シン 鬼滅   作:ファイネス1

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蟲柱編 後編

「いやっ!離してよ!」

 

 近くの路地裏から聞こえてきた悲鳴に思わず目を向けた胡蝶しのぶは、中学生くらいの少女に黒服の大柄な男性が詰め寄っているのを見て咄嗟に飛び込んだ。

 

「何やっているのですか!やめなさい!」

「ああん?何だおめぇ、関係ねえ奴はすっこんでろ!」

「それ以上やると警察を呼びますよ!」

「チッ、ウゼエ!」

 

 ガラの悪さを装っていても根は臆病者な風な男はあっさりと女性を解放して去っていき、しのぶは思わず女性に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとうございます。

 あっ!」

 

 助けられた少女が安堵に次いで咄嗟に拾った封筒から飛び出た、渋沢栄一の顔が書かれた3つの紙束を見て思わず胡蝶しのぶは眉根を寄せた。

 

「あの人、私が持ち運んでいるこれを見て絡んで来たんです。」

「それは···そうでしょうね。」

 擁護する気持ちは欠片も湧かないものの、300万もの大金を持ち運ぶ少女相手なら多少リスクを犯してもカツアゲしようというのも当然だろう。

 

「あの···お願いがあるのです。

 もし、あなたに武道の心得と時間があるのなら、この近くのお店にまでついてきて貰えませんか?

 何としてもこれを送り届けなければならないのですが、また先程のように目をつけられたりしないか心配で。」

 

 本日は休日で今後予定はなく、しのぶ自身にも、あのまま男が突っかかってきたらいなしてしまえるレベルの護身の心得はある。

 そして先程のようなのを見たら、また襲われかねない彼女の気持ちも理解出来る。

 

「分かりましたよ。

 お使いですか?」

「はい、このお金をその人に届ける必要がありまして。」

 

 口には出さなかったもののしのぶがついていく理由がまた1つ増えた。

 比較的豊かなしのぶの実家は300万くらいの資産はあるのだろうが流行のスイーツやらデコやら電子マネーやらに費やす甘露寺や梅といったキメツ学園の同年代の少女に比べたらむしろコスパタイパ重視の質素な金銭感覚の彼女からしてみたら、自身の不注意もあれどもこんな大金をいたいけな少女に持ち運ばせる常軌を逸した奴の顔でも見ておきたかった。

 

──────────────────

 

「お待たせしました、童磨様。」

「来てくれたねえ、そっちが連絡してきた···」

「はい、私を護ってここまで来てくれた胡蝶しのぶさんです。」

「何と。

 せっかくだからお詫びとして何か驕らせて貰おうか。

 そうでないと気が済まない。」

 

 わざわざ立ってカフェの入口近くで出迎えてくれた童磨様と呼ばれた男は猫背気味で黒髪で黒淵の丸眼鏡の黒い瞳でもし背筋の伸ばしたら180センチはありそうな偉丈夫であることを除けば地味な陰キャの男性という印象だった。

 想像していたのとかなり違う印象に面食らったのと少女の「是非お願いします。」という勢いに押されてカフェの隅の席に座らされて軽食のセットをごちそうになる中、童磨はしのぶの首筋についた絆創膏に目を止めた。

 

「失礼、その首の絆創膏は?」

「えっ、ええ、ちょっと。」

「もしかして、さっきの道中で?」

「いいえ、それとは別です。」

「···ふうん···」

 

 ほんの数日前、街中を歩いている内にまるでかまいたちに傷つけられたかのように不可解に首についた縦長の傷のこもをはぐらかすしのぶに対し、飄々とした態度の童磨の目がすっと細まった違和感にしのぶが気付くことはなかった。

 

────────────────────

 

「順調に進んどるなあ。」

「え?」

 

 童磨に付けて貰った盗聴機とカメラで、事の次第を見守っていた寧々は、ジュリアの言葉に思わず首を傾げた。

 カメラでは、当初かなり警戒していて表情を強ばらせたしのぶがやがて「オタク趣味が高じたベンチャー企業を立ち上げ、運転資金の配達を闇バイト同然で女子に依頼した世間知らずの社会人」童磨の話に興味を引かれて聞き入って相槌を売ったり時折笑顔すら浮かべて談笑していた。

 

「確かに信者達を通じた段取りで童磨様としのぶは出会い、距離は近づいてますが···『普通の』依頼なら兎も角今回は···」

「おのお方としのぶを引き離すやろ?」

「むしろ逆効果になってません?」

「恋は障害がある程燃え上がる言うやろ。

 変に邪魔したりちょっかいかけとったりしたら逆効果どころかうちらの身すら危ういで。」

「でも、このままだと想定される最悪の事態に···」

「いや、布石は上々。

 あともう少しでこの依頼はコンプや。

 まあ、見ときい。

 あと数ヶ月の辛抱や。」

─────────────

 その数ヶ月後

 万世極楽教の庇護下にいる日本全国の鬼達の、人間には聞くこと能わない歓声が響いた。

 見よ、聞け、あの方が戻ってきた。

─────────────────

大阪

「ほうか、あのお方は鬼に戻られたか。」

「ああ、君の仕事は間違いなく全国の多くの鬼の未来を救った。

 本当にありがとう。」

 

 スマホからの夕亞音の言葉に「大きに」と応じて生き血で醸成されたワインを飲んだ樹里亜は、預金通帳を眺めてほくほくとした表情を浮かべていた。

 

「だけど、一体どうしたの?

