六畳程度の部屋に制服姿の女子がふたり。同じ制服だった。恵理は椅子でスマホを見て、美雨はベッドの上で漫画をめくっている。
窓の外の子供の声だけが部屋にあったが、その沈黙は『テレビもラジオねえ異世界に転生したおらがチートで村を開発します』というタイトルのものがベットに放り出されて破られた。
「人って死んだらどうなると思う?」
突然の問いに、恵理は一瞬だけ友人の精神状態を心配したが、何事もなく答えた。
「天国行くか、地獄落ちるかのどっちかじゃないの」
美雨は心底人をバカにしたように笑いながら言った。
「あー、恵理は何も知らないんだなあ」
「今すぐ地獄落とすぞ」
「冗談だって」
今にも飛んできそうな拳をなだめるように、美雨は掌を下に向けて上下させた。
「最近、異世界転生するやつ読んでるんだけどわかる?」
焦ったように、美雨は話題を切り替えてもなだめてみた。
「異世界転生ってトラックに轢かれたら、天国っぽい場所にいて神様からチート能力もらって無双みたいなやつだろ?」
「そうそんな感じ。もしチート能力もらうとしたら何がいい?」
美雨は、なんとか恵理の怒りを鎮められたことにホッと胸を撫で下ろしながら、新たな質問を飛ばした。
「そうだなあ。やっぱ最強の魔法でしょ」
「属性はどうする?」
「水属性がいいなあ、便利そうだし」
恵理の頭の中にはなんとなく、風呂や洗濯などの生活に必須なことが浮かんでいた。決して戦うことだけを考えないのが、この回答の肝のようだ。
「わかりました。あなたに最強の水魔法を与えましょう」
「友達にこんなしょーもない質問して神様の気分になってんじゃねえよ」
やっぱり調子に乗りやすい友達を殴ろうかと考えた恵理だった。しかし、殴ってもどうにもならないだろうと推理して、今度はそのまま質問を返すことにした。
「じゃあ、美雨はどうするの?」
「あたしはマヨネーズ作れる能力かなあ。やっぱ異世界転生だもんね」
美雨はそう言いながら、さっきまで読んでいた漫画が一巻丸ごとマヨネーズで無双していたことを思い出した。異世界転生において、それほどマヨネーズは強大なのだ。
「多分それは神様にもらわなくても、勝手に作って無双できんだろ」
そんなしつこいマヨネーズも、恵理にかかればあっさりと否定されてしまった。
「じゃあしょうゆになるかあ」
「ならねえよ。テンプレ展開やるために能力もらおうとすんな」
恵理のもっともな指摘に、美雨は撃沈するほかなかった。だが、諦めることなく、異世界転生の話題を振り続ける。
「でも、やっぱり剣と魔法の世界に転生したいね。それで、チート武器をもらって無双みたいな」
恵理は「そういうのでいいんだよ」と言うように頷きながら聞く。窓の外には、畳んだ傘を剣のように振って遊ぶ子供の姿があったの。
「そのチート武器を売って、卵と油と酢と塩でマヨネーズ作って無双するんだよ」
「マヨネーズ作りたがりだな!そんなに、そこのテンプレ展開大切かよ」
まさかの方向転換に声が大きくなった恵理だった。しかし、美雨がそう言うにはそれなりの理由があった。
「みんなでディップするもの持ち寄って、マヨネーズパーティとか絶対楽しいじゃん」
「それは楽しそうだけど」
「さすがにちょっと楽しそうだな」と思ってしまった恵理であった。しかしながら、明らかに間違っているので、それを正さねばならないのもその通りである。
「でも、チート武器を売ってお金作んなくても、みんなのために戦ってたらお金もらえるでしょ。それで、マヨネーズの材料買えばいいじゃない」
正論だ。せっかく神様からチート武器をもらったのだから、たくさんの人々のために使うべきである。それは、マヨネーズのテンプレを達成するよりも優先すべきである。
「たかがマヨネーズ作るだけにそんな苦労したくないよ」
はっきりと不真面目な美雨にはそんな説教は通用しなかった。
「そうしたら、たかがマヨネーズ無双ごときにチート武器売るなって言ってやるよ」
「私にチート武器は必要ないの。必要な人のところにいく方が絶対みんなのためだって」
「そんなメルカリに出品するみたいな感覚でチート武器を売るな」
「じゃあ、神様に異世界に恵理を連れて行くってお願いするよ。ずっと一緒にいたいし」
どうやら、マヨネーズ無双ができないのなら友達と一緒にいたい、というのが美雨の意見だそうだ。恵理は「おお…」と声をもらしたが、序列としてマヨネーズに敗北したことには気が付かなかった。
「そうしたら今の私はどうなるんだ?」
「恵理も一緒に死んじゃうんじゃない?」
「神様結構えげつないな」
美雨は「いやいや」と笑いながら、次のように言った。
「あたしがいなくなったこの世界と、いる異世界どっちが楽しいと思う?」
恵理は思考するために、わずかばかり沈黙したが、その答えは単純だった。
「美雨と一緒にいた方が絶対楽しいよ」
ふたりの友情は決定的なものだった。それは、もはや大海を横断して世界を股にかけたコロンブスでさえ、見つけることのできなかったものに出来上がっていた。つまり、世界の次元すら股にかけていたのだ。
「でも、これだと美雨が異世界でチート使って無双はできなくなっちゃうね」
恵理は再び、友情を確かめるかの如く言った。家中が、高重量な車両が走る音で包まれる。その間は、誰も言葉を出さなかった。
「そっかあ。じゃあ、お金が無限に出てくる能力で」
「お前は異世界じゃなくて地獄行きだな!いい加減にしろ」
二度引っ込めた拳は、美雨の腹に埋まっていた。