蛇と鈴 ーYou, at the End of Darknessー   作:田麦野

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2人の幼少期、少しずつ始まる交流について、トム視点多めで。
鈴はひっそりと、トムの力を認め、寄り添う。
トムもまた、鈴に関心を向けるようになる。
その関係に、まだ名前はつかないけれど。


第二話 小さな約束

日が長くなり始める頃、ウール孤児院の空気は少しだけ柔らかくなる。

けれど、その柔らかさは鈴にとってもトムにとっても、どこか居心地が悪かった。

トム・リドルは“孤児院の小さな王”だった。

誰もが彼を恐れ、彼の目を避けた。

だが、鈴だけは違っていた。

あの会話以降、彼女は怯えず、無理に笑うこともなく、まっすぐに見つめ返してくる。

――それが、トムには奇妙だった。

(なぜ、逃げない? 僕を見ても顔を逸らさない?)

初めて見た時から、鈴は“普通ではない”と感じていた。

泣かない。怒らない。

自分と同じように、どこかが壊れている。

それなのに、彼女の瞳には、いつもどこか温かい光があった。

それが、理解できなかった。

 

 

 

ある午後、子どもたちが外で遊んでいる時間。

トムは古い書庫の棚の上で埃を払っていた。

ふと、後ろから柔らかな声がした。

「ねえ、トム。なにを読んでるの?」

鈴だった。

彼女の手には乾いた布があり、誰にも頼まれないのに棚を拭いている。

いつものことだった。誰も気づかない場所を黙々と整えている。

それが彼女の“生き残り方”だとトムは知っていた。

「これは辞書だ。言葉を調べてる。」

「どんな言葉?」

「“支配”。」

鈴は一瞬だけ手を止めた。

「……難しい言葉だね。」

「そうか? 意味は単純だ。支配する側とされる側。僕は前者でいたい。」

「……でも、その、"支配"をしても、悲しいとか寂しいとかは消えないんじゃないかな」

トムの手が止まる。

鈴の声は穏やかだった。けれど、その言葉には、妙な重さがあった。

彼女の目の奥にある“喪失の記憶”が、一瞬だけ覗いたような気がした。

 

 

 

その日の夕方。

外は雨。

孤児院の裏庭に出たトムは、軒下で蛇を見つけた。

濡れた地面にうずくまり、動けずにいる。

トムは無意識にしゃがみ込んで、低く囁く。

「どうした。動けないのか?」

蛇はかすかに舌を出し、応える。

その声――人間には聞こえないはずの音――が、トムには理解できた。

「恐れるな。誰も、お前を傷つけない。」

その瞬間、背後で声がした。

「……また、しゃべってる。」

鈴だった。

傘もささずに、雨の中に立っている。黒い髪がしっとりと頬に張りついていた。

トムは振り向かず、冷たく言った。

「見ないでおけと言ったはずだ。」

「でも、すごいと思ったから。」

「すごい?“怖い”とは言わないのか。」

「怖くないよ。だって、その蛇、嬉しそうだったもの。」

トムは沈黙した。

彼女の声には本心があった。

作り笑いでも、怯えでもない。

ただ、静かな事実として“そう思っている”声音。

「秘密にしてくれるんだったな?」

「うん。約束する。」

鈴は胸に手を当てた。

その指先が、ほんのりと青白く光った。

雨の光を反射しているのかと思ったが、違った。

まるで手の中に、柔らかな火が灯っているようだった。

トムは思わず目を細める。

「……それ、何だ。」

「え?」

鈴は慌てて手を握りしめた。光が消える。

「ただの光だよ。……雨粒が、反射したのかも。」

嘘だ、とトムは思った。また、トムの特別な力が見せた何かとも思った。

だが、追及はしなかった。

彼女が嘘をつく時の微かな震え――それが、どこか切なかった。

 

 

 

夜。

鈴は寝台で天井を見上げていた。

トムの声が耳に残っている。

“秘密にしてくれるんだったな”

その言葉が嬉しくて、怖かった。

(秘密を共有するって、こんなに温かいんだ……)

けれど、同時に胸がざわめいた。

もし、自分の力のことを知られたら――トムはどう思うだろう。

きっと彼は、軽蔑する。

あるいは、自分と同じ“異質”として見下ろすかもしれない。

鈴は両手を胸の前で握り、そっと光を呼んだ。

青白い炎のような光が、掌にともる。

指先が熱い。痛みの代わりに、安堵が広がる。

光は、彼女にとって“生きている証”であり、“異物”でもあった。

「……わたしのこと、知らないで。」

小さな声でそう呟き、受け入れて欲しい葛藤から逃れるように眠りについた。

 

 

 

一方、トムもまた眠れずにいた。

孤児院の寝室の薄暗がりの中で、鈴のことを思い返していた。

(あの光――何だったんだ? 僕の知らない力……?)

嫉妬ではない。

ただ、どうしても気になった。

あの瞬間、彼女の掌の光に、奇妙な“安心”を感じたのだ。

温かく、柔らかく、自分を責めない光。

それが何よりも腹立たしかった。

(どうして、僕の力は怖がられるのに。彼女の力は、見ているだけで……)

トムは拳を握った。

自分の中の怒りが、再び熱を帯びる。

だが、その怒りの底にあるのは、

彼女に触れたくなるような衝動だった。

(馬鹿げている。誰も、僕を理解などしない。

 それでも……あの瞳の奥に、僕を映したいと思う。)

トムはその感情に名前をつけなかった。

名前をつけたら、壊れてしまう気がしたから。

 

 

 

翌日、二人は洗濯場の裏でまた顔を合わせた。

鈴が濡れた布を絞っている。

トムは無言でバケツを受け取り、水を捨てた。

「ありがとう。」

鈴が微笑む。

トムは短く答えた。

「……昨日のこと、誰にも言ってないな?」

「うん。約束したでしょ。」

トムは小さく息を吐く。

「人の約束なんて、守られたことがない。」

「じゃあ、わたしが最初にする。」

「どうして、そんな風に言える?」

「信じるって、“怖くても選ぶこと”なんだよ。」

私はそう思ってる。と鈴は短く続けた。

彼女は難しい言葉は使わない、一方で常に言葉には温かみと芯のようなものがある。

トムは、思わず笑ってしまった。

あまりにも馬鹿げている。けれど、その笑いはどこか柔らかかった。

「君の言葉は、まるで……」

「なに?」

「呪文みたいだ。」

鈴は目を丸くした。

「それって、褒めてるの?」

「……まだ、わからない。」

それでも、彼の声はほんの少しだけ、温かかった。

その瞬間、鈴の手の中でまた青白い光がわずかに揺れた。

トムはその光に気づかないふりをした。

(まだ、聞かない。――もう少し、知りたい。)

彼はそう心の中で呟いた。

自分でも気づかぬうちに、

“彼女を支配したい”という欲ではなく、

“彼女の心の中を覗きたい”という感情が芽生えていた。

それが、トム・リドルにとって初めての優しさのかたちだった。

 

 

 

 




少年トムの心の内部――理性と孤独のあいだに生まれる鈴への興味でした。
力とは支配と考えるトムの対になるように、鈴を描きたいと思います。
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