ウワァー!!!オンパロスだこれッ!? 作:ありがとうオンパロス
ソースはないです。
どうやら俺は……死んでも死にきれないらしい。
2回目の永劫回帰、俺は戦場のど真ん中で目覚めた。咄嗟に足元の盾を拾い、全力で戦線離脱を図る。起きたばかりだから足元がおぼつかないが、兵士の進行方向から戦場の規模を推測しながらできるだけ安全なルートを辿る。
「くそっ! 永劫回帰の衝撃でまだ頭がクラクラする」
1回目で死んだ俺は魂だけでオンパロスを漂い続け、永劫回帰による激痛と共に肉体も構築された。よって俺の魂に干渉している何かがこのオンパロスで異常を起こしていることが確定した。俺はどうやっても再創世以外で死にきることができないらしい。
俺の死後、カイザーは俺の遺した神託への疑念材料を元にファイノンと手を結ぶことになった。ちなみに、俺を殺した者は一族郎党皆殺し、それに反発した者も全員粛清された……らしい。俺はその間死んだ衝撃で気絶していたからわからないが、記録としてはそう記してあった。
永劫回帰の結果として火種は無事に全て封印されたが、輪廻の終幕は……相変わらず悲惨なものだった。
『誠忠卿……そこにいるのか?』
(いつでも貴女の傍にいますよ、カイザー)
『すまなかった……僕がもっと……僕のせいだ』
(いいえ、カイザー。私が急ぎすぎただけです)
『お前がいない征途は……寂しかった』
(…………)
『最期は……お前と、と考えていたんだがな……』
(私はここにいます……カイザー)
『叶う、なら……また……会い……た……』
魂だけの存在になった俺は、カイザーの震える手を握ることもできない。主君の求めに応えられずに、俺の一体どこが誠忠だと言うのか。ただ見ているだけの最期がこれほど……これほど心を抉るものだったなんて。
『寒いな……』
(セイレンス……どうして!)
『鯉……君も、こんな感覚だったのか?』
(お願いだ。起きてくれセイレンス!)
『あの時……君を1人にさせたのが全て悪かった。いっそのこと……同じ部屋で暮らせばよかったな。どうせ君は……酔って私に介抱されるのだから』
(セイレンス、おい……セイレンス!)
『君は酔っ払って覚えていないだろうが……私は……素面でも、君に本当の名で呼んでほしかったんだ』
(何度だって呼んでやる、ヘレクトラ! だから起きろヘレクトラ!)
力なく倒れたヘレクトラの傷口を抑えようとしても、魂だけの俺は彼女に触れることができない。俺の叫びも……声も彼女には届かない。ただ哀しみの中に沈む彼女を掴み上げることができない。ヘレクトラが死んでいくのに、何も……何もできなかった。
主君と同僚を喪って、俺は積み重なっていた喪失感と今の状況に発狂した。俺の精神はこれを後どれだけ耐えられるのか。そもそも、本当に
(力だ)
その中で俺は、1つの結論に至る。
(俺に力があれば、彼女たちの物語に手を加えられる。歴史を改変させるだけの力が必要だ)
まさに正気の沙汰ではない。だが、どの道俺は正気でいられなくなる。たった1回の永劫回帰でわかった。俺はファイノンのように3300万回もの永劫回帰に絶対に耐えられない。遠くない未来、俺の精神は崩壊し、自我のない魂だけがこの世界で漂うことになるだろう。彼女たちが
だが、それが諦める理由になるだろうか?
