ウワァー!!!オンパロスだこれッ!?   作:ありがとうオンパロス

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人の心が全力でログアウトしました。


人の心とかないんか?

 

 

 結論、俺の転生は不完全なものだったのだ。

 

 そもそも、演算のデータ世界であるオンパロスに転生なんて理屈が通らない話だ。世界の規格を無視して考えても、崩壊:スターレイルの世界に転生するならどこかの星の住民として()()()()()のが普通だろう。

 

 だけど俺は何故か魂だけがオンパロスの中に紛れ込んでしまった。言うなればロボットに生の心臓をぶちこんだようなもの。だから俺の魂は永劫回帰で消えない。魂の観測も不完全なものになるし、寿命もおかしなものになるだろう。

 

 もし、何も気付かないまま再創世でオンパロスから魂を取り除かれたら目の前の肉体(前世)に戻っていた可能性があった。それくらい俺の転生は不完全なもので、魂と肉体の繋がりが途絶えていなかった。

 

 

 ……今更気付いた所で、こんな推測に何の意味も持たないのだが。

 

 

「不完全だから堕ちきれない。俺の前世(肉体)はまだここにあるから……この無価値なモノのせいで俺は()()()()()()()()()()()()()

 

 皆に全てを捧げると誓った。より良い最期になるまで支え続けるのなら、前世(これ)も薪にくべないととてもじゃないが成し遂げられない。自分だけ安全圏に居るんじゃ彼らと同じ場所に立つ資格なんてない。

 

「だから……無価値な俺(前世の全て)なんて要らない」

 

 

 包丁が首を突き刺し、ベッドが赤く汚れた。

 

 

「……まだ残ってるのか」

 

 (前世)の残滓を探しに、俺は薄暗い部屋を出て街の中へと繰り出した。

 

 


 

 

「だったら早く救出に行くべきでしょ!」

「落ち着いてください、セファリア」

「あたしは落ち着いてる。今何が起こっているのかも理解している。だから、早く先生を助けに行くべきだって言ってるの!」

 

 先生が試練に行った瞬間、裁縫女の金糸も途切れ、トリビー姉さんも先生を見失った。いきなりこんなことが起きるなんて明らかな異常事態だ。先生を信頼していない訳じゃないけど、あたしの直感はこれは駄目なやつだって言ってる。

 

「あたしがすぐに先生を見つけて金糸で戻って来ればいい。そんなに難しい話じゃないでしょ」

()()()()()()()()()! まるで……最初からそこには何も無かったかのように、試練の狭間からは何も感じられない。師匠はどうですか?」

「ダメ、ライアちゃんと同じで何も分からない……」

 

 半神の権能を使っても彼が見つからない。こんなこと今まで一度も……

 

「あれ?」

 

 一度……じゃない。これまで権能が先生に効かなかったことはあった。その時はたまたまだと思ってた。そんなこと有り得ないなんて思い込んでいた。

 

「裁縫女……金糸で先生が見つからない時って今まであった?」

「……ありました。ですがすぐに見つかりました。それが何か……」

「ねえ……もしかしてさ。神権と先生って相性がすごく悪い……とかないよね?」

 

 あたしの一言で全員の顔が蒼白になる。どうして誰も気付かなかったんだろう。こんな大切なこと……先生を送り出す前に気付くべきだったのに。《詭術》の半神が聞いて呆れる。

 

「早く救出しないとっ!」

 

 試練の狭間へと向かうあたしの脚に金糸が巻き付いた。あたしだけじゃない、この場の全員を金糸が縛り付けている。

 

「アグライア!」

「全員……落ち着きなさい」

「どうして……どうしてそんなにっ!」

 

 冷静でいられるの……、続く言葉を口にすることはできなかった。アグライアの顔は人間性を失っているとは思えないほど焦燥していて、金糸を握る手も遠目で見ても分かるくらい震えてる。全員……突然のことで不安なんだ。アグライアだって、先生の身に危険が迫っているのをただ見ているだけなんてしない。

 

 

