ウワァー!!!オンパロスだこれッ!?   作:ありがとうオンパロス

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人は愛したいと願った時、同時に愛されたいと願ってしまう。
愛したあなたよ、どうか幸せになってください……



終わり!閉廷!

 

 

 

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の全ては最初から『虚無』だった。

 

「そういえば、あんたの名前はなんて言うんだい?」

 

 オンパロスに転生してしまったせいで、最初に本物の生命と名前を奪われた。

 

「えー……っと」

 

 報われない徒労の道と知っていたはずだった。だから独り静かに暮らしていた。

 

「俺……私の……」

 

 誰にも本当の自分を見せず、隠しているうちに本当の自分は奪われた。

 

「私の名前は……」

 

 叫ぶ心はすぐに壊れてしまっていた。不幸か幸運か、運命はそういう風にできていた。

 

「名前は……」

 

 普通の人間だったはずなのに、何も背負う必要なんて無かったのに、その背中には多くのものが積み重なっていった。

 

「なま……え……」

 

 そのままじゃ歩けなかったからたくさんのものを切り落としてきた。とても痛かったし血が多く流れたけれど、そうして進めるようになれた。

 

「……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」

 

 行き止まりに着いた時には、どうして歩いていたか分からなくなっていた。

 

 

「私の名前は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎です」

 

 ふと振り返ったら全てが透明だった。隠してた本音は無くなったらしい。本当の名前なんて、最初から無かったんだ。

 

 


 

 

 望まないお別れをして、『紡がれた物語』の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎のページが無くなっているのに気付いたのは最後の一筆を書き終えた後だった。『虚無』の運命に堕ちた()()()()()英雄。最期まで報われなかった彼の物語、せめて失われることはあってはならない。あたしの『記憶』の力で絞り出せたのは、空白の小さな付箋だけだった。

 

「それが⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎なの……?」

 

 白紙のページに、気持ち程度に添えられた付箋を見た開拓者の青ざめた顔は一生忘れられないものだった。

 

「ごめんなさい……あたしじゃ力不足みたい。あたしたちは憶えていても、オンパロスは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎のことを『記憶』していない。こんなことになる前に……もっと早くに気付くべきだった……」

 

 『永遠の1ページ』の⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎はみんなの『記憶』を継ぎ接ぎした作りモノで、とても脆い。触れる者を傷付ける勢いで砕け消えていく様は痛々しいなんてものじゃなかった。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎はもういないんだって……世界がそう言っている気がした。

 

 

『さようなら』

 

 あのお別れは……どうしてか本当のことのようだった。

 

 

 最後の笑顔が本物じゃないことは分かっていた。独り満足した気になって、本当の意味であたしたちと目が合わない貴方。あたしたちの隣に立っていたはずの人は、いつの間にか手の届かない場所に行ってしまった。

 

「ごめんなさい……あたしじゃ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を救けられない」

 

 

 

 あんな別れ方で、救いの無さで、彼の全てが『虚無』になることなんてあたしたちには耐えられなかった。最後に残された可能性は、()()()()と天才の『知恵』だけだった。

 

 


 

 

開拓者(お子ちゃま)と『最初の知性の種(デミウルゴス)』、来ると思っていたよ。それで、なんの用?」

 

 冷たくも優しい天才の鋭い眼差しがあたしたちを貫く。天才である彼女にとってこれは質問ではなく確認。あたしたちは手を貸すに値するかどうかを問われていた。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を救けたい」

 

 あたしがそう答えた瞬間、ヘルタの眼光が更に鋭くなった。

 

「それは彼の選択を否定するってこと?」

「こんなエンディングじゃ誰も喜ばないわ。彼を救い出す方法があるのなら、あたしたちは何をしてでも彼の手を取る」

「ふーん……」

 

 あたしたちの答えに対してヘルタは見下す様にため息を吐いた。再び開かれた紫の視線は、あたしたちを救いようがない愚者だと言っているようだった。そして気付く、もう事態は想い願いだけで解決できる状況ではなくなっているのだと。

 

「あきれた。天才の時間は貴重なの。あなたたちがしようしていることは彼の覚悟を無駄にするかもしれないことなのが分からないの?」

「それでも……」

「宇宙では救われない英雄の話なんてありふれてる。その中でも、彼は最期に私に素敵な贈り物ができたんだから恵まれてるよ」

 

 ヘルタは『知恵』の使令、その強大さを肌で感じさせられる。冷徹な怒気を含ませたヘルタの声はあたしたちを残酷な現実で諭してくる。

 

「いい? あなたたちの言う彼は『虚無』に呑まれたの。それでも彼は鉄墓を道づれにあなたたちに道を示した。1人の英雄として破格の功績だよ。これ以上なにを求めるの?」

 

 ヘルタの言っていることは正しいと思う。少なくとも、あたしたちはこれから幸せな『明日』を迎えることができるようになった。でも、彼のいない『明日』は……それは本当に幸せなんだろうか?

