ウワァー!!!オンパロスだこれッ!? 作:ありがとうオンパロス
158回目の永劫回帰。俺の目覚めは爽やかなものだった。前回で魂を補強したお陰で、構築された肉体にこれといった不調は見られない。前回の死因は目覚めた時の魂の状態が劣悪だったせいで構築された肉体があまりにも脆弱だったからだろう。
黄金裔になった影響で死んでからの苦痛が酷すぎて、以前のように死んでからも魂だけで世界を見守ることはできなくなった。だが、無茶を普通にできるようになったのでヨシとしたい。
「………ここは、オクヘイマか」
最近目覚める時代のせいでカイザーとヘレクトラに会えていなくて咽び泣くことが多くなった。しかし、カイザーの忠臣として生きていれば試練で潰れてしまう。どうしても1つの命だと一度に寄り添える黄金裔が限られてくる。これが永劫回帰のパラドックスか。
「うぅ……」
「……何かお困りですか? お嬢さん」
道端で泣いていた、シルクより麗しい金髪の少女に声をかける。見るとどうやら膝を擦りむいてしまっている様子。手頃な布地がなかった俺は服を適当にちぎり、傷口に巻いてやる。
「ぐす……ありがとうございます」
「まだまだ泣き虫なお嬢さん。貴女のお名前を教えてくれませんか?」
「私の名前は……アグライアと申します」
まるで、運命の糸が俺たちを引き寄せたかのように、俺たちは邂逅を果たした。
「貴方は誰なのですか?」
「私はしがない旅人でございます。お嬢さんはどうしてこんな所にいるのですか? 保護者はどこに」
「……貴方は、一体何を隠しているのですか? 貴方からは不思議な感じがします。こんなこと初めてです」
彼女を前にすると俺は何の計略も上手くいかない。静かな祈り、口零す弱音さえ理解されてしまう。だから俺は彼女にだけは決して心を開かない。盲目の彼女には光だけを見てほしいから。
「人は誰しも隠し事を秘めるものです。自覚していないだけで、私にも隠し事があるのかもしれませんね」
「……そういうものなのですか?」
「そういうものなのです。さあ、早く保護者の人と合流しましょう」
彼女のまだ幼い手を取って歩き出す。俺は彼女とだけは関わるべきじゃない。彼女を無事に送り届けたらすぐにでも姿をくらまそう。そう考えながら、俺は彼女の手を引いた。
「先生、どうかしたのですか?」
「なんでもありませんよ、アグライア様」
「もうっ! 様付けは要らないっていつも言ってますよね」
「そうでしたね。アグライア様」
「もーっ。怒りますよ!」
気付けば俺は、《浪漫》の火種を継ぐ運命の黄金裔、《金織》のアグライアの家庭教師になっていた。
「アグライア様、どうして私を家庭教師にしたのですか? 自分で言うのもあれですが、私は素性が知れぬ身。周囲の説得を跳ねのけてまで私にこだわる理由はないと思うのですが」
俺がアグライアの家庭教師になったのは本当に突然のことだった。あの時、アグライアと別れた後。カイザー軍の徴兵に応じようとした所を数人に取り囲まれた。聞くところによると、俺を次代の《金織》の家庭教師にしたいのだと。
『ダメ……でしょうか?』
『……』
アグライアの頼み事……。お断りします、その一言で済んだはずのそれを、俺は突き放せなかった。
「直感です。貴方と一緒にいれば私は世界で1番美しいものが見られる。そんな気がするのです」
どうして俺を、と聞いた俺に彼女は直感と答えた。彼女が直感と言うならそうなのだろう。
「そんなことどうでもいいではありませんか。先生、今日は剣術を教えてください!」
「わかりました、アグライア様」
俺の持っているものは全て真似事の偽物だ。偽物で彼女に教鞭は取れない。特に、アグライアに教えられることなんて何一つない。だって……最初に俺に教えを授けてくれたのは他でもない彼女なのだから。
『貴方には元老院の相手をしてもらいます』