「やっぱり……あたしが行くのがいいと思う」

 

 全員が少し落ち着いた後、話し合いの結果あたしが試練の狭間に入ることになった。中がどうなっているか分からない以上、半神じゃない坊やたちじゃ頼りない。裁縫女とトリビー姉さんは狭間から引っ張り上げる係、オンパロス一の俊足である《詭術》の半神のあたしが行くことでより確実に先生を救出する。

 

「セファリア、頼みましたよ」

「任せて。絶対に……先生を連れて帰る」

 

 オンパロスの何処にいても先生は何度もあたしを見つけてくれた。いずれ孤独になっていくと諦めていたあたしを、あの人はなんでもないような顔して傍に居てくれた。アグライアとの仲だって……あまり認めたくないけど、上手く付き合えてると思う。それも先生のおかげ。先生にはまだまだ返しきれてない恩が沢山ある。

 

 

「今度はあたしが見つける番だね」

 

 あの人が居なくなるなんて想像したくもない。そんな未来は《詭術》で嘘にしないと。

 

 


 

 

 1つ……1つ……(前世)死んで(消えて)は別の場所に現れ、俺はそれを殺す(消す)のを繰り返す。この行為に痛みは伴ってなかった。頭の中が軽くなるような、思考が酩酊するような感覚はあるが大した問題じゃない。むしろ解放感さえ感じていた。

 

「……あ、包丁はもう駄目かあ」

 

 包丁は赤黒く錆び付いて切れ味も無くなっていた。まだまだ(前世)は無くなる気配はないのに、俺の効率は格段に落ちてしまった。

 

「……電車だ」

 

 街に人影は見当たらなかったが、誰も乗せていない電車や車はダイヤルを乱すまいと律儀に動いていた。誰もいないこの街は見かけだけでも生きているみたいに動いている。

 

「あ」

 

 試しにホームで突っ立っていた(前世)を突き飛ばすと、面白いくらいに一瞬で消えた。(前世)を殺すのは別に直接じゃなくてもいいらしい。

 

「要らないなあ」

 

 着なくなった服を捨てるように俺は消し続ける。自分を殺すことに抵抗はなかった。だって()()は、もう要らないものだから。

 

 

「……ん?」

 

 誰かに見られている気がしたが、すぐにその気配は消えた。気にせず次を探す俺を映した鏡には……黄金色のナニカがいた。

 

 


 

 

 試練の狭間で見たものは……口にするのもはばかれるものだった。

 

 

『先生!』

 

 見たことのない街並みの中に先生はいた。一瞬先生だと分からなかったくらい黄金の血を沢山流して、一人でポツンと佇んでいる。

 

『血が……大丈夫?』

 

 急いで駆け寄って声をかけても先生は微動だにしなかった。いつもならあたしが近付くとすぐにでも気付くのに、先生は何も言わず立ち尽くしている。恐る恐る肩に触れようして……手が肩をすり抜けた。

 

『……え?』

 

 背筋が一瞬にして凍りつき、恐怖が全身を駆け巡った。それから何度も声をかけても、何度触ろうとしても先生はこちらを見向きもしなかった。

 

 

『聞こえてんの先生? 一体何して……は?』

 

 先生の足元に転がっていた()()は、見たことない服装をした先生だった。何が起こっているのか理解できない。どうして先生が先生を殺しているの? どうして先生に触れないの?

 

 疑問が生まれたその時、見えない強力な力によってあたしは試練の狭間から追い出された。最後に見えた彼の瞳には……少しの光も宿ってなかった。

 

 

「セファリア、先生は?!」

 

 何が起きたのか理解するよりも、最後に見た先生の瞳が目に焼き付いて離れなかった。先生はいつも明るくて優しい人だ。人の悩みに敏感で、言葉にしていない願いさえ彼は普通の顔して叶えようとする。そんな人が……どうしてあんな瞳をしているんだろう。全てを諦めて、一切の希望すら求めようとしないなんて。何が先生をあんな風にしたの?