幸いにも、只人が運命を変えるほどの力を手に入れる方法は……ある。何を代償にしても、たとえこの魂が再創世によって消えることになろうとも。魂の1片まで血を流し、悲惨な最期を少しでも幸せなものにしてやる。
俺は第2目標をより良い最期になるまで傍で支え続けること。第3目標に、
命からがら戦場を抜け出した俺は、これが黄金戦争、カイザーの征服の時代であることを知る。もう一度、カイザーの軍勢と合流するために俺は剣を取り、襲いかかる兵士から逃げ続けた。
「簡単には……死ねない」
ケリュドラの手を握れなかった。ヘレクトラの傷を塞げなかった。あの無力感を俺は心底軽蔑する。何度繰り返すことになろうと、見ているだけの俺が存在したことが許せない。しかし、現実は非情だ。
「死ねない……のに」
これまで最前線に立ったことなんてない男が苛烈な戦場で生き抜けるのか。答えは……否。流れてきた矢の1本で簡単に死ぬだろう。
「ああ、くそっ……」
服をちぎって強く止血しても、滴る血は止まってくれない。この寒さは、前回で死んだ時の感覚にとてもよく似ていた。このままではあと数分も持たずに死ぬだろう。ただ無意味に、彼女たちに何もできずに。
「そんなこと、死んでもごめんだね」
不老の肉体よ、この程度でくたばると宣うのか? この程度で彼女たちの最期に寄り添うと謳うのか? ふざけるな、俺には魂まで捧げる覚悟がある。自我さえ放り投げる理由がある。たかが矢に貫かれた程度で死んでいいはずがない。
気付けば俺は、泥に頭を突っ込んでいた。
目覚めても眩しくない暗がりの中、薪がパチパチと弾ける音が聞こえる。意識が明瞭になってくると、自分が肉体を持っていることに気付いて飛び起きた。少し無茶をしてしまったから次の永劫回帰まで意識が戻らなかったのかと思ったが、体がそれを否定するように悲鳴を上げた。
「……痛っ!」
「え?」
焚き火の他に花の香りが鼻をくすぐった。まさかと思い声の方を見ると、包帯装束の少女が驚愕の表情でこちらを見ていた。
「嘘……生きて……」
「貴女が助けてくれたんですね?」
両者の言葉は図らずも被さり、ファーストコミュニケーションは見事に失敗した。彼女が何を言ったのか上手く聞き取れなかったが、とにかく俺に対して驚いていることは伝わった。
「……えっと、ありがとうございます。お陰で命拾いしました」
「それは……、その、よかったです」
「よろしければ、私に恩人の名を教えてくれませんか?」
「わ、私はキャストリスと申します」
俺の命を救ってくれた少女は、《死》の火種を継ぐ運命にある黄金裔だった。
「カイザーの軍……ですか?」
俺が事の経緯をできるだけぼかしながら伝えると、彼女は深い悲しみの顔で呟いた。
「貴方は……その、先の戦場で深い傷を負いました。それなのにまた戦場に出向くのですか?」
「私には忠誠を誓うべき主君がいるのです。負傷ごときで立ち止まる訳にはいきません」
「そう……ですか」
キャストリスは俺の言葉に表情をいっそう暗くしてしまう。一刻も早くカイザーの軍勢に加わりたいのはそうだが、かといって目の前の彼女が悲しむことをする訳にもいかないだろう。俺は心の中でカイザーに謝罪し、キャストリスの傍に近寄った。
「いえ、やはり貴女に恩を返すことの方が大事です。見れば貴女も彷徨う身。よろしければ、貴女に同行しても?」
「それは……しかし、大丈夫なのでしょうか? 貴方の先程の忠義の言葉はとても強いものでした。私が貴方を連れ回すなど……」
「私がそうしたいと願ったのです。この際、私の忠義のことは置いておきましょう」
数時間にも及ぶ謙遜と恩義のせめぎ合いの末、俺は彼女と共にこの戦乱の時代を歩むことになった。
「あっ……そういえば私は不老なんです。だから時間を気にする必要はありませんよ」
「…………は?」
キャストリスと2人で始まった旅。しかし、彼女は最初に俺のために少しの間療養の期間を設けてくれた。彼女は俺の不老について半信半疑だったが、数十年が経つと信じてくれるようになった。
「驚きました。本当に不老なんですね」
「少なくとも……普通の人ではありませんよ」
「それでは、行きましょうか」
それから、俺とキャストリスは多くの戦場を渡り歩き、数多の生死を見届けてきた。彼女の手は《死》を与える手。人々を苦しみから解放する時、彼女はいつも悲しい顔をしていた。
「行こう、キャストリス」
「……はい」
俺は悲しむ彼女に何ができるのかずっと考えていた。そんなある日、俺は遂にカイザーの軍勢と合流することになった。
「……」
「その……私のことはもう大丈夫ですので……」