『できるでしょうか……私のような人間に』
『自らを卑下する必要はありません。貴方が自信を持てないと言うのであれば、私が貴方の手を取り、その手に握らせてみせます』
永劫回帰が始まる前、アグライアと交わした協力関係は何も物品だけじゃない。彼女が持ちうる計略策謀の全てを叩き込まれ、俺は黄金裔ではない一般市民からのアプローチとして政界に身を投じた。
『申し訳ございません。貴女の教えを受けておきながらこの体たらく……』
『大丈夫ですよ■■■■。貴方は力の限りを尽くしてくれた。私たちのためにありがとうございます。あとは任せて下さい』
何度も失敗する俺を彼女は1度たりとも見放さなかった。無駄に寿命というものを知らないせいでどれだけ重大な失敗を犯しても、100年もすれば損失を賄えてしまう。その度に彼女は俺に期待を寄せてチャンスを与えてくれた。
『■■■■。貴方の献身に甘えてしまう私をどうか許してください』
『そんな……私は貴女のためなら剣を握ることさえ厭いません。貴女が私に謝罪する必要はありません。どうか、最後まで貴女たちの力になれるよう私をお使いください』
『……貴方が剣を取る必要はありません。貴方のその手は本来、忘れ去られるはずだった想いを人々に繋げるためのもの。決して、血を知る必要はありません』
彼女は俺に剣を持たせなかった。護身用の短剣でさえ、彼女に取り上げられて代わりに金糸を纏わされた。
『貴方をこんな戦場に駆り出すことになるとは……』
最期の時まで、彼女は俺に武器を持てと言わなかった。金糸に守られるだけの俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は作った笑みで言った。
『貴方は傍にいるだけでいいんです。それだけで、私はまだ戦える』
俺の黄金裔たちへの尽力の仕方はアグライアから学んだものだ。俺を黄金裔の皆と繋ぎ合わせ、俺の不安を取り除いてくれたのはアグライアだ。だからこそ、彼女の期待に応えようと必死になった。
『……知っていますよ。貴方が……私たちのことを想っていること……は……』
彼女の最期の言葉を忘れたことはない。あの言葉はいつも俺の想いを肯定してくれる。俺の魂が、想いが燃え尽きないのはまだ燃える余地があるからだ。そのことを忘れない限り、俺は立ち続ける。彼女たちが幸せな物語の続きを過ごせるまで……。
『カイザー、なぜ出征の名簿に私の名前が無いのですか!』
『ああ……貴様か。貴様は《金織卿》の師だと聞いている。《金織卿》には《運命卿》と貴様をつける。黙って居残れ』
『私は……』
『くどい。2度は言わん』
アグライアの教師になっていてもカイザーの征途へ合流はできた。しかし、俺の忠誠心は届くことなく、カイザーとヘレクトラが姿を消す出征に参加することは叶わなかった。
『先生……私を支えてくれますか?』
『……はい。いつまでも私は貴女の味方ですよ、アグライア様』
無力感に苛まれながら、俺はアグライアが放つ輝きを目に焼き付けた。オクヘイマの次の統治者として数々の苦難に立たされる。俺には俺のできることしかできない。カイザーは死んだ。それはもう変えようのない事実になってしまった。
『いつまで無力なままなんだろうな……』
試練の時が待ち遠しい。
「何処に行ってたんですか、先生?」
「少し野暮用に。大丈夫ですよアグライア様。貴女が心配するようなことはありません」
「貴方がそう言った後には必ずセファリアが会いに来るんです。また彼女を見つけて来たんですね」
《浪漫》の半神になった彼女は人間性を代償に捧げることになるが、トリスビアスとは違い変化はまだ穏やかなものだった。これから半神としてオクヘイマや黄金裔たちに心身を尽くす彼女は、その魂が擦り切れるまで戦い続ける。俺にできるのは彼女の負担を少しでも肩代わりすることだった。
