ウワァー!!!オンパロスだこれッ!? 作:ありがとうオンパロス
ピンク髪の美少女──キュレネがオクヘイマに居るということは、現在のオンパロスはまだ永劫回帰をしていない。もし永劫回帰が始まっていたら彼女は既に殺されているからだ。
まだ永劫回帰が始まっていないことに驚きこそすれ。しかし、だからといって俺に出来ることはない。彼女が生きていることに喜び、これから始まる火を追う旅にエールを送るくらい。ほんの少しでもよりハッピーな結末を迎えてほしいと願うだけだ。
「店主さん?」
「ああ、すまない。金織様の遣いだね? 今度は何をご所望だい?」
「それが……」
もう1人の客人、ファイノンはその逞しい体躯をずいと前に出して、爽やかに伝言を告げた。
「『貴方の身体に関してですが、進展があったそうです。2人に案内を頼んだので神悟の樹庭に行ってきてください』だってさ」
黄金裔の2人、それもオンパロスで最も苦難の道を歩む英雄のまだ拙い姿は、心の奥に巣食った罪悪感を刺激する。この場にアグライアがいなくて本当によかった。
「わかった。準備をするから少し待ってくれ」
荷物をまとめていると、キュレネが花の髪飾りを見ているのが目に入った。桜色をした花弁は可愛らしい彼女に良く似合うだろう。準備を終えた俺は彼女が見ていた髪飾りを取って彼女に差し出した。
「どうぞ。貴女のような可憐な女性に着けてもらえるのなら、この髪飾りも本望でしょう。ああ、もちろんお代は結構ですから」
「本当にいいの? ありがとう!」
ご機嫌に髪飾りを着けた彼女はこちらに見せつけるようにくるりと回り、ウインクをして笑った。横でファイノンも嬉しそうに笑うのを見て、次は貴方だと狙いを定める。
「ファイノン。貴方にも何か送らせてくれ」
「え? 僕もかい?」
「ここに初めて来た者には1つ、気に入ったものを送るのがこの店のルールだ」
嘘である。誰彼構わずそんなことをしていたら大赤字間違いなし。だが、真面目な彼ならそういうルールだと言えば必ず応えようとするだろう。欲を言えば、無私なファイノンに少しでも自分の思いを受け取って欲しい。
うーん、と首を傾けながらファイノンは店内をぐるりと見渡し、ある1点で視線が止まった。
「これか?」
視線の先にあるものを手に取る。それは彼の故郷、エリュシオンの物だと先ほどキュレネが言っていた物。それは指輪状に加工された水晶だった。
「指輪か。貴方は腕の立つ戦士だと聞いている。なら……」
俺は知る限り最も頑丈な紐を指輪に通してネックレスにする。これなら、剣を持つ彼の邪魔にはならないだろう。ネックレスを受け取ったファイノンはそれを数秒間見つめ、俺の顔を見た。
「驚いたよ。この店にはオンパロス中の品物が揃ってるんだね」
「人も物も常に動き続けている。この店にあるのは全て長い時を経て巡り会ったものだ」
故郷を思い出しているのか、ファイノンは感傷に満ちた顔をしている。これから多くを背負う彼はまだ1つの過去を懐かしみ、勇気を持って未来を照らそうという輝きを宿している。余計なお世話かもしれない。うざったいお節介かもしれない。だが、彼に言葉をかけずにはいられなかった。
「ファイノン、多くの人は未来の果てへ行けず、多くの物も永久には存在できない。だが、想いは別だ。人は想いを人に託し、永い時を進み続けてきた。想いこそ人の本質であり、未来の実態でもある。君たち黄金裔はこのオンパロスの想いを背負うことになるが、忘れないでほしい。故郷はいつまでも君の中にあるし、皆の願いの中には君自身が含まれているということを」
ああ、やってしまった。これから神悟の樹庭に出発するというのにこんなことを口走ってしまえばしんみりしてしまうじゃないか。言い終えてから恐る恐る彼らの顔色を伺うと、見事に呆気にとられていた。
「……すまない」
「なぜ謝るんだい? ……うん、ありがとう。身に染みたよ」
「とっても素敵な言葉だったわ。店主さんの言葉には確かな重みがあって、私たちのことをとても想っているのが伝わってきた。これはもう、応えない訳にはいかないわよね?」
「ああ、僕たちは必ず、次の黎明を灯すと約束しよう」
彼らのまっすぐな輝きに小っ恥ずかしくなった俺はそそくさと店を出るのだった。
神悟の樹庭は学識が集う都市国家だ。日々口論が飛び交い、知性の争いが繰り広げられている。本来、俺のような者には居場所がない都市だ。
「来ましたか」
「よろしくお願いします、アナクサゴラス教授」
アグライアを通して俺はアナクサゴラス教授を紹介された。黄金裔の1人である彼は錬金術のスペシャリストであり、七賢人という名のある学者である。アグライアとは犬猿の仲の彼も、俺の在り方とそこから得られるであろう結果には興味を示し、こうして俺のことを研究してもらっている。
「貴方の魂ですが、やはり観測で全てを捉えることはできないようです。常人と比べると異質なのはすぐに解りましたが、何がそうさせているのかは不明。ふふふ、なかなかに面白いですね」
「笑い事で済めばそれに超したことはありません」
「にしても、貴方の魂はまるでこの世のものとは思えないですね」
アナクサゴラス教授との会話はいつも心臓に悪すぎる。物事の本質を見出すのが得意な彼にとって俺は未知の領域を持つ観測対象。正直、いつ俺の隠し事を暴くか気が気じゃないのが本音だ。