 

「セファリア……セファリア!」

「アグ……ライア……?」

「中で何が起こっているのですか?」

「わからない。先生が……先生を、殺して……」

 

 そこまで口にして……あたしの意識は落ちた。まるで靄がかかったように先生の姿が記憶から消えていって、もう手の届かない場所に行ってしまったみたいだった。きっともう誰も先生を救えない。そんなことを、どうしてか本当の事だと信じてしまった自分がいた。

 

 


 

 

 俺が(前世)を殺す度、この街は徐々に小さくなっている。黒い霧が空から落ちて、地平線を狭めるように街を飲み込んでいく。このままいくと、途方もない時間の末にここが全て覆い尽くされるだろう。

 

「多いなあ……」

 

 独り言は街に響くことなく霧の中へ吸い込まれた。この試練の先に立っている俺は……もう俺じゃない。だけど、それで少しでも皆の力になれるのなら喜んで捧げよう。異物はさっさと退場するべきだ。この物語に原作知識()は要らない。

 

 

「トリスビアス」

 

 彼女たちとの出会いは俺の生命に意義を持たせてくれた。あの日の誓いは破れてしまったけれど、俺はいつか絶対にもう一度同じ誓いを果たす。彼女たちが居なければ、俺はとっくに折れていただろう。

 

『誓ったからね……忘れないでよ?』

 

 彼女たちの《門と道》は俺を黄金裔の皆と繋げてくれた。

 

 

「アグライア」

 

 彼女こそ俺の師であり、俺がここまで生きて来れたのは彼女の教えのお陰に他ならない。1度も俺を見捨てなかった彼女を、俺は絶対に見捨てない。

 

『貴方なら大丈夫です。自分を信じてください』

 

 彼女の《浪漫》は俺に理想を掲げる必要性を説き、俺の信念の礎となった。

 

 

「ケリュドラ」

 

 永劫回帰が始まった時、彼女が傍に居なければ俺は自害していただろう。俺の忠誠はこの魂が燃え尽きても残り続ける。その忠誠が……彼女の傍に居続けますように。

 

『誠忠卿、お前を信じよう』

 

 彼女の《法》は俺を戦場へと駆り立て、基盤となる強さを与えてくれた。

 

 

「ヘレクトラ」

 

 不安と絶望に狂いそうになった俺を彼女は小さな宴へと誘ってくれた。俺の本音は……貴女にもっとワガママになって欲しかった。貴女と飽きるくらいの宴を一度くらい催したかった。

 

『ふふ……、いつでもいいぞ。ワタシの鯉』

 

 彼女の《海洋》は俺の刃を研ぎ澄まし、英雄へと至る為の道を切り開いた。

 

 

「キャストリス」

 

 生と死を司る彼女と一緒に俺は繋がりの大切さを知った。永劫回帰を繰り返して、俺は何度も彼女にリボンを結んだ。例え触れられなくとも俺は彼女たちに寄り添える。抱擁の温もりは彼女が教えてくれたんだ。

 

『貴方の帰りを待ちます』

 

 彼女の《死》は俺に生き抜く大切さを教えてくれた。

 

 

「ヒアンシー」

 

 神悟の樹庭の2人は俺を戦場から離そうとするから少し苦手だが、彼女の温もりは俺の涙を優しく癒してくれた。永劫回帰の救いと言えば彼女であり、彼女と言えば俺の光だった。彼女の笑顔は大切にしまっておこう。

 

『いつまでも抱き締めますから……』

 

 彼女の《天空》は沈む俺を見つけ出し、進むべき道を照らしてくれた。

 

 

「アナクサゴラス」

 

 彼は俺の死期を宣告すると共に、何度も俺の意思を問うた。もしかしたら、俺が『火を追う旅』を拒絶すれば彼は黄金裔たちと敵対していたのではないか。……無駄な推論だった。彼は学者として、教師として俺に接してくれていた。彼の不動のスタンスは俺に平穏を感じさせてくれた。

 

『貴方の信念を信じましょう』

 

 彼の《理性》は俺の目を醒まし、迎えるべき終着点を見せてくれた。

 

