シン 鬼滅   作:ファイネス1

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花柱編 中編

 鬼舞辻無惨によって力と不死の代償として抗えない呪いをかけられた哀れなる鬼達。

 だが、その呪縛に穴が無かった訳ではない。

 彼が如何に眷属の動向を察知しようとも土台その受信側が一個の鬼の認識に収まる以上、日本全体の何百何千もの鬼の言動をいちいち精査、判別出来て気を回せる訳がない。(彼があまり同胞である鬼を増やすのを好まなかったのはこの煩雑さとリスクが大きかったのだろう)

 一応、それらしき行動を起こした際に告知したり死の呪いが発動する通知、自爆機能は付けられているものの鬼達は知恵と犠牲の果てにその隙間を突く形でその意思を共有し、遂には無惨とその滅亡を共にせざるを得ない呪縛は解放するに至った。

 だが、そういったことが出来たのは十二月鬼クラスどころか一般隊士相手にすら戦力たり得ない、無惨にとって注目に値しないが故にその監視の隙を付ける弱い鬼に限られ、彼等が如何に不満を募らせ自由を求めようと、結局は鬼の力では彼等の絶対的な暴君である無惨を打倒することはどうしても出来なかった。

 曲がりなりにも人間以上の力と生命力を持つ上位種である鬼にとっての脅威に対抗できるのが、彼等にとって本来餌である人間でありながら人の領域を超えた鬼殺隊というのも何とも皮肉な話ではあるが、同族と鬼狩りという二種類の天敵に挟まれ、そしてお互いに潰しあったのは、むしろ弱い鬼達にとって活路となった。

 鬼達にとっての圧政の象徴であった強い鬼達が滅び、その戦いで多大な犠牲を払い産屋敷などの中心人物達を失い、何よりその存在意義を失った鬼殺隊もまた少し遅れて滅んだ後、生き残った弱い鬼達は昭和後の激動を潜り抜けた末に、

現代の鬼の王たる阿羅沙の下で鬼の社会を支配する十体の鬼、十鬼衆。

 その一角を、鬼達の精神的柱であった万世極楽教と共に担う夕亞音を中心として全国各地で鬼達を取りまとめる十体の鬼、万世極楽教支部長達、通称万世一族。

 そして警察組織の非公開の部署が担う現代の鬼狩り。

「今の社会はこの3つの勢力のバランスで成り立っているのよ。

 分かる?カナヲ。」

「だから鬼達の存在を認めろと?」

 カナエの説明に対し、つい先日40度もの高熱で生死の境を彷徨う中記憶を取り戻した栗花落カナヲは仏頂面で応じた。

「姉さん、貴女が幼い頃から近所の新興宗教に通い、やがてそこに入信するようになったこと。

 それに関しては、肉食を避けるようになったことを除いてはカルト信者のように身近な人を巻き込んだり、自分のお金や時間を分を過ぎて費やしたりすることなく、単なるサークルやボランティア活動みたいなものとして割り切り、信教の自由を尊重してきたつもりよ。

 だけど、聞いた話では姉さんは小学生の頃からとっくに記憶戻ってたそうね。

 だったらその上で…」

 そこまで言ってカナヲは、自らが座っていた和室の畳をバン!と叩くや、その部屋の壁に掛かっているマークを親の仇のように差し、先程までのふて腐れた仏頂面から一点、烈火のような激しさを纏って叫んだ。

「何で万世極楽教何かに入ったんですか!!!」

 

数十秒後

 

「ねえ、未だに私は信じられなくて悪夢でも見ているか気が狂いそうなんだけど。」

「ふう、カナエから何をどう聞いたの。」

 自分より背が低い、サバを読んでも中学生くらいの夕亞音の頭の両脇の壁に、逃げ道を塞ぐようにドンと両手を突いて低めの声で押し殺すように問いかけるカナヲの瞳からは一切の光が消えていて、その能面のような顔立ちは一切の表情が消えているのではなく、逆に処理しきれなくて押し殺した感情がぐつぐつと沸騰寸前にまで煮詰まっていることを悟らせ、並の人間は愚か例え修羅場を潜った鬼殺隊隊士ですらも蛇に睨まれた蛙のように萎縮させてしまうであろう形相をめんどくさそうな顔で応じる夕亞音は、ある意味カナヲより異形な、並大抵の人間の精神と経験値の持ち主ではない、そもそも人ならざる者と思わしめるのに十分な様だった。

