ウワァー!!!オンパロスだこれッ!? 作:ありがとうオンパロス
「答えなさい。貴方は何者ですか?」
女神もかくやと思われる美貌の女性が、彫刻のようなその表情を針より鋭く尖らせている。燦々と輝く黄金の糸が俺の全身をキツく縛り付けて、手にある剣は首に冷たい感触を与えてくる。
どうしてこんなことに……、考えても仕方のないことだった。事の発端は……いや、発端と言えるほどの出来事があった訳ではなかった。
あれから俺は独立して聖都の端で質屋を営んでいた。ひもじい思いをせず済んだのは、ひとえにあの日の溌溂な女主人と気前の良い店主のお陰だ。
しかし、平穏は長くは続かなかった。『第一次火を追う旅』後、『女皇』ケリュドラは治世を乱し、『剣旗卿』セイレンスと共に姿を消した。『女皇』の喪失、壮絶な時代の移り変わりに聖都は一時期混沌としていたが、新たな統治者として『金織』アグライアが君臨したことでその荒波も落ち着いてきた。二回目の火を追う旅もじきに始まるだろう。
俺はそれを傍から眺めていただけだ。……数百年もの間、眺め続けただけだ。
俺の身体は老化しなかった。女主人も店主もだいぶ昔に天寿をまっとうし、彼女たちの孫も最期を見届けた。ただ一人、俺は孤独にならざるを得なかった。顔を仮面で隠し、人との関わりを極端に減らした。俺は恐怖した。この世界は終焉を迎える。知っていても、覚悟なんてできやしなかった。
そんなある日、珍しい客人が訪れた。
「こんなお店があるなんて。ここならライアちゃんにプレゼントを買えるわね」
「おっ、こんなものまであるぞ!」
「落ち着いてて……いいお店です」
ヤヌサポリスの聖女、魂を千に分裂された最初の半神。トリビー、トリアン、トリノン。どうしてこんな所に、なんて思っているとトリアンが目を輝かせてこちらに近付いてくる。
「なあ、その仮面はなんなんだ?」
「これは傷跡を隠すためのものです。あまりに酷い有様なので、お客様を驚かさないように着けています」
「ふーん?」
納得いかない様子で顔をまじまじと見られる。幼子の様相をしていても彼女は最年長の黄金裔、何か見破られているんじゃないかと内心ヒヤヒヤする。
「こら、トリアン、失礼でちょう。ごめんなさい店主さん」
「いえいえ。珍しいものですし、慣れていますから」
「そう? じゃあこれを貰おうかしら」
小さな手で机に乗せられたのは花の装飾が彫られたブローチだった。
「いくらかちら?」
「いえ、お代は結構ですよ。金織様へのプレゼントなのでしょう? 今のオクヘイマがあるのは彼女のお陰です。これは、私からの感謝の気持ちです」
トリビーは嬉しそうに、トリアンは誇らしいそうに、トリノンは楽しそうに、満開の花のように笑った。彼女たちはアグライアを幼い頃から導き、育ててきた師匠だ。彼女たちの功績は一介の民である俺には計り知れないだろう。そんな彼女たちからどうして卑しくも金銭を要求できるだろうか。
「「「ありがとう(な)(ございます)!」」」
手早く包装を終えてブローチを渡すと、3人は俺にお礼を言って店を後にした。まさかこんな形で黄金裔と関わることになるとは思ってなかったが、彼女たちの笑顔を見れたことは何よりも幸せなことだった。
「願わくば、二度と関わらない方がいいかもな」
自分が何もしなければ、彼女たちの物語はロマンチックな結末になる。バタフライエフェクトでもあれば最悪なことになるかもしれない。可能性の話だが、何もしないのが最善なのは変わりないんだ。
「今日はもう店を閉めて書物でも漁ろうかな」
呑気にもそんなことを考えていた自分を殴るべきかは……正直なんとも言えない。
アグライアが店を訪れたのはそれからすぐのことだった。
「貴方がここの店主ですか?」
「金織様!? はい、私が店主ですが……」
「貴方の噂は聞いています。そこでなんですが、その仮面を取って頂けませんか?」
「仮面を?」
「はい」
冷や汗が背筋をつたう。とうとうこの時が来てしまった。いや、よく今まで隠し通せたと褒めるべきだろう。
「申し訳ないですが……この仮面は傷跡を隠すための」
「そのような建前は結構です。私の金糸の前では嘘も虚勢も意味を成しません」
いざこうして対面すると、黄金裔がどれだけ凄い存在なのか肌で実感する。いつの間にか足首に巻きついている金糸を見ても流石の一言しか出ない。
諦めてゆっくりと仮面を外す。この顔を他人に見せるなんて何百年ぶりだろう。
「……若いですね」
「それは……ありがとうございます?」
「そしてやはり、傷跡なんてありませんね」