 

「セファリア」

 

 彼女は俺に、運命に抗えることを教えてくれた。彼女の嘘は今も尚世界を支えている。その姿に……酷く憧れた。俺だって英雄として皆と肩を並べたいと強く思った。

 

『どう? あたしでも英雄になれてる?』

 

 彼女の《詭術》は俺を認識の檻から解き放ち、英雄を知った。

 

 

「モーディス」

 

 彼は何度倒れても起き上がる不屈の背中を見せてくれた。彼が死を否定する度に俺の魂は震えた。勝てるまで、目的を達成するまで立ち上がる彼のように、俺は永劫回帰を駆け抜けた。

 

『最後まで駆け抜けてみせよ!』

 

 彼の《紛争》は俺に不屈の精神と倒れない勇気をくれた。

 

 

「ファイノン」

 

 永劫回帰によって擦り切れていく彼に……手を伸ばしたかった。この手が彼に少しでも届きそうであれば、俺はこの魂が砕けても構わない。迷わず手を伸ばす。救世主の背中を支えるのはいつだって凡人たちの役目なんだ。

 

『店主……』

 

 彼の《世負い》は俺の魂を燃え上がらせ、心火を以て俺を偉業に掻き立てた。

 

 

「キュレネ」

 

 最初しかまともに話せなかったけど、彼女はそれでも充分すぎるくらい俺の支えになってくれた。俺は彼女まで幸せにするのを諦めてない。代償は高くつくかもしれないけど、彼女含めて黄金裔の皆に《明日》へ進んで欲しい。

 

『店主さん』

 

 彼女の《歳月》は俺に試練と希望をくれた。今こそ、俺の覚悟を証明する時だ。

 

 

 

 この物語は、皆が《明日》へ向かう物語だ。《昨日》の俺に居場所はない。悲しいけど、それでも俺は幸せな《今日》を祈るよ。

 

 

 

「長かったあ……」

 

 最後に残った(前世)は俺の部屋に居た。窓の外はもう霧しか見えないし、ここ以外は全て黒い霧に包まれた。部屋の中まで少しずつ入ってくる霧は最後の時を今か今かと待ち侘びてるようだった。

 

 

 (前世)の首を両手で持ち、力を込めていく。ろくに鍛えられていない貧弱な首は……呆気なく折れてしまった。こんなもんかと感慨にふける気にもならない。何度も繰り返したこの行為が終わったことにだけ、俺は安堵の声を漏らした。

 

 

 

()()()()()()()()()()。いるんだろう……《虚無(IX)》」

 

 

 俺は黒い霧に飲まれながら其の存在を感じ取った。急速に流れ込んでくるエネルギーに肉体は崩壊し、魂が激しく震えだす。前世を失ったことで俺の存在意義は完全に無くなり、再創世が俺の終焉になることが確定した。俺の生存が完璧に否定され、俺の魂は《虚無()》の影に突っ込まれた。

 

「……ふふ、くふふふ……アハ……ハハハハハ!」

 

 頭がズキズキと痛むが、俺は歓喜の声を上げた。溢れんばかりのエネルギーが罅割れた魂に注がれていく。運命の息の根を止めるにはより強大な運命エネルギーで塗り潰す。これだ……これこそ、俺が求めていた《運命を変える力》。

 

「これで……この力があれば、皆を救える! 俺は英雄に成れる!」

 

 かつてないほどの高揚感と全能感が俺の脳を浮き立たせる。中毒になりそうな興奮の心地好さに身を任せて、全てを《虚無》に帰したくなる。

 

「ハハハハハハハハハ……あっ」

 

 魂の中で『壊滅』と『虚無』が混ざり合い、負荷の臨界点を超えた瞬間、俺の魂は砕けた。

 

 

 

 

『汝は全てを手放し、向かうべき明日を見失うだろう』

 

 


 

 

 あれから私たちは、幾度も先生を試練の狭間から救出しようと試みました。しかし、その全てが失敗に終わり、これ以上被害を広げないためにも先生の救出を停止せざるを得なくなった。全ては私が下した決断によるものであり、先生に甘えて安易に試練に臨ませた私に全ての責任がある。