 

「まだ可能性があるのなら、あたしたちは躊躇いたくない。硝子の翼でも雄大に羽ばたくように。少しでも、より良い幸せを願って必死に手を伸ばすの。それは彼が教えてくれたことだから……」

 

 

『いいから進めってば』

 

 

 ごめんなさい⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……。あたしたちは貴方を置いては上手く進めない。だから貴方の『愛』も「想い」も全部は受け取れない。貴方があたしたちの幸せを願うなら、あたしたちは貴方の幸せを願いたい。

 

「ずっと一緒にいたいと願うことは……許されないことじゃないでしょ?」

 

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が存在しない事実を溢れる想いで否定したくて息が荒くなる。熱く湧き上がる涙を抑えられなくて祈りに似た声が漏れた。

 

「……いいよ。この天才が力を貸してあげる。あなたたちをそこまで言わせる彼に興味が湧いてきた」

 

 先程までの怒気と冷酷さがまるで嘘だったかのように、ヘルタは優しく頷いた。紛れもない天才である彼女には最初から分かっていたのかもしれない。でも、あたしの想いを引き出せたことに彼女は満足そうにしていた。

 

「それじゃあ、彼の物語を聞かせてくれる?」

 

 


 

 

「……そう」

 

 『紡がれた物語』から消えてしまった、あたしたちが知っている⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の物語を聞いたヘルタはただ一言そう零した。ファイノンとはまた違った意味で悠久な物語を全て語ることはできなかったけど、ヘルタはどこか腑に落ちたようだった。

 

「だったら、彼を救い出せる可能性はまだある」

 

 そう言ってヘルタは遺物の槍を取り出した。銀色の素朴な装飾がどこか彼らしい、見ているだけで胸が苦しくなる槍だ。

 

「あなたたちはまだまだ彼のことを知らない。たとえ3000万回の輪廻を以てしてもね。()()が何なのか誰も知らなかったんじゃない?」

「それは……」

「これは『虚無』と『壊滅』の力がめちゃくちゃに混ざりあっている異次元由来の虚数エネルギー干渉媒介、まさしく()()()()()()()。話を聞く限り、これは彼の一部なんでしょ? 彼がただのデータの存在なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを単なる奇跡として処理する天才はいないよ」

 

 

 「だから色々と調べてみたの」。『知恵』の天才に偽りなし。彼女から出てくる情報は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の謎の核心を突くようなものばかりだった。

 

「……そして、この槍と同じ力の波長を放つ座標が1つだけ見つかった」

 

 ヘルタがホログラムに映し出した座標は一見何も無い、でもとても懐かしい感傷が込み上げてくる場所だった。

 

セプター(オンパロス)()()()()()()()ここにあるのは、異常に歪んだ次元の裂け目。たぶんここに()()()()()()()()()()。2人とも……」

 

 

 天才の口から提示されたのは、優しくて報われない……そんな彼らしい結末だった。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 

 空白になってしまった⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎のページにもう一度一筆を刻むため。あたしたちは迷子のあの人に手を差し伸べるのだった。

 

 


 

 

 『永遠の1ページ』に集まった私たちは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎救出作戦のための最後の話し合いを設けていた。黄金裔たちはまだ希望があることに歓喜していたが、続くヘルタの言葉を伝えると一変して静まり返ってしまった。

 

 

『もし失敗すれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あなたたちは彼の存在を忘れて、彼のことを求めることも哀しむこともできなくなる。彼が全てを捧げて得た存在証明(奇跡)でさえ無かったことになってしまう。本当に……残酷なまでに優しい人だね』

 

 

 遺されたたった1つの奇跡を掴み損ねた時、それは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎という存在の完全な消失を意味していた。

 

 

