冷女と呼ばれる先輩に部屋を貸すことになった   作:こなひー

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第10話 そして二人は

 四人で一斉に退職してから数か月後、四人での起業は順調に進んでいた。最初は他にも人を雇うかという話も出たのだが、人が増えるとトラブルも増えるからという理由で全員一致したため増員はしなかった。時折根詰めになる事もあるが、経営はひとまず軌道に乗り出している。

 

 トイレ休憩のために部屋を出た健斗は、ついでにとお茶の用意を進めている。お湯が沸くのを待つ間、ぼーっと防音部屋を眺める。

 

(最初は無駄な買い物だったと思ってたこの部屋がきっかけで、まさか玲さんと結婚まで行くなんてなぁ……。最初は戸締り挨拶だけだったのに、今では同じ部屋で並んで仕事をしてるだなんて、夢みたいだ)

 

 一人暮らしでなくなって、家事は今まで以上にキチンとこなす事が当たり前になっていた。掃除機もかけたため床に埃も無い。今淹れているお茶だって、自分だけだったら作らなかっただろう。しみじみと変化を味わいながら部屋へと戻った。

 

「玲さん、お茶入りましたよ」

「あら、ありがとう。いただくわね」

 

 二人は同棲しつつの在宅勤務だが、仕事とプライベートの時間はきっちり分けている。仕事中にそういう空気が始まろうとした時は、何故か別の作業場にいる聡一と小里が惚気を感じ取って文句を言ってくるのである。もしかして盗聴でもしているのかと一度疑ったが、流石にそれは違ったようだ。

 

 それと、監視しているのはお互い様である。玲と健斗からは二人が離席しているかどうかがチャットツールでわかるようになっているのだ。これによって二人が仕事をサボっていないかを時々確認しているのである。作業に戻った健斗が確認すると、二人とも離席の状態になっていた。

 

「またあの二人、離席中になってしばらく経ちますね」

「また長い休憩ね……。たまには私から突っついた方が良い? あんまり言うとパワハラになっちゃうような気がして、躊躇っちゃうのよね……」

「俺から注意しておきますよ。俺はいいけど俺の奥さんが許さないぞー……、よし」

「それはもう私が言っても同じ事じゃないかしら……?」

 

 チャットで警告を促すと、二人はすぐに戻ってきた。あまりの露骨な反応に、まだ私は怖がられているみたいね、と落ち込む玲を宥めて作業に戻る。

 

 

 仕事時間が終わると、聡一と小里から速攻で退勤の連絡が来る。このメッセージが一番やる気を感じられる文面とスピードを誇っている。

 

「あの二人、この後また一緒にどこかへ出かけるみたいね」

「昨日、作業スペースの近くに良い店があったって喜んでましたよ。多分そこに行くんでしょうね……」

「大抵一緒にいるわよね、あの二人。本当に付き合ってるわけじゃないの?」

「本人たちは断固拒絶してますけど、どうなんですかね……」

 

 男女関係というよりは、悪友関係と言ったほうが近いのかもしれない。或いはお互いに自覚が無いだけだろうか。二人の行く末がどうなるかはわからない。

 

 そして玲と健斗の作業が終わると、漸く二人の時間になる。この後やる家事の事も忘れてはいないものの、二人でくっつき合う時間は必ず設けている。防音部屋の中で並んで座り、恋人つなぎをしたま玲は語りだす。

 

「実は、前からこうなりたいと思ってたの。本当の私を受け入れてくれたあの時辺りからかしらね」

「え、そうだったんですか? 全然気が付きませんでしたよ……」

「ストーカーの件があったから、あそこで君に縋っちゃいけないと思ってたのよ。結局は頼ってしまったのだけれどね」

「俺は、頼ってくれて嬉しかったですよ」

「ええ、助けてくれたのが君で、健斗君で本当に良かった」

 

 そう言いながら玲はさっと健斗と口づけを交わす。もう幾度としているようだが、まだまだ二人とも初心な反応をしている。玲は健斗の肩に頭を乗せて、赤く染まった頬を見せないように顔を背ける。

 

「こ、こうしても誰にも邪魔されないし、何も言われない。……幸せね」

「そ、そうですね……、まだ恥ずかしいですけど」

「君がいつも突然してくるんだから、お返しよ。……私だって、君が初めてなんだもの」

「お、俺も……あ」

 

 女性との接触は初めてだと言いかけて止まった。健斗の脳裏に浮かんだのは、以前実子に言い寄られた時の彼女からの密着度合だった。今思うと恐ろしい体験だったと悪寒が再び走る。そんな健斗の考えている事を察した玲は、少しムスッとしながら彼の目をジト目で見つめた。

 

「……ねえ健斗君、そういえばあの時、岡本さんからどんな風に密着されていたのかを聞いてなかったわね。後で教えて?」

「え。ど、どうしてそんな事を……?」

「早く、忘れて欲しいからよ」

(や、やっぱりあの時はかなり怒ってたんだなぁ……)

 

 意外なことに、彼女には実は嫉妬深い一面があったのである。実子の件があってからは、健斗に対して時々その性格が表れる。もしも起業時に他の女性社員なんかを仲間に入れていたら、今よりも独占欲が強くなっていたのかもしれない、と健斗は思った。

 

「今は他に誰もいないわ。だから、ね?」

「は、はい」

「もう、敬語はまだ抜けそうにないかしら?」

「あ……、そ、そうだったな。玲」

「ふふっ、やっぱりまだ固いわね」

 

 これまでずっと敬語で話していた健斗に対して、二人きりの時は敬語を無くしてほしいと玲がお願いしたのである。健斗はまだ慣れないようで、どうにも片言になってしまう。そんな様子も玲は楽しんでいるので問題は無い様子だ。これから、じっくりと直していくことだろう。

 

「それじゃあ改めて……。大好きよ、健斗君」

「俺も、だよ。玲、愛してる」

 

 かくして、こんなにも甘い彼女の事を、冷女と呼ぶ人間はもういなくなった。

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