そう言う彼女は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。そんな顔をさせたくないから一緒にいたのに、どうして俺は無力なままなんだろう。
「キャストリス」
俺は持っていたリボンを彼女の手に巻き付ける。誤って触れてしまわないように丁寧に結んだリボンの端を握って、俺は彼女と向き合った。揺れる紫の瞳に俺の想い全てを映しこませるべく口を開く。
「キャストリス、一緒に来てくれないか? 俺はまだ無力だ。君の悲しみを拭うこともできない俺だけど、俺はカイザーの下で黄金裔たちの役に立ちたい。君たちの幸せのために生きたいんだ」
俺は非力で、鈍重で、並以下の剣の実力だけど、いつかきっと……彼女たちのような英雄になる必要がある。その過程を、彼女たちに寄り添う中で見つけていかなければいけない。カイザーのためにキャストリスを諦めるなんて選択肢は俺には存在しない。
「でしたら……1つ、約束してください。私が半身を見つけるその時まで、どうか死なないでください」
「それは……いや、約束するよ。必ず、俺はその時まで君に寄り添い続けると」
こうして俺は、再びカイザーの征途に加わることになった。
カイザー軍の歩兵となった俺は、軍内で行われる訓練に必死に食らいついていた。
「訓練お疲れ様です」
「ありがとうキャストリス」
俺は黄金裔ではないし、不老である証明もできないので一兵卒からだが、キャストリスはその権能と黄金裔であることを買われ、俺より遥かに上の地位に就いた。そのせいで、最近はなかなか一緒に過ごすことができないが、彼女はこうして隙を見ては俺に顔を見せに来ていた。
「そろそろ、次の戦場に行くことになりそうなんだ」
「……そうですか。ですが、貴方は必ず帰ってくると約束してくれました。なら私は、貴方の帰りを待ちます」
「ああ、帰ってくるよ。俺はまだ死ぬわけにはいかないからな」
約束を確かめ合うために俺は彼女に巻いたリボンを握る。いつの間にか、リボンは彼女と同じ花の香りを持つようになった。
「今回こそ、ファイノンに会わなくては……。せめてそれまでは生きないと」
今回の戦場で俺たちは奇襲を受けたが、俺が所属している部隊を囮にすることでカイザー軍が勝利を収めた。俺の部隊は全滅したが、俺だけはなんとか生き残ることができた。しかし、帰還した俺に待っていたのは最期にカイザーと話すことができる機会だった。
「貴様、敵を前に背を向けて逃げてきたそうだな?」
「はっ、その通りでございます、カイザー」
「この僕の軍に貴様のような者がいるとは……。その失態は僕の威厳に関わる、《剣旗卿》」
「ああ」
彼女の最も信頼する《剣旗卿》の剣が俺の首に添えられる。やはり、今の俺では戦場をまともに潜り抜けることはできなかった。俺はヘレクトラの剣ならあまり痛くなさそうだなんて思いながら判決の時を待っていると、誰かが不敬にもこの場に乱入した。
「待ってください!」
「どうした、《花海卿》。この男の判決は僕が下す。黙って下がっていろ」
「彼は囮としての役目を全うしました。その成果を軽視して処刑にするというのは、それこそカイザーの名に傷を付けることではありませんか?」
無謀……いや、勇敢にもカイザーに立ち向かったのはキャストリスだった。キャストリスは俺を庇うように前に出て、見たことないほど必死な顔でカイザーに懇願した。
「どうか……どうか彼にもう一度チャンスを頂けませんか?」
「……ならば、《
彼女の隣で見てきたからよく知っている。カイザーのあの目は、切り捨てるべきと考えた者に対する目だ。この瞬間、俺はもうカイザーの臣下ではなくなっていたんだと気付いた。
「我が軍は現在戦後の処理で忙しい。しかし、ある都市国家が愚かにもこの拠点に向けて進軍している。貴様は単身、敵軍に乗り込み我が軍の再編が終わるまで時間を稼げ」
「そんな……」
「できるな? 《不老卿》」
「はっ! 必ずや成し遂げてみせます」
俺はキャストリスのお陰で九死に一生を得た。これまでも彼女に命を救ってもらったことは数え切れないのに、カイザーに盾突いてまで庇ってくれたことに申し訳なさまで感じてしまう。俺はキャストリスを支えるどころか、彼女に支えられてばかりだ。
「どうして、なぜ貴方が死にに行かなければいけないのですか!」
「落ち着いてくれキャストリス」
「貴方はどうしてそんなに冷静でいられるのですか? 貴方は……あれだけ忠誠を誓っていたカイザーに死ねと言われて、どうして平然としているのですか?」
「……俺はどのようなことがあっても彼女へ忠誠を誓う」
