ウワァー!!!オンパロスだこれッ!? 作:ありがとうオンパロス
柔らかな光が射し込む回廊には一人分の足音が響いていた。冷たくない風がなんだか肌寒く感じて、軽く息を吐いて確かめた。僕の内で燃えていた火種はもう僕を焼くことはないけど、今日は起きてから胸の中で何かが燃えているような気がしていた。
昨日、待ち焦がれた⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の目覚めに立ち会えたことは喜ばしいことだが、彼が置かれている状況を突きつけられることになった。更衣室で見た彼の体、あれは店主のものでも戦士のものでも無かった。彼の
彼を見ていると背筋が凍るのはなぜだろう。それはきっと、彼を自分と重ねてしまうからだ。終わりの見えない永劫回帰、過酷な歩みを僕は彼と共に進んできた。もし何かが違えば、もし逆の立場だったら、僕は彼と同じ結末を迎えていたと思う。
……いや、彼が捧げたのは自我や魂だけじゃない。皆に対する何よりも深く大きな『愛』があったからこそ、彼はあそこまで羽ばたいていけたんだ。僕なんかじゃきっと同じことはできないだろう。あんなに……全部……失ってしまうまで……。
「……切り替えよう。彼が目覚めたということは、これからいくらでも時間があるということなのだから」
昨日は衝撃を受けきれなくて逃げてしまったけれど、『今日』、『明日』、彼と向き合う時間はある。彼が僕にしてくれたように、僕も彼に寄り添いたい。そしていずれ、みんなの平穏の中に笑顔の彼がいるのが当然のことになってほしい。
髪を撫でるように顔の横を風が通り過ぎた。偶然というのは時に神秘的で、運命的なものを感じさせる。導かれるように向けた視線の先には⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の姿があった。
「……」
1人の青年が窓辺に寄りかかって寝ている光景は、まるで絵画のように美麗だった。窓から射し込む光が彼の硝子の体を透過させて、今にも儚く消えてしまいそうな彼は幽霊みたいだ。驚かしてしまわないようゆっくりと少しだけ近付いて、彼の顔を見つめる。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
彼の名前を呼ぶ。店主、戦友、先生、教官、輪廻の中で彼の呼び名は様々あったけれど、今からでも彼を名前で呼びたい。それがきっと、彼に向き合うということに繋がると思うから。
「んぅ……」
どのような時にも終わりが訪れるように、彼の瞼は開かれた。彼の銀色の瞳が僕を捉えても、彼の瞳に僕は映らない。伸ばした手が鏡を突き抜けるように、僕らの言葉や想いも彼には届かない。この想いをくれたのは彼だというのに。彼に何をしてやれるのか分からなくなる。
「……誰?」
「っ……」
当たって欲しくなかったけど、こんなことになるだろうと予想はしていた。彼は記憶喪失じゃない。もっと残酷で、理解の及ばない状態だ。予想はしていても……彼の顔でそんなことを言われると胸が締め付けられたように痛くなる。
「僕はエリュシオンのファイノン。よろしく、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「ファイノン、よろしく」
……今だけだ、今だけ彼に何度でも名前を告げよう。そして必ず、彼と「また明日」を交わすことができるようにしてみせる。彼がいない『明日』なんて僕には考えられないのだから。
足元がおぼつかない彼と手を繋いで僕たちはみんなの所に向かう。僕だけじゃ彼が抱える問題を解決できない。僕たちは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎のことで更に団結力を強めていく必要がある。団結できるかどうかの心配なんて微塵もない。彼が皆に捧げた『愛』はきっと、皆も突き動かしてくれると信じている。
「……ぃ……さぃ……!」
みんながいると思われる所まで来るとなぜだか騒がしい声が聞こえてくる。何かあったのかと少し急いでみんなと合流すると、キャストリスさんが顔を手で覆って慟哭していた。
「ごめんなさい……私のせいで……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さんがぁ……!」
「落ち着きなさい、キャストリス。もう一度、何があったのか最初から説明してください」
普段の彼女からは考えられないほどの悲惨な叫びに、みんなも真剣な顔で彼女の言葉に身構える。キャストリスさんの肩に手を置くアナイクス先生も、神妙な面立ちで彼女に説明を求めた。