「まず初めに確認したいんだけど。

 あなた達現代の鬼達は、私達が戦った頃より、ずっと弱く、脆くなっているのよね。」

「青い彼岸花は日光への耐性の代償として、鬼の皮膚を人間並の脆さにしてしまう。

 実際、それによって人間に喉や心臓を刺されたり撃たれたことで死んだ鬼もいて、今の時代でも敢えて接種しない鬼も僅かながらいる。

 もっとも、鬼としての基礎身体能力の高さや生命力の強さなどはそのままだから僕のような非戦闘系の鬼でも一般人の2、3人くらい相手ならまだ殺せるけど。」

「そう。

 つまり、前世ほどじゃないにしても武道の心得と鬼を殺すことへの覚悟がある今の私だったら、あなたくらいなら容易く殺せる、ということね。」

「ああ、力や真っ向勝負では、君に勝てる気はしない。」

「それはよかったわ。

 ねえ、その上で改めて聞きたいんだけど、本当なの?」

 カナヲはその封じ込め、纏った感情の波をぞわりと波打つ たせて噛み締めるように問いかけた。

「あなたが何れカナエ姉さんを殺すつもりだったってことは」

────────────────

大正

「あ。サナエさん。ありがとうございます。」

「いえいえ、お安い御用です。」

「ありがとうねサナエさん、手伝ってくださって。」

「はい、ありがとうございました。」

「それにしても随分上手いわねえ。」

「見ての通りずっと奉公してまして、掃除洗濯炊事は一通り叩き込まれましたはい。

 あ、それはこう畳んだ方がいいですよ。」

「あ、ありがとうございます。」

 茶色をベースにした安物の呉服を着て、

黒ぶちのグルグル丸メガネをかけ、腰が低い態度で一見すると非常に地味な、むしろ地味という言葉を絵に書いたようなサナエと名乗る新米信者が

ふう、と溜息をついてあてがわれた居室に赴くと、そこには居住まいを正して正座をした夕亞音が「お疲れ様」と労いの声をかけ、僅かな期待を込めた視線を送っていた。

 

「ううん……」

 睡眠を必要としない鬼であるにも関わらず、着物に隠された豊かな自身の胸元に頭を預けて今にも涎が垂れそうなほどに心地よさそうにまどろんでいる夕亞音の頬をそっと撫で、サナエもまた慈しむような笑みを浮かべていた。

 たがて夕亞音は太陽でも眺めるようにそっと薄目を開けて見上げたサナエに、夢見心地に話しかけた。

「どう?カナエ。

 ここでの生活には慣れた?」

 少年の問いに、サナエはメガネを外して胡蝶カナエとしての素顔で微笑んだ。

「ええ、皆さんとても親切にしてくれていますよ。」

「僕の肝入りとはいえ、体面上鳴り物入りさせるわけにはいかなくて、一般信徒と同じ扱いで下働きに甘んじさせちゃったから

やきもきしているかと気兼ねしていたけど、大丈夫だったようだね。」

「むしろ潜入としてもそっちの方がありがたいくらいよ。」

 修行も兼ねた雑用や家事を積極的にこなし、子供たちや傷病者には医療経験者としてのノウハウと誠実さで

対応し、先輩や他の信者達に対しての親切や労りや敬意を払った対応。

 彼女に接した人間でよほどのやっかみや逆恨みなどを除いては彼女を悪く言う者など一人も思い当たらないサナエの信徒としての評価を

思い浮かべ、夕亞音は現在感じている愉悦に心底からの安心を織り交ぜた。

「こっちとしても僕が君に目をかけ、やがては幹部に昇進させることに異論を上がらせない分ありがたいけれど、

つくづく君は鬼殺隊としては異色だね。

 てっきり戦闘や殲滅以外のことは門外漢だと思ってたから。」

「私としてはごく自然にしたつもりなんだけど。」

 心から不思議そうに首をかしげるカナエを見て、夕亞音は口元を綻ばせた。

「君をここに連れてきてよかったと心から思うよ。」

 

 

