ウワァー!!!オンパロスだこれッ!? 作:ありがとうオンパロス
■■■■■■回目の永劫回帰。俺の目覚めはだんだん安定してくるようになってきた。トリスビアスが千に砕かれるのを身代わり、ケリュドラの《法》の試練を《歳月》で贄をかさ増しして乗り越え、オクヘイマに黄金裔が集う。俺の目標は達成しつつあった。
黄金戦争で分裂したトリスビアス達が殺されることはなく、ケリュドラは試練で狂気に堕ちず、オクヘイマは終焉に備えて表面上だけでも団結している。もう何回もこの道筋になるよう導いてきた。
もっと良い展開がある可能性はまだまだ存在する。俺の思考が残っている限りだが、そうやって手探りで進んでいかないとギリギリで踏みとどまっている俺はすぐに『虚無』になってしまう。
右手が猛々しくペンを走らせ、左手は蛇のように次々書類へ噛み付く。もう慣れたとかの次元じゃない書類仕事を相手に、俺はオクヘイマの未来を案じていた。現在は未だケリュドラが玉座に君臨しているが、アグライアは既に指導者として成熟しつつある。どちらがこの都市国家を導いていけばいいのか……。
「……卿」
難しいのが、前提として永久に存在できる都市国家ではないというのが引っかかる。終焉までの時間制限の中、どちらが民により良い生活を送らせることができるのか……。
「聞こ……のか、……卿」
個人的には……やはりカイザーの統治を支持したい。というのも、アグライアが統治者になったのはカイザーが失踪したからだ。仮にアグライアが統治者となればカイザーはどうする、という課題も出てくる。
「おい、《銀槍卿》」
「……どうしましたか、カイザー」
気付けば、鼻同士が触れる位置にカイザーの顔があった。眉を顰めるカイザーは見るからにご立腹の様子で俺の手からペンを奪い。椅子ごと俺を押し倒した。
「また耳が遠くなったか《銀槍卿》? 今日の業務は終わりだとわざわざこの僕が伝えに来たというのに……貴様の目は僕より書類の方を好いているらしい」
「またカイザー自らですか……。貴女もお忙しい身でしょう?」
「他の者では貴様の手を止められん。それとも、僕では不満か?」
「それは私の忠誠を知っての問いでしょうか?」
取り敢えずこの場を乗り切って、後で懐に隠してあるペンでも使って残りを片付けようと考えていると、カイザーの手が俺の服の中に突っ込まれる。揉みくちゃに俺の服ははだけていき、カイザーは何かを見つけると笑みを浮かべた。
「我が忠臣のなんとも仕事熱心なことだ。まさか懐にこんなものを隠し持っているとは」
「……ナンデショウカネ」
俺の隠しペンをもぎ取ったカイザーの笑みがより深く、魅惑的なものになっていく。そのまま俺は服を一通りひん剥かれて、女皇直々に隅々まで身体検査をさせられた。かのカイザーの前では、俺は文字通り丸裸だった。
「よし。では僕はもう行くが……、決して仕事をしたり、単独で遠征に行ったり、そこら辺の女を引っ掛けるようなことはしないように」
「最後のだけ心当たりがまるで無いのですが……」
「黙れ《銀槍卿》。息をするように人を口説く貴様のせいで風紀が乱れる」
「人たらしなのはカイザーの方なんですけど? というかそれアグライアも大概ですよ。彼女に比べれば私の言葉なんてただの挨拶です」
「その煩い口を今すぐ塞いでやろうか?」
それからまた一悶着あり……、やけにツヤツヤ顔をしたカイザーの後に部屋から出ると、周囲の人々がなぜか驚愕の表情でこちらを見てくる。ああ、服が少々乱れてしまっているのか。
服を整え、俺はペンを売ってくれる店を探すために市井に乗り出した。
「すみません」
「ごめんなさい、ペンは売ってないんですよ」
「まだ何も言ってないんですけど。……何か」
「書く物全般は今は品切れでして」
「まだ何も言えてないんですけど」
ペンを買うために店に入るが、すでに手を回されていた。カイザーとアグライアが居る限りやはりオクヘイマは駄目だ。こうなったらまた神悟の樹庭からペンをパク……密輸してくるしかない。
