冷女と呼ばれる先輩に部屋を貸すことになった   作:こなひー

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第4話 環境改善ミーティング

 会社の隅にある共用の会議スペースで、健斗と玲は向かい合って座っていた。事前に玲がスペースを三十分で予約しており、時刻通りにそれが始められることになった。しかし、健斗はまだ何についての相談かを知らない。

 

「……あの、泉さん?」

「どうかしましたか?」

「俺の部屋についての相談ですよね? 仕事時間中に会議室を取って打ち合わせるというのは……」

「私の仕事に関係する事なので、仕事時間内にするべき事ですよ。公私混同は避けましょう」

「はあ……」

 

 世間一般的に見て、彼らの状態はどこからが仕事でどこまでがプライベートなのかは相当怪しい所である。

 

「本題に移りましょう。貴方の部屋の環境についてです」

「は、はいっ……!」

「そうかしこまらないでもいいですよ、君を責める話ではありませんから」

 

 健斗は不安を感じていた。この相談が契約終了の通達なのか、それとも……。目をギュッと閉じて彼女の言葉を待つ。

 

 ……。

 

「貴方の部屋の……通信環境についてです」

「……へ? つ、通信環境?」

「? はい、通信環境です」

 

 一瞬、健斗は何の話なのかと理解できなかった。てっきりもっと重い話が来るかと思っていたためである。瞑っていた目をパッチリと開けながら、通信環境について思い出しながら話を進める。

 

「えっと……。回線はそれなりに性能の良い所に頼んで工事してもらったはずですけど……」

「ルータはどうですか?」

「ルータ……確か実家で数年前から使わなくなったやつを持ってきた物で……」

「……やはり、やけに遅く感じた原因はそこですね」

「え?」

 

 玲の中では合点がいったようで、眉間を軽く指で摘まむ。健斗が理解できていない様子を見て、玲は説明を始める。

 

「ルータはネットに繋ぐ際、必ず介する事になります。元の回線が良くてもルータの品質も高くないとせっかくの性能を妨害してしまいます」

「そうだったんですか……。知識不足で申し訳ありません」

 

 不甲斐なさを感じて肩を落とす健斗に、玲はフォローを入れる。

 

「いえ、私も調べて見て初めて知りましたから」

「そうなんですか? 泉さんに知らない事があるなんて、ちょっと意外です」

「……私にも、知らない事は普通にありますよ?」

 

 玲の首を傾げている様子に健斗はときめいてしまうのだが、話はそのまま続く。

 

「ルータについては私のほうで検討及び購入をしておくつもりですが、よろしいですか?」

「えっ!? 俺の部屋なんですから、俺が払いますよ!」

「いえ、私の都合であり私の業務に関わる事ですから」

「うーん……それはそうなんでしょうけど……」

 

 主に玲が使うものではあるのだが、自分の部屋に置いてしまって良いのだろうかと健斗は迷う。それも玲が代金を支払うというのはあまりにも忍びないと思い、ハッと浮かんだ提案を投げかけてみる。

 

「あそういえば、仕事で使うものなら経費とかじゃ駄目なんですか?」

「……経費申請の理由欄、音無君なら何と記入して提出しますか?」

「あー……。設置先が俺の家じゃあ、どうやっても却下される未来しか見えないですね」

「ふふっ、そういう事です。だから気にしないでください」

「っ……!」

 

 玲は軽く笑みを浮かべる。健斗はドキッとしてしまった。玲の笑顔なんて社内の誰も見たことが無いとまで言われている中、自分にだけは向けられていると思うと気が気じゃなくなってしまう。

 

「話はこれで以上ですが、何か疑問はありますか?」

「えーと……。と、とりあえず安心しました」

「安心? 何にですか?」

「俺はてっきり、部屋の環境が悪いからこの契約を白紙にしましょう、とか言われちゃうのかと思っていたもので……」

「!」

 

 健斗は部屋を貸す契約、という玲との繋がりが切れてしまうんじゃないかと不安だった。せっかく役に立てる事が見つかったのに、あっさりと切れてしまっては、彼女に()()()()()()()()()()()()()()と思った。玲は健斗に向き直って頭を下げた。

 

「……私の言葉が足りていませんでしたね、ごめんなさい」

「い、いえ! これは俺が勝手に勘違いしてただけで……!」

「部下とのコミュニケーションの齟齬は、上司である私の責任です」

「そ、そんな事は……」

「それに……」

 

 玲は健斗にくっつくギリギリまで顔を近づける。肩に手を置きながら健斗と目を合わせて、彼に穏やかな表情を向けながら小声で言った。

 

「君には本当に感謝しているの。だから、私に遠慮なんかしないで」

「っ!!!」

「わかった?」

「はい……」

 

 玲の心からの言葉が、健斗の心を思い切り貫いた。あまりにも刺激が強すぎて他の事が何も考えられなくなってしまった。

 

「……では、先に戻っていますね」

「わかりました……」

 

 会議室から出ていく玲を呆然と見送った健斗が、自席に戻ったのは予約時間の終了ギリギリとなるのであった。

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