 鬼狩り、胡蝶カナエが万世夕亞音と対峙した夜の裏路地。

 互いの自己紹介を済ませ、些かの会話とその信条を聞き届けた夕亞音は、それこそ珍妙な見世物でも見るかのように目を見開いてカナエを

凝視し、やがてうーんとしばし考えた末に持ち掛けた。

「ねえ、ちょっと提案なんだけどさ。

 君、うちの教団に来ない?」

「は?」

 今度はカナエが虚をつかれた表情をした。

「君の所属している鬼殺隊にとっても、むしろいい話だよ。

 何て言ったってこの教団の教祖は、十二月鬼の一人、上弦の弐何だから。」

「上弦の弐………!?」

「そう。彼が世間の隠れみのとして、あなた達の仇敵たる悪鬼達の活動においても大きな役割を果たす

万世極楽教。

 鬼の秘密を解き明かすのにも、都合がいいと思うけどね。」

「………なぜ、私をそこに?」

「君の鬼殺隊らしからぬ有様を見てね。

 ちょっと興味を湧いたんだ。

 君だったら、ここの鬼や鬼殺隊の真実を見て、どのような答えを出すのか。」

「鬼殺隊の、真実?」

(僕ら)の側から見ると、鬼殺隊、そして彼らと鬼の関係はまた別の見方、側面を持つ。

 興味ないとは思わないけどね。」

「………一つ、聞かせて。

 あなたは、鬼と人が仲良くできると思う?」

「難しいね。

 鬼も人も、その関係も色々あるから。

 だけど。」

「………」

「例えそれが理想通りには無理でも。

 結局は距離を置かざるを得ない、違う在り方、世界の住人だという結論になっても。

 少なくとも憎みあって殺しあって、滅ぼそうとするだけの関係はごめんだよ。」

「………」

 カナエの脳裏に、数日前の記憶がよみがえる。

 鬼に対する悪意と殺意で満ち溢れ、それを行動原理として動く鬼殺隊。

 その中で異質であることを自覚していたが故に、表立って表すことなく秘めていた鬼と人間に関する自分なりの信条、考えを

ほんの弾みで風柱に漏らしてしまった時。

 案の定鬼への敵意が鬼殺隊の中でも妹に並んで折り紙付きな彼からさんざんに自分の考えや人格に対する否定、罵倒が浴びせられ、

しまいには鬼殺隊を辞めてとっととただの女として家に籠ってろと自分のそれまでの努力、在り方まで否定されたことで、

それから今までに至るまで自分の軽はずみは失言による後悔と悩みに打ちのめされた出来事。

 そして、彼女は決断する。

 

 

「ほう、これはこれは・・・・・・・・・」

 鬼殺隊の長、産屋敷耀哉は出張任務中の花柱からの文に目を細めた。

「『鬼の秘密、その活動拠点の調査、そしてそこに所属する信者や支配下にある地域の人間達の保全の為にも、上弦の鬼が教祖を勤める万世極楽教への潜入任務の許可を願い申し出たい』か・・・・・・・・・

 こちらに。」

 鉛筆や万年筆が主流の筆記具だった大正時代において、鬼殺隊の長は持ち運ばれた紙と筆と墨でさらさらと書をしたため、その内容を傍らの悲鳴嶼冥行に読み聞かせた。

「お館様っ!?それはまことですか?

 我等鬼殺隊がそれまで、極楽教関連の案件は極力避けてきたのを知らぬはずが…」

「カナエがある面において鬼殺隊に最も向かぬ者であることは、君も勘づいているだろう。

 そんな彼女が、あそこに導かれたのも、宿命といえるのかもね。」

「・・・・・・・・・あそこに行けば、鬼殺隊の・・・・・・・・・」

「ああ。我等鬼殺隊の、その内部からは知らなかった別の一面、真実を知ることになるだろう。

 それを知った上で彼女がどのような道を選ぶか・・・・・・・・・

 もしかしたら、我々では選ぶことが()()()()答えを、出してくれるかもね。」

 文を鴉に託した空がやがてビュウビュウ鳴り響き続けるのを眺めた産屋敷耀哉は「嵐でも来そうだね」と漏らした。

 

「ねえ、私達と協力できない?