「■■■■か。こんな所で何をしている」
このまま虚無期間に陥ってしまうのを憂慮していると、勇猛なるクレムノスの王子、モーディスが話しかけて来た。半裸なのは筋骨隆々の肉体とクレムノスの強さを誇るためなのだろう。参考にはしたくないが、彼には良く似合っていた。
「また追い出されたのか?」
「そんないつも追い出されてるみたいに言わないでください」
「違うのか?」
「大体合ってます」
立ち話もなんだったから俺たちは適当な飲食店に入り、2人揃ってパンケーキを注文する。実は、彼はその見た目にそぐわず甘党の料理系男子だったりする。彼の手料理を口にする機会があったのだが、予想以上の腕前についメーレに手が伸びたことは記憶に新しい。ちなみに、メーレを飲んだ後の記憶はいつも通り無い。
「それで、また職場から追い出されたと……。まだ懲りてないようだな、■■■■」
「何かしていないと駄目なんだ。……そうだモーディス、この後手合わせお願いできるだろうか?」
「貴様との鍛錬は実りのあるものだが、今はやめておこう。余計なことはせず今日は休め。もし何かやらかしたらヒアンシーが黙っていない。あの1ヶ月を忘れた訳ではないだろう?」
昔、カイザーに追い出された後に暗黒の潮に単騎で突撃したことがある。その後にヒアンシーの所に連れて行かれた俺は1ヶ月にも及ぶ
「……やめよう。逆にだ、私は何をすればいいと思う?」
「好きに過ごせ。貴様が暇と知れば寄り付いてくる者が2人や3人いるだろう。その者たちと過ごせばいい」
寄り付いてくるという表現が正しいのかは置いておいて、なるほど確かに、彼の言うことは一理ある。俺は何かをしようと躍起になって視野狭窄に陥っていた。別に俺は1人でいる必要はない。今の俺には頼れる仲間がいる。彼らと過ごすのもまた俺にとって大切な時間だ。
「好きに……か。なら、私は貴方と過ごしたいと思う……駄目か?」
「……俺はこの後予定がある。これを食い終わったら他を当たれ」
「そうか……残念だ」
視線を落としたパンケーキの皿に、向かいからパンケーキが一枚乗せられた。上げ直した視線の先でモーディスはこれで許せとでも言いたげな目でパンケーキを頬張る。俺は感謝を口にしつつ、パンケーキを同じく頬張った。
「あと思い出したぞ。貴様は人前で酒を飲むな」
「え?」
「忘れているようだから深くは言わん。だが、心得ておけ。貴様と酒は相性最悪だ。自衛のためにも……酒はほどほどにしろ」
「……はい」
仲良くパンケーキを食べたモーディスとはその後も戦場の話や考えていた政治体制の話などを語り合った。誰かと過ごせばいいとは言われたが、それが彼であってもいいなと考えていると、モーディスは纏う雰囲気を変えて俺に問いかけた。
「■■■■。貴様は戦場の先に何を見ている?」
「戦場の先?」
「クレムノス人であれば栄誉や勝利を求める。だが、貴様の目には戦場しか映っていない。勝利の為に働くが、その果てに何も捉えていないように見える。貴様ほどの戦士にしては珍しいと思ってな。聞かせてくれ」
戦場の先……勝利の果て……俺はそこに『虚無』があることを知っている。何も捉えていないのではなく、何も捉えることができない。彼の推測は当たっている。俺にはもう希望を見るだけの意志は残っていない。ただ『皆に寄り添う』だけの人形だ。
「正解だよ、モーディス。貴方の言う通りだ。私は戦場に何も見ていない」
「では貴様はなぜ戦う? 忠誠か? 庇護か?」
「君たちの隣に立つために」
俺の言葉に彼が瞠目するのを、俺は真っ直ぐ彼を見る。
「私に未来はないんだよ、モーディス。だから私は『今』できることをしたいんだ。その先のことなんて……ないんだ」
「……」
「助言ありがとう。君の言う通り、今日は誰かと過ごすことにするよ」
今の俺にとって
「さて、誰と過ごそうか」
