ウワァー!!!オンパロスだこれッ!? 作:ありがとうオンパロス
私「原作パートが終わるとどうなるんです?」
?「知らんのか」
私(本能)「ずっとスタンバってました」
三千万回を超える輪廻の記憶を回収した当時、私たちの様子は見るに堪えないものでした。彼を傷付けてしまった罪悪感。目の前にいたのに手が届かなかった喪失感。優しい彼を血で染めてしまった……自身を引き裂きたくなる後悔。それはあのカイザーでさえ自傷行為に走ろうとするほど。
最後の決戦で彼が姿を現してくれたことは、言葉に尽くしがたい感動に救われた。その時は
『
セファリアが彼を見つけたのは、それからすぐのことだった。
急いで彼のもとに集まったが、眠る彼を遠巻きに見守ることしかできなかった。願い続けていた再会なはずなのに、誰も彼に触れようとしない。……触れてはいけない気がしてならなかった。
「……ん」
自分たちの息を飲む音が静寂の中で響く。ゆっくりと瞼を開ける彼の、どんな仕草も見逃さないよう神経を尖らせる。
「……?」
開かれた彼の瞳は銀色に輝いていた。その時点で血液が凍りついたような錯覚に陥るが、何とか食いしばった。こちらを見つめる彼に嫌な予感がしても気のせいだと思いたかった。
「あなたたちは……誰?」
「ヒュ……」
誰かの掠れた息が漏れる。それが誰のかなんて気にできるほどの余裕は最初から失われていた。
ただ純粋無垢な
「ヴ……ぉえ……」
お腹の奥から脳天まで殴りつけてきた吐き気に堪らず、彼に見られない場所まで逃げて、内臓を引きずり回されていると思ってしまうほど吐瀉物を撒き散らした。脳が激しく震えて、喉が溶ける痛みすら気にならない。
目の焦点が定まらなくなって視界がぼやける。このままもう一度目から光を奪って欲しいとさえ考えてしまう。
思い返せば、彼の私たちに対する「愛」は最初から存在していた。盲目であっても金糸を使えば彼の想いが伝わってきていたから、あれは私にとって初めての経験だった。全ての重荷から解放されて、目に光が宿ったから見てしまった。あの彼が私たちに恐怖し、怯える
「ぅ……」
びちゃびちゃ、と吐瀉物が地面にぶつかって服が汚れていく。いや、私自身はむしろもっと汚れてしまっているのかもしれない。人々に恐れられることは慣れるほどあったが、彼に恐怖をぶつけられるのは私にはとても耐えられるものではなかった。
彼はいつだって、どの輪廻でも私のことを人として見てくれた。半神になって化け物と罵られても彼は傍に居てくれた。その彼が私にあんな目を向けた……その事実が私の首を更に締め付けた。
『アグライア』
そう呼んでくれた彼がいないと実感することが何よりも恐ろしい。誰よりも優しい貴方……幸せにしてみせると心に誓ったはずなのに……。
「……ぉぇ……」
光と人間性を取り戻したせいで、私は彼の前にすら立つことができなくなってしまった。
アグライアが口元を抑えて走り去ってしまったことなんて誰も気に止めもしなかった。全員の息が止まる中、動き出したのはヒアンシーだった。
「悪い冗談はやめてくださいよ。こういう時はただいまって言うんですよ、⬛︎⬛︎たん」
「あの……」
「ほら、みんな一緒ですよ」
「っ、やめろ《微光卿》!」
「……え?」
彼の手を引いた時、ヒアンシーの手はなんの抵抗も受けなかった。木の葉が重力に吸い寄せられてゆらゆらと落ちていくように、それは自然に起きた。
「手……手が……え?」
手を取った、文字通りヒアンシーは彼の手を握った。
「ちがっ、わたし……そんなつもりじゃ……」
ヒアンシーに限った話ではないが……彼女にとって、彼が粉々に砕け散る光景はトラウマになっている。彼が無機質な物体になってしまうこともまたそれに付随するトラウマのトリガーであり、砕けた身体も勿論それに該当する。
「あ……あぁ……う……カヒュ……カ……カ……」
「ヒアシンシア、呼吸を整えなさい!」
「落ち着くんだ《微光卿》。彼はまだ生、……生きて……いる」
この状況で理性を保てたのはアナクサゴラスとケリュドラだけだった。しかし、2人の視線が彼に向けられることはない。自分だけでも理性を保てないと事態を収められなくなる。そう感じているからこそ、2人は現実逃避に近いフィルターを自分にかけた。
今の彼は見るだけで正気度を削られる。これが願った再会だなんて……信じたくなかった。
「ねえ、なにしてるの? それが欲しいの? いいよ、同じようなものはあと1つしかないけど。あなたが欲しいのならあげる」
手に触れた瞬間は確かに彼の体温を感じていた。それで彼は救われたんだって少しでも喜んだ自分が憎くてしょうがない。彼の傷を治すことができないのに、彼に傷ばかり負わせて……そうだ、わたしが悪いんだ。彼が救われていないのも、わたしたちのことを忘れてしまったのも、全部わたしのせいなんだ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
