鬼殺隊があらゆる鬼を決して見逃すことなく情け容赦なく葬り続けてきた――
鬼狩りに対して憧れを持つ者達は皆そのようにイメージするものであるが、厳密には違う。
実の所鬼殺隊でも、鬼を無暗矢鱈と斬り殺せていた訳ではない。
鬼狩りに単体で対抗できない弱い鬼の拠り所として有名な所としては上弦の弐童磨が後ろ盾となった万世極楽教の支配権となっている地域ではあるが
人間との共同生活に不向きだったり、鬼としての姿を隠して生きることに不慣れを感じている者達の多くは、当時の飛騨の樹海奥深くの、人では踏み込めない【聖域】を住処としていた。
人を食う鬼でありながら人と共に生きるより鬼として鬼と共に生きることを選んだ鬼達が作り上げた、さながら神話の桃源郷のような穏やかで平和な
数世紀前、鬼殺隊も本格的にその聖域に侵攻したことがあったのだが
後に十鬼衆の一角となる鬼の英雄
やや侮りがあった鬼殺隊達は予想外の苦戦を強いられた。
被害もそうなのだが屈強な鬼狩り達が次々と陥ったPTSDによる恐怖の蔓延や士気の低下、
泥沼化する戦局による当初の予想を上回る物資、資金の浪費。
そして遂には当初は予想していなかった最高戦力たる柱にまで及ぶ犠牲と
鬼側の根回しによる悪鬼との関係の途絶、人間側からの圧力により
【聖域】への侵攻による戦力上のコストパフォーマンスが限界にきたことにより、
遂に当時の産屋敷は表面上は戦略的撤退の形で聖域への侵攻を取り下げた。
鬼殺隊の歴史の中で数少ない、鬼に対する敗北の歴史である。
それ以後、そこは鬼にとって安全地帯、のはずだった。
────────十鬼衆【歴史の鬼】
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「さて、今回の件の顛末を纏めるとしよう。」
だだっぴろい部屋。
そこで存在感を放つ大きな机に頬杖をついた男性の眼鏡越しの視線が二人の視線を射抜き、対象となった二人の一人、耳飾りを付けた方は
半ば現実逃避的に最近アニメで見た特務機関の司令室を思い浮かべた。
無論、目の前の人間が自分の父親なんかではない分、主人公が感じていた感覚と自分の感覚は大きな隔たりがあるのだろうが。
「今回の事件は、【
大正時代の非願成就と共に時代の必然として滅んでしまった鬼殺隊の意思を受け継ぎ、例え現代社会に適応して暮らしている鬼に対しても、無差別的殺戮や拷問、そのコミュニティへの攻撃、社会的ダメージを与える行為を繰り返す、現代における反鬼勢力の中での最大派閥であり、少なくとも現代の社会においては最大の敵だ。
あの事件の最中で、君達もあの組織が掲げるイメージキャラクター【せんきくん】を何度も見ただろう。」
男性が机の上に取り出した写真には、刀を持った侍風のキャラクターが描かれていた。
傍目からはそのキャラクターは、この重厚な場にはあまりにも似つかわしくない、マスコット的なイメージを抱かせるキャラクターではあったが
それを見た対面の二人からは、「ヒッ」と、息を呑む声が湧いた。
「その魂の輪廻の周期たる今の時期は、鬼の完全覆滅を唱える彼らにしてみたら自らにとっての模倣であり神に等しい崇拝の対象たる伝説の鬼狩り集団【鬼殺隊】の復活の千載一遇の機会であって、天意であった。
故に彼らは柱は勿論、君達当時活躍していた隊士達そして君の妹までもを誘拐し、今世の君達にとっては何とも理不尽極まり形で残虐なるデスゲームに巻き込んだ。
胡蝶カナエのように、前世の記憶を呼び覚ますには、命の危機を感じさせるのが一番だからな。
そしてその結果、殆どの者達は、時に焼かれ、時に刻まれ、時に全身をハチの巣にされ、
生き残ったのは君達2人と、生存者の中での唯一の【柱】胡蝶しのぶだったわけだ。
竈門炭次郎、我妻善逸。」
炭次郎の頭の中では、【せんきくん】の【大丈夫、君たちが本来の自分を取り戻しさえすれば
これくらいの試練、生き延びられるさ】という可愛らしい声と姿が響いて眩暈を抑えるのに必死だった。
あの極限状況で前世の記憶と共に思い出した呼吸法を発揮しなかったなら、自分は間違いなく串刺しになっていただろう。
傍の善逸も、顔を青褪めさせてブルリと震えた。
「さて、我々警察組織としての今後の処置ではあるが。
君達に提示できる選択肢は二つだ。
私の後ろのどちらかの扉を選択するといい。
もし君たちが、現代に於いても尚、鬼狩りを続けたいというのなら、
右の、銃と剣が置いてある扉を潜るといい。
だが、もし、改めて平穏な暮らしを望むというのなら、
左の何もない扉を潜り、賠償として支払われた額と公的機関からの保護により、現代の平穏な人間としての暮らしを送るといい。