モーディスは誰かしら寄り付いてくると言っていたが……じっと構えるのは性に合わない。ここは誰かにこちらから会いに行くのが良いと考えていると、見慣れた赤髪の女性が手を振りながらこちらに歩いて来るのが見えた。
「■■■■、今暇なのでしょう? 少し付き合ってくれないかしら」
「見つけたぞワタシの鯉。今から1杯どうだ?」
「■■■■さん。今お時間あるとお聞きしました。よければ私と……」
「■■■■、僕と手合わせしてくれないか?」
そして気付けば俺の周りには4人の黄金裔がいた。おかしい……トリスビアスが歩いて来る間に何があった……。皆のお誘いはとても嬉しいのだが、一体どこから俺の情報を知ったのだろうか。
「皆……」
その日、俺たちは一緒に買い物をして、ファイノンとヘレクトラと軽い運動をして、ヒアンシーに捕まって、最後はいなかった人も合流して皆で食卓を囲んだ。
「まさかセファリアが来るなんてな」
「たまたま近くに居ただけだし。なに? 来ちゃいけないって言うの?」
「まさか、君が近くに居てくれるだけで私は嬉しい」
「……ふーん」
「■■■■、あまりセファリアを誑かさないでください」
「それアグライアが言う?」
賑やかな食卓に笑みが零れる。今日は珍しく黄金裔の皆が勢揃いした。神悟の樹庭の2人や予定を終えたモーディス、神出鬼没のセファリアにまさかまさかのカイザーまで同じ場に集うことなんて滅多にない。感動でみっともなく泣いて喜びたいのをグッと抑える。
「今日は随分賑やかだな、ワタシの鯉」
「ヘレクトラ……。そうだな、楽しそうな皆を見られる私は幸せ者だ」
アグライアとセファリアが仲睦まじく話していて。ファイノンとモーディスは男児らしく競い合い。アナクサゴラスとトリスビアスが錬金術について語り合っている。ヒアンシーとキャストリスが可愛いもの歓談で笑い合う。俺の幸せそのものがそこにはあった。……惜しむらくは、
キュレネを助けるにはエリュシオンに行く必要があるのだが、なぜか俺は
「ワタシの鯉が幸せならそれでいい。ワタシの鯉、この料理は辛いが美味しいぞ。ほら、あーん」
「あーん。うん、辛くて美味しいね」
「…………そうか」
すぐにカイザーに呼ばれて行ってしまったが、感想を聞いたヘレクトラの表情が陰りゆくのを俺は見逃さなかった。近頃、彼女たちに対する反応を間違えている気がしてならない。俺の人間性はまだ取り繕える範囲なのか、すでに修復不可能なほど消えて無くなったのか、それすら俺には考えられなかった。
「まあ、『今』を噛み締めるので手一杯だがな」
この光景を目に焼け付けるように杯を呷ると、強烈な酒精が鼻を突き抜けた。
「おや、ワタシの杯はどこに……」
アルコールが全身を巡り回って意識がフワフワと浮き上がっていく。鈍くなった手から杯が落ちて、勿体ないと思う心の音を響かせるように甲高い音を鳴らす。
「っ! 《銀槍卿》にメーレを与えたのは誰だ!」
高くなった体温に衣服が煩わしく感じて、前の金具を外していく。胸元から入り込む外気の冷たさで多少マシになったものの、俺は逃がしきれないこの熱がもどかしくて仕方なかった。
「キャストリス……君の手は暖かいな。だけど、今は俺の手の方が熱いか」
「■■■■さん? もしかして酔って」
「抱擁をくれないか? なんだか無性に君に触れたい気分なんだ」
「■■■■、無闇にキャスを抱き締めないでください」
「アグライア……君の瞳が光を映さなくとも、君と見つめ合うことはできるだろうか?」
「……」
「ふっ。珍しい醜態ですね、アグライア」
「アナクサゴラス教授……いつもありがとう。貴方が照らす真理の道は俺の迷いを正してくれる。ありがとう……アナクサゴラス教授」
「……」
「ちょ、ちょちょちょっと待って!」
「ずっと傍に居てくれセファリア……。離れないでくれ」
「……っ! 見てないで助けてよ救世の坊や!」
「この流れは……」
「ファイノン……俺たちの救世主……。君が諦めない限り俺も諦めない。君がどんな道を歩こうとも独りにはさせない。英雄になろう……ファイノン」