無意識のうちに彼の取れた手を胸に抱いてしまう。もう自制が効かずに
「なにに謝っているの?」
わたしの顔を覗き見る彼の無垢な笑顔に目の前が真っ暗になった。どうしてこんなことになるまで彼を救えなかったんだろう。
「ごめんなさい」
「……大丈夫だよ?」
やめて……そんな顔で大丈夫だなんて言わないで。あの彼じゃないと分かっているのに甘えたくなってしまうから。そうなってしまえば、もう二度と戻れない。自分だけが満たされて、彼を救おうと願うことすらできなくなる。
「……うぁ」
そこで意識を手放せたのは幸運だったのかもしれない。せめて、彼が本当に救われるまでは彼に依存してしまう訳にはいかないのだから。
「気絶しましたか。私は彼女を介抱してきます」
「ああ、任せた《叡智卿》。……さて、動けるか? ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「……? はい」
僕たちの不安を他所に、ぎこちない動きだが、彼は立ち上がった。立ち上がったことで露わになった彼の全身……彼の体はあまりにも細かった。《微光卿》が彼の手を取れてしまうのも納得してしまうほど、死線をくぐり抜けてきた彼とは思えない姿だった。
「まずは食事にしよう。歩けるか?」
「食事……?」
「お前たちもいつまで呆けている。ようやく再会したんだ。祝いの宴をしようじゃないか」
たとえ記憶を失っていても、彼が⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎であることに変わりはない。ならば、僕は彼を愛そう。彼のこれまでの苦難が報われるかどうかは僕たちにかかっている。溢れんばかりの幸福で彼を満たし続けることこそ、僕の使命だ。
「ほら、口を開けろ」
「あ、あー……」
「美味いか?」
「美味い……うん、美味いよ」
……彼は嘘が下手だ。自分のためについた嘘は一つも無いのだろう。僕の目を覗く銀色の瞳は、僕の喜びだけを探している。記憶を失っても彼は僕のためだけを想って行動する。
そんなこと、僕は何も嬉しくない。
彼はもう自身のためだけに生きるべきなんだ。雑事は全て僕らが行えばいい。彼はただ幸福を享受すればいい。これは
「……嘘はつくな。正直に言ってくれ」
『
「……わからない。美味しいがわからない」
「嘘……だろう。ワタシの鯉」
「不用意に近付くな《剣旗卿》。《微光卿》でのことをもう忘れたか?」
「っ……!」
彼のカミングアウトに他の者も動揺していたが、《剣旗卿》は特に酷かった。僕が知る限り彼と1番食事をしていたのは彼女だ。今の彼女は気が狂いそうで仕方ないのだろう。永劫回帰で彼の味覚障害が発覚した時も彼女は隠れて吐いていた。
「お前の気持ちはわかる。だからこそ落ち着け」
「カイザー、キミはどうしてそんなに冷静なんだ?!」
「冷静……? お前には僕が冷静に見えるのか?」
「そうだろう。現にキミは全く動揺していないじゃないか!」
「……そうか」
気持ちを落ち着けるために深く息を吐いて、《剣旗卿》を連れて席を外す。これから起きることは彼に見せる訳にはいかないからな。
彼から完全に見えない場所に移動した僕は、《剣旗卿》に飛びかかって首を掴んだまま押し倒した。
「《剣旗卿》、あまり僕を怒らせるな」
「カイザー……?」
「冷静? 冷静だって? 今の彼を見て冷静でいられるはずがないだろう! お前にわかるのか? 彼の変わらない忠誠を裏切った僕の気持ちが! 僕の《法》の試練のために何度も屍を積み上げていた彼を見た僕の気持ちが!!」
「なにっ!?」
「永劫回帰は彼から全てを奪った。その結果があれだ! 僕は彼の幸福のためならどんな手段も厭わない。そのために僕の感情が邪魔になるなら舌を噛み切ってでも抑える。この程度、彼が切り捨ててきたものと比べれば些末なことだ」
口に溜まった血を吐き捨て、組み倒した《剣旗卿》を見下ろす。彼女も彼のことが大切だと思っていたが……僕の思い違いだったか。
「……彼がワタシたちの幸せを願わなかった日はない。ワタシたちが最もしてはいけないのは後悔することだ。それだけは彼の尊厳のためにも犯してはならない」
「……何が言いたい?」
「
沸き上がり抑えられなくなった業火が漏れ出る。彼女を燃やさないように意識していると、首を掴む手に力が入り、歯が軋む音が聞こえた。
「図星か……。キミがどのような心持ちで彼に接しているのかは理解した。キミのそれは1歩間違えば取り返しのつかないことになる」