 

「体調は大丈夫ですか、セファリア」

 

 先生の救出は基本セファリアが行ってくれていたが、こちらに戻ってきても中の記憶を毎回忘れてしまっていた。しかも、入った後は原因不明の体調不良に陥ってしまう。彼女のためにも……決断するしかなかった。

 

「……ねえ、アグライア。本当に先生を諦めちゃうの?」

「先生は『私の身に何があっても、私の影を振り払い前へ進め』と言いました。先生はこうなることも覚悟の上で試練に臨んだんです」

「だからって……諦めていいの? あたしは嫌だ。先生を失うくらいなら、あたしも一緒に」

「セファリア!」

 

 気付かぬうちに声を荒らげてしまった自分に驚く。人間性を失ったこの私でも、まだこれほどの人間性を残していたなんて。

 

「……ごめん。分かってるんだ。アグライアはあたしの為に決断してくれてるって。でも……どうしてかな……」

 

 彼女の手に涙が落ちる。私がそっと抱き締めて背中を撫でると、彼女の涙は止めどなく零れていった。

 

「先生はもう助からないって納得しちゃってる自分がいるんだ」

 

 項垂れる彼女を無言で抱き締める。

 

「そんなの……嫌だよ……先生……」

 

 この時ほど、彼女のように涙を流せない自分を恨んだことはない。『火を追う旅は喪失の道』、……今は少し、休むべきなのかもしれない。

 

 

 先生がくれたお揃いのブレスレットに、私の涙は映らなかった。

 

 


 

 

 先生を試練の狭間に残したまま、世界は終焉へと向かって行った。暗黒の潮はとうとう聖都オクヘイマまで迫り、黄金裔たちは最後の抵抗を強いられていた。

 

「火種を……渡せ」

 

 神々の火種を狙う処刑人の存在が追い風となって、聖都は刹那のうちに火に包まれた。ジリ貧となった戦場で、我々はもう誰が倒れてもおかしくなかった。

 

「キャス、貴女は応援に行ってください」

「アグライア様……どうかご無事で」

 

 《歳月》の半神は誕生せず、再創世の道は途絶えた……。だが、それでも英雄たちは剣を取り、終焉に抗い続ける。

 

 

「アグライア……■■■■という男を知っているか?」

「……どこでその名を?」

 

 処刑人は剣を下ろして先生の名前を口にした。尊敬する師の名前を知る敵に最大限警戒を引き上げる。

 

「彼を探している……。もしこの世に居なかったとしても、僕は探さなければいけない」

「もし私が知っていたとして、あなたに教えるとでも?」

「そうか……」

 

 処刑人の凶刃が私に襲い迫る中、私は先生のことを思い出していた。暖かかった大きな手。彼は授業終わりに優しく撫でてくれた。私が半神となって人間性を失っていく中、先生は私を笑顔にしようと沢山のことをしてくれた。本当に……どうして彼を喪ってしまったんだろう。

 

 

「先生……」

 

 西風の果てで……また会えるでしょうか。もう疲れてしまった私は処刑人に身を任せる。しかし、いつまで経っても処刑人の剣は私を斬り裂かなかった。

 

「俺の前でそういうのはやめてくれないか、ファイノン」

「店主……」

 

 夢でも見ているのだろうか。私を庇うように彼が前に立っている。試練を乗り越え、《歳月》の半神となった彼が助けに来てくれた。感動の再会だというのに私の人間性は歓喜に震えるほど残ってなかった。

 

「せん……せい……?」

「後は全部任せて欲しい。アグライア」

 

 先生だけど先生じゃない……。先生は何か異様な雰囲気を纏っていた。半神になったからではない。もっと根幹の、彼自身に何かが起こっていた。

 

「もううんざりだったんだ。皆が傷付くのも、救いを待っているだけの俺自身も。アグライア、俺はもう貴女に嘘をつく必要は無くなったんだ。こんなに嬉しいことはない!」

 