さあ、どっちを選ぶ?」
「………質問を、いいでしょうか。」
「何だい?炭次郎くん。」
「しのぶさんは?」
「彼女は姉のいる極楽教の方で保護されている。
更に言えば、産屋敷耀哉は現代の鬼の長、阿羅沙と対談している。
二人とも直接危害を加えられる危険はないといっていいだろう。」
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「会うのは初めてだね。
蟲柱、胡蝶しのぶ。」
ニコニコと。
大切なお客様を歓迎するような満面の笑みで、質素ながら品のいい和服で正座し、
目線を合わせる形で問いかける万世夕亞音を、射殺さんばかりの眼光で血走らせながら睨んだ胡蝶しのぶは
女性らしい高かい音色ながら地の底から響くような重圧を伴う異様な調子で尋ねた。
「………今回の件、この手際の良さといい、貴方達は把握していたのですか?」
「殲鬼党の不穏な動きや君たちを見つけたことによる異様な興奮ぶりは薄々感じ取れていたからね。
丁度、君たちが無惨を倒した、鬼や鬼狩りにとっての記念日的この日に、何か起こすのではないかという予感はしていたよ。」
「あわよくば、私達鬼狩りが全滅してくれればいい、と?」
「君たちが望んだことだろう。
鬼と関わらない人生。
そもそもな話、我等生き延びた鬼に、君達鬼殺隊を助ける理由を見つける方が至難の業だし。」
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「姉さん、なぜですか。」
しのぶは心から敬愛する姉に、それ自体が彼女にとって非常に不本意な「敵意」を漲らせて問うた。
そんな敵意に、カナエはなんて事のないように応じた。
「何のこと?しのぶ。」
「記憶を取り戻しておきながら、どうして鬼狩りではなくこの極楽教についたのですか!」
妹からの弾劾に、姉はその美麗な眉を顰めた。
「………やはり、あなたはそっちを選ぶのね、しのぶ。」
「当たり前です!
鬼が今に至っても存在し、人々を食らい、変わらず悲劇を齎し続けているというのなら、その無念を濯ぐのが我等の……」
「ちょっと来なさい。」
カナエはしのぶを連れ、極楽教のとある部屋、宗教施設に相応しからぬ大きな機械がある部屋に連れて行った。
「これはシミュレーション装置。
言っておくけれど、極楽教だけでなく、警察や研究機関からの客観的なデータを取り入れた厳正正確なものよ。
見なさい。」
そう言ってカナエはカチャカチャと操作をし、そのディスプレイに移った光景をしのぶに見せた。
「これは、今の時代に大正の鬼殺隊が活躍して鬼を絶滅させた場合のシミュレーション結果よ。」
「そんな………」
映像に移っていたのは、「北斗の拳」にでもありそうな荒廃しきった混沌の世界であった。
「どうして………」
「文字というものが生まれる前の口伝の時代から、最小限の犠牲を強いることで共同体の繁栄や維持を祈願する生贄信仰。
鬼は、太古の昔からその力で我々の日常を支えている、人間にとって不離不即の関係だったの。
当時の無惨一派のように、人間という存在を矢鱈めったら今年回る悪鬼の方が、珍しかったくらいだったのよ。
そんな鬼を排除して、不完全な人間だけで文明を維持するなんてのが、もはや非現実的極まるくらいに。
私も、
「御屋形様は、私たちをだましていたのですか?
無惨を倒して悪鬼達を滅せれば、鬼に虐げられる時代は終わると……」
「嘘は全くついてないわ。
少なくとも奴らのような極めつけの悪鬼はいなくなってかつてよりはずっと被害は減ったという意味では。
寧ろ当時の貴方たちにとってみたら、鬼というのがとにかく滅せられるべき存在として教え込むのは、ある種の慈悲だったんでしょうね。
でも、もう時代は変わってしまった。
無惨が死んだ後、それまで力が強い鬼に圧迫されて息を潜めていた鬼たちによって日本は激動の時代の日本は立て直され、
我々は否が応でも鬼と関わって共に生きていかざるを得なくなったのよ。」
「そんな………無惨が死んだことで、むしろ鬼がこの国を………私たちは………こんなことのために………なんの、ために………」
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取調室で一人頬図絵を突いた男は電話越しに砕けた口調で話した。
「いや、よかった。
2人とも左の扉の方を潜ってくれて。
右の方を潜っていたら彼等を生きて出す訳にはいかなかったからな。
胡蝶しのぶの方はどうだ?
何?ついさっき自殺した?