「目覚めて……彼の状態を確認しようとしたら、彼が崩れ始めて……そして……砕け……て!」
「彼はここにいるよ」
僕の言葉に全員の視線がこちらに集まる。こちらに向いた彼らの目には各それぞれの不安が見て取れた。
「でも……たしかに彼は……」
「状況を整理する必要がありますね。キャストリス、あなたの言う彼が砕けたのはいつ頃の話ですか?」
「朝……目覚めてすぐです」
「ではファイノン、あなたが彼と会ったのは?」
「ついさっきだよ」
アナイクス先生は考える素振りを見せると、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に近付いて僕が繋いでいる方と反対の手を取った。
「あなたは、誰?」
「……なるほど」
先生の顔を見て、純粋な疑問として出た⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の一言で場の空気が凍りついた。アナイクス先生は平然と受け止めたけど、彼の瞳が揺らいだのを僕は見逃さなかった。
「いま一度、全員の見解を整理しましょう。彼が一体何者で……どうすれば取り戻せるのか。私たちで明らかにするのです」
先生はいつだって落ち着いていて理性的だ。……でも、彼も⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に溢れんばかりの『愛』を託された1人だと、僕は気付かされることになった。
「彼が彼足り得ない原因は
「それで、僕たちはどうすればいいんだ? アナイクス先生」
「欠けたものは補えばいい。……ヒアンシー、あなたに預けていたものがありましたね。それを持ってきてください」
ヒアンシーは私の呼びかけに肩を震わせるだけで、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎から離れようとしなかった。彼女は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を前にした途端、昨日欠損させてしまった手を涙を流しながら触って確認している。
「……ヒアシンシア、いつまでそうしているつもりですか」
「わ、わかってます……。で……でも、
「手離したくないのは分かります。しかし、
「……まさか」
私たちの会話に唯一理解を示したのはファイノンだった。そういえば、あの場には彼もいましたね。
「彼が歩んだ道は喪失の道でした。しかし、魂までボロボロになりながら歩いた彼の後ろにはその足跡が刻まれています。私たちの永劫回帰の『記憶』は
戻ってきたヒアンシーの手には、
「先生……」
「私たちがどれだけの輪廻で彼の魂を診てきたと思っているのですか? その信念を見守ってきた者として、私には彼を導く義務がある。彼が道を見失っているのなら、正しい道を教えてあげるのが私の役目です。貴女はどうなのですか……アグライア?」
逃げようとしたところをトリスビアスに防がれても尚、未だ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎から目を逸らし続けているアグライアは親に怯える子供のようだった。そこにいたのは《浪漫》の半神でも「火を追う旅」の先導者でもない、私の目には彼女は至って普通の人間に見えた。
「『彼を幸せにする』、あれもただの妄言ですか?」
「っ……違います」
「では何故、彼を見ない。私たちが向き合うべき彼はそこにいます。私たちが救わなければ彼は永遠に救われない。貴女は彼が全ての喪失を受け入れるのを良しとするのですか?」
「違います!」
「ならば自身を顧みずに向き合いなさい! 彼が私たちにしてくれたように!」
光を取り戻した彼女の瞳がようやく⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の方に向けられる。今の彼は良くも悪くも純真無垢。ただ……ヒアンシーに手を捧げようとしたように、私たちへの想いだけは残っている。
「……向き合う」
「……苦しいの? どうしたら苦しくなくなるの? ……わからない」
「っ! ……大丈夫です。もう……いいんです。貴方はよく頑張りました、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。だから……もういいんです」
彼女の様子から、盲目だったが故の恐怖があったことは容易に想像がつきます。しかし、彼は自身の消滅を知っても歩みを止めなかった。終焉に抗いながら私たちに寄り添い続けた。私たちはその信念に習う必要がある。そして、その道が徒労であることを否定する。
