丸まったままで、頑なとして開かないことを発見した。少年は少女の右肩に自分の左手を置き、もう片手で少女の右手を指差して、なぜ手を開かないのか聞く。
「え? 何も、持ってない……。ヨ」
少女はしらを切ろうとしているが、切れていない。それどころかちょっとしたヒントを与えてくれた。微妙に戸惑った雰囲気のいい笑顔の少女だ。
「隠しているほうの手が思いっきり膨らんでるよ」
「これは」
指摘された少女は途端に慌て出す。
「あう、も~、内緒っ」
水滴が弾けるように照れて、その後、照れはいじけた感情に転化し、少女は拗ねてしまい、少年から顔を背けてしまった。
見られたくないものを隠しているに違いない。いよいよもって少年は少女が隠しているそれの正体が気になりだす。
少年は少女の右手首に自分の右手を置いた。もぞもぞと枷から逃げ出そうとする少女の腕を、少年は強めに握り、横に振る。少女は少年から加えられる力に抵抗するべく目を瞑って体を硬直させるが、固定させた体に伝わる力の逃げ場を考慮しておらず、次第に少年の背中に寄りかかった。
ついには上半身をひねって少年と向かい合い、彼の胸にもたれ、少年を強い力で押してはねのけた。少年がのけぞった瞬間、少女はブランコの鎖のひねりを解消させて元の体勢に戻すと、勢いよくブランコを漕ぎ始めた。運動神経の良い彼女の手にかかれば、たった数回ブランコを漕ぐだけで、少年では止められないほどブランコが加速する。
「いえ~い、ここまでおいで」
挑発をしてくる少女である。少女の頭部の狐耳も、煽りに合わせてぴこぴこと動く。少年は悪知恵を働かせて敵を絶つしかない。
少年はブランコに近寄り、少女の加速を和らげたのち、止まってとお願いして彼女を静止させた。すると少年は、お手、と言いつつ彼女の顎の前に掌を出す。
賢い少女は少年の企みを見抜き、何も持っていないほうの左手を差し出し、お手をした。次に少年はおかわりと言い、少女は左手をどけて右手を彼の手の上に置く。少女の右手は、少年の手の上で開いていた。
「あちゃ~」
少女は反省の息を吐くが、もう遅い。結局、手にあるものをすぐに渡してしまった彼女だった。
「狐子なのに。犬みたい」
「そんなこと言わないでよぅ」
少女は上体と顔を俯かせてしょんぼりした後、上目遣いで少年に抗議する。
少年の手のひらに置かれた隠し物はビー玉だった。青と赤の二種類が少年の掌の上で転がり、踊っている。
赤のビー玉は、他人の手垢にまみれてくすみ、色が鈍い。そして、少年が青色だと思ったビー玉は、よくよく見ると青ではなく、透明であった。二人の頭上に広がる空のまばゆい青さを吸収して、まだらな白さの混じった群青を表面に映し出し、青だと誤認させていたのだ。
天空の色に輝き、かつ底まで透き通って、少年の手のひらの皺を拡大して覗かせる透明のビー玉は、確かに宝物である。自分ひとりで独占して、誰にも見せたくないと思わせる魅力がそれにはある。
「綺麗でしょ。お気に入りなの」
少女は少年の手のひらに顔ごと近寄り、しばしビー玉に注目する。その後、少年の胸の近くまで自分の顔をすべらせて、少年の目線に割り込み、彼を上目遣いに見た。
少女の薄い唇と、綺麗に整った鼻筋が、少年の目の前にある。薄い唇には縦方向の細い折り目が浮き、唾液で少しだけ濡れて、ぬめっていた。柔らかくて張りがある、思春期性を思わせる唇の膜。少年は無性に少女の唇に触れて、撫でたくなるが、ぐっと堪える。
少女は自分の顔をまじまじと見つめる少年を見て、両頬に両手を当てながら、嫌だ、と嬉しげな拒否の声をあげる。そして、くすんだ赤色の、価値が失われたようなビー玉を指差して、つまんだ。
「この石だけ、色がついていて面白いんだ。夕方にならないと見れない色なのに、石の中に夕方が記憶されているの」
「へ?」
「ロマンチックじゃない? 今、夕方が、あなたの手にあるのよ」
つまんだ赤のビー玉を少年の手の上に戻しつつ、少女はそう言った。少年は突然のことに対して、一瞬言葉を失う。
「俺は、この透明のほうが、宝物だな」
「ええ? 嘘でしょ。色がついてない石を、宝物?」
「このビー玉、空の色を吸収して、映し出しているんだよ」
「あ、本当。雲の模様が浮かんでる。よく気がついたね? 面白い……」
ようやく少女は透明のビー玉に興味を示して、ちょんちょんと指でつついた。しかし、やがていじくるのを止めて、赤のビー玉を見入る。やはり気に入ったのは赤のビー玉らしい。
少女が素早い手さばきで少年の掌から赤のビー玉を拾うと、ビー玉を持った手をお椀のように丸めて、手の上で転がして遊び始めた。手を斜めに揺り動かして、ビー玉を宙に浮かせると、反対側の手もお椀のように丸めて、その手で舞ったビー玉を捕らえる。
ビー玉をお手玉として扱う少女は、
「あなたにあげたかったから、帰りの時間まで秘密にしておきたかったのに。ひどいよ」
今になって怒りがこみ上げてきた様子であり、眉をあげて目を開き、少年を責めた。言われた少年は、言われるがまま頭を下げる。
「その石が、あなたの宝物なのね。じゃあ、それを私が貰う」
少女は少年の手の内から透明のビー玉を取り上げて、スカートのポケットにしまった。
「その代わり、色のついた石をあなたにあげる」
次に少女は少年の手の甲に自分の指をあてがい、少年の指の根元を押した。絹のような、きめ細かい温もりを手の甲越しに感じつつ、少年は彼女にされるがまま拳を握る。
少女は少年の拳の上と下に両手を当てて、包む。
「私の宝物、あなたに持っていて欲しいの。私、あなたの宝物、持っていたい」
夏の汗ばむ季節が近づいているせいか、少女の瞳は潤んでいるように見える。
「大切にしてね?」
少女は穏やかに喜んだ。彼女の笑顔は、初夏の日の木陰に生まれた陽だまりを彷彿させる。
照れた少女は、乗っていたブランコから勢いをつけて飛び降り、公園を走って次の遊具へ移った。無意味に階段を上っては、無意味に滑り板に尻を置いて、砂場に下る。着地に失敗したらしく、靴の中に砂が入ってしまった。
少女は三歩進んで、滑り台の出口からから離れると、足元の砂を手で掘り返し始める。少年を見やり、早く来て、と、彼を急かす少女である。
少年は握ったビー玉をズボンのポケットにしまって、彼女の元に駆け寄った。
深夜は寝ないと駄目だよ