 貴方達も無惨達を殲滅するという目的は共通しているんでしょう?」

 胸枕から、膝枕へと変えて憩う眼下の夕亞音の頬を撫でながらのカナエの問いに、夕亞音は「うう、ん……」と心地よさそうに呻いた後、

パチリと目を見開いた。

 彼の表情には、先程までの微睡みは勿論、外見相応の幼さなどは微塵も感じられず、その眼差しに

これまで多数の強い鬼を屠ってきたはずのカナエは思わず背筋にピリリとしたものが走るのを感じた。

「それが無理な理由は少なくとも3つはあるね。

 一つ、鬼に悪い鬼と悪くない鬼という区別がついてしまうと、

元来能力では鬼に劣る人間が【奴】らに立ち向かう最大の武器たる

鬼に対する狂気的な殲滅への執念、殺意、敵愾心を大きく削ぐ。

 二つ、鬼と人、それも鬼に対する恐怖と嫌悪を持つ人間たちとの間の様々な問題を抱える内憂をのリスクが大きすぎる。

 残念ながら私が産屋敷の立場でも、鬼と迂闊に手を組むことは、それも阿羅沙のように力の代わりに姦計に長けた鬼と

手を組むのは控えるね。」

「………3つ目は?」

「合理性とはかけ離れているけれど、ある意味では最もこれが切実で強い理由かもしれない。

 鬼に対する人としての無力感と絶望、そして恐怖をその敵愾心の根底としている鬼殺隊としては、

人の力が主力として悪鬼を覆滅に至る必要がある。

 例え鬼や、それに抗する存在が歴史の闇に埋もれるにしても、その歴史を紐解いたとき、

人間だけでなく鬼の力を借りなければならなかったという歴史の証明を残すわけにはいかないんだよ。」

「………」

「それに、僕らは弱いけど決していい鬼じゃないしね。

 少なくとも人を食ったり殺したりすることに、忌諱や後悔などを抱かない、鬼殺隊の基準では

その存在を許せない悪鬼にあたるし。」

 カナエが知る人間達と比しても善良で人畜無害といっていいこの金髪の男の娘の鬼ですらも、

人間が、例え愛着を感じたとしても牛や豚や鳥を平然と食べるのと同じ感覚で

自身や同胞が人間を食うことを当たり前で当然と認識し、そしてその生の中で

直接人に手を掛けてきたことがしばしば仄めかされてきたことを思い、彼の頬を撫でる手に自然と爪が立った。

 そしてそれを感じつつもおくびにも反応を示すことなく、鬼はカナエに投げかけた。

「ねえ、今は、少なくとも【奴】らが生きている間は無理でも、

もし、それを果たせた後なら、前言ったこと考えてくれる?

 僕と………結婚してくれる?」

「………」

「この調子だと君が幹部になり、僕や童磨様のお傍に控えるに至るのも時間の問題だろう。

 僕と結婚したら、この教団の富や権力といった人間の俗物的欲求は勿論の事、

君の理想たる、鬼と人との共存を実現する大きな助けになるよ。

 出来ればその暁には、僕を殺して欲しいなあ。」

「………」

 

 

数日前

「うん、いい出来ねえ。」

「………」

「ありがとうサナエちゃん。」

 信徒の一人、サナエと同じくらいの年齢の見目麗しい女性が、姿見に映った華やかな色打掛着付けと程よく整えられた化粧に

満足気な表情を浮かべていた。

 淡い青を基調とした着物の中に程よく織り込まれた赤と金銀の刺繍が重厚感と上品さを引き立て、着ている人物の

美貌と気品も相まって息を呑む美しさであった。

「入場まで、あと……」

「あの。」

 もうじき始まる祝言に浮足立つ様子を隠し切れない令嬢に、サナエは水を差すように口を挟んだ。

「本当に、いいのですか?