私たちが犯した
「いいですか。なにか異変を感じればすぐに言ってください」
「わかりました」
微かに温かい彼の胸をなぞって、欠片を慎重に埋め込んでいく。彼を取り囲む謎の多くはまだ解き明かせていないので、何か異常があればすぐにでも中止するつもりだった。……しかし、それは私の傲慢にすぎなかった。私は間違いなく誤った判断を下し、彼を傷付けた。
「あ、そこはだめ」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の言葉に反応するよりも早く、彼の胸部は砕けた。もしも、そこに心臓があったのなら生々しく露呈してしまうと思うほどの深刻な局所的崩壊。咄嗟に引き戻した彼の魂の欠片には……ひびが入っていた。
「なん……っ!」
失敗したと理解した時には体の崩壊は止められなくなっていた。逸る焦燥感に襲われて、伸ばした手の先で彼は笑みを浮かべていた。その笑顔は私の罪に対する赦しか、永遠の別れか……あるいはどちらとも受け取れた。
「大丈夫」
「まっ……!」
いつだって彼は本当のことを隠したがる。一体何が大丈夫だと言うのか。彼が大丈夫と言って大丈夫だったことはあっただろうか。その程度の嘘で私たちが安心するとでも本気で思っているのか。
「ふざけるなっ!」
彼が消えた台を怒りに任せて叩きつける。手に染み付いた痛みを噛み締めながら、私は自身の失態に今更気付いた。
「異変を感じれば……? 滑稽にも程がある。
本来、魂の補強には激しい苦痛が伴うというのに、彼の弱音ひとつ吐かなかった姿に慣れてしまっていた。痛みは防衛本能が正しく機能している証拠だとヒアンシーが言っていた。
「アナイクス先生……」
「ファイノン、私を殴りなさい」
「そんなこと……」
「いいから早くしなさい!」
「……はぁ!」
頬に突き刺さった拳は頭を大きく震わせた。口の中を切って流れた血は唇を黄金色に染める。気つけにしてはまだ甘いが、頭の中に煮詰まっていた焦燥と後悔を封じ込めることはできた。
「止まることは赦されない。それは彼が最も嫌ったことなのだから」
次の日、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は何もなかったかのように私たちの前に現れた。変わらない顔、
「大丈夫」
「そこじゃない……よ」
小さな呟きを最後に軽い破砕音と共に簡単に消えていく。これで
「先……生……」
これまでで分かったことは、消えても次の日になれば現れること、接触による崩壊の遅延は効果が見られること、私たち以外の者には⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を触れもしないということ。
「ありがとうございました。あなたは休んでください」
「先生も休んでください。酷い顔……してますよ」
「私はいいです。ヒアンシー、
「……はい。では失礼します」
私たちの正気度が音を立てて削ぎ落ちていくのがわかる。ヒアンシーに関しては、最初の方は酷く腫らしていた目を最近は見なくなった。もう涙を枯らしてしまったのかもしれない。この地獄はいつまで続いてしまうのか考えるだけで恐ろしくなる。
『大丈夫?』
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の前で虚勢は役に立たないことは百も承知だったが、何も映さず全てを吸い込む
進展があった
「……教授?」
一瞬、聞き間違えかと思った。とうとう幻聴まで……それもこんな時に、まるで彼が私に呼びかけたような。
「アナクサ……ゴラス……教授」
たしかに聞こえた、それは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の声だった。恐怖を噛み締めて見た
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……」
「先生っ! 崩れてます!」
その瞬間は時が止まったかのように緩慢に過ぎて見えた。全て悟った顔した⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の微笑みに突き動かされて、心臓部に手を突き刺した。直に触った心臓部は指を動かすだけで枯葉のように崩れる。最後に残った手の中には崩壊からギリギリ逃れた欠片があった。
「っ……っ……!!」