「セファリアも忙しいんです。いつまでも会いたい会いたいと言われても困ります」
「私はそんなこと一言も言ってませんが……」
「言ってますよ。隠す必要はありませんが……周りに隠したいのなら金糸を使わずに彼女を捕まえるくらいしてください」
「ふふ、ありがとうございます……先生」
俺は彼女の机の上に建造された書類の山を1棟持ち出して処理を手伝う。これらも全て彼女に教わったことだ。慣れた手つきで書類を処理していく。
「先生」
「どうしました、アグライア様?」
「本当にありがとうございます」
彼女はまだ笑えている。人間性を失っていく彼女はいずれ、笑うことも悲しむこともできなくなる。だけど悲しむな。俺は彼女がどこまで行こうと支え続けなければならない。愚かにも結末を知っていると驕って憐憫の目を向ければ彼女は絶対に気付く。俺はこの魂が砕けるまで彼女に偽り続ける。そう覚悟したはずだ。
「一応ですが貴女の家庭教師ですからね。できることは手伝いますよ」
「懐かしいですね。先生は最初、とても嫌そうな顔で授業をしていました」
「私は教鞭を執ったことがありません。トリビー様が貴女の師匠になってからはまともな授業が行われましたし、剣術もセイレンス様が稽古をつけてくれました。私が貴女に教えることは何一つありませんでしたよ」
長年の経験だけの男の授業なんて実際、酷い有様だったと思う。歴史に対する深い造詣も、剣の才能もない俺には荷が重くて当然だったのだ。それでも彼女が文句1つ零さずこなしてくれたのは、ひとえに彼女の優しさだろう。
「またご謙遜を。先生の言葉の1つ1つにはとても強い説得力があります。これは先生だからこその力です。私の家庭教師に貴方を選んだのは私の人生で最善の選択と言えるでしょう」
「アグライア様……貴女の言葉は私には重すぎる」
「私の先生なんですもの、これくらいは受け止めてくださるとありがたいのですが」
なんて魔性、そして献身、言うなれば彼女は出来すぎた人だ。彼女の笑顔に耐えられる人間はオンパロスでも数えるくらい……いや、数えることができるのか怪しいレベル。そんな凶器を間近で喰らった俺は無事じゃない。心做しか次の永劫回帰が早まった気がする。
「私には無理です」
俺は精一杯の笑顔で返した。
「あーあ、また見つかった」
「元気か、セファリア?」
猫のような耳と尻尾を揺らしながら《詭術》の半神、セファリアは肩を落とした。彼女は幼い頃からアグライアに懐いているが、色々拗らせた結果疎遠になってしまう。運命が仕組んだ悲しい入れ違い……だから俺は、できるだけ2人の距離を縮めようとしている。
「まったく……いつもどうやって見つけて来るのやら。あんたには未来でも見えてたりするんじゃない?」
「未来が見えていたらこんなに苦労しないさ」
「……え、なになに。そんなにあたしに会いたかったわけ?」
「君に会うためなら暗黒の潮の中にだろうと飛び込むさ」
「……っとぉ。あたしも愛されてるねえ」
《詭術》……それは嘘と信じる力。彼女はアグライアにある嘘を見破られたくなくてオクヘイマから離れる。要は認識の問題だ。アグライアの金糸が2人を繋げないのなら、俺が2人を繋ぎ合わせよう。
「あんたが来たってことは……また?」
「いいだろ? たまに会うだけなら君の嘘も見破られないさ。約束するよ。君の嘘は誰にも見破られないし、私がさせない」
「……本当に未来が見えてないんだよね?」
「見えてるわけないだろ。私だって君がどんな嘘を隠しているのか知らない。だけど、嘘があるのは分かる」
彼女は呆れた顔でため息をつくと、俺の腕に絡みついてくる。アグライアの隣を歩きたいからとマナー講座をした時から彼女はこうして俺と腕を組みたがる。また香水を変えたのか、バラに似た香りがした。