「……ああ、お互い、現状を整理できたようだな。僕としたことが、簡単なことを見落とすところだった。感謝する《剣旗卿》」
彼女の上から退いて乱れた身なりを整える。後悔しない……彼の献身とその結果を見た僕らにそれは難しいことだ。だが《剣旗卿》の言う通り、彼の願いを少しでも叶えたいのなら前を向くしかないのだろう。
「いや、ワタシも取り乱していた。……彼の所に戻ろう」
「……ああ」
「はい、あーん」
「あー」
まるで餌を待つ雛鳥みたいに彼はされるがままだった。それが酷い後遺症だとしても、純粋無垢な子供の世話をするみたいに甲斐甲斐しく彼に尽くすことは新鮮だった。
「いっぱい食べてね」
味覚がなくても温かいご飯は心を満たしてくれると思う。前よりずっと儚くなってしまった彼だけど……体温はまだあるみたい。なら失ったことを忘れてしまうくらいの温もりで包み込んであげないと、頑張った彼を労うことはできないでしょう。
「食べ終わったら
「ルトロ?」
ライアちゃんとフェルちゃんはどこかに行ってまだ帰ってこないけれど、今は彼の世話をしていたかった。食事を終えて、ルトロに来た私たちの前にファイちゃんとモスちゃんが立ちはだかった。
「トリスビアス先生、着替えは僕たちが手伝うよ」
「ファイちゃん……。別に彼だから私がしても大丈夫」
「そういう問題ではない、トリスビアス。いいから俺たちに任せろ」
どうせなら全部お世話したかったけれど、2人も彼のお世話をしたいのなら少しくらい譲らないと取り合いになってしまう。ここは潔く任せることにして、私たちも着替えることにした。
「……」
「……」
少し遅れて着替えを終えた⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が戻ってきたけど、着替えの手伝いをした2人の顔色がかなり悪くなっていた。
「どうしたの2人とも。顔色が悪いわよ」
「僕たちは少し用事を思い出したから後のことはお願いするよ」
「……」
「そう? じゃあ気を付けてね」
風呂着だというのにやけに厚着をした⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を残して2人は行ってしまった。ずいぶん思い詰めたような顔をしていたけど……更衣室で何があったのだろうか。
「何かあったの?」
「わからない。……でも、凄く悲しんでいた」
彼に暗い顔をさせてしまうなんて……あの2人には後で話を聞く必要がある。落ち込む彼をなんとか宥めて、残ったのは私とキャスちゃんだけだったから横並びでお湯に浸かった。
「腕は痛くない?」
「……痛くないよ」
「痛覚もなくしちゃったのね。でも大丈夫。それでも貴方は幸せになれるって教えてあげるから」
今の彼は純粋というより、
「大丈夫?」
「そう、大丈夫。難しく考える必要はないわ。みんな貴方のことを幸せにしたいと思っている。貴方はその想いを受け止めてくれればいいの」
「はい……。皆さんは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さんのことをとても気にかけてくださります。私も……貴方を幸せにしたいと思っています」
ゆっくりと
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さん、服が乱れています。直しますか……ら……」
キャスちゃんが服に手をかけようとして停止する。彼の胸元から覗かせる硝子結晶……それは、彼が力を使う時に出していた翼と同じものだった。
「ごめん……脱がすね」
「?」
慎重に彼の風呂着を脱がしていくと、
「また……悲しんでる?」
「違うの、これは……」
私が見てきた彼の体のどれよりも細く、今にも折れてしまいそうな細枝のような体。決して雑に扱ってはいけない……しかし、それは現在進行形で自壊している。
「どうして?」
死、『
「ワタシの鯉……?」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……?」
最悪のタイミングで2人が帰ってきたが、誰も言葉を発せない。全員の脳裏には目の前で砕け散った彼の光景がフラッシュバックしていて呼吸が乱れる。
「……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、お前は自分がどんな状態なのかわかっているのか?」
「……?」
息を荒くさせて、絞り出したカイザーの問に彼は不思議そうに首を傾げた。その時、私たちはようやく理解した。彼は記憶喪失になったのではない。彼は
「
「ねえ、何言ってるの?」
「そんなこと言ったって……だって