 考え直していただけませんか?」

「ん?」

「あなたが、あの鬼と深く愛し合っていることは、十分承知しております。

 極楽教信者として、その挙式の手助けは全力で執り行わせていただきます。

 ですが。差し出がましいですが。

 本当に、式の後、その鬼に食い殺されるおつもりなのですか?」

「………ふふ。」

「ちょ、ちょっと、何を……」

 女性はそこで、サナエにずずいと近寄り、そのメガネを外し、露になった素顔を両手で挟んでじっくりと嘗め回すように眺めた。

「やっぱりね。」

「はい?」

「知っての通り、極楽教は一般的にはカルト(邪教)の類で、そこには脛に傷がったり日の当たる所で真っ当に生きれなかったり

人に言えない秘密を持つ、時として鬼より奇怪な色んな人たちが集まる。

 自然と人を見る目も磨かれてくるわ。

 あなたも、どんな事情があって仮面をつけてここに来たのか詮索はしないけど、それでも2つ分かることがある。

 あなた、本来はとても美人でしょ。

 ここ以外の所では、そんな地味な服や眼鏡なんかよりもっと自分らしくて似合う装いをしているでしょ。

 そしてその本来の姿だと、同性から羨望と嫉妬を受け、男達からの欲情を込めた視線を受け、

道を歩いて下心をむき出しにした男に言い寄られたりしていて、自分がそうなって当然の存在だと自覚しているから敢えてここでは

それを隠しているでしょ。

 別に責めている訳じゃないのよ。

 それだけの美貌と若さで、それに全く無頓着な方が、むしろ腹立たしいくらいだもん。」

「………」

「だったら分かるでしょ。

 どれだけ謙虚で、慎ましく生きようとも、内面の美しさに目を向けようとしても。

 人の世で生きる女にとって美というものがどれ程の祝福であると共に呪いであるかを。

 例え周りの評価などを耳に入れないようにしても。

 例え相手との真実の愛を信じ抜いたとしても。

 愛しく、心から敬愛する美しい男の横で、醜く衰えてゆきながら【妻】として執着し、振る舞う自分自身の

醜態に、耐えられなくなり身の毛もよだつ心が。」

「だ、だからって、今すぐには……」

「そうやってずるずると先延ばしにし続けて、やがて【それ】を兆し始める前に、

この最高に美しい愛と美と幸せの中で、出来れば愛する者によって死にゆきたい。

 極楽教(ここ)の者達だったら、その異常が当然なのは、分かるでしょう。」

 サナエの脳裏に、必死で極楽教の異常性と危機を訴えかけた別の信者から返された言葉が思い出された。

 8階層に分かれているという仏教の地獄は、1段下がる毎に苦痛と刑期が何百倍にも上がるために、

そこより1段上の地獄が極楽に思えるという。

 時として鬼狩りである自分以上の地獄を知ってしまっているという極楽教信者達。

 教祖達の正体や所業を知りながら、いや、その上で一般的で真っ当な教えや社会からは救いを得られなかった彼らが、生きる拠り所としてしまってしまっている

【救済】。

 鬼による悲劇と惨劇を何より許さない鬼殺隊とは、例え言葉と種族が同じである程度の常識やモラルを共用して、

ある意味その手を血で染める修羅の道を歩む自分達より真っ当とさえ言える彼等との、決して分かりあい、相容れない人間達。

 もう、残りが長くない自分の人生を思い浮かべるように、花嫁は呟いた。

「あの日。

 家族を鬼に殺され、鬼狩りへの誘いを拒否し、別の形で鬼と関わって生きてきた自分の人生には、後悔はないわ。

 でも。

 鬼狩りの鬼を殺せる力と術が、今では羨ましく思える。

 そしたら、あの人が最も望んでいる死を与えて、それを支えに普通の女性として生き抜けたのですもの。

 もう一つ。あなたに関して何となく分かることがあるわ、サナエ。

 あなたもまた、悩んでいるんでしょう。

 鬼への愛に。女としての自分に。

 いつかあなたにも分かる日が来るわ。」

 それから間もなく。

 鬼と人の祝言が交わされた。

 

「ねえ、カナエ。君なら今更僕の首を刎ねるのに躊躇なんかを覚えるはずはないと思うんだけど、どうかな。」

 眼下で自らの膝枕から見上げて問いかける夕亞音の頬を撫でながら、カナエは

怪訝な面差しで尋ねた。

「あなた……死にたいの?」

「価値観の違いだね。

 どう頑張っても、やがてその生に終わりが来てしまう人間にとっては、

その瞬間までどう生き抜くかが大事だけれど

僕らのようなその見通しが立たない鬼にとっては

どう死ねるかが大事だから。

 君への愛の幸せの中でこの生を終えられるなら、

少なくとも100年後以内の喪失と、その風化の恐怖を抱えるよりはましだよ。

 どうかな?」

「ごめんね。

 純粋に私とあなたの問題だったらやぶさかでもないんだけど、

貴方はきっと、鬼殺隊がその大願を果たした後にこそ、むしろ死んではならない鬼だから。」

「じゃあ、僕が君を食べていい?

