冷女と呼ばれる先輩に部屋を貸すことになった   作:こなひー

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第3話 互いにさりげなく

「おかえりなさい、音無君」

「た、ただいま戻りました。泉さん」

「っ……。鍵、お返ししますね」

「はい、ではお気をつけて」

「ええ、……また明日」

 

 お互いに少しだけ踏み込んだ言葉を交わす。どちらも緊張しながら言い合うその姿は、見た者全員が新婚夫婦だと思うだろう。

 

(契約が始まってからもう十日以上が経ったけど、距離感がどんどん縮まっているような気がする……)

 

 健斗はここ最近ストレス知らずと言えるレベルで気分が良かった。憧れの存在が身近になっていく心地よさのお陰で生活習慣も良くなっている。ただし、玲が帰っていった後に部屋をボーっと見つめる時間は増えていた。とそこで健斗は違和感を覚えた。

 

「あれ? マグカップが……」

 

 いつも玲が使用しているデスクには何も置かれていないはずなのに、珍しく部屋の机に忘れていったようだ。無地のカップの内側にはお茶か何かを飲んだような跡がある。

 

「……洗ってまた置いておくか」

 

 男として一瞬邪な考えが浮かんでしまったが、すぐに振り払ってキッチンに持っていき手早く洗った。

 

 人は一度違和感を感じると他には変わったところはないかと無意識に探してしまうものだ。洗って乾かしたマグカップを戻し、リビングに行くとあまり使用していない掃除機が目に映る。そしてまた、違和感を覚えた。

 

「ん? 掃除機のフィルターがパンパンになってる?」

 

 健斗が週に一度ぐらいしか使っていないはずの掃除機には、まるで毎日使用しているかの様に埃が溜まっていた。

 

(もしかして、泉さんが毎回掃除機をかけてくれていたのか……?)

 

 会社の定時から健斗が家に着くまでに、玲は部屋で待機している時間がある。もしかするとその間に彼女が部屋を掃除してくれているのではないかと気づいた。健斗は玲に心の中で感謝を述べつつ、見習わなければと思い立った。

 

(俺もちょっとでもいいから毎日かけるようにするか!)

 

 玲の前ではいい男であり続けたいという本能が働き、健斗は更に行動力が増していく。いつしか小里に言われた『艶々している』というのも間違いでは無いようだ。

 

 

 翌朝、玲が家に来た際にも新婚のようなやり取りは行われる。

 

「おはようございます、音無君」

「おはようございます、泉さん。鍵です」

「はい、……では行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

 

 健斗を見送った玲はリビングで掃除機を持ち、そのまま防音部屋に入った。そこで彼女はすぐに机の上のマグカップに気づく。部屋に置き忘れてしまっていたことに対して健斗は何も言っていなかったため、気づいていないだろうと思いながら洗うため手に取った。

 

「……あら、綺麗になってる。もしかして洗っておいてくれたのかしら?」

 

 健斗が何も言わず自分に配慮をしてくれた、という事実に胸が暖かくなる。そして今自分がもう片方の手に持っている掃除機の重さが変わっている事にも気づいた。

 

(フィルターからゴミが取り出されてる? ……音無君、気づいてくれたのね)

 

 お互いの目に見えない気遣いは、こうして受け取っていくのであった。更にこの良い流れはここで留まらない。

 

「今日もコーヒーを飲んでいきたいから、後でお湯を沸かす準備をしておこうかしらね」

 

 ……逆にこれで新婚じゃないのはなぜなのか。

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