「これは流石に……照れるな」
目に入った黄金裔たちに止まらない言葉を投げつける。嗚呼、本当に俺は彼らのことが大好きなんだと改めて思う。それを言葉にできるのもあとどれ位だろうか……。
「
「あれ……?」
ファイノンの手を取って肩を組んでいると、背後から近付いていたモーディスに俵担ぎにされる。元々世界が揺れて見えていたのに、今度はひっくり返ってしまった。
「俺はこいつをつまみ出したらもう帰るが、異論はないか?」
「はぁ……感謝する、クレムノスの王よ。貴殿が1番適任だ」
「モーディス様、私の助けは必要ですか?」
「頼めるか、ヒアシンシア」
「カイザー……お慕いしております。ヒアンシー……大好き」
朦朧とする意識の中で、最後まで俺の口は回り続けたのだった。
「ワタシの番は回ってこなかったか」
「はあ、また今度ね」
「《剣旗卿》に《運命卿》……貴様らは少しは慎め」
どれだけ現実逃避したって終焉は訪れる。幸せな時間は過ぎ去り、最後の都市、オクヘイマを襲う暗黒の潮に立ち向かうべく俺たちは戦場に身を投じた。
力を使う反動で魂が急速に結晶化して背中を突き破る。誰が呼んだのか、翼のようなそれは空を飛ぶ為のものではなかった。翼を得た俺は地に縛られたまま割れ落ちた欠片を輝かせる。剣と槍を手に、俺は今生に終わりを告げに行く。
「堕ちた翼はそれでも羽ばたく」
暗黒の潮がもたらす恐怖を天から降り注ぐ銀槍が濯ぐ。人々がその光景に希望を見出す。胸にズキリと痛みが走るが、俺は力の行使を止めない。終わりの時は……すぐに来た。
「■■■■……」
むせ返って口から出てきた黄金の血がアグライアが仕立ててくれた服を汚していく。落ちた視線の中では
「無駄だ」
より深く胸を抉られ、点滅する意識は武器を落とす。肉を弄られる嫌な音が体内から聞こえてくる。その時、翼の根元……心臓の上あたりにある魂の核に剣が擦れた。
「……ぁ、だめ……ダメなとこ、当たって……」
ゴリゴリ、ガリガリ、逃げようと身を捩ればその分いけない角度に剣が当たる。経験したことのない刺激に全身が痙攣して、痙攣によって剣が更に核を傷付ける。
「……ぃゃ」
幸せな時間には終わりが来る。俺の場合、それが果てしなく遠くて身近なものだと思い込んでいた。まだ幸せを感じられる猶予があると保証の無い確信を得ていた。
「まだ……ぉれは……」
人間性と自我の喪失を待たずして……俺の魂は今度こそ、
彼がその美しい翼を砕かれる様を、俺は見ていた。
戦友が死ぬことなど戦場ではありふれたことだ。いちいち気にかけていては隙を晒すことになる。だが、彼の翼が砕け散った時……不覚にもその幻想的な光景に魅入ってしまった。
銀より輝く硝子の翼を彼は役に立たない付属品と言ったが、その背中は皆の希望であり、誇りであった。
「■■■■!」
目の前の邪魔な造物を吹き飛ばして倒れる■■■■を受け止めようとしたが、彼の重みが手に乗ることはなかった。
「……!」
彼の体はまるで霧で作った飴細工のように触れた途端に飛沫になってしまった。多くの友と別れを告げてきたが……最期を受け止めてやれなかったのは初めてだった。
『私に未来はないんだよ、モーディス』
「……後は任せろ。■■■■」
彼にはその翼に相応しい輝く未来があるべきだったのだ。
????????回目の永劫回帰。
「言葉や意識がなくたって、あなたがとても優しい人だってわかるわ」
『……』
無口な記憶結晶はただジッと少女を見つめている。彼は何もしない。ただ少女の傍で立ち続けている。
「あなたはきっと誰にでも優しい英雄だった。大丈夫、これは今までとは違うロマンチックな物語だもの」
「どうして……どうしてっ! ふざけるな! こんな……こんなこと認めない! 認めるものか!」
ピンク髪の少女は妖艶に笑い、火種を求める囚人は光が失墜したことを嘆いた。
最後の永劫回帰は……すぐそこに迫っていた。
ちなみに、バッドエンド軍はキュレネが滅ぼしました。