転生のことがバレるのはまだいい。別の世界の記憶を持ってることもまだ大丈夫。ただし、このオンパロスに関する記憶だけは暴かれるわけにはいかない。この一線を超えた瞬間、オンパロスは俺の知る結末には辿り着けない気がしてならないからだ。それだけは、例え幾千の死が襲いかかろうとも守らなければいけない。
「せめて不老の原因だけでも知りたいですね」
「昔、大きな怪我を負ったことがあるそうですね? 当時の様子はどのようなものでしたか?」
「普通に大変でしたよ。怪我の治りは遅いし、店を回すのも一苦労。その時、自分も人なんだなと実感しました」
半ば願望に似た呟きだったが、教授は眉をひそめて続けて問いかけた。
「貴方はその身体が不死ではないと感じますか?」
「何とも感覚的なことを聞くのですね」
「感覚もまた重要な情報です。貴方は特別だ。例え論理的でない仮説でさえ、貴方には当てはまる可能性があるということです」
特別……そんなキラキラした言葉で俺を飾らないでほしい。異質、または異端あたりが適切だ。それにしても……不死か。そうでないことを切に願うばかりだ。
「私は死にますよ。普通の人のように、簡単に命を落とす」
「ほう、それは貴方の願望なだけではありませんか?」
「いけませんか?」
「……いえ、願望もまた可能性の1つ。聞きたいことは聞けました。今日のところはこれで終わりです。また何かあれば、あの女を通さず直接連絡を寄越すように。本当はこちらに移住してもらいたいのですが……」
「私もあちらで仕事があるので」
「チッ、あの女の頼まれ事ですか……。まあいいでしょう。手続きはいつでもできるので、そのつもりでいて下さい」
アグライアとの仲の悪さはまだまだ健在なようだ。決して手を取り合えないことはないことを考えるともどかしい気持ちになる。今のところ、民衆にあらぬ噂を広げて外堀を埋め、逃げ道を完全に塞いで強引に手を取り合わせる案があるが、どんな影響があるかわかったもんじゃないから封印した。
部屋を出てすぐの所でキュレネが本を読んで待っていた。彼女の頭には贈った髪飾りがささやかに煌めいている。彼女たちの為に何かできた、こうした幸せを得られることが、とても嬉しい。
こちらに気付いたキュレネは本を閉じて、儚げに笑う。
「診断は終わった?」
「ええ、お待たせしてすみません」
「ふふ、大丈夫。ファイノンもそろそろ戻ってくるだろうし、丁度いいタイミングだわ」
俺は少女の横に腰かけて、一息つく。教授に怯えきったこの心臓には休息が必要だった。水袋を傾けていると、横から花弁のような声と共に前のめりになっているキュレネがいた。
「ねえ、聞いてもいいかしら?」
魔性の上目遣いの破壊力にはとても耐えられなかった。彼女もまた人の本質に敏感なタイプ。とんでもなく気疲れする予感しかないが、覚悟を決める。
「貴方はどうして火を追う旅に加担するの? 火を追う旅は喪失の旅。これまでも多くの血が流れてきたわ。貴方は怖くないの?」
俺はこの世界に転生した頃を思い出した。終焉への恐怖、死への恐怖、勝手の知らない土地への恐怖、多くの恐怖が俺を襲っていた。しかし、今はどうだろうか?
「恐怖はもうない。そんなもの、黄金裔のみんながとっくに晴らしてくれていた。俺は……この世界が好きなんだ。多くの英雄が生きるこの世界が。だから、力になれることがあるなら躊躇わないと決めた。素敵な人たちには、素敵な結末が待っていてほしいから……」
「薄々思ってたけど、貴方ってかなりのロマンチストね。口調もそれが素なんでしょ?」
「っ! あ、いやこれは……」
「何を恥ずかしがっているの? やっと本心を出せたのよ。きっと他の人も貴方にもっと心を開いてほしいと思っているわ。でも……そうね。今だけは、私だけが特別ってことかしら?」
出会った時から思っていたが……まったく、この魔性の少女には敵わない。
「特別って……勘違いされるようなことを言わないでください」
「あら、口調戻しちゃったの? 素の方が私は好きよ。等身大の貴方らしくて」
もう本当に勘弁してほしい。ああもう、頭がどうにかなりそうだ。
「わかった、わかったから、もうからかわないでくれ」
「もう、からかってないわ。全部本心よ」
「余計タチ悪いわ!」
お互いに見つめ合い、どちらからともなく笑いだす。オンパロスに来て初めて、心から笑えた気がした。
本当に、あの日のトリビーたちとの出会いが転換点だったのだと思う。あれだけ避けていた黄金裔の人達と関わることができるのは、彼女たちがくれた笑顔のお陰だ。終焉に対する覚悟はまだないが、恐怖はなくなりつつある。もう何もせずに怯え続ける俺はいない。あとは、皆により良い結末が待っているのを願うだけだ。
燃える街を前に俺は何もできなかった。ただ立ち尽くして、街の人々が暗黒の潮に呑まれるのを見ている。そこはまさに地獄だった。終焉は、人の力では抗えないから終焉なのだ。
俺は忘れてしまっていた。人は愛があるから、想いがあるから、より深く傷付くのだと。
「どうして……どうしてっ! ふざけるな! こんな、こんなこと認めない! 認めるものか!」
運命に抗い、自己を漂白する旅が始まる。
これは、黄金裔に情緒をやられた1人の凡人の物語。