「僕は行くよ、相棒」

「ファイノン……」

「彼を救う方法があるのなら僕たちに止まる理由はない。そうだろう?」

 

 最初に立ち上がったのはファイノンだった。永劫回帰で最も彼と共に歩んできたファイノンの言葉に、黄金裔たちは目に光を宿していく。

 

 

「でも……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さんを忘れてしまうかもしれないと……」

 

 みんなが正気を取り戻す中、空っぽの⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の手を握るキャストリスがか細く呟いた。

 

「私は……嫌です。もうこれ以上失いたくない……忘れたくない……」

 

 それは、全員に共通する切な願い。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎という存在に心を預けた者たちのトラウマだった。もしあの瞬間をやり直せたなら……そう思わなかったことはない。だって彼はあんなにも傷付いてしまったのだから。

 

 しかし、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎のことを憶えている彼らは真の英雄であり、自覚はなくとも彼を救い続けてきた者たちだ。

 

「すみません。つい、不安になってしまって……」

「いいや、僕も同じことを考えていた。もし、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎との記憶が無くなってしまったら……きっとそれは形容し難い虚無に襲われることになるだろう。だが、今のままでは彼は死んだも同然だ。僕は彼ともう一度笑い合いたい……今度こそ救いたい! みんなもそうだろう?」

 

 ファイノンの言葉は黄金裔たちを奮い立たせ、もう一度進む覚悟を与えた。完結した物語のその先……新たに加えられる終止符のため、私たちは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎と向き合うことを誓った。

 

 

 まだ本のページには空白が残っていて、手にあるペンは折れていない。これは、終わった物語に加える最初の一筆であり、最後の終止符だ。

 

「さあ、新たな結末を『開拓』しよう!」

 

 


 

 

 

 

 

 

 空虚な空は黒い太陽が覆い尽くし、砕けながら硝子化する大地には黄金の地脈が脈動していた。

 

 そこは、1人の我儘で運命ごと銀河から切り離された、オンパロスだった世界。四末説の『虚無』と『壊滅』が満たされた終焉の縮図。その中にいる身勝手で独善的な世界の主は体を丸めて眠っていた。

 

 

だれかみている

 

 

 銀色のイデアを黄金色が模様作った肢体が上体をしなやかに起き上がらせる。都市国家1つ覆い尽くせる程度まで()()()()()()硝子の翼が叫び声のような反響音を響かせて蠢けば、感知した矮小な干渉を弾き返した。

 

 

消さなきゃ全部みんなの為に

 

 

 別次元から迷い込んだ魂は『種』を残して消えた。しかし、虚数エネルギーに侵された魂は侵食された《運命》によって次元間に押し留められていた。その魂を消滅させるのが『虚無』なのか『壊滅』なのか……一見屁理屈のような因果の齟齬が⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に終わらない苦痛を与えている。これはオンパロスの()()()()()、深い『虚無』と均衡するまでの『壊滅』を得たことによる執行猶予……不遜なる罪の代償だった。

 

 

 ()()は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ではない。

 

 ()()には前世なんてない。

 

 ()()にあるのは苦痛だけだった。

 

 ()()の運命は変えられない。

 

 ()()は幸せにはなれない。

 

 

 

 ()()には、未練があった。

 

 

 

「空白の続き……これは誰も知らないロマンチックな物語」

 

 ひとひらの『記憶』が寄り添う中、彼は眠りにつく。小さな指が髪を撫で、桃色の少女は3000万回分の妖艶な笑顔で言う。

 

「ロマンチストな貴方にはハッピーエンドがお似合いよ……店主さん♪」

 

 

 


 

 

「……っ! やっぱり弾かれた。でも間違いない、()()の性質は星神(アイオーン)のそれに限りなく近くなっている。自由意志はとっくに無くなっていると見ていいね」

 

 裂け目に突入するのは開拓者、デミウルゴス(キュレネ)の2人に決まった。ヘルタによると、オンパロスを元に生じた裂け目の中でなら『紡がれた物語』の中にいる黄金裔たちも外に出て活動できるって話だった。

 

「いい? 次元の裂け目には高濃度の虚数エネルギーが充満している。私たちが全力でサポートするけど、どんな影響があるかわかったもんじゃない。最悪の場合、自分の運命が塗り替えられることも覚悟して」