「ご明察の通りです」
さて、ここからどんな展開がと呑気してたら足首に巻きついていた金糸が一瞬弛み、今度は全身を拘束される形で縛られる。
「ぐっ! な、なにを……」
「私の金糸はオクヘイマ全域に張り巡らされています。火を追う旅を出来る限り安全に行うため、不穏分子は徹底的に監視していました。しかし……貴方のことは見つけられなかった」
彼女の剣が曝け出された喉元に添えられる。状況は予断を許さないものであり、次に口にする言葉に全てがかかっていた。
「答えなさい。貴方は何者ですか?」
師匠から貰ったブローチ、あれは200年前の物だった。それも特殊な作りをしたもの。現物が残っていることはありえない。違和感を覚えた私は師匠の言うその店を調べた。
「かなり古いお店のようですね」
カイザーとセイレンスがいなくなる数十年前から続く小さな質屋。しかし、その店の店主の名前は開店当時から変わっていなかった。
半神ならまだしも、人の寿命でここまで生きられるわけがない。何かしらの
書面上では解決できない事案だと判断した私は、直接その店主に会いに行くことにした。
「いらっしゃいませ」
目の前の人物は不気味な雰囲気をまとっていた。金糸から伝わるその不気味さは仮面によるものではなく。もっと根底の、彼が持つ
得体の知れないものに対する警戒心を隠して話しかけてみると、彼はただの普通な人当たりの良い人物であることが伝わってくる。それが余計に、警戒心を積もらせた。
しかし、彼はなんの抵抗もせず金糸の拘束を受け入れた。口では抗議の声を上げていても、まるでここで斬首されても仕方ないと言わんばかりの諦念があった。
「……まず、私は黄金裔ではありません」
金糸は微動だにせず、彼の言葉が真であることを表した。
「私は私について知らないことが多いんです。なぜ若い姿のままなのか、私は見当もついてないんです」
金糸は動かない。
「でしたら何故、貴方は素顔を隠すのですか?」
「半神でも黄金裔でもない者が何百年も生きていたら人々に恐れられます。私はこの質屋で細々と生きている身、どうあっても人との関わりは避けられません。だからせめて顔を隠しました。老化しないことを隠すために」
金糸は動かない。
「……誠実な回答ですね。今こうしている時でさえ、私に敵意すら向けていない。貴方が我々に害をなそうとはしないと信じましょう」
「……感謝します、金織様」
一瞬、金糸が不思議な揺らぎを感知した。
「……私に対し、何かを隠そうとしていますね?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取ります」
「……私は、……いえ、これだけは言えません。私個人の問題なんです。例え貴女が相手でも、隠しておきたいことなんです」
先ほどまでの落ち着いた様子から急変し、まるで怒られることに怯える幼子のように動揺しだした。あまりの変わりように隠し事の中身が気になったが、害意がない相手の隠し事をイタズラに暴くのもどうか、と理性が制止する。
「どうか、これだけはご容赦ください」
「大丈夫です。元より、私は貴方が脅威でないと確認するために訪れたのです。貴方さえよければ、その身体について調べる手伝いもできるかもしれません。その代わり、貴方には我々の助けになってもらいます」
「……ありがとうございます。矮小な身ではありますが、力の限りを尽くします」
金糸が震えているのを見て見ぬふりして店を後にする。結局、彼が何を恐れているのかを知ることはなかった。分かったのはそれがきっと、死ぬことよりも恐ろしいものであることだけだった。
黄金裔……それも半神の2人と関わりを持ってしまった。そもそも俺が生きている時点でバタフライエフェクトは避けられぬことだったのだ。だからといって今すぐ全てを投げ出してしまうのも違う。トリビーたちの笑顔は……本物だった。少し背伸びをすれば届く所にある幸せを大事にしたいと思ってしまった。
終焉に対する覚悟は相変わらずないが、1市民として彼女たちを支援することはできる。徒労であったとしても、今を生きる彼女たちをどうして否定できようか。だから俺は、彼女たちの力になると約束した。できる範囲で、少しの思いやりで。
「アグライアが言っていたのはここかな?」
「わあ。見てファイノン。これ、エリュシオンにあったものよ!」
どうして、と思わざるをえなかった。そのピンク髪の美少女は、妖艶に笑って俺の前に現れた。
「あなたがここの店主さん?」
永遠にも思える物語は……まだこれから始まろうとしていた。