今にも溢れそうな発狂が胸でつっかえて溺れる。希望と絶望を同時に咀嚼して口の中がぐちゃぐちゃになった。飲み込むことも吐き出すこともできないまま、私は縋るように名前を呼んだ。
「⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎……」
「大丈夫……大丈夫……」
もう彼の顔も見れないまま、私は彼の手を握っている。伝わってくる些細な温もりと、細かく響く破砕音も普通のことのように思えてきた。
「大丈夫……大丈夫だからね……」
本当は心配してくれているのに、彼は何も聞かないでくれている。そんな優しい所が大好きなはずなのに……今は私の胸を苦しめる。
「トリスビアス、交代だ」
「……モスちゃん」
「限界を超えて接するのは危険だ。……セファリアの二の舞になりたいのか?」
「無理に接触してしまえば加減を誤る。無意識に抱きしめて失いたくはないだろう?」
「そうね……まだ希望はあるもの。無理は禁物よね」
「……」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と離れる瞬間、つい彼の顔を見てしまった。私を心配そうに、悲しくて寂しい顔をしていた。ああ、貴方にそんな顔をさせたい訳じゃないのに。
「トリスビアス!」
「……あれ?」
気付いたら私はモスちゃんの腕に抱えられていた。少しだけ意識が揺らいた数秒間、何が起きたかは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に伸ばされていた私の両腕が全てを物語っていた。
「しっかりしろ。お前まで正気を失ってしまえば誰も⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の傍にいなくなる」
「……モスちゃんがいるじゃない」
「……今のローテーションでギリギリだ。俺もいつやらかすか分かったもんじゃない」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の接触担当を外されたのは4名。
フェルちゃんは強く抱き締めすぎて彼と一緒に壊してしまった。
『あ……はは、あたしって最低だよね。こんなことで満足しちゃったんだもん。ごめん……ちょっと無理かも……あーあ、ほんと最悪……』
カイザーは最期の光景が焼き付きすぎて幻覚を見るようになってしまった。
『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……怪我してるじゃないか。ほら、よく見せてみろ。また輸血か? 待ってろ……今血を用意してやる。なんだお前たち……僕を止めるな。僕は彼を救わないといけないんだ』
セイレンスお姉ちゃんはだんだん味がわからなくなって何も喉を通らなくて倒れてしまった。
『わから……ない。ははは、ワタシの鯉と同じだな。こんな感じなのか……これで同じだな。……嬉しい』
ヒアンシーちゃんの涙は枯れて、毎日死んだような目をするようになった。
『え、ああ……大丈夫ですよ。『また明日』会いますので……はい』
アナちゃんは魂のことで手一杯、キャスちゃんやライアちゃんも危ういから、実質的に接触担当は私とモスちゃんとファイちゃんだけになってる。
不思議だった……。全て終わったはずなのに、どうして私たちは笑えないのだろう。だって彼は報われるべきでしょう? 私たちと同じ英雄の運命がこんなに酷いものだなんて……誰も信じたくない。
「
「ファイちゃんは強いわね」
「……似たようなことを何度も経験してきたからね。2人とも無理はしないで僕に任せてくれ」
「では……お前の言葉に甘えるぞ、救世主」
誰にも余裕なんてない、全員が限界だった。『明日』壊れるのは自分かもしれない。もう誰も⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の傍にいてあげられなくなる……そう考えていた時、私たちの前に救いの糸が垂らされた。
「あ……見つけた? 外の……『記憶』?」
一般人には見ることも叶わない宇宙ステーションの特別な実験室。ここの主である彼女は美しい長髪を靡かせて2人の訪問者を紫の視線で射抜いた。
「来ると思ってたよ。お子ちゃまたち」
彼女は知恵の使令、天才クラブ#83、そして、
「お願いヘルタ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を救けて!」
「……いいよ。じゃあまずは、2人の覚悟を聞かせてもらおうじゃない」
漂白の旅を終えた英雄の物語……そこに新たな『終止符』が打たれようとしていた。