「その忠義をカイザーは裏切ったではありませんか! 片腕を失うまで戦った貴方を……彼女は労うこともなく……どうして……」
キャストリスは泣き崩れ、どうして、どうして、と呟き続ける。……こんなはずではなかった。全ては俺の弱さが招いたこと。ならば、俺は一国の軍が相手であろうと渡り合えるようにならなければいけない。
「キャストリス、俺は君と約束しただろ? 必ず帰ってくるから……今回も待っていてくれないか?」
「いいえ……いいえ! 今回は何をしてでも引き止めてみせます。貴方を死なせるわけにはいきません!」
「……キャストリス」
俺は残った片手でリボンを握った。暴れると俺に触れる恐れがあるキャストリスは動きを止めて、俺は彼女の涙を拭き取った。
「この程度の試練を乗り越えないで、君たちの隣には立てないんだ。だから……俺はやり遂げるよ」
《不老卿》の出立から2週間後、カイザー軍の再編はすでに終わっていたが、敵軍の姿は未だに見えなかった。
「カイザー、あの鯉は最後まで君への忠誠に揺らぎがなかったが……本当にこれでよかったのか?」
2人だけの空間になって、ようやくセイレンスは気になっていたことを主君に尋ねた。
「《剣旗卿》……珍しいな、お前がそんなことを言うとは。お前も《花海卿》と同じで奴に入れ込んでいるのか?」
「いや……彼を見ていると不思議な感じがするんだ」
「だからどうした? 敵前逃亡を犯した兵士を処刑するのは当然だ」
何か……感覚的な違和感がどうにも拭いきれなかった。その答えを探すように書類に目を通していると、セイレンスはおかしな点に気付いた。
「カイザー、あの鯉の部隊だけ遺品が少なくないか?」
「それがどうした? あの部隊は元々捨て駒だ。少なくて当然だろう」
「それにしてもだ。まるで故意に装備を捨てたようにも見える。そもそも彼らは、
「……いや、まさか」
カイザーは先の戦場を思い出していた。敵の奇襲は敵ながら見事なものだったが、それに動じず戦況を捉えていたからこその勝利だった。
「彼らの中に自分たちが囮だと理解した者がいるかもしれない。少なくとも、隊長ではないだろう」
「……
その誰かとは誰なのか。疑念は既に確信に変わり、カイザーは自身の失態に気付いた。
「ならば何故、奴はその事を口にしなかった!」
「……証人がいない。指揮を執るために後方にいた彼は本当に運良く生き延びたようだ」
「《剣旗卿》、他の者に伝えろ、こちらから迎え撃つ」
カイザーの軍勢が敵軍の姿を捉えた時、敵の野営地は火に包まれていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
少女は走った。包帯装束が焼け焦げても見向きもせず、一心不乱に彼を探し続けた。
「はぁ……はぁ……」
カイザーの軍勢が敵軍を殲滅していく。しかし、どれだけ火の中を探しても彼の姿はなかった。
「はぁ……はぁ…………あ」
野営地の離れに、背中に矢を受けて倒れている男がいた。彼の後ろには血痕が長く続いており、頭を泥に突っ込ませていた。
「あ……あ……」
決して触れてしまわないように慎重に顔を確認すると、ゆっくりと瞳が開いた。
「あれ……キャストリス?」
「■■■■さん……」
「よかった……最期に、君の抱擁をくれないか?」
「……いや……いやです」
離れようとする体を彼が抱き留めた。必死に引き剥がそうとしても、片腕の彼を振り払うことはできなかった。
「ようやく……君に触れた。暖かい……」
「だめ……だめです……やめてください!」
「お願いだ。……君がくれたこの温もりを、どうか返させてほしい」
片腕とは思えないほど痛いくらいに力強く、熱いくらいに暖かな抱擁だった。彼の背中に手を回すと、彼は苦痛なんて微塵もないかのように笑った。
「今際の際に立って気付いたんだ。俺は君に救けてもらったあの日、本当は死んでいたんだろう。この命は……君がくれたものだ」
「やめて……」
「ありがとう……キャストリス」
「お願い……ひとりに……しないで……」
「君は独りじゃない。君には頼れる仲間たちがいる。今はいなくとも……きっと巡り会える」
「いかないで……」
「……約束を破ってごめん」
彼の輪郭が消えていく。《死》が彼をこの手から奪っていく。
「最期に立ち会ってもらうことが……こんなに温かいものだなんて。君たちの気持ちが……少しわかったような気がする」
逃がさないように、どこにも連れていかれないようにすればするほど、彼は消えていく。
「さようなら」
「うぅ……ああああああああぁぁぁ……!」
手に巻いてあるはずのリボンは……いつの間にか焼け落ちていた。