「流石はあの裁縫女の先生なだけあるね」
「あまり
「あんたはあたしにとっても先生なんだから、別に呼んでもおかしくないでしょ。じゃ、エスコートよろしく……先生?」
「……手のかかる生徒たちだ」
俺は色々諦めて、彼女をオクヘイマまでエスコートすることにした。2人の仲を取り持つのは苦労するが、彼女たちの笑顔にはそれ以上の価値がある。セファリアも俺も、アグライアに嘘をつく必要がなくなる日が……ああ、そうだった。そうなった時には俺はもういないんだった。
今回の火を追う旅は順調に進んで行ったが、《歳月》の
神託の黄金裔はそれぞれ見据えた火種がある。白羽の矢が立ったのは……なんと俺だった。
「先生……お願いできますか?」
「私が、《歳月》の試練に……」
「私たちが頼れるのは貴方だけです。どうか、《歳月》を引き継いでください」
「英雄でもない私に半神が務まるのだろうか?」
「今更なにを……貴方は紛れもなく英雄です。この名にかけて誓いましょう。貴方を英雄足り得ないと嘲笑する輩はいません」
待ち望んでいた
「先生……」
「アグライア様。私は
「……ええ、約束します。でもきっと、先生なら大丈夫です」
火種を返還する『創世の禍心』にはアグライアが招集した黄金裔たちが揃い踏みしていた。
「頑張ってよね、先生」
「■■■■さんなら大丈夫さ」
「■■ちゃんなら《歳月》の権能を引き継げるよ!」
「■■■■さん……頑張ってください」
「■■■■、緊張する必要はない」
セファリア、ファイノン、トリビー、キャストリス、モーディス。これまでの永劫回帰で関わってきた黄金裔たちの激励を受けて、俺は火種を掲げる。
「荘厳なる十二のタイタン、世界を支える柱よ──」
「我らここに神性を求め、世界の亀裂を埋めんとす──」
《運命を変える力》……それは、
「肉体に黄金の血を注ぎ、神託のため喜んで涸れゆかん……」
其の視線はこのオンパロスの中であろうと向けられる。それは原作が証明してくれた。力を得るためなら俺はこの魂を
「行ってきます」
『汝には資質がない……神性に耐えられる器を持っていない』
試練の狭間で、俺はまずオロニクスに落第の判を押された。
『それでも汝は試練を受けるのか……?』
「俺はそのために来た。俺には、
『では、汝……一切の希望を捨てよ。さすれば、一縷の望みがあるのかもしれない』
一人暮らしの薄暗い部屋でベッドの上で誰かが寝ている。その男はよほど疲れていたのか、何をしても起きそうにない。現代であれば珍しくもない光景だ。部屋の中に同じ顔をした人間が2人居なければ……普通の日常だった。
とても長い夢を見ていたような気がする。何も無い場所に向かって必死に走り続けて、酷く傷付いたような。……誰かを求めていたような気がする。
目の前で寝ている男の顔を見る。誰も救えない凡人がそこに居た。
「……あれ?」
俺の体から黄金の血が垂れている。目に付くような傷口はないのに、黄金は俺の体を伝い床に広がる。しかし、苦痛はなかった。今は息をするだけで心臓が握り潰されるような痛みが発生することはない。俺は久しぶりに思考が澄んでいくのを感じていた。
「……あ、そっか」
なぜ、俺に資質がないのか。俺の魂の全貌が見えないのか。魂だけが永劫回帰を渡り歩き、寿命を知らぬ不老の身になっていたのか。
俺は台所から包丁を持ち出し、寝ている男の手首を軽く切った。傷口から赤い血が流れて布団を汚していく。驚くことじゃないが、やっぱり赤い血だ。
「なんて……なんて無価値なんだ」
俺は包丁で大動脈を傷付けていく。俺の黄金の血が手から包丁へ、そして赤い血へ混ざる。血が混ざることに意味はない。血を流すことに意味がある。
カーテンを開けて射し込む街灯の光の向こう、この世界を包むものを見て、俺は
「夜空ってあんな色だったっけ?」
人の心がアップを始めました。