 あれ程執着していた胡蝶しのぶについて尋ねたら『ああ、もういいやあれは』と、驚くほど淡白に返していたけれど。」

「童磨様と会う数日前、しのぶが不可解なかすり傷を負った言うたやろ。

 あれは、少々手練れの鬼に通り過ぎ様にやらせたもんでな。

 当然ながらあのままほんの少し力を加えていたら首を切り離すことも出来たやろ。

 これにより、今の胡蝶しのぶには、例え部活のフェンシングでエースだとはいえ蟲柱のような力がないことが判明しおった。」

「続いてのカフェでの童磨様との会話。

 あれで所々の違和感などを忘れてすっかり童磨様と打ち解けおった胡蝶しのぶには、蟲柱の時のような警戒心も、目の前の相手の本質を探る知恵や目もない、あの方の言う馬鹿で愚かな女信者と同じレベルであることが明かされた。」

「そして後は未予見(みよみ)の力を借りた。

 報酬に彼女への追加もお願いしたのはそれや。」

「彼女の未来を見通す血鬼術をどう使ったの?」

「あいつに胡蝶しのぶの未来を見てもろうてな。

 将来薬学の道に挫折して以後の人生を普通のOLとして生きていくとのことや。

 皮肉なことに多くの人を救う薬師ではなく姉さんが望んだ『普通の女性』としての生き方をな。

 それを告げたことで、最早胡蝶しのぶには、前世のような自分の心に決めた生き方、信念を命を賭して貫く狂気の執念が無いことを理解したのが決定打になったんや。」

「童磨様が今際の際、いや、もうとっくに死んどるから死に際とも言えん、冥途の地獄の縁で胡蝶しのぶに見出だし、心を動かされたという彼女の美点。

 それは、自分から大切なものを奪い、その人生を狂わせた鬼という種族への、絶滅すら願う蔑視と嫌悪。命すら捨てた復讐へ至る憎悪と怨念と執念と狂気。そして凄惨を極めた戦いの日々の中での喪失、絶望。鬼と人の業の中で醸成されたグロテスクを極めた、醜と限りなく表裏一体の美や。

 今世の胡蝶しのぶは、そういった歪みを持たないただの善良な少女。

 ガワは同じでも、そこには鬼殺隊として血反吐を吐くようにして身に付けた強さも賢さも、その魂を蝕み、突き動かし続けた毒もあらへん。

 人間で例えると、そうやな、辛さを一切無くしたカレーや苦さを極限まで無くしたコーヒーのようなもんや。

 人間の価値観では、それはむしろ健全で理想的なことでも、あの方にとっては食う価値がない女に成り果てた現実を突きつけただけや。」

「しかし魂が同じなら技量はともかくその信念くらいは受け継がれそうなものだと思ったけどね。」

「蟲柱があそこまでそれを貫けたのは、詰まる所そうせざるを得なかったからや。

 周囲や状況が決して強要しなかったとしても、彼女自身の闇が折れることを許さず、進み続けるしかなかった。

 鬼に脅かされない今世では、彼女を追い詰め、翻弄し、縛るものはもうない。

 それは裏を返せば、信念を貫くのも、

それを挫け、諦め、曲がる自由や権利もあるということやからな。」

「それにしても、相手が悪かったとはいえ、あの方の永久凍土のような心に芽生えた、僕達が待ち望んだはずの『愛』を、こっちの方から潰す羽目になるとはね。」

「安心せい。

 別にあの方の恋心を玩んだ訳でも騙した訳でもない、一番健全なやり方で済ましたんや。

 根は残っとる。

 いつかきっとまた伸び得る根をな。」

───────────────────

「手紙ですか?今時メールとかラインとかじゃなくて?」

「··············」

 

 胡蝶しのぶの件が一段落してしばらくした後。

 夕亞音から来た手紙を読んでいた万世樹里亜に思わず声をかけた寧々は、そう長くはなさそうな手紙を何分も何分もじっと眺める師匠の真剣さにつられて言葉を失い、やがて手紙をテーブルの上に置いた歴戦の鑑定士は大きく息をついてソファーに持たれて顔を天井に向けた。

「因果なもんやな全く···」

 

────────────────

同時刻、東京

 

 万世夕亞音は東京本部の畳敷きの部屋でにこにこと上機嫌で自らの愛する上司、万世童磨に告げた。

 

「童磨様、此度採用された新幹部を紹介します。

 どうぞー」

 

 夕亞音からの呼び掛けに部屋にしずしずと入って来た女性はそつない動作で畳に座り、恭しく手をついて頭を下げた。

 促されて上げた彼女の顔を見た童磨は、虚を突かれたような表情を浮かべ、やがて懐かしげに語りかけた。

 

「随分と久しぶりだね。

 カナエちゃん。」

「巡り会えて光栄です。

 童磨様。」

 

花柱編 始まり




·万世樹里亜
 万世極楽教大阪支部長
 表の仕事:鑑定士
 メディアへの露出は控えているものの数限りない主に恋愛、性愛の悩みを解決してきてその筋では著名な「愛の鬼」
 鬼血術が表の仕事に向いているものの元から勉強熱心で古今東西の心理学、文学、精神分析に通じているため今回のようにその力を使わずとも大抵の問題を解決しうる
 自身も悲恋の果てに鬼になったらしい
 ちなみに樹里亜は鑑定士としての芸名であり
戸籍上の名前は万世優花里(ゆかり)

·万世寧々
 万世樹里亜の弟子で見た目の20代より少し上くらいの実年齢の、鬼血術にすら目覚めていない新米の鬼
 時に非情や狡猾ともえいる手段を取る海千山千な師匠のやり方に躊躇うこともしばしば
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