「あたしはもう彼に運命を変えられちゃったから今更ね」

「入った途端に消滅するかもしれないって言ってるの。あれは彼の姿をしているけど、決して油断しないで。私たちが開けようとしているのはパンドラの匣なんだから」

 

 ヘルタの真剣な表情はいつになく険しく、ことの重大さを如実に物語る。彼女にとって⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は最期に贈り物を貰っただけ、それもヘルタであれば何回も経験したようなことだろう。それでもこうして協力してくれる彼女の優しさに感謝しながら、私は『紡がれた物語』を抱きしめた。

 

「私たちが何もしなければ、彼はオンパロスと一緒に消滅する。それは彼があなたたちの為に覚悟を持って決めた選択。全てを捧げた彼を否定する覚悟はある?」

 

「大丈夫、私たちは決して見捨てない。ルールは破るためにある!」

 

 ヘルタの最後の確認を終えて、私たちは転送されて裂け目に突入する。これから私たちが成し遂げるべき、ヘルタが見つけ出した⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の新生を成し遂げる条件……それは……

 

「じゃあ、健闘を祈るよ」

 

 

 オンパロスと共に消えゆく⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 

 

「ハーイ♪ 待ってたわよみんな」

 

 裂け目の入口に立っていたピンク髪の美少女は緊迫感のある光景に反して陽気な挨拶を投げかけた。黒い太陽と黄金の地脈が軋めく終焉の中、彼女の笑顔は一輪の花のように咲いていた。

 

「キュレネっ!? 『永遠の1ページ』にもいなかったのに、どうしてこんなところに?」

「彼はキュレネ(あたし)デミウルゴス(彼女)の運命を変えてくれた。そのお返しにあたしも彼の結末を変えようと思って♪ ヘルタがここを見つけてくれて本当によかった。じゃあ彼の所まで案内するわ」

 

 遍く燃える大地の炎は空白の熱を孕んでいた。虚像の世界に意味があるものは何一つ無く、それは彼自身も同じ。拭いきれない喪失感が再び顔を覗かせるが、私たちはもう俯くことはなかった。

 

 かつてないほどの終焉世界、私たちは彼女の案内に従って進む。暗い洞窟を抜けた先、世界を見渡せる場所に立てば視界が白銀で埋め尽くされていく。

 

「これは……」

「さあ、彼の物語に新たな終止符を刻みましょう」

 

 その硝子の翼を私たちはよく知っていた。目に見えて崩れていく翼はひっくり返らない砂時計を表しているようで、欠片はもう掬えないほど落ちていった。

 

あと少しだったのに……

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……」

 

 破滅の運命に囚われた()()は息を呑むほどに美しかった。その美景は薔薇に棘があるように、妖しく人を惹きつける。迂闊にも踏み出そうとした足を抑えることができたのは、ひとえに硝子は割れやすいと知っているからだった。

 

「……本当に、やるのですか?」

「っていうか、できるのかって話じゃない?」

「クレムノスの辞書に不可能の文字はない」

 

 キャストリス、サフェル、モーディスは自身の権能が機能することを感覚として理解しつつ、其れに目をやった。変わり果てた、そう言うにはこれまでの彼とあまりにも共通点がある。しかし其れがもう彼でないことは火を見るより明らかだった。

 

 

どう……して……

 

 其れが緩慢に広げた翼が破砕音を反響させると、呼応するように世界の崩壊が激しくなり始めた。其れに敵意といったものは無かった。ヘルタの言う通り自由意志はとっくに失われているのだろう。だが、私たちを捉えた空虚な瞳に驚愕の色が見えたのは見間違いではない。全て失われてようやく……彼と向き合えた気がした。

 

「っ! 全員足を止めるな! この空間はもうじき崩壊する。最短距離で突き進め!」

 

 対峙した感傷からいち早く抜け出したケリュドラの号令を合図に、全員が一斉に走り出す。崩落する大地をものともせずに突っ走る黄金裔たちを、其れはただ見つめていた。

 

 

来ないで

 

 

 翼がもう一度反響すると、崩壊した大地が隕石のように降り注ぐ。一つ一つは大したことはないが、視界を埋め尽くす数に緊張が走る。

 

「全員、ワタシの前に出るな」

 

 一瞬でも足を止める訳にはいかない私たちの前に躍り出たセイレンスが、《海洋》で全ての巨石を押し返す。一切減速していない他のメンバーは自然とセイレンスを追い抜く形になるが、彼女の行動によって自分たちがどうすればいいのか黄金裔たちは理解した。