そうか。彼女のような者は耐えられなかったか。この現実に。
………お前も知っているだろう。
鬼の歴史に刻まれし「毒蟲の惨劇」。
それまで鬼殺隊にとっての不可侵の領域で、肩身の狭い力の弱い鬼達にとっての楽園たる【聖域】。
毒殺という画期的な方法による鬼の滅し方を発案し、探求していった胡蝶しのぶの実験を兼ねた作戦により、当時そこで平和に暮らしていた多くの鬼たちがばら撒かれた毒で、そして攻め入った隊士達により、苦しめられ、実験台にされ、そして殺されていった。
当時鬼殺隊内部でそれに反対して作戦への参加を拒否したただ二人として、
そして後の鬼と鬼殺隊の戦いの英雄としてもその歴史に名を刻まれる竈門炭次郎と我妻善逸。
あの二人は少なくとも当時はまだ鬼殺隊の思想には染まり切っていなかったし、身近な者が鬼だったこともあったからな。
デスゲームを生き残ったのがあの3人というのも、そしてその選択と末路も、こうして考えると因果だな。」
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万世極楽教の開け放たれた地下から、のっそりと出てきた男に、夕亞音は恭しく呼びかけた。
「申し訳ありません、しばしこのような所に閉じ込めることになってしまって。」
少年の申し訳なさそうな態度を気にすることなく、童磨は朗らかに言った。
「気にすることはないよ。
むしろ『彼女』に対して俺の存在を秘匿することにした君の気遣いには感謝しているよ。
それで、どうなったの?」
「はい、カナエと共に何か話した晩、厨房の包丁で腹を切っている所を発見され、
遺書には「最早この時代にも人にも失望しきった。
鬼と共に生きざるを得ない世に私の居場所などない」と。
介錯もない切腹のため、相当の時間悶え苦しんだと見えて辺りに血と臓腑がまき散らされた様に。」
「うん、まあ、そうだろうね。
それでこその『彼女』だ。」
愛しいはずの女の悲惨極まる末路を聞いて、童磨は寧ろ満足げに頷き、楽しげに歌った。
「これで今度こそ単なる自殺を遂げた彼女は地獄に行ける。
ようやく君と共に地獄に行ける。
この現世での残りのことは、君に任せるよ夕亞音。」
「………はい、お任せください。」
「うん、短いながらも、何百年もの前生に勝る充実感を得た今世だった。」
そう言い残し、童磨は懐から取り出した鬼すら殺す毒薬を、ジュースでも飲むような気楽さでグイ、と煽った。
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左の扉を出て、大金が刻まれた小切手をひらひらとさせながら炭次郎と善逸は言い合っていた。
「それにしても炭次郎、また今世でも妹を失ってしまったというのによくお前はそっちを選んだな。」
「本当に全てを失ったら考えていたけど、まだパン屋も母もいるからね。
それに鬼じゃなくて、鬼殺隊への狂信に巻き込まれて死なれたとなったら、流石にあれを選べるはずないよ。」
「まあ、そうだろうな。
俺もとっとと家に帰って、じいちゃん安心させなくちゃならないし。」
「………そういえば、甘露寺さんは、今回の件、たまたま避けられたんだってね。」
「ああ、何か体調が悪くなってしまったっていうんで外出控えていたらしいよ。」
「まあ、彼女に関しては元から殲鬼党もそこまで狙っていた訳でもないし、大丈夫か。」
「だよね。戦力としては申し分なくとも、彼女、記憶を取り戻しても
鬼を滅ぼしつくす鬼殺の道なんかを今更選ぶと思えないもん。
今頃……」
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甘露寺蜜璃はラーメン屋でズルズルズルと丼いっぱいのラーメンをすすりながら眉根を寄せていた。
「はーあ、せっかく伊黒さんといい感じにお付き合いできて、今度こそいい男に巡り合えたと思ったのに、先日の不慮の事故とやらのとばっちりで死んじゃうし、いやんなっちゃうわ。」
テレビでは、爆発事故による謎の大量殺戮事件が相変わらず報道されていて、ただ二人の生き残りである炭次郎と善逸が事情聴取から解放されたという速報が出ていた。
「おかげでほら、いつもならデカ盛りのラーメンを、大盛(トッピングマシマシ)でしか食べられないし、もう。」
その後も、亡き恋人との思い出をつらつらと語り、ズズズと汁まで啜り切る頃には元の笑顔になった甘露寺が「じゃあね!またいい男見つけるわ!」と立ち去ったカウンターを見た大将が「成程、いつもより控え目だな」と言うのを、傍らのバイトは信じられないような目で見ていた。
その後、惨劇を生き延びた炭次郎と善逸は別々の学校に転校し、彼等二人と甘露寺は後の人生を家庭を築いたりしながら50過ぎまで生きることとなったのであった。
尚、産屋敷と阿羅沙の対談の内容は今もって謎なのだが、
産屋敷はその後鬼とは関わらない一財閥として存続することとなった。