 勿論、屍救教(しきょうほう)で。」

「屍救法……」

 極楽教に潜入したカナエがつい最近突き止め、鬼殺隊に上げた報告が、ちょうどそれに関するものだった。

 鬼が人を食う際、その人間に一切の苦痛を与えずにその命を絶つ手法。

 万世極楽教に属していたり人に紛れる弱い鬼などが、余計な騒ぎを避けたり彼らなりの倫理や配慮により専ら使い、

逆に無惨派の悪鬼達の中では童磨のみが使う方法。(それほど難しい訳ではないらしいのだが彼らにしてみたら

「わざわざ覚える必要がない」とのこと)

「愛しい者と一つに溶け合いたい、愛する人の糧になりたいというのは、愛の始原といっていい願望じゃないかな。

 少なくともここの信者達だったら、童磨様にその血肉と命を捧げ切る最期は本望だと思うけど。」

「ええ……まったくね。」

 つい先日、蝶屋敷の3人娘を思わせる3人の少女達の一人が、近々教祖に食べられることを誇らしげに語り、

他の2人が黄色い声でそれに対する羨望を上げるのを目の当たりにして、悪鬼と対面した時とは別種の

眩暈と吐き気を堪えるのに必死な、後の世の中の表現で言えば藤子不二雄の「ミノタウロスの皿」の世界に

迷い込んだ気分を思い出した。

「でもそうね。お願いしようかしら。」

「自分で言って何だけど本当にいいの?

 【奴】を屠ったら、後は人として自由に生きれるんだよ。

 もう、悪鬼との闘いに身を費やす必要もないんだよ。」

「もう………無理なのよ。

 この間ここの娘がやられた時、私は彼女の治療に専念するのではなく犯人を突き止めて

ぶちのめす方向に思考が及んでしまった。

 例え悪鬼を滅したとしても、鬼狩りの道を選んで進んでしまった私はもはや

剣を取り、こぶしを握り、この手を返り血で染める道を引き返せなくなってしまったのを感じたの。

 とてもじゃないけど、人を掬い取る道なんかには今更戻れないわ。」

「じゃあ約束ね。

 悪鬼を倒したら、素敵な結婚式を挙げて、君を人生一幸せにしてあげて、

それから食べてあげる。」

 そう言って差し出された子指に、カナエは微笑んで優しく小指を絡めた。

「鬼狩りを食べたことも何度かあるけど、皆どういうわけか楽に逝かせてやろうとしてもそれを拒否して、むしろ痛くしてほしいって言うんだ。

 知っての通り屍救法を習得すると、逆に人間を最大限苦痛を高めて痛ぶって食い殺す術もまた習得するものだからリクエストに答えてあげているけど、君がそっちを望まない娘でよかったよ。」

 妹は必ずそっちを選ぶだろう。

 望むらくばこのような鬼にだけは絶対に会わせないようにしなければ。

 

 そして。 

 胡蝶カナエの、もはや命の灯が消えつつある体を見下ろし、童磨は後始末に悩む表情を浮かべていた。

「うーん、君は美味しそうだし、それまでの感謝も込めて俺のやり方で救ってやりたいんだけど・・・」

 その時童磨の頭には、やがて愛しているサナエを挙式の後に食べるのを心待ちにして惚気ている夕亞音の姿が浮かんだ。

「ごめんね。君の願いは叶えてやれないから…せめて横取りはやめておくよ。」

 それは、愛というものからかけ離れた童磨なりの、優しさだった。

────────────────────────────────

令和

「狂ってる……おかしいわよあんた!!」

「人と鬼……鬼狩りと鬼の行く末なんて、そんなもんさ。」

 顔を真っ赤に染め、歯を剝きだして食って掛かるカナヲを、夕亞音は冷淡にいなす。

「姉さんがあいつに殺されていた間、あんたは何してたの?」

「教団の行事で子供達を相手にしていたよ。」

「姉さんとあいつとのことを知ってたの?」

「うん。」

「姉さんがあいつに殺されてもよかったっていうの!」

「割り込んだら僕がカナエに真っ先に斬られてたし。

 それに僕にとってはカナエより童磨様の方が大事だもん。」

 カナヲは、その瞬間の彼のいう事が、一瞬理解できなかった。

「姉さんを愛してたんじゃないの?」

「勿論、愛しているよ。

 でも、僕はそれ以上に童磨様の為に生きてるんだ。

 何て言ったって、僕はあの方の救済によって人として生まれ、

そしてあの方の為に鬼になったんだから。」

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