 

 

見ないで

 

 

 次の反響が聞こえると、其れの周囲に黒い霧が集まっていく。その『虚無』の影は視界を遮る効果は無く、ただ彼自身の輪郭を薄くしていく。それが無意識下でも発現する自傷願望であることに気付いた時には2人は動き始めていた。

 

「黎明を灯す!」

「癒しの虹を!」

 

 ファイノンが作り出した曙光をヒアンシーが《天空》の力で虹の光線に束ねて黒霧を払い除ける。光線が其れに影響を与えることは叶わなかったが、2人はそれほど期待していなかったのか動揺せず後方から走り出す。

 

 

やめて……

 

 

 崩壊して宙に舞う足場をアグライアの《浪漫》の金糸が繋ぎ止め、トリスビアスが《門と道》で継ぎ接ぎの最短経路を繋ぎ合わせる。

 

「止まらないでください!」

「あと少し……!」

 

 

どうして……

 

 

 悲鳴のような反響音が轟々と鳴り響くと、其れと私たちの間の空間に亀裂の壁ができる。消滅現象を宿す亀裂は蜘蛛の糸のように道を塞ぐが、モーディスとキャストリスは躊躇わず突っ込んだ。

 

「構うな、行け!」

「行ってください!」

 

 《紛争》と《死》が消滅を抑えている隙に包囲網を突破した時、其れとの距離はもう目と鼻の先だった。

 

 

やだ……

 

 

「ハァっ!」

「ハッ!」

 

 後方から追い付いたファイノンとセイレンスの剣閃が反響し続ける翼を斬り落とす。翼を失って自由落下していく其れに、サフェル、アナイクス、ケリュドラの手が伸びた。

 

「まだいるんでしょ!」

「目覚めなさい」

「起きろ」

 

 《詭術》で⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の存在をでっちあげて、《理性》が魂を捉える、《法》はそれらを正当化し、『記憶』の手がようやく其れを掴んだ。

 

「「「過去のさざなみを呼び起こせ!」」」

 

 其れから溢れた『記憶』が空間を塗り替えて、誰1人欠けては辿り着けなかった場所をこじ開ける。

 

 

救け……ないで……

 

 

 其れの目には……涙が浮かんでいた。

 

 

 


 

 

 

 何も無い真っ白な空間に絶えず聞こえる破砕音。

 

 そこで独り朽ちていく誰かが泣いていた。

 

「いたい……苦しいのはもういや……どうして……」

 

 自分の肩を抱きかかえて涙を流すその人の背中はとても小さかった。死ぬ迄は永劫回帰に魂を引き裂かれ、死んでも永遠の苦痛に犯される。今、目の前で嗚咽を漏らしながら泣いている、擦り切れたその姿は黄金裔に寄り添った英雄というより……()()()()()()()()()()()のように見えた。

 

「やだ……死にたくない……いたい……」

 

 それは、私たちの『記憶』にもない、彼の剥き身の本心だった。

 

 

 

()()()()()()()()()()()?』

 

 ヘルタは言った。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を殺せと。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の新生を果たす、私たちはそのために彼の覚悟を踏みにじった。理解している……納得して私たちはここに来た。ただどうしてか……手にある()()()()を突き出せない。

 

「なぜ来たんだ?」

 

 躊躇している間に英雄の姿に変わった彼は私たちを睨みつけた。その手には銀色の剣が刃を冷たく輝かせる。

 

「物語はもう終わったはずだ」

「……だからだよ」

 

 銀色になるまで自分を殺し続けて……黄金色に汚れるまで苦しみ続けた……言葉足らずで、不器用な人。彼は今自分がどんな顔をしているのか気付いていないのだろう。

 

「泣いてるあんたを見捨てられない」

 

 黄金裔たちに寄り添って、自分の全てを捧げてたって、彼は英雄にはなりきれてない普通の人だった。ただ……運命に囚われてしまっただけの優しい人なだけだった。

 

「……っ。帰ってくれ! 俺のことなんかほっといてくれ! 俺はもう終わったんだ!」

「幸せな結末を書き足そう?」

「もういいんだ……それじゃ駄目なんだ……」

 