アグライアが走り去っていくのを追いかけようとしたけど、たまたま通りかかったおばあちゃんの言葉にあたしは足を止めずにはいられなかった。
「そんな訳ないでしょ。どこからどう見ても⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎がいるじゃん」
「⬛︎……⬛︎……? ごめんなさいね。さっきから聞き取れないんだけど、それはセファリアの言う人の名前かしら?」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎だよ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。⬛︎、⬛︎、⬛︎、⬛︎!」
「ごめんなさい。どうしても聞き取れないわ」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を知らないなんて有り得ない。彼は大活躍した英雄だ。だけど、どう見てもおばあちゃんが嘘をついているようには見えなかった。あたしは彼の名前を適当な紙に殴り書く。
「ほら、これで読めるでしょ?」
「何も書いていないじゃない」
「は?」
紙を確認すると、おばあちゃんの言う通り
「⬛︎……⬛︎……⬛︎……⬛︎……え?」
確かに書けていた……書けていたはずだったのに、瞬きする間もなく彼の名前は消えていた。
「どういうこと?」
認識できなくなるだけじゃない、存在そのものに対して《詭術》とは比べ物にならない、何かとんでもない力が働いている。一体誰がおばあちゃんたちにそんなことを……
「違う。
彼が誰にも認識されていないのが
「そんなの……嘘だよ。嘘にしないと……」
もうあたしの知らない場所でいなくなるなんて絶対に許せない。全部終わったんだから、彼が救われないのはおかしい。そうじゃなきゃ……どうして……彼があんなに辛い思いをしなくちゃいけなかったの?
あれから、彼から少しでも目を離すことはできないと全員の意見が一致しました。そして話し合いの結果、恐れ多くも私が彼と共に寝ることになった。私の《死》の権能で開拓者さんにしたように、命を与えることができるのではないかという希望的推測によるものでした。
『キャスちゃんのことだから間違いは起きないと思うけど、気を付けてね』
『……任せた《花海卿》』
『紫色のチョウチョウオ。一夜だけ彼と共にすることを許してやる』
『また明日』、御三方は最後に彼にそう言って私に任せました。責任重大……ですが、私は彼と一緒に寝られることが純粋に嬉しかった。永劫回帰で彼と触れるようになっても、彼は睡眠中でも警戒を解いていませんでした。無防備に眠る彼を抱擁するのはこれが初の試み。不安はありましたが、期待がそれを少しだけ上回った。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さん、どうぞこちらに」
「……」
彼も眠たくなってきたのか、目を垂れさせてウトウトし始める。寝落ちして倒れてしまえば大変なことになるので、決して彼を壊さないように迅速にベッドに誘導して横に寝かせる。
横になった彼はすぐに寝息を立てて眠ってしまった。その姿は純真な子供のようで可愛らしいものでしたが、小さく鳴り響く破砕音が拭い切れない不安を増幅させる。
「もう一度、貴方の温もりを確かなものにさせてください」
壊してしまわないよう繊細に彼を抱きつく。抱擁の温かさも彼は感じることができないのかもしれないけど、彼を想うこの想いだけでも届いて欲しい。
「……あれ?」
彼に抱きついた途端、彼から鳴っていた破砕音が小さくなったような気がする。もしかしたら……もしかするかもしれない。私の抱擁で彼を救えるのかもしれない。
「どうか……私にもう一度、希望をください」
一抹の希望を優しく抱きしめて、私は幸せな夢を見ることができた。
「……ん、おはようございます」
私が目覚めた時、彼は大人しく私の腕の中で眠っていた。彼の寝顔を見ていると幸せな気持ちが溢れてしまって、彼の愛らしい寝顔にイタズラをしたくなる。寝ているうちに体が崩れなかったどうか確認するために一度抱擁を解こうとした瞬間、彼の顔に亀裂が入った。
「え?」
強く抱き締めてしまったと思い、急いで彼から離れると亀裂はあっという間に彼の全身に入っていった。
「まっ……」
伸ばした手が彼に触れるよりも早く、彼は
「……え?」
彼がいた場所を必死に手で探っても何も無かった。僅かに感じさせてくれた温もりも、愛らしい彼の姿も全部、全部全部全部……
「き、消え……いや……いやあああああああぁ!」
これが、私たちの
『汝は全てを手放し、向かうべき明日を見失うだろう』
そもそも、
信じるか信じないかはあなた次第……