 彼の背中から柔肌を突き破り硝子のような結晶が飛び出る。不規則に伸びるそれは、翼と呼ぶにはあまりにも空を飛べない形をしていた。視界に広がるこの世のどんな宝石よりも輝く背の何か。私はつい、それを美しいと思ってしまった。

 

「さあ、悲劇をより良いものへ!」

 

 彼が剣を掲げると空から白銀の雨が降り注ぐ。白銀に飲み込まれた暗黒の潮は、まるで最初から存在していないかのように消えてしまった。その規格外の力は明らかに《歳月》の権能ではない。

 

 力を使った後、彼の背中の結晶に亀裂が入り、黄金の血が滴り落ちる。亀裂が入った衝撃で飛び散った細かな破片が頬を掠めた時、私の頭に“知らない記憶”が溢れ出した。

 

「あ、え……? どうして……貴方が……。その姿は一体……?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 彼に剣を握らせないために私たちは力を尽くして来たはず……。()()()()()()()()()彼の瞳は私を一瞥するだけで、すぐに処刑人と向き合った。

 

「ファイノン……いや、カスライナ。ようやく君に寄り添えるよ」

「なにを……その力は……」

「さあ、この剣で俺の胸から《歳月》の火種を取り出し、共に永劫回帰を進めよう」

「待ってくれ。どうして貴方は……」

 

 ■■■■は己の剣を処刑人に渡し、無防備に胸をさらけ出した。

 

「その剣は砕かれた俺の魂の1つ。分かたれたとてそれは俺の魂。永劫回帰の最後まで君を支え続ける」

「どうしてそこまで……」

「君たちに幸せになって欲しいんだ」

 

 彼の願いはいつまでも変わらない。だからこそ、彼が剣を持てば自己犠牲に走ることなど容易に想像できた。私は彼を『火を追う旅』に加わってもらったのを後悔している。彼が私たちにそう願うように、私たちも彼に平穏な日々を送ってもらいたかった。普通の人でいられた彼を、私たちが血で染めてしまった。

 

「■■■■……」

 

 彼はもう力を手にしてしまった。この願いはもう叶うことはない。

 

「だからほら、火種を」

「■■■■!」

 

 処刑人の手を取って自害しようとする彼の前に入る。剣は私ごと彼の胸を貫いて、2人の黄金の血が静かに交わった。

 

「……は?」

「自分勝手に動く所は変わりませんね、■■■■」

「どうして……アグライア」

 

 彼の頬に手を添える。平穏が叶わぬ願いだとしても、貴方がしてくれたように……私も貴方に寄り添いたい。

 

「全てが終わったら……西風の果てで会いましょう」

「……ごめん、アグライア。俺はそっちには行けない。だから、さよならをしなくちゃいけないんだ」

「酷い……人ですね……先生」

 

 彼の運命はこんなものじゃなかったのに……私たちのせいで、彼は喪失の道を進んでしまった。彼が私たちを幸せにするのなら、どうして……彼を幸せにできないのでしょう?

 

「貴方も、幸せになってください……」

「その願いだけは聞けないよ。アグライア」

 

 強烈な眠気と共に彼との記憶が消えていく。溢れ出てきた記憶も一緒に『虚無』になっていく。

 

 

 誰でもいい……彼を……助けてください。

 

 


 

 

「あーあ、羨ましい」

 

 暗黒の潮がオクヘイマから綺麗さっぱり消えた後、あたしはアグライアを探し回った。幸いにも、彼女はすぐに見つかった。だって彼女は黄金の中で……先生と抱き合って死んでいたから。

 

「先生も、戻ってきたなら挨拶くらいしてほしかったな」

 

 あれだけ心配をかけさせておいて、ちゃっかり2人だけで行っちゃうなんて酷いと思わないの? 残されたあたしはどうしたらいいの?

 

 

「いーなぁ」

 

 あたしはナイフで手首を切った。




的中者はおめでとうございます。
皆さんの私に対する信頼が的中しつつあって嬉しい限りです。
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