 吐かれる声まで虚ろになって、閉じこもろうとする彼に歩み寄る。耳を塞いで何度も言葉を吐こうとして嘔吐く彼を今すぐ抱き締めたい。だが慎重に、決して刺激しないように歩を進める。

 

 慎重に、丁寧に、繊細な硝子細工を扱うように、私たちが地雷を踏まないよう気を付けている中、彼はようやく言葉を吐けた。

 

 

「俺はっ! 幸せになれなくてもいいんだ!!!」

 

 

 彼の言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた弦が大きな破裂音を鳴り響かせて千切れた気がした。反響する破裂音……しかし、それは私の周りから鳴っていた。

 

「ふーん……そんなこと言うんだ」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎さん?」

「そうか……そんなことを思っていたのか……」

「HKS」

「っ!」

 

 咄嗟にファイノンの剣を防ぐ彼の顔は驚愕の表情をしていた。先程までの混沌とした空気は一変して、いつの間にかみんな自身の得物を手にジリジリと彼を取り囲むように近付いていく。

 

「じゃあ……無理やりにでも連れて帰るよ」

 

 ファイノンの呟きを合図に黄金裔のみんなが一斉に彼に襲いかかる。もう既に彼らの頭の中に説得の文字は無くなっていた。目のハイライトを消した黄金裔たちの攻撃を紙一重で捌き続ける彼はやはり、自卑しても英雄なのだろう。英雄ではないと自称する彼は今まさに自身が認める英雄たちに一歩も劣っていないと証明していた。

 

「トリスビアス!? 貴女まで……」

「護身術を教えたのは貴方でしょ? ……そう、忘れちゃったのならその身体に直接思い出させてあげる」

「アナクサゴラス教授! 貴方は俺がこうなると知っていたでしょう?」

「知っていたからなんです? 無駄な抵抗はやめなさい」

 

 激しさを増していく包囲網はついにタイタンの権能まで使い出して収集がつかなくなっていく。

 

「いい加減諦めたらどうですか?」

「アグライア……貴女なら分かってくれるはずだ。俺は必要な犠牲だった、だから尽くした。その結果俺が消えても何もおかしくない」

「貴方は残された者のことを考えたことはありますか?」

「別れが辛いことは身に染みて知っているとも。でも……」

「もういい。黙れ《誠忠卿》」

「ああもう! どうしてみんな理解してくれないんだ!」

 

 

 

 流石の彼も黄金裔たちを一人で相手にするのは厳しかったのか、徐々に体勢が崩れていく。むしろ、この人数差でよく持ちこたえたと言うべきだろう。ファイノンに剣を弾かれて押し倒された彼はようやく抵抗をやめた。空っぽじゃない、ちゃんと生きた艶やかな息を荒らげて彼はこちらを睨む。

 

「俺はただ……みんなに幸せになってほしいだけなんだ!」

 

 若干涙目になっているのには目を瞑って、槍を彼の胸に突き立てる。この槍で彼を貫けば()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうすれば彼を取り巻く因果の齟齬ごと彼を完全に殺すことができる。

 

「それは……」

「『種が芽吹く時、その種は死んでいなければならない』。あんたの新生のために……私たちはあんたを殺す」

「……ああ、そうか、そういうことか……。ヘルタの入れ知恵だな? あー、そうなるのか……。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼は全て悟ったように体を投げ出した。その顔は理解はしたものの、納得はしていないと強く主張していた。

 

「なんてナンセンスな喜劇だ」

「でも、『愛』が大切な人を救い出すのはロマンチックでしょう?」

「……そうだね。俺もそう思うよ。キュレネ」

 

 彼はやれやれといった様子で槍先を握って胸元に狙いを定めさせる。

 

「ここだ……ここを貫け」

 

 

 最後に見せたのは、彼らしい優しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また明日……メアレス」

 

 

 


 

 

 

 

「え、最後の一筆? 俺のは別に要らないんじゃ……ああ待てそんな拗ねるな。わかった、わかったから」

 

 

「そうだな……『知ることは迷うこと、進むことは傷付くことだ。生きている限り俺たちは苦しみから逃れられない。でも、だからこそ俺たちは生きるんだ。辿り着いた場所から振り返った光景はきっと何よりも大切で、綺麗なものだから』」

 

 

「……この口調か? もう自分を偽る必要はなくなったからな。まだ不本意だが、君たちの企みが成功することを祈ってる」

 

 

 

 

「『また明日』は……その時にちゃんと言うよ」

 

 

『いつも傍にいてくれたこと、私たちは決して忘れないよ』

 

 

 


 

 

 

 こうして、『紡がれた物語』に新たな終止符が打たれ、物語の空白は埋まった。芽吹いた新生オンパロスは銀河の仲間入りを果たし、みんなそれぞれの新たな道を歩み出している。

 

「あ、メアレスからメッセージが来てる」

 

【お元気ですか、我らが開拓者。最近、あなたが模擬宇宙のテストをサボっているとヘルタが愚痴っています。このままではまた俺がヘルタにむちゃくちゃにされてしまうのでお時間がある時にでも寄ってくれると助かります】

 

【俺があなたの模擬宇宙のテストを肩代わりしてると思わないでください。天才たちの実験体としてこちらは大変過酷な日々を送ってるんです】

 

【だから早く助け……あ、待ってヘルタ別に実験が嫌とかそういう意味じゃなくてちょっとどこ連れてくんです? ルアン・メェイとの共同実験……? 待って嫌な予感しかしないんだけど】

 

【誰かたすk】

 

*ボイスメッセージを変換しました

 

 

 

「……頑張ってて偉いね」

 

 画面を伏せてとりあえず見なかったことにする。どうやら彼は賑やかな日常を送っているらしい。

 

 

 彼を『紡がれた物語』に書き加えた後、運命から救い出した『記憶』とヘルタやルアン・メェイなどの天才たちの手によって彼は新生された。彼の中には遺物の槍が埋め込まれていて、彼は『記憶』『虚無』『壊滅』を宿しながら意識を保っている希少な人造人間としてそのまま天才たちの手元に置かれることになった。

 

『彼の本当の名前や魂は取り戻せない。でも、メアレスという存在なら創造することができる。私たちがいて良かったね。そういう訳で、彼のことは私たちが管理するから』

 

 

 これは、数多の奇跡とそれを織り成した英雄たち……そしてそんな彼らに寄り添ったある者の物語。幸せな結末を掴み取った彼らはこれまでの時間を取り戻すように笑い、願いを叶えている。

 

「相棒、そろそろ航路会議が始まるって車掌さんが呼んでるよ」

「次の星はどんな所かしら? 楽しみね♪」

 

 

 本を閉じても、物語は続いていく。私たちはまた困難に立ち向かい、『開拓』の道を歩んでいくだろう。

 

【ちょ、早く来て開拓者!】

【また明日!】

 

 

【おま、待ってヤバいそれはダメやめギャー!】

 

 

 私はスマホの電源を切ってファイノンたちと列車のラウンジに向かうのであった。

 

 

 




これにてメアレスくんの物語は完結となります。
UA、お気に入り、高評価、感想、ここ好き、全てが私のモチベーションを上げてくれました。特に感想は非常に愉悦でした本当にありがとうございます(*^^*)

私が思う濃厚な曇らせをたっぷり含ませた本作を楽しんで頂けたのなら幸いです。

 最初は本当に曇らせだけを書く予定でしたが、メアレスくんの愛が想定以上に重くなりすぎてこうした結末になりました。どうしてこうなった?(困惑)ただ私はみんなを曇らせてついでに読者の脳も焼こうと思っただけなのに。
 メアレスは誰とも恋仲にさせない。ハーレムなんてもってのほか。ただお前は曇らせるだけの存在なんだと考えていても、想いが重すぎて矛盾しないよう書こうとすると恋人みたいな距離感になるのバグだろ修正まだかよ。

 ただ、そのおかげか私……官能小説というものに興味が湧きました。もしかしたらオリ主が永遠にわからされるやつを書くかもしれません

 今後の投稿としましては、番外編を書ければなと思っております。

・永劫回帰の曇らせを書く「ある輪廻にて」シリーズ
・完結後の話を書く「ちょびっと小話」シリーズ
・なんでもありのifを書く「なんでも許せる人向け」シリーズ
・R18の「オリ主がわからされるだけ」シリーズ

 私自身、忙しくなるので投稿できるとは限りません。曇らせに関してはもうアイデア全部今作に詰め込んだので空っぽです。やりきりましたドヤァ。とても楽しかったです。みんなも曇らせ書こうね。少なくとも私は速攻でお気に入りしにいくから。

遅くなりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
